Masahiro Yamazakiのブログ -112ページ目

14歳 千原ジュニア

千原ジュニアの少年期がつづられています。

何かに渇望し、それを見つけることのできない歯がゆさ。なぜひきこもり、なぜお笑いの世界に飛び込んだのか。


千原ジュニアの生き様もすごかったのですが、彼の兄も相当ヤバいです。


14歳 (幻冬舎よしもと文庫)/千原ジュニア
¥480
Amazon.co.jp

モグラ戦争

12日の国会審議で、尖閣諸島問題に絡んでこんなやり取りがありました。


石原伸晃議員(自民党)

「絶滅危惧種を守る事は、人類共通の財産を守ることであると思いますが、大臣はどのようにお考えですか?」


環境大臣(民主党)

「その通りだと思います」


石原議員

「それでは、我が国に絶滅寸前の動物がいるとすれば、責任をもって保護に取り組むんですよね?」


環境大臣

「ええ、まあそうです」


石原議員

「実は尖閣諸島にセンカクモグラという絶滅危惧種がいます。尖閣諸島にしか生息しておらず、普通のモグラと比べて歯の数がちょっと少ないのが特徴です。尖閣諸島は我が国固有の領土なんですから、すぐにでも助けにいくべきなんじゃないんですか!?」



完全武装した自衛隊がモグラを保護しにきたら、センカクモグラもびっくりしちゃいそうですね。





功名が辻(一)~(四)

司馬遼太郎の「功名が辻」を読みました。


山内一豊と、妻である千代の話です。

一豊が貧しい武士から土佐24万石の大名になるまで、千代がいかに一豊を”教育”し、支えていったか(コントロールしていったか)が描かれています。


若い頃の一豊は、自己を凡庸な人間と認め、賢い千代の話によく耳を傾けます。千代の明敏な外交感覚と奇想天外なアイディアを一豊は常に信頼・採用し、それによって、信長・秀吉・家康の3代にわたって巧みに世を渡っていきます。しかし、24万石という大領地を与えられ、土佐の国主になると、徐々に発言や行動が変わっていきます。


歳をとり、権力を得て、自分のやってきたことや得たものに自信を深めたことで、自論にこだわり、千代の意見を軽視するようになります。千代はそうした一豊の変化を誰よりもよく理解し、何もできない自分に悲しみを覚えますが、それでも一豊を支えていこうと尽力します。



大事を成し遂げる前には、身の程知らずともいえる自惚れが必要かもしれません。どれだけの自惚れを持てるかで、成し遂げられることの大小が決まるような気もします。そうした自惚れは、「大志」や「青雲の志」などと形容され、一見して無謀であるが故に、清々しく爽やかな印象を与えてくれます。


一方で、何かを成し遂げた後の自惚れは、グロテスクで不快なものとなってしまいます。


そうした人間の機微を、一豊と千代の関係を通して感じとる事ができました。司馬遼太郎の小説は、歴史上の人物を通じて、「人間とは何か」という問いを投げかけてくれます。だからこそ、司馬遼太郎を読みたいと思うのだと思います。






たぬきうどん

たぬきうどんにはいつも疑問を抱いてました。「果たしてその揚げ玉の量がベストなのですか?」と。


そこで、スーパーに売ってるパックの揚げ玉を、これでもかってほどかけてみました。うどんが見えなくなるのはもちろんのこと、ドンブリには揚げ玉の山ができました。下の方のダシを吸ったプルプル揚げ玉と、上の方のサクサク揚げ玉のコラボレーション。その対照性を際立たせる、加ト吉のうどんの確かなのどごし。さらには、天かすをモリモリ食べてしまうという罪悪感。


最初はおいしかったのですが、最後の方は気持ち悪くなりました。うどんの汁も全部揚げ玉に吸われました。そして言ってはいけないひとこと、「やっぱ普通の量でいいや」


かつて新橋の立ち食いそば屋で、かき揚げ1個とコロッケ3個をトッピングしたこともあるのですが、その時も全く同じ感想を持ったのを、ようやく思い出しました。


たぶん数年後にも似たような試みをして、ウエってなるのだと思います。




歌舞伎役者

歌舞伎役者の世界では、20代・30代・40代はまだまだ鼻タレだそうです。

50代・60代を迎えて体の自由がきかなくなり始めた時に、初めて優雅な動きを得られるそうです。


歳を重ねることでしか得られない優雅さは、若いうちにどれだけ前に突き進めるかで決まるようです。伝統を重んじ、反感を抱き、圧倒され、破壊しようとし、自分の無力さを嘆く。その延長線上に何があるかは、行ってみないと分からない。


日々の生活の中でどれだけ「狂」の部分を保有できるかで、器の完成度は変化するのだと思います。