踊り子の浅井ひなみさん(栗橋所属)について、令和2(2020)年8月頭の池袋ミカド劇場での公演模様を、新作「ユッコ」を題材に、「星になったアイドル」と題して語ります。
2020年8月頭の池袋ミカド劇場に6日目から顔を出す。
今週の香盤は次の通り。①るあん(道劇)、②浅井ひなみ(栗橋)、③KAERA(TS)、④伊東紅蘭(東洋)、⑤浜崎るり(晃生) 〔敬称略〕。
只今、コロナ感染の第二波が起こっているため、ミカドは5香盤で正午から開演。一日4公演を予定していたが、コロナ禍で観客が激減しているため、初日は4回公演だったが、その後は3回公演が続いている状況。
この日の浅井ひなみさんは、二個出し。新作「ユッコ」を1,3回目、演目「葉桜」を2回目に演ずる。新作は、先週のライブシアター栗橋で拝見済みである。演目名と曲名を教えてもらったので今回観劇レポートさせて頂く。
「今回の新作は『ユッコ』てタイトルです。岡田有希子さんの楽曲から選曲しています。」
まずは、ステージ模様を簡単におさらいする。
最初に、カジュアルなウエディングドレス風の白いワンピース姿で登場。半袖の上着、コルセット状の胴回り、スカートはギザギザ状で膝丈と短い。白・赤・ピンク・紫の小さな花々が胸元にたくさんと、ベルト部に二つ付いている。頭には白いリボンの付いたベールをかぶる。首にはガラスのネックレス。足元は銀のハイヒール。
音楽に合わせて、軽快に踊る。
一曲目は、「くちびるNetwork」。岡田有希子の8枚目のシングルである。1986年1月29日に発売された。発売元はキャニオン・レコード(現:ポニーキャニオン)。作詞: Seiko 作曲:坂本龍一 編曲:かしぶち哲郎。
(歌い出し)♪「ねぇ・・・誘ってあげる ロマンチィックに Kissが欲しいの? ほら・・・くちびるに Net work 私を抱きたい? そんな顔をしてる...」
この曲は、当時、芸能活動休止中だった松田聖子が作詞を手掛けており、カネボウ化粧品「レディ80BIO カラーネットワーク」「86年春のバザール」CMソングとして使用された。松田は「内容があまりに色っぽ過ぎるかと思ったが、有希子ちゃんが歌うとかわいらしく艶めいた曲になった」と述べている。岡田の最大のヒット曲であり、オリコンチャート1位はこれが最初にして最後であった。また、本作発売からおよそ2ヶ月後の4月8日に岡田が死去したため、生前最後のシングルとなった。
音楽が変わり、ここで暗転し、着替える。
髪は後ろにひとつ結びしている。
夏らしく、上下セパレートな衣装。首輪はそのまま。上着は短い白いフリル着。短いスカート部は青地でキラキラ&くちゃくちゃ生地。足元は同じく銀のハイヒール。
音楽に合わせて、軽快に踊る。
二曲目は、「Summer Beach」。岡田有希子の5枚目のシングル。1985年4月17日、キャニオン・レコード(現:ポニーキャニオン)から発売された。作詞・作曲: 尾崎亜美、編曲: 松任谷正隆。グリコ乳業「グリコ・カフェゼリー」CMソング。
(歌い出し)♪「Oh Summer Beach 小さな太陽ね あなたの瞳 熱い視線眠ったふりして パラソル越しに感じてるのよ 人魚たちの群…原色が踊ってる… 何もかもを忘れて大胆になりたいこんなに近くにいる ...」
音楽が変わり、また暗転して着替える。
肩紐で胸から下のドレスを吊るす。上部は薄い緑色で、胸元に大きなブルーのリボンを傾けて付けている。胸から下は透け透けの黄色い布が裸足の足元まで流れる。白いパンティが透けて見える。
三曲目は、「恋人たちのカレンダー」。岡田有希子6thシングル「哀しい予感のB面。アルバム「十月の人魚」収録。作詞・作曲:竹内まりや、編曲: 松任谷正隆。
(歌い出し)♪「Monday 初めてあなたと 出会って Tuesday 見えるものすべて 輝き これが恋だと ときめいたの 私もうひとりぼっちじゃない Wednesday 初め.」
そのままベッドショーへ。
白いパンティ(Tバック)を左手首に巻く。パイパンが眩しい♡
ガラスのネックレスにプチペンダント。マニキュアはなし。
ベッド曲は、「あなたを忘れる魔法があれば」。作詞:康珍化(かん ちんふぁ)、作曲:松任谷正隆。1985年発売の2ndアルバム「FAIRY」に収録されている。
(歌い出し)♪「あなた以外の人となら踊りたくはなかったからひとり抜け出した棕櫚の庭を通りぬけだれもいない浜辺たまに会うとみんながいて胸にためた言葉ふさぐ ...」
立ち上がり曲は、「Believe In You」。作詞:吉沢久美子、作曲:梅垣達志、編曲:萩田光雄。オリジナルバージョンはベスト・アルバム『贈りもの』(1984年発売)に収録されていたが、死後15年後の2002年12月4日にポニーキャニオンから、通算9作目となるシングルとして発売。2002年12月16日付オリコンシングルウイークリーチャートで初登場63位。初めて1位を記録した「くちびるNetwork」から約16年11ヶ月ぶりのチャートインを果たした。恋人とのデートの後、帰り道を独り歩くヒロインの心情を描写したもの。
私の人生において、岡田有希子さんとは全く接点がない。もちろん生前からアイドル歌手として名前は知っていたが、彼女の情報が私の中に飛び込んできたのは生前の歌ではなく、彼女の突然の自殺劇だった。1986年(昭和61年)4月8日に四谷にある所属事務所(サンミュージック)が入っていたビルの屋上から飛び降りるという、非業の死を遂げた。享年18歳。
松田聖子のように自分の青春と重なっていれば興味をもったと思うが、岡田が亡くなった1986年4月8日は私の社会人四年目で、岡田の亡くなった四谷から近い東京銀座で、経理の仕事で忙しく連日深夜残業をしていた。そのため彼女の死にこだわる余裕もなく私の記憶からすーっと消えていった。そして、そのまま長い年月が経ち、あれからもう34年前のことになった。
その岡田有希子が今まさに私の関心事になるとは夢にも思わなかった。
そのきっかけを作ってくれたのは浅井ひなみさん。昨年デビューした新人さんの中で、私が最もお気に入りの踊り子さんだ。お気に入りの踊り子さんが好きなものは何だって興味が湧く。ストリップファンというのはそんなものだ。私のようにステージを観て、観劇レポートする者は、演目で使われている選曲にすごく関心が惹かれる。
昨年のデビュー作の第一曲目が、岡田有希子の「花のイマージュ」だった。私は聴いたことがない。この曲は本来、岡田の9枚目のシングル盤に予定されていたのだが、発売のおよそ1か月前の同年4月8日に岡田が死去したために発売中止となったもの。多くのファンが“最後のシングル”として発売を求める地道な署名運動を行ない、岡田の親友だった荻野目洋子なども賛同を寄せ、本来の発売予定日から約12年10か月後、1999年3月17日発売のアルバム『メモリアルBOX』に収録され、初めてリリースされた。13年間封印されていた曲であると思うとすごく感慨深いものを感じた。そして、この曲を今になってストリップのステージで聴けるとは思わなかった。すごくいい曲で、当時、リリースされていたら間違いなくヒットしていただろうなと今更ながらに思った。
そして、今回の新作「ユッコ」は全曲が岡田有希子で、まるまる岡田有希子という作品である。言うまでもなく、ユッコは岡田有希子の愛称である。
浅井ひなみさんの人生に岡田有希子がどう重なり、ひなみさんがユッコのどこに魅力を感じているのかは分からない。もちろん教えてくれれば知りたいとは思う。しかし、極めてプライベートなことだろうから、ファンの一人としてはステージから得られる情報でイメージしていくしかない。
今回、ネットで選曲を検索していく中で、楽曲を提供したアーティストたちの顔ぶれにただただ驚いた。超一流の方ばかりだ。1983年デビューの岡田有希子は、松田聖子と同じ事務所の後輩で、松田聖子が85年に結婚したこともあり、84年には音楽賞などの新人賞を総なめにして「ポスト松田聖子」として期待されていた。それがどんなに精神的な重荷になったことだろうと思う。
改めて、岡田有希子の情報や過去の記事に接してみる。めちゃくちゃ可愛い。選ばれたアイドルだから当然であろう。彼女の歌をじっくり聴き直してみると、とてもキレイな声で、楽曲は超一流のアーティストが提供しているから当然のごとく素晴らしい。さすが一流の作詞家が、当時のユッコを代弁しているかのような歌詞もたくさんあるねー♪ 私もこんな楽曲に出会えて幸せだと実感する。
それにしても、ほんと、デビュー三年目で、高校を卒業したばかりの18歳の早すぎる死が惜しまれる。未だに、彼女の歌を、彼女のことを心から愛している人たちがたくさんいることに改めて驚かされる。その一人が浅井ひなみさんだ。まさかユッコは、死後34年目にストリップのステージで自分が蘇えるとは思っていないだろうな。笑
ユッコは、早死にしたがゆえに、永遠の可愛さを保つ。人々の心の中に、若いままで生き続ける。そういう人生もあるのだろう。
浅井ひなみさんによってステージの上で蘇ることができてユッコは本望だろう。岡田有希子が表現者(アーティスト)であれば、人々の記憶の中で生きることほど嬉しいことはないからね。
私たちは、岡田有希子を‘星になったアイドル’として、これからも愛し続けたい。
2020年8月 池袋ミカド劇場にて
【付録】
浅井ひなみさんのコメント
「お手紙ありがとうございます。
演目の感想いただけるのとっても嬉しいです。
今回の新作「ユッコ」は私の父が好きで小さい頃から馴染みのあったアイドルからイメージを得て作りました。もう気が付けば彼女の年齢も越えてしまったけど、私の中ではずっと「なりたい女の子」です。改めて太郎さんにも興味をもって頂けて嬉しいです。
『ストリップ・ゴースト』も面白かったよ! もしかしてほんとの話かな?って思ったよ。」
童話『ストリップ・ゴースト -同じ踊り子に二度一目惚れする-』
~浅井ひなみさん(栗橋所属)の新作「ユッコ」を記念して~
H25年4月、私は仙台ロックというストリップ劇場で素敵な新人の踊り子さんと出逢った。彼女の名前は伊藤真理子さんと云った。
まさに美人タイプで、ロックのトップスターである灘ジュンさんや昨年引退した京本かえでさんを彷彿させるイメージ。さすがロックはいい新人さんをデビューさせるなぁ~。
二ケ月前のH25年2月に新宿ニューアートでデビューしたばかりなので、ダンスはまだ慣れていないようだ。でもきびきびした動きからダンスセンスの良さは窺える。
彼女はとても若く見える。プロフィールを見ると、1983年2月26日生まれというからまだ二十歳か・・・えっ!10年違えた!もう30歳なんだ!いやぁ~女性の年齢は分からないねー!!まぁ~若く見えることが重要だね。
私は真理子さんを一目で気に入って、ポラを買い、いつものように手紙を差し入れた。
彼女は喜んで手紙を受け取り、「お返事書くからね!」と笑顔で応えてくれた。彼女とは仲良くなれるかもしれない!私はまた新たな恋のときめきを感じ有頂天になった。
出会った1日目は客入りも多く、ポラもたくさん売れていたのでポラサインに忙しく、私への手紙どころではなかったようだ。
私は次の日も仙台ロックに行く予定にしていたので、返事は次の日でいいよと真理子さんに伝えてあった。私は翌朝、喜び勇んで劇場に向かった。
「急病のため、本日より伊藤真理子は出演しません」との張り紙。
驚いている私に向かって、受付の女性から「真理子さんから預かりものをしているわよ」と一通の封筒を渡された。中には、昨日撮ったポラと長い手紙が同封されてあった。
手紙には、丁寧な綺麗な字体でびっしり書いてあった。手紙を読んで、私は不思議な感覚に襲われた。真理子さんが私に書いている手紙の内容が、私が昨日渡した手紙の内容に対するものではないのだ。たしかに私への手紙ではあることは間違いないのだが、これは私が10年ほど前に書いたものに対する返事なのだ。ちょうど私が踊り子さんに手紙を書き始めた頃が10年前で、今のように話すネタもたくさん持ちあわせてなく、私が初めてストリップ劇場に行ったときの体験談や、極端な話が昨日の会社の行事、ソフトボールで打席に立った身近な話などを書いていた。真理子さんからの返事はそうした内容に触れていた。なんで、そんなことを知っているんだろう。私の頭は混乱した。
ふと、9年前のある事件を思い出した。
私はストリップ日記を辿った。H16(2004)年2月に、水野ちかという新人が新宿ニューアートでデビューし、私は早速2月21日の休日、朝から観劇に行った。20歳そこそこの若くて可愛らしい新人さんで、新人好きの私は一目で気に入り、1回目ステージ時にポラを買い手紙を添えた。
2回目のポラ時、彼女が「お手紙に返事を書きたいので次の回まで待って下さいね」とかわいい笑顔で言われ、私は喜んで次の回に手紙を頂くのを楽しみにしていた。
二回目のポラ時、「ポラサインがたくさんあって、手紙を書く時間がなかったので、次の三回目でもいいですか。」と言われ、私は「今日はラストまで観ていくので、ゆっくりでいいですよ」と答えた。そして、二回目のポラも彼女に預けた。
事件は3回目ステージで発生。彼女がステージに登場し、踊り始めてすぐにステージ前方で足を踏み外し、ステージから落ちた。「あっ!」と思った瞬間の出来事。
彼女はどうしたか!?・・・彼女の姿が見えない・・・消えた!?
私は目の前の出来事が信じられなかった。確かに彼女は目の前で消えた。劇場側もその事件を公にせず、彼女はそれ以降二度とステージに現れることがなかった。結局、私はちかさんのポラを一枚も持ちあわせていないので、私のポラ・アルバムには収録されておらず、今まで彼女のことを思い出すこともなかった。
そうだ!真理子さんはあの時のちかさんだ!
ようやく思い出した。名前が違っていたので気づかなかったが、真理子さんがちかさんであるのは間違いない!
真理子さんが若く見えるのは、あの時のちかさんの年齢のままだからだ・・・そう、彼女は歳をとっていないんだ!では、昨日の真理子さんはちかさんのゴーストなのか!?
ちかさんはステージから落ちた瞬間に、時間の隙間にはまり、タイム・スリップしたんだ。
いま伊藤真理子という名前でまたステージに現れた。真理子さんはデビューしたときの水野ちかのままなんだ。そして、この返事は、あの時、ちかさんが私に書いてくれていた手紙だったんだ。ちかさんはどうしても私に手紙を渡したかったんだな。ちかさんのゴーストは、私に再会し、私に手紙を返却することで想いを果たすことができたんだ。
それ以降、伊藤真理子さんがストリップ界に現れることはなかった。
おしまい