ところで、先日ご紹介しましたギャルソンのシャツ…、
「お洒落か?」
って言われたら、…そーでもないと思います。笑
デザインらしいデザインや色遣いもなく、こないだ書いたパッカリングくらい。
ですが、そもそも往々にして、特に男性のファッション好きって、自己満足的な意味合いが強いと思いますし、
それを承知で私見を書くなら、このシャツには
「味わい」
がある。
もちろん全てのギャルソンの服に、という訳ではありません。ものすごく自己主張が強い服もある。
「味わい」――、
ディーゼルとか、一時期のD&Gのような、ダメージ加工のジーンズとも違うんだよなあ。
なんとなくわかります?(^-^;
例えるなら、起承転結ハッキリしたハリウッドの大作ではなく、邦画・アジア映画でも洋画でもいいのですが、ミニシアター系の作品。
全然ミニシアターではありませんが、ぱっと思い付くので言えば、北野武の「菊次郎の夏」とか「キッズリターン」とか。
小学生と知人のおっさんがお母さん探しの旅に出るとか、親友の高校生同士がボクシングやるとか、ただそれだけの話。
最後は感動的なハッピーエンドも泣ける悲劇も起こりません。
「余韻がある」、っていうのかな。
ラブストーリーはとつぜ…、じゃなかった笑、話は突然に変わりますが、
ビートたけしは足立区の出身で、チャキチャキの江戸っ子です。
私自身は東北の出身ですが、小学生の頃、父親が寝る前に絵本ではなく「寿限無」とか「饅頭怖い」を読み聞かせしてくれていたので(爆)、
江戸っ子気質、もしくは自分がそうでないためにそれへの憧憬があるのか、
いずれにせよ、「火事と喧嘩は江戸の華」みたいに言われますが、私は江戸っ子の本質の重要な一つに
「照れ」
があると思います。
困っている人を助けたり、後輩に奢ったりしても、お礼を言われるのが恥ずかしい、みたいな。
その意味で言えば、飛躍した論ではありますが、このシャツは「恥ずかしがっている」とも言える。
佇まいがね。
英国の服のように、律然としてはいない。
イタリアの服のように、端正、または色気、手仕事の柔らかさを前面に押し出したりしない。
(写真下は、イタリアのダノリスというブランドのカジュアルシャツ)
アメリカは、カジュアル、ラフ、自由で平等、大らか。
フランスの服は、たしかにそのどれでもないけれど、なんていうか、もう大人!
日本人はしばしば童顔と言われることと、関係があるかな…いかはわかりませんが、
英・伊・米のような特徴はないけれど、フランス服は。自分の行くべき道がちゃんと見えている感じ。
と言うより、我が道を行く! って感じかな?
(下は、フランスのJ.M.ウエストンのローファー)
それを鑑みた上でギャルソンをみれば、生地は一級のドレスシャツにも使われるような上質なものを使用し、決してアメリカを代表するようなオックスフォードのようなカジュアルさはない。
どちらかと言えばヨーロッパ的。
その記事にアメリカのワークウェアに用いられるような、野太い糸でテンションをかけたステッチで縫い上げることで、写真1枚目のような
「味わい」
が出る。
まるで、まだ自分の道は見つけていないけれど、どれにも属さないよ、と、
いやいや、をするように首を振っている、日本の思春期の中学生のような…、
と、思うままに考察してみたのですが…、
ちょっとシャツ1枚から論理が飛躍し過ぎましたかね!?!?
…あ。
でも、ギャルソンの創始者・川久保玲が何県の出身かは忘れましたが、
現メンズのデザイナー、渡辺淳弥は、私と同じ福島県出身で、
全ッ然、江戸っ子じゃありませんでした…(-ω-;/