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若い頃は視野が狭く、
後々思い返すと、
恥ずかしい言動の連続です。
しかし、時としてそれが、
自分の存在価値を
守ることにもなります。
酒飲みの先輩がいました。
バイトをしていた頃の先輩で、
私がひきこもっていた時期でも、
ちょくちょく飲み会に誘ってくれる、
気のおけない友人です。
この人と飲みに行く時は、
大概4〜5人で行きます。
まだ、コロナの時期でもなかったので、
この頃は、
どの店も遅くまでやっていました。
焼酎を飲むたびに
先輩のテンションが上がる、
「あと一杯」を連呼し深夜になる、
飲み会は専らこのパターンです。
0時近くなると他の人達から
「そろそろ帰りたい。」
そんなオーラが出てきます。
私と先輩はかなり仲が良い方なので、
飲み会が帰りたいオーラに包まれると、
「先輩、次の一杯で帰りましょう。」
そう言って飲み会を解散させる。
それが私の役割でした。
みんなの為にイヤな事を言う。
私の主観だけで見ると立派です。
しかし、他人視点で見ると、
ありがた迷惑だったかもしれません。
実は誰も「帰りたい。」
なんて言葉に出しておらず、
その場でも、その場以外でも、
誰からも感謝されなかったことに
気づきました。
まだまだ帰りたくない先輩と、
疲れてはいるけど、
飲み足りない友人たち。
そんな飲みの場だった可能性もあります。
おそらくドヤ顔で、
自分の役割だと張り切って行った事は、
ただの独りよがりだったのです。
真実がどうだったのか?は
分かりませんが、
暫く、その先輩の飲み会には
呼ばれなくなってしまいました。
今でこそ、その人と仲良く、
コロナの影響もあるので、
二人で数時間だけ飲みに行く。
そんな関係性を築けています。
しかし、独善的で偽善的な言動で、
友情にヒビが入るところでした。
あの時のことを思い出すと、
何か「ヒヤッ」とするような、
恥ずかしさに包まれます。
冷静に過去を分析してみると、
ひきこもりで、自分の価値を
感じていなかった私が、必死で見つけた役割
それが、飲み会の解散役だったのでしょう。
数少ない外との繋がり、
数少ない役割。
その役割はちっぽけです。
それでも、昔の私には、
自尊心を保つための大役でした。
恥ずかしいことをした事実は変わりません。
迷惑だったのかもしれません。
しかし、こうやって冷静になると、
自分の心を守るためには
イタいことも必要なのだと思いました。
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