このところ、1940年代に米国で作られた軍用航空機搭載用の送信機BC-458Aに再び火を入れる作業をしています。アマチュア無線から縁を切って真空管アンプ製作に興味を移した人間がなにをいまさらと自分でも思いますが、理由はただ一つ、素晴らしい製品と接している喜びと技術的好奇心を満足させることができるからです。
ウエスタンエレクトリック社製造 BC-458A
同時代に作られた日本製の通信機器にも接する機会がありましたが、残念ながら技術水準が全く違います。
その器材の運用分析と分析結果の重点事項に徹底して絞り込んだ設計方針、この方針実現のために利用できるすべてのリソースを先入感なしに検討して得られた斬新な設計、材料製造技術、組立て製造技術、現場(戦場)でのメンテナンスに重点を置いた運用マニュアルなどすべて利用者のレベルと利用する場面を洞察して作られた製品のように感じられます。
もっとも大変高価なものについたでしょうが、人の命に関わる戦場で使われるものなので採用されたのでしょう。
戦後日本の技術者はこの日米の格差を目の当たりにしてそれぞれの分野で米国に負けないよう技術を磨いてきたと思います。
もちろんいっぺんで出来たわけでなく、子供の頃に日本製品について、「安かろう、悪かろう」、「ものまね日本」などと聞くたびに悔しい思いをしたことを思い出します。
しかし技術者、職人が「品質基準は自分の良心」、「自分が納得がいくまで技術を磨く」と日本人が本来持っていた誇りをかけて努力した結果、日本の製造業が経済的繁栄の一角を一時期担うことができたのではないかと考えます。
JR社 新幹線
最近米国T氏が貿易赤字をなんとか埋めようといろいろと画策しているようですが、私は米国製の製品・サービスが国際競争力を失ってしまったのが一番の原因ではないかと思っています。
昭和時代には、外国商品神話がまだ生きていて少々高くてもその製品を持つことが一種のステータスシンボルになるほどでした。それはその製品が国際競争力が強かったということだと感じます。
フォード社 マスタング
確かに各国で作られた素材・部品を組み合わせシステム化・製品化すれば効率的にビッグビジネズはできるかもしれませんが設計製造技術の大部分は他国依存になります。当然素材、部品の輸入も増えるし製造を手放せば雇用も縮小します。
私見ですが、米国は一時の日本の経済伸長をセーブさせようと、四半期決算導入、株主優先経営などを日本の製造業に導入させ、長期的設備投資、研究開発投資、社員育成費など即時目に見える効果のない費用投資を抑制させたように思います。
一方、日本的経営について徹底した調査研究をして一部はオープンドアポリシーなど米国経営に取り入れさせようとしました。
とにかく米国は戦前から敵国、あるいは相手国について非常によく研究します。
よいものは自国で取り入れあるいは相手国の強点はそれをくじく算段をし、弱点はそれに乗ずる策に徹底して集中するというお国柄ですからね。
一番怖いのは、世界の価値観を自国の都合の良いように書き換えてしまう、またそれをできる底力を持っているところです。外国のドル保有高が多くて自国の脅威になると思えばドルの価値を自ら下げることくらい平気でやるし、戦争での正義、王道をすり替えて非戦闘員虐殺などやってしまう。要は、この土俵では負けると思えば、別の土俵を考えて戦はここでするもんだと言うような国です。
話はそれてしまいましたが、株主第一経営と言われても社員第一経営をしている中小製造業が日本にはまだたくさんあると思っています。
社員の人材こそ企業の力、技術の蓄積と継承が製造業存続のキーと信じている経営者がいると思います。確かに一つの商品で会社が商売できるのは良くて十年かもしれません、しかし次の商品を産み出すのは蓄積された技術+新しい発想(マーケット精査から生ずる)ではないでしょうか。
マツダ社 ロータリークーペ(ロータリーエンジン搭載)
私はある大手の製造業で仕事をしていましたが、心配したのは製造を下請けにあるいは派遣社員にまかせてしまうことでした。製造技術は実際に製造に携わっている人間に蓄積されがちですし、改善も設計のヒントも製造現場から産まれることがあるからです。実際には何もできない人間が管理と称して現場の技術者にあれこれ指示するのは、「ほんとにそれでいいの」と思ってしまいます。
やっぱり必要な技術者は社員として取り込む方がいいんじゃない..
「社員は家族だ」は甚だしい時代遅れでしょうか。
「やって見せて、言って聞かせて、やらせてみて、 ほめてやらねば、人は動かじ」
いささか古いんですが、「山本五十六の言葉+家族に接するような愛情」は技術継承でも通ずる気がします。
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