四月大歌舞伎初日 2008年04月03日
4月2日は初日だった。
今回は勘三郎の「うかれ心中」(原作は井上ひさしの「手鎖心中」)がかかるので、発売日にがんばったのだがゴールド会員に買い占められていて(単なるひがみか…)幕見の近い席しかなく、ならば幕見で初日に見ようということになった。
目的の「うかれ心中」だけ見ようなどという不埒な考えをしていると、立ち見になってしまうので、その一幕前の「勧進帳」から入らなければならない。
そこで「勧進帳」の切符の発売の40分前に行ったらすでに30人並んでいる。しかも係りの人はすでに立ち見かもしれないと言う。
つまり「居残り」がいるのである。「勧進帳」の前の真山作品から入っているのである。
「うかれ心中」は「ちゅう乗り」があり鳥屋を作るため幕見席が減少するので尚更である。
そんな話を同じ並んでいる人たちと話した。
世話物が好きだし、舞踊が弱いので「勧進帳」は「もういいや」という感じだったのだが、これが意に反し結構よかった。欲を言えば仁左衛門の線が少し細く感じた。
「うかれ心中」は期待どおり、初日という「楽しみ」もあったし、三階席や幕見席へのサービス精神は相当なものと思った。
映画「靖国」種々意見とサンケイ新聞 2008年04月02日
映画「靖国」の上映館が無くなったことで、官房長官、映画監督協会、新聞労連、各新聞がコメントを発表した。それぞれ危惧する内容だったが、上映運動を提案する所はなかった。
サンケイ新聞は社説で「残念だ」としながらも以下の意見を述べた。
「(配給会社・宣伝協力会社・映画演劇労働組合等の「言論の自由、表現の自由への危機を感じる」という意見について)憲法の理念をあえて持ち出すほどの問題だろうか」
言論・表現の自由は憲法で明記されている。「持ち出す」ことに違和感を感じているようだが、違和感を感じる。
「「伝統と創造の会(稲田朋美会長)が試写会を要求したのは、あくまで助成金の適否を監視しなければならない国会議員として当然の行為。批判は的外れ」
国会議員は大きな権力を持っている。そして憲法遵守を義務づけられている。だから「検閲」と疑われるような行為は絶対にしてはならないのだ。
助成金の適否を監視をするのは当然である。しかし一度出した助成金を取り消すことは一時不再理原則でできない。文化庁のその行為を批判することはできる。そのためには一般公開後に映画を「点検」すべきなのだ。
3月29日にNHK総合TVで放送された「探検ロマン世界遺産スペシャル 記憶の遺産ーアウシュヴィッツ・ヒロシマからのメッセージ」もある方面から「偏向」していると批判され予定されていた再放送が見送りになっている。
カエルは熱いお湯に入れられるとあわてて飛び出すので死なない。
水に入れられ、少しずつ熱くされると気付かずに死ぬと言う。
木下順二は「小さな徴候こそ」の中で、「最初ユダヤ人の家に印が付けられた。人々はそれは小さな事と気にしなかった」(それがアウシュビッツにつながる。尚記憶で書いている)
もう、すでに、とんでもない時代になっているのだろうか…
映画「靖国」の上映館が無くなったことで、官房長官、映画監督協会、新聞労連、各新聞がコメントを発表した。それぞれ危惧する内容だったが、上映運動を提案する所はなかった。
サンケイ新聞は社説で「残念だ」としながらも以下の意見を述べた。
「(配給会社・宣伝協力会社・映画演劇労働組合等の「言論の自由、表現の自由への危機を感じる」という意見について)憲法の理念をあえて持ち出すほどの問題だろうか」
言論・表現の自由は憲法で明記されている。「持ち出す」ことに違和感を感じているようだが、違和感を感じる。
「「伝統と創造の会(稲田朋美会長)が試写会を要求したのは、あくまで助成金の適否を監視しなければならない国会議員として当然の行為。批判は的外れ」
国会議員は大きな権力を持っている。そして憲法遵守を義務づけられている。だから「検閲」と疑われるような行為は絶対にしてはならないのだ。
助成金の適否を監視をするのは当然である。しかし一度出した助成金を取り消すことは一時不再理原則でできない。文化庁のその行為を批判することはできる。そのためには一般公開後に映画を「点検」すべきなのだ。
3月29日にNHK総合TVで放送された「探検ロマン世界遺産スペシャル 記憶の遺産ーアウシュヴィッツ・ヒロシマからのメッセージ」もある方面から「偏向」していると批判され予定されていた再放送が見送りになっている。
カエルは熱いお湯に入れられるとあわてて飛び出すので死なない。
水に入れられ、少しずつ熱くされると気付かずに死ぬと言う。
木下順二は「小さな徴候こそ」の中で、「最初ユダヤ人の家に印が付けられた。人々はそれは小さな事と気にしなかった」(それがアウシュビッツにつながる。尚記憶で書いている)
もう、すでに、とんでもない時代になっているのだろうか…
言論・靖国・検閲 2008年04月01日
外に侵略するものは内に弾圧する、と言う。
大逆事件や横浜事件などの言論弾圧事件は、戦争遂行のために為された。
「不戦の誓いをし、平和を希求する」日本は、同じ過ちを犯さないために、言論の自由を守らねばならない。
どんなにリスクがあろうと、どんなにコストがかかろうと、守らねばならない。
そしてそれを全ての人たちが共有せねばならない。
映画「靖国」を上映する映画館が無くなった。よって普通の方法で観る事ができなくなった。
ある個人の表現が外部に伝わらなくなること、これを言論の弾圧と言う。
稲田朋美議員(福井県選出・自民党衆議院議員・弁護士)が、事前上映を要求した。
事前上映の後に上映映画館が無くなった。
稲田議員は「検閲」に当たらないと主張した。
ひょっとしたらそうかもしれない。
しかし、言論の府という国会に身を置くものなら、疑われる行為をすべきではない。絶対にあってはならない。
検閲とは、公開前に内容の点検をすることである。
議員は助成金が正しく運用されているかどうかを確認したかっただけ、と言う。
ならば一時不再理の原則から言っても、公開後普通の方法で観てから確認すべきであった。
プリンスホテルが日本教職員組合の予約を一方的に取り消した理由は「他の人の安全」であった。
今回の映画館側の理由も同じである。
「他の人の安全」?
言論を守られないことの方が遥かに危険であるし、言論を守ることは「身の危険」を賭しておこなわれるべきものなのだ。
言論の府という国会にある、自由民主党や民主党の激しい毅然としたコメントを期待する。
外に侵略するものは内に弾圧する、と言う。
大逆事件や横浜事件などの言論弾圧事件は、戦争遂行のために為された。
「不戦の誓いをし、平和を希求する」日本は、同じ過ちを犯さないために、言論の自由を守らねばならない。
どんなにリスクがあろうと、どんなにコストがかかろうと、守らねばならない。
そしてそれを全ての人たちが共有せねばならない。
映画「靖国」を上映する映画館が無くなった。よって普通の方法で観る事ができなくなった。
ある個人の表現が外部に伝わらなくなること、これを言論の弾圧と言う。
稲田朋美議員(福井県選出・自民党衆議院議員・弁護士)が、事前上映を要求した。
事前上映の後に上映映画館が無くなった。
稲田議員は「検閲」に当たらないと主張した。
ひょっとしたらそうかもしれない。
しかし、言論の府という国会に身を置くものなら、疑われる行為をすべきではない。絶対にあってはならない。
検閲とは、公開前に内容の点検をすることである。
議員は助成金が正しく運用されているかどうかを確認したかっただけ、と言う。
ならば一時不再理の原則から言っても、公開後普通の方法で観てから確認すべきであった。
プリンスホテルが日本教職員組合の予約を一方的に取り消した理由は「他の人の安全」であった。
今回の映画館側の理由も同じである。
「他の人の安全」?
言論を守られないことの方が遥かに危険であるし、言論を守ることは「身の危険」を賭しておこなわれるべきものなのだ。
言論の府という国会にある、自由民主党や民主党の激しい毅然としたコメントを期待する。