言論・靖国・検閲 2008年04月01日
外に侵略するものは内に弾圧する、と言う。
大逆事件や横浜事件などの言論弾圧事件は、戦争遂行のために為された。
「不戦の誓いをし、平和を希求する」日本は、同じ過ちを犯さないために、言論の自由を守らねばならない。
どんなにリスクがあろうと、どんなにコストがかかろうと、守らねばならない。
そしてそれを全ての人たちが共有せねばならない。
映画「靖国」を上映する映画館が無くなった。よって普通の方法で観る事ができなくなった。
ある個人の表現が外部に伝わらなくなること、これを言論の弾圧と言う。
稲田朋美議員(福井県選出・自民党衆議院議員・弁護士)が、事前上映を要求した。
事前上映の後に上映映画館が無くなった。
稲田議員は「検閲」に当たらないと主張した。
ひょっとしたらそうかもしれない。
しかし、言論の府という国会に身を置くものなら、疑われる行為をすべきではない。絶対にあってはならない。
検閲とは、公開前に内容の点検をすることである。
議員は助成金が正しく運用されているかどうかを確認したかっただけ、と言う。
ならば一時不再理の原則から言っても、公開後普通の方法で観てから確認すべきであった。
プリンスホテルが日本教職員組合の予約を一方的に取り消した理由は「他の人の安全」であった。
今回の映画館側の理由も同じである。
「他の人の安全」?
言論を守られないことの方が遥かに危険であるし、言論を守ることは「身の危険」を賭しておこなわれるべきものなのだ。
言論の府という国会にある、自由民主党や民主党の激しい毅然としたコメントを期待する。