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自らの文章のアーカイブと考えている

アイスバイン

 津国屋は混んでいる故に中々入れない居酒屋だ。

 居酒屋と言っても本当の居酒屋。
 店の半分は酒屋だ。
 木造140年の作りだ。
 あの3・11にも揺れたがそれほどでもなかったと言う。

 私は3・11の時、本郷の事務所から歩いて最初に行ったのは津国屋である。
 パタンと倒れてしまったではないかと思ったからだ。
 違っていた、津国屋は凛として建っていた。
 感動した。
 木造140年の造りである。

今日行ったら、なんとアイスバインがある。
 合う酒として菊正宗の純米濁り酒「白絹」を勧められた。
 アイスバインにはウイキョウ入りのキャベツ(ザワークラウトではない)が付け合せであり、酒にも合う。

 140年の伝統である。




修学旅行生の長崎被爆者に対する暴言と学校の不全について 

修学旅行中の横浜市立中学の生徒が長崎の被害者に暴言を吐いたという。

 私はここに学校に変質と不全を見る。

 学問は感性に訴えるものであったはずである。
 学問に触れることは、喜びであり、感動であったはずだ。
 未知のことを知る喜び、人の営みや、真摯な発想に感動するものだったはずだ。
 また、少なくとも学校はそのヒントやきっかけを与えてくれる場所だったはずだ。

 学校は変質し、(いつからかは分らない)点数で人を差別する場所になり、やくたくない勉強をさせる場所になり、受験だ入試だと脅迫資本主義のアジテーターとなり、私生活にまで介入する機関になってしまった。そして卒業したら見向きもしない。
 さらに資本主義化のために経済格差を容認する場所でもある。

 それは学校の自死である。
 学校の言う事は信用できないのである。
 よって学校が連れて行く場所は、すべて嫌悪する場所になってしまうのである。

 人は自らの意志で人の存在や、人の考えに触れるべきなのである。
 学校はそのとば口まで誘導するだけでいいのだ。

 私はその暴言を吐いた学生を批判する気は全く無い。
 学校という機関の不全を想うだけだ。
書評『寄生虫なき病』モイゼス・ベラスケス=マノフ著、赤根洋子訳、文芸春秋

 医動物学を少しでも学んだ者だったらその目的は駆除にあることを否定するものはいないだろう。

 住血吸虫やジストマやフィラリアなど重篤な疾患があるのは事実だし、それらは病想らよって偏見や差別の対象にもなった。

 しかし、回虫や広節裂頭条虫の病理学的被害については明確な印象を持っていないのではないか。

 本書は、
「世界で12億以上の人が寄生虫感染していても無症状」
「近年免疫疾患もアレルギー疾患も科学者たちが「これは明らかに異常事態だ」と感じるレベルになっている」と指摘し、
 1950年から2000年にかけて、感染症の減少と免疫関連疾患り増大が反比例の関係にある。この有病率の差は何から生じるのか?ときっかけを与える。

 そして、アマゾンのチマネ族の調査に入る。
 チマネ族はほとんど全員が鉤虫に感染し、他の感染症の危険にもさらされているが、平均寿命は生殖可能年齢を数十年上回り、ダーウィニズムの厳格解釈をいつ逸脱していて、この余分な数十年の寿命は何のためにあるのか、と考える。(但し乳児死亡率は高い)
 また、喘息はゼロだし文明病と言われる乳ガン、前立腺ガン、卵巣ガン、大腸ガン、精巣ガン、心臓疾患は皆無だという。

 多臓器自己免疫疾患の遺伝子FOXP3は白血球を攻撃モードから平和維持モードをと変化させるが、多臓器自己免疫疾患の場合はこの遺伝子の働きが失われ、白血球は攻撃を制禦できなくなる。

 自己攻撃白血球が絶滅を免れることにより起こるという旧理論ではなく、制禦する抑制細胞の欠如あるいは異常によって引き起こされると説く。

 しかし長期間にわたって平和維持するためには多くの抑制細胞が必要になり、これは寄生虫や微生物との接触により出現するという。

 著者は自己免疫疾患を発症し、喘息や食物アレルギーもある。
 よって自らアメリカ鉤虫に感染するという「人体実験」をやって本書を書いた。

 とても刺激的であり、「駆除」を目的にしてきたものにはなかなか素直に肯首できない事柄もある。しかしページをめくる指が止まらないのは事実だ。スリルであり、サスペンスである。但し図版はほとんどないので学術書てせはなく、サイエンスドキュメンタリー。

 参考文献・論文は豊富だがほとんど英語なので残念。

AN EPIDEMIC OF ABSENSE
A New Way of Understanding Allergies and Autoimmune Diseases