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上海にいたユダヤ人 (20世紀初頭)下

命からがら逃げてきたユダヤ人。

しかし、上海はすでに日本軍がいた。

ナチスドイツの同盟軍として自由に振舞うことは

許されていない。

楽器の演奏など仕事を持ったものには

通行証の提示が求められた。


旅行社と旅行者の紹介する上海・中国 bbs.mumayi.net 参照

門限は夜8時まで。

日本軍はユダヤ人を徹底管理したが、

迫害はしなかったようだ。


ナチスドイツから、上海のユダヤ人の撲滅、

崇明島のユダヤ人強制収容所建設を

再三求められたが、

日本軍はそれには応じなかったようだ。

上海にいたユダヤ人 (ユダヤ教)


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上海のユダヤ教は大きく分けて3タイプに分かれるらしい。

 正統派

 改革派

 保守派

そして、この写真のものは正統派によるもの。


中国語では摩西会堂(モーセ会堂)と呼ばれている。

てっきり創世記からはじまるモーセ五書のモーセから

名前をとったのかと思ったら、建築か設計者の名前だった。

上海で暮らすユダヤ人たちは週末ここで礼拝を行った。


この会堂は正統派のものなので、男女の席が分かれている。

現在は、ミュージアムになっているため、

礼拝のためには利用されていない。

上海にいたユダヤ人

中国に来て外国人がまず感じるのは

金製品を売る店の多さであろう。


そして、例えば上海の場合、

店や商品の名前にはヘブライ語チックな名前が付けられる。




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それまで、上海にいるユダヤ人は裕福な集団であった。

彼らは上海で、事業を拡大し暮らしていた。


しかし19世紀末、中国にやってくるユダヤ人は、

以前のユダヤ人たちの理由とは異なっていた。

ロシアでの紛争、そして、20世紀初頭のナチスドイツによる

迫害から逃れるため・・・


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そして大勢のユダヤ人たちが上海に船で到着。

上海には世界各地からユダヤ人が集まり始める。


以下は上海舟山路(北外灘付近)のカフェ。


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万博前の上海(足場)

市内はあちらこちらで工事、工事、工事。

もともと、

上下左右斜め、

いつも通行に気を使わなければならない。

が、今はもっと気を使う。

ただ、足場が竹だけに軽く、しなやかで、

足場の下が歩道になっている現時点では、

竹の足場の方が、万が一足場が落ちてきても

怪我が少ないのかもしれません。



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足場のことはよくわからないけれど、

この竹で高層ビルの塗り替えに足場を組むって

職人技ですね。

こんな感じで、万博前の上海の街は

みるみるときれいに塗られていきます。

疲労困憊 許可書問題

こちらも、国慶節が近づいてきました。

旅行業界はバタバタしています。

やっぱり長期休暇ですからね。


それでなくても、忙しいのに、

また西の方に行く列車に乗る際に要る許可書の

許可がおりないんです。

そう、勿論外国人立ち入り禁止目的。


って、言ってどこの場所か分かる人は、

相当な○国の通だよなぁ~。


せっかくここへの旅行を楽しみにしてくれた人に、

この通達をするって、かなりきつい。


でも、さすがは、こちらに住む人たちが申し込みしてくださった

だけあって、感動的なほど、機敏に対応してくださいました。


  あ、そりゃ仕方ない。理由は多分、アレ?


ってぐらいの。さすが、現地状況を悟るのが早い。

ここが、新人駐在と、ベテラン駐在の差かも。


まぁ、この鉄道自体、軍用に作られたのだから仕方ないんだけれど。


天空列車の主要用途が

観光用だけの目的で使われる日は

○国万民の願いでもあるんでしょうね。