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↓『嫉妬の法則』ビートたけし著、角川書店、2013)より引用(04)


会話のある温かい家庭なんて、嘘だよね。親子の会話なんて、そんなのないよ。
「子供は黙ってろ」っていうような家庭が一番いい。
子供に、「今日どうしたんだい? 学校で何かあったのかい?」って聞いて、「うん、今日先生がね」なんて、答える。
そんな時は「ばか!」って子供をぶん殴る。
「しゃべんじゃねえ、馬鹿野郎!」みたいなほうが絶対、子供も育つし、家庭も安定してんの。


奥さんと、「会社でこんなことあったんだ」なんて話したり、子供の話聞いたり、みんなでワイワイやってる、これを「あったかい家庭」と勘違いしている日本の文化はホントだめだね。
日本人は常に一緒にいるんだから、会話なんか必要ない。しゃべんなくたって分かるんだから。


親子とか、夫婦で隠し事があっちゃいけないなんて、美人と同じで、隠し事があればあるほどその人がすてきなんだってこともある。


これは女の子のパンツの中に何があるんだっていうのと同じ。見たかないんだ。
見ちゃったらイヤだなって思っちゃうから。
きれいだとか、神秘的な部分は、なるったけ分からないこと、相手のことがよく分からないってことが、すっごい磁石になって引っ張り合うわけ。
お互いが分かったら、ちっとも引っ張り合わない。どんなきれいな人でも。


↑(引用ここまで)
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この情報化社会では、人間関係においても、いかに「知らない」「わからない」状態をキープするかの方が、大切になってきているのかもしれません。


ドラクエの攻略中に、ネットに転がる「ネタバレ」情報を自主的にシャットアウトするのと同じで、親子関係にせよ、恋人関係にせよ、夫婦関係にせよ、あえて「知らない」「わからない」状態を作り出すことで、自分も相手も、ミステリアスというか、魅力的に見せる部分というのは、確かにあると思うんです。


特に、たけし氏も指摘する「親子関係」なんて、言われりゃ確かにその通りです。
みなさん、子どもに擦り寄りすぎなんですよ、私も含めて。
沈黙を怖がらず、もっと黙って、子どもにこちらの顔色をうかがわせるくらいでいいんですよ。


「今日学校で何があったの?」なんて、私も子どもとついつい話しちゃいますが、恋人関係と同じで、「あえて聞かない」という選択肢があると、相手が魅力的に見えるってこと、ありますもんね。「おまえ、そんな言葉どこで習ってきたんだよ(笑)」みたいな。
私の知らない、そいつが外の世界で学んできたことをふいに見せられるというのは、おもしろいし、刺激的です。
ということは逆に、家族や恋人が、内でも外でも何をしているか話しすぎているというのは、おもしろみに欠けるし、刺激がない、ということになると思うんです。


そういえば私も、友人や家族にも、日常的に仕事のことなんてほとんど話しません。
あまりに話さなすぎて、「本当は、仕事行っているふりして、パチンコでも行っているんとちゃうか(笑)」なんてツッコまれるくらいです。
自分でもどうしてそうなのかと考えると、「今日、仕事でこんなことがあった」なんてオチもないような話を家族にしている自分がまずもってサブいですし、そういった「プライベートの切り売り」が、自分の価値を下げていくように思えるからです。


人間関係を良好に保つためにも、お互いに魅力的に、おもしろおかしく生きるためにも、自分の人生を「ネタバレ」しすぎない、適度な距離感を保つ工夫をみなさんした方がいいんじゃないかなあ、と思うのですが、どうでしょうか?


ペタしてね

今年は、お昼を食べずに12:00頃出発したため、到着後だいぶおなかが空いていました。

チェックイン後、ザ・メイン1階の「トムキャット」で遅めのランチです。




ランチメニューはこんな感じ。おや、意外にお安い!




「ステーキ丼」1,250円。




ウィークリーランチセット「麻婆茄子」1,030円。

軽食屋さんの雰囲気で、これがどうしてなかなか美味しかったです!!

ライスおかわりしまくりです(^_^)。


(つづく)


ペタしてね

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↓『いつも心に紳助を』島田紳助著、小池書院、1996)より引用(06)


お酒飲みに行く時は、なんにもない店に限るね。
大阪ミナミに、愛想の悪いマスターと、店員が二人しかいてないスナックがあるんです。なんにもない。客もいてへん。
そこへ行って、今日をいかにおもしろくするか、っていうね。人生と同じですわ。
だから、行っておもろない時もあるんですよ。でもそれは、ぼくらが悪い。


昔ラジオでよく言うてたんですけど、高校生が、学校おもんないとか言うでしょ。
「お前が悪い! おもろい学校なんかあるかあっ」
って。おもろい職場もないでしょ。あるわけがない。
やっぱり、いかにおもろくするか、です。


↑(引用ここまで)
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「学校がおもんない」「職場がおもんない」なんて、自分で過ごしやすい環境作りをするのを怠ってきたガキの言いわけだと思うんです。
誰かに、楽しませてもらおうと思っている。楽しいことが転がっていると思っている。消費者根性丸出しです。
私に言わせれば、自分から他人を楽しませようとしない人、見返りを求めない気配りを日常的にできない人は、「おもろい」「過ごしやすい」環境を得られないと思います。
紳助氏も言うように、自分たちで『いかにおもろくするか』です。


手前味噌ですが、私は職場が変わったり新しい環境に身を置いたとき、まずはとにかくフットワーク軽く、愚直に、先回りして仕事をするようにしています。そこに個性はいりません。飲み会の幹事を任された新人社員のように、とにかく気を配って歩きます。
朝もできる限り早く出勤します。一見無駄に思える1時間でも、自分より早く出勤して玄関外の掃き掃除やゴミ拾いをしている先輩に気づけたり、またそれを手伝ったり、くだらない話をしたりしてコミュニケーションをとることができます。


だんだんそのスタイルが認知されてきたら、休日に買い物ついでにドーナツやらケーキやら美味しそうなものを人数分買ってきたりして、次の日に差し入れてみる。「ちょっとおやつの時間にしませんか?」と提案してみる。
また、機会のあるごとに「ちょっと聞いてくださいよー」と、オチのある話題を提供する。笑ってもらう。ネタに困れば、すすんで自分からいじられ役になる。話が転がるよう気遣う。


部署の人数にもよるでしょうが、私はこういった「種蒔き」を2~3年もすれば、「おもろい」「過ごしやすい」環境が作れるようになってきました。…新参者が好意的に扱ってもらえるのは早くて2年、というのがこのところの実感です。
こんなことを2年も積み重ねていけば、自分のキャラクターはわかっていただけるし、自分から何もしなくても周りから話題を振ってくれるようになる。日常的にくだらない話から仕事の真剣な話まで織り交ざるから、雰囲気が悪くなりにくい。ちょっと困ったときでも、話が通りやすい。


…だからみんなこうしろ、なんて言うつもりは毛頭ないのですが、これくらいの「種蒔き」もせずに「学校がおもんない」「職場がおもんない」なんてこぼしてんじゃねーよ、とは思ってしまうのです。


みなさんは、職場や教室の環境作り、どうしていますか?


ペタしてね

「ホテルニューオータニ」のプールサイドレストランでの夕食の続きです。




これも毎年恒例「心斎橋風海鮮焼きそば”旨塩”」2,800円。




「ビーフ100%ハンバーガー」2,800円にチーズトッピング(+200円)してみました。

「ハンバーガーひとつに3,000円!?」感もありますが、ここはホテルのプールサイド。ノータイムで注文です(笑)。ちなみに、ベーコンやアボカドトッピングもあります。いずれも+200円。




チーズとろーりの、ハンバーグ感もしっかりしたハンバーガーです。


これをいただいたら、プールサイドのリゾートチェアに戻って、22:00頃までゆっくりです。。


(つづく)


ペタしてね

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↓『いつも心に紳助を』島田紳助著、小池書院、1996)より引用(05)


その前に、彼女(長女)にひとつ夢があった。国公立の中学校に行きたい、というわけです。
そこでひとつ約束をしたんです。
受けるのは、誰だって受けられる。どんなヤツだって、勝手に夢決めて。
けれど競争率十倍以上でしょ。どの世界でも一緒や。ほとんどの人が敗者になる。
「その時に、自分が受け止められるか、どうかや。受け止められへん人は、夢にトライする資格のない人や。どうするねんや」
「大丈夫。受け止めるから」
「受験して落ちて、おれらが知らんところで涙流すのはかまへん。そんなとこでまで泣くなとは言わへん。
ただ、おれらと接してる時に、暗い顔したり、こっちが気ィ使わなあかんようになるのは、迷惑や。
夢を追いかける人間は、人に迷惑をかけたらあかん」
「いや、大丈夫」
って、受けたんですけど。


二人で発表を見に行ったんです。不合格の人数のほうが多いわけですよ。
山の上、上っていくと、親子で背中が丸かったりする。
「落ちたの丸出しやな。格好悪いな。……胸張って降りてこようぜ」
って、チビと言いながら上がった。
見た。
「ないな」
「ないな。しゃあないな。行こか」
って、歩きだして。ぼくなんか、結構ショックでね。
可哀そうやな、と思って。ぼくは、ちょっと背中丸かった。
「おっ父、背中丸いで」
「おう、そうか」
って背筋伸ばしたら、前から、うちの大学生の家庭教師が上がって来る。
大きな声、出されへんから、小声で、「どうでしたー?」って言うたんですよ。


そしたら、チビがVサインしよってね。
その瞬間、ぼくは十二歳の、自分の子供やけど、尊敬しましたね。
きっとVサインの気分じゃないでしょう。落ちてショックでしょ。
それを、一年前に言うた約束守って、Vサインして胸張って下りてきたら、なんか、試験に落ちたけど、ひとつ勉強してくれたなって。


↑(引用ここまで)
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…『ただ、おれらと接してる時に、暗い顔したり、こっちが気ィ使わなあかんようになるのは、迷惑や』。


紳助氏は家族で食事中、子どもたちがちょっとでもグズったり泣いたりしたら、決まってちゃぶ台をひっくり返すようにしていたそうです。
「おまえらが泣きたいなら、ひとりのときにでも勝手に泣けばいい。でも、それを家族の前に持ち込まれるのは迷惑や」と。


また、「体調が悪いのも、おまえらの勝手な都合や。客人の前で、暗い顔されるのは迷惑や」とも、子どもたちに言い続けていたそうです。


厳しい物言いかもしれませんが、正論です。
「周囲の人たち・雰囲気への配慮」をここまで徹底して躾けられる人も、なかなか少ないのではないでしょうか。
「子どもなんだからグズるのは、仕方ないよな」とか、「風邪をひいているんだから、今日は仕方ないよな」とか歩み寄ってやる大人ばかりじゃありませんか?


しかし、その「大人からの歩み寄り」「例外を認めてやること」の連続が、子どもや若者たちから「周囲への配慮」を磨く機会を奪っているように思えるのです。
「…今日は具合悪いからしょうがないよな」なんて自分の中で言いわけをして手を抜いてしまう若者の量産に一役買っているように思えるのです。


自分の体調や一喜一憂で場を乱さないよう気を配るのはもちろん、子どもや若者にも頑としてそれを要求できる大人でありたいものです。
「子どもなんだからグズるのは、仕方ないよな」なんて、ものわかりのいい大人ばかりなのは気持ち悪いですからね!


ペタしてね

ホテルニューオータニのプールサイドレストラン「アウトリガー」で、水着のままゆったり食事です。




まずは座席に案内されるなり、「フライドポテト&オニオンリング」1,000円を注文。

…あれ? オニオンリングがない?




…店員さんのミスでした。「フライドポテトを注文したってことでいいですよ」と言ったら、サービスでオニオンリングを後から持ってきてくれました。さすがは、ホテルニューオータニ!


右上の心霊写真(笑)は、オニオンリングを持ってきてくれたことに興奮して口を近づける2歳児です。




昨年までとメニューが変わってしまって、いつもの「スパムむすび(サラダつき)」なんかがなくなってしまっていたので、とりあえずは「銀座ビーフカレー」2,400円。


…高い! ですが、ホテル内の洋食レストラン「SATSUKI」のメニューがプールサイドでもそのままいただけるということで、ここはノータイムで注文です。

ホテルのプールだけあって、支払いはすべて部屋付けにできますので、現金いらずで、サインだけで贅沢な夕食を楽しめます。。


他に注文したメニューはまた次回!


(つづく)


ペタしてね

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↓『いつも心に紳助を』島田紳助著、小池書院、1996)より引用(04)


だいたい、ぼくは、偏差値が高いとか低いとか、全然、信用しとらんですよ。
上の子がいま通っている中学は本人の偏差値が仮に百だったとすると、七十くらいでも入れるところ、真ん中の子が来年受験しようとしているところも、本人の実力の半分くらいのところです。
学校はね、偏差値じゃないですよ。環境です。
どうせ何年も通うんやったら、おもろいヤツが周りにいっぱいおるほうが、楽しいに決まってます。


上の子なんか、いまでは「この学校で正解、正解」って喜んでますよ。
ついでに成績も最初は学年で七番だったのが、いまでは真ん中ぐらいに落ちてしまいました。
本人は、全くあわてず「あほになじんだ」って言ってますけどね。


↑(引用ここまで)
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「偏差値なんて子どもの価値と関係ない、と世間は言うけれど、大学受験や大卒での就職を見据えると、やっぱり偏差値の高い中学・高校にわが子を入れさせてやりたい」
…こんなふうに考えている父親や母親が、けっこう多い気がします。少なくとも私の周りでは。


でも、学校の「おべんきょう」なんて、紳助氏が言うくらいの適当なスタンスで臨むのがちょうどいいのかもしれません。
みなさん、「学校」に期待をかけすぎなんですよ。


大学に行きたければ、自分で遠回りしながらでも、勝手に勉強して、金の工面をして、行けばいい。
社会に出て働くために必要な「挨拶」「気配り」「フットワークの軽さ」なんかは、子どもが小さいときから逆算して、親や周りの大人が仕込んでやればいい。


それもこれも「学校」が全部教えてくれる(べき)、な~んて過度の期待をかけるから、家庭での仕込み(教育)が甘くなるんですよ。


私の知り合いで、小学校から学校に通わず、親から金をもらって日本中、世界中を旅して、今NGOを細々とやっている奴もいます。当然、漢字や計算は苦手ですが、仕事や私生活にはほとんど支障もないそうです。
紳助氏の二女も、大学進学後しばらくして「今の大学にはもう、学ぶべきことがない」と言ってさっさと退学し、中1英語から勉強しなおし、1年かけてTOEFLの基準点を突破し、留学していたそうです。


そんな彼らの暮らしぶりを思うと、「学校」との付き合い方なんて、そんな程度のスタンスでも十分やっていけそうですよね。


「学校」なんて、「学問」「体育」「芸術」という文化の入口を見せてくれる程度で十分。
子どもの社会性の基本は、親や周りの大人たちが仕込んでやればいい。


我々大人が、そういったいわゆる「学歴社会のレール」からはずれた道をどんどん子どもたちに伝えていけば、「やっぱりいい大学、いい会社」なんて凝り固まった発想しかできない大人も減ってくるでしょうし、競争社会で擦り減らされていないユニークな若者も多くなってくると思うのです。


…少なくとも、子どもの成績が下がってきて、『あほになじんだ』と笑っていられるくらいの許容量は持っていないと!


ペタしてね

幼児用プールもあり、夜22:00まで時間を気にせず過ごせる、リゾートチェアやバスローブも無料で気兼ねなく使わせてくれる「ホテルニューオータニ」のプールに今年も行ってきました。




店員さんがプールサイドまで注文を取りに来てくれ、運んでもくれるドリンクは一杯800円以上もしますが(笑)、「ゆったり感」を味わいに来ているのですから、金に糸目は付けません。




ドリンクメニューはこんな感じ。

S君が都合をつけて同行してくれたので、ベビーシッターつきです(笑)。2歳児と0歳児がいても、のんびりさせてもらいました。




自宅を出発したのが12:00すぎ。

チェックインしたのが14:00頃。

16:00頃プールに入ったので、20:00頃には腹ペコです。

水着のまま上がっていけるプールサイドテラスのレストランで、メニューとにらめっこです。


(つづく)


ペタしてね

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↓『嫉妬の法則』ビートたけし著、角川書店、2013)より引用(03)


<女の幸せ>っていうのには、常に男の影が漂っているわけだよ。
男の庇護下に置かれているわけだから。
女の人には下手すると、子供産んで経済的にも困らずに、それなりの趣味があって生きて、死んでいくのが<女の幸せ>だっていう理想像があるわけじゃない。
でも、それはあくまで男の傘下に入った形じゃない。


女は飛び出していくべきでしょう、男の傘の下から。


でも、つまんないことに幸せを見つけるから偉いんだよね、おネエちゃんて。
家出した猫が帰ってきたぐらいで、田舎の親父が生き返ったような喜びかたするもん。
一般的にいえば、「結婚することが幸せ」だとか、「女の生き甲斐だ」とかいう風潮が60%くらいあるわけじゃない。
それに逆らって、「自分は自分なりの生き方をする」。
それにはね、異常なパワーを使わなければならないわけ。
そんなパワーを使うんだったら、へなへなって結婚して、男の傘下にいて子供を育てるのが楽だと思うぐらいの、きつさがあるわけだよ、かたっぽの道にはね。


↑(引用ここまで)
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…『女は飛び出していくべきでしょう、男の傘の下から』。


私も、「家事」や「育児」ばかりにとらわれない、オリジナリティあふれる生き方をする女性がもっといていい、と思っています。
専業主婦をやりながら、「私は家政婦じゃない」「もっと育児をしやすい世の中を」みたいな、いじけたことを言うのはもうやめにして、男の収入に依存しない、経済的に自立した「大人」になればいいと思うんです。


確かに、たけし氏も言うように、「結婚することが女の幸せ」みたいな風潮は、いまだに根強いわけですよ。そんな古くからある流れに逆らって、女性が「精神的にも経済的にも自立した”オトナ”になる」のは、かなりしんどいと思います。
自分が女性だったら、「つらい思いをしてまで我が道を行くくらいなら、結婚して家庭に入っちゃった方がラクかも」と考えてしまうかもしれません。


でも、「家事」や「育児」のような「衣食住」に関することなんて、古代ギリシアでは「奴隷の仕事」ですよ?(笑)
はっきり言って、誰でもできることです。
古代ギリシアの「自由人」は、「衣食住」などの「生活の必然」すべてを奴隷に任せて、哲学や数学、芸術などにふけり、競っていたわけですから。
片手間にやればいいんですよ、「炊事」「洗濯」「掃除」「育児」なんて。
シングルファーザーばりに日々それらすべてをこなしながら、ふざけて暮らしている人間がここにいるのですから、そのくらいのスタンスできっと大丈夫ですよ(笑)。


そりゃあ、「炊事」だって、それこそ「育児」だって、自分の人生のかなりの時間をつぎ込んで、本気で取り組めば、それなりにおもしろいですし、充実するとは思います。
でも、「人はパンのためだけに生きるのではない」と言いますし、「衣食住」なんていう「生活の必然」ごときに、自分自身のオリジナリティあふれる「人生」の大部分を犠牲にしてしまうのは、非常にもったいないと思うのです。少なくとも、私はそう思います。


…こういうことを言うと、「女性差別」だとか「女性が出産後も仕事を続けるのがどれだけ大変かわかってないのよ」だとか言われてしまうんでしょうか(笑)。
女性の社会的地位の向上に躍起になるのも大変結構ですが、そんなことをぐちぐち言っている暇があったら、もっと魅力的に生きて見せろよ、まずもっておまえらの生き方が魅力的に見えへんわ、と心底思います。


そんな「もっと育児のしやすい環境を」みたいなことばかり口をそろえて言うフェミニストどもも、女性向け雑誌や育児本に振り回される没個性な主婦どもも、問題なのは、彼女たち自身が、(少なくとも私の目から見て)ちっとも魅力的に見えないことです。
私も、世間の主婦どもにひけをとらないくらいに家事・育児をしているつもりですが、ああはなりたくないなって思いますもん。


専業主婦をやるのもいいでしょう。
仕事を続けながら育児をするのもいいでしょう。
結婚・出産などしないで、悠々自適に暮らすのも、もちろんいいと思います。


ただ、どちらにせよ「そいつが魅力的か」「拍手を送りたくなるような、オリジナリティある生き方か」という、その女性一個人を「ひとりの人間」としてどう見えるかが、着目すべき点だと思うのです。
だとしたら、精神的にも、経済的にも「自立」した女性の方が魅力的なんじゃないかなあ、と個人的には思うので、今回こう書きました。


…世の男どもが「かわいい、素直な(言うことを聞く)お嫁さん」をまだまだ女性に求めているとしたら、私が思うような流れにはならないでしょうけど。。(笑)


ペタしてね

もはや若い頃から行き倒した花火大会。。さすがに何の驚きもありませんが、子どもを肴に。


15:00すぎに集合して、近所のスーパーへ買い出し。ピザ、お寿司、枝豆、お惣菜、ドリンクなど。お菓子は事前にSさんが買っておいてくれたものを持参。保冷剤代わりに冷凍みかんを買ってぶちこんだり。


16:30出発 → 17:45会場付近の駐車場に到着。今年はできるだけ近くに停めて、早めに出る作戦。


徒歩で18:15頃現地到着。右側遠目の階段を登ってすぐの仮設トイレからやや斜め下がベスト。

大きなブルーシートを河川敷にバサっと敷きます。19:00の打ち上げ開始を待ちながら飲み食い。




19:00~20:00すぎまで楽しんだ後、20:15には撤収。20:30終了なので、もうちょい早くてもいいかも。

Sさんの読みで、私は駐車場へダッシュして、その間に他のメンツはそのちょい先の細道まで徒歩。荷物や子どもを積み込んでいる時間のロスをなくす作戦。

さすがSさん、ちょうど混み始める直前で、駐車場から出る車の行列を間一髪逃れました!

そのちょい先で、ゆうゆうと渋滞を逃れ、ゆっくり荷物の積み込みを。

見事に22:00には帰宅できました、お見事!


…現地でみなさん、揃いも揃ってケータイを花火に向け、写真やらムービーやらを撮りまくっている図が非常に滑稽だったので、その仲間には入りたくないプライドが先立ち、花火の写真は一枚もありません。。(笑)


ペタしてね