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↓『日本人改造論』ビートたけし著、角川新書、2014)より引用(15)
でもさ、ホントは父親なんてさ、子供にとっては迷惑だと思うよ。どんないい父親だって。
要するに親子の会話なんてしたくないんだから。
なんか、こう親らしくさ、子供にかかわろうったって、子供には子供の世界があってね。
親に踏みこまれるのって、いやなもんなんだよね。
↑(引用ここまで)
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…『子供には子供の世界がある』。
それは誰もがそう思っているのでしょうが、それを実践できている親は少ないように思います。
ついつい口や手を出したがってしまうし、子どもに自分で考えさせて失敗させたほうがいいことでも、「ありがた迷惑な」アドバイスをいちいちしてしまっていますよね。
つまりは、親はついつい「支配」「監視」したがってしまう、ということです。
…でもこれって、「恋愛」やらの対等な人間関係に置き換えて考えると、かなり「ストーカー」的な欲求だと思いませんか?
今日、学校(保育園、幼稚園)で何をしてきたのか、知りたい。
今、何を考えているのか、知りたい。
ちょっとでも危険があると、「危ないよ」と言ってやったり、取り除いてやったりしてしまう。
…なんだか、束縛の強い彼氏や彼女みたいですよね。
相手からすれば、「気持ち悪いな、ほっとけよ」と(笑)。
私たち大人がかつて子ども時代にそう思っていたように、「ガキ扱い」されたくないし、いちいち友だち関係を詮索されたくないし、どんな恋人と付き合って、どこでセックスしてきたかなんて、親には絶対に知られたくなかったはずです。
でも、「親」という立場になったとたん、「なんでも話す子ども」「なんでも親の言うことを聞く子ども」「行儀のいい子ども」「ちゃんと学校やらに通う真面目な子ども」となることを、自分の子どもには要求する。…自分はそうでなかったくせに。
なんて身勝手な発想でしょう!(笑)
だから、私は気をつけることにしています。
子どものことを、知りたがらない。
子どもに、「完璧」「いい子ちゃん」を求めない。
お節介なアドバイスをするより、失敗させて自己学習させる。
子どもとは会話はしますが、子どものレベルに迎合した話題でなく、大人が「おもしろい」「興味がある」ことを「おもしろおかしく」話せば、「知りたがり」「ストーカー的」にはならないと思うんです。
むしろ、子どもが自分から今日あったことを「おもしろおかしく」話さないと、「自分に興味をもってもらえない」と焦らせるくらいがちょうどいい。「オチ」のない話でも「うんうん」と聞いてくれる親がいるから、他人に配慮した話し方のできない、「自分本位」なガキが育つんです。
また、勉強やスポーツができなくても、それはそいつの人生ですし、いじめにあって不登校になる可能性だって十分にあります。小中学生くらいで彼氏・彼女を作って、知識の少ないままセックスだってしてきちゃうかもしれません。それはそれで、そいつの人生です。親として「避けさせてやりたい」失敗でも、一度実際に「痛い目」にあったほうが、そいつは「成長」するのかもしれません。
「子どもの自立」「子離れ・親離れ」を想定すれば、こういう対応は至極あたりまえのことだと私は思うのですが、「勉強やスポーツなんて別にしなくていい」「学校でいじめられてこい」「彼氏・彼女を作って失敗してこい」なんて堂々と言ってくれる「育児の目的を履き違えていない」大人にはなかなかお目にかかれません。
口うるさく、「静観」できない、ガキを自分のモルモットのように扱う「ストーカー」的な親があまりに多いと感じるのは、私だけでしょうか?
↓『日本人改造論』ビートたけし著、角川新書、2014)より引用(15)
でもさ、ホントは父親なんてさ、子供にとっては迷惑だと思うよ。どんないい父親だって。
要するに親子の会話なんてしたくないんだから。
なんか、こう親らしくさ、子供にかかわろうったって、子供には子供の世界があってね。
親に踏みこまれるのって、いやなもんなんだよね。
↑(引用ここまで)
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…『子供には子供の世界がある』。
それは誰もがそう思っているのでしょうが、それを実践できている親は少ないように思います。
ついつい口や手を出したがってしまうし、子どもに自分で考えさせて失敗させたほうがいいことでも、「ありがた迷惑な」アドバイスをいちいちしてしまっていますよね。
つまりは、親はついつい「支配」「監視」したがってしまう、ということです。
…でもこれって、「恋愛」やらの対等な人間関係に置き換えて考えると、かなり「ストーカー」的な欲求だと思いませんか?
今日、学校(保育園、幼稚園)で何をしてきたのか、知りたい。
今、何を考えているのか、知りたい。
ちょっとでも危険があると、「危ないよ」と言ってやったり、取り除いてやったりしてしまう。
…なんだか、束縛の強い彼氏や彼女みたいですよね。
相手からすれば、「気持ち悪いな、ほっとけよ」と(笑)。
私たち大人がかつて子ども時代にそう思っていたように、「ガキ扱い」されたくないし、いちいち友だち関係を詮索されたくないし、どんな恋人と付き合って、どこでセックスしてきたかなんて、親には絶対に知られたくなかったはずです。
でも、「親」という立場になったとたん、「なんでも話す子ども」「なんでも親の言うことを聞く子ども」「行儀のいい子ども」「ちゃんと学校やらに通う真面目な子ども」となることを、自分の子どもには要求する。…自分はそうでなかったくせに。
なんて身勝手な発想でしょう!(笑)
だから、私は気をつけることにしています。
子どものことを、知りたがらない。
子どもに、「完璧」「いい子ちゃん」を求めない。
お節介なアドバイスをするより、失敗させて自己学習させる。
子どもとは会話はしますが、子どものレベルに迎合した話題でなく、大人が「おもしろい」「興味がある」ことを「おもしろおかしく」話せば、「知りたがり」「ストーカー的」にはならないと思うんです。
むしろ、子どもが自分から今日あったことを「おもしろおかしく」話さないと、「自分に興味をもってもらえない」と焦らせるくらいがちょうどいい。「オチ」のない話でも「うんうん」と聞いてくれる親がいるから、他人に配慮した話し方のできない、「自分本位」なガキが育つんです。
また、勉強やスポーツができなくても、それはそいつの人生ですし、いじめにあって不登校になる可能性だって十分にあります。小中学生くらいで彼氏・彼女を作って、知識の少ないままセックスだってしてきちゃうかもしれません。それはそれで、そいつの人生です。親として「避けさせてやりたい」失敗でも、一度実際に「痛い目」にあったほうが、そいつは「成長」するのかもしれません。
「子どもの自立」「子離れ・親離れ」を想定すれば、こういう対応は至極あたりまえのことだと私は思うのですが、「勉強やスポーツなんて別にしなくていい」「学校でいじめられてこい」「彼氏・彼女を作って失敗してこい」なんて堂々と言ってくれる「育児の目的を履き違えていない」大人にはなかなかお目にかかれません。
口うるさく、「静観」できない、ガキを自分のモルモットのように扱う「ストーカー」的な親があまりに多いと感じるのは、私だけでしょうか?