ぼうけんのしょ -75ページ目

ぼうけんのしょ

L□∨Ε...φ( ̄▽ ̄*)ポッ

えと、12日の19時35分がドバイ時間、16時35分がドイツ時間。

BVB公式とSPORTS1で放送するでしょうが、まだ未定。ですって。多分SPORTS1で放送なら、ネットで観戦出来るでしょうネ。
出来ればbvb.totalでやってないかな。
今のところ、有料コンテンツでトレーニング二日目を見せてるだけみたいな。

ちなみに、有料コンテンツは月4.95ユーロ、年39.9ユーロだから、安いから会員になりたいなぁと思いつつ、試合は結構、あとからyoutubeに出てますしね~。でも、練習風景とか、フルで全試合、いつでもキレーな画質で見られるみたいだから、ちょっと惹かれマスお願いお願い

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やはり、ドイツと違って太陽が眩しいですね照れ
日光がないと、人はやっぱり、辛いです。
水が少ないのも大変ですが。

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ルールナッハリヒテンのマティアスがまた、同行してますね。ドゥルム、シャヒンの復帰組、Pulisic、ステンツェル、パスラックなど新参加選手を中心に見てますね~
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やっぱり仲がいいこの二人。
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ギュンのヒゲは、やっぱりあったほうが好きかな~照れ
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しつっこく、リベリーの寝てる姿を、アラバがインスタグラムに載せてます(笑)
2回目(笑)

寝てるアニキに構ってもらいたくてショウガナイ弟かい

リベリーも、またしばらく、戦列はなれちゃったからな。
なかなか、ロッベンもそうだけど、完全に復帰するのが、難しいよね。


Here we go again. See the whole day on my Snapchat account: da_twentyseven! Good night, guys 😂 #da27

David Alabaさん(@da_27)が投稿した動画 -

またまた、マスコミの餌食になる人がでてきたなーと見てましたが。

サエコとダルビッシュのときも思ったんだけど、やたらと女性側をたたく風潮があるなと。

サエコの場合は不倫じゃないけど、
・ダルビッシュの面倒を影で支える妻であるべき!
・もっと面倒をかいがいしく見るべきだった!

的な、ジェンダー旧態そのまんまな意見が多く見られて、何言ってんだろ?と思った。そんなの、二人の自由ジャン。他人が言うことか?

サエコさんが、会社をつくって働いて、何が悪い?
ダルビッシュを多少ほったらかしにしたって、他人が文句言う筋合いはない。
ただ単に、ニーズが違ったんだねーお互いにー、という話じゃない。


まぁ、サエコの会社というのが、ダルビッシュありきの、七光りの会社だったから、私はどっちもカッコイイとは思ってもいなかったけれどもさ。

かいがいしい妻じゃない、だからバッシング!
アホかと。

それをサエコバッシングまでいっちゃうのが、日本の「ジェンダー」。
だから、日本の女性は、こーいうのにもっと怒るべき。

おなじことで、ベッキーばっかり矢面に立ってるのが「ジェンダー」だなぁ、と思うわけで。



そら、確かに、法律上の夫婦に対して、既婚を知りながら(最初は知らなくても)離婚をせがむということがバレたのは、法律上ヤバイ話。→ということは、これは弁護士の知恵付けがあったんだろうなと。誰がやったとかいいませんが。

でも、同罪じゃん。男がそもそも、そーいう付き合いをし始めた時点で。
てか、最初隠した時点で、男のほうがずっと悪いじゃん。

だとしても、ベッキーへの憎しみはとまらない。だから週刊誌にリーク。どっちもダメージを受けろや、と。
そして日本だと、なぜか、ベッキーのほうがより、大きい社会的制裁という名のダメージを受ける。

私は、コレが気に食わないんだよね。麻木久仁子のときもおもったけど。あれも男じゃん、問題は。だのに、のうのうと、直後から何回テレビに呼んで出しとんねん。


ベッキーの話に戻すけど、糟糠の妻は、そりゃ、被害者ですよ。二人の。
だけどさ、その男、ベッキーじゃなくても、同じことをやってただろうと思うよ?
刺激が欲しい若いミュージシャンが、とっとと家庭に収まることのほうが、無理だよと。
そんなやつを選んで尽くしたのも、自分の選択なんだよと。

そこにベッキーが現れた。ファンです。
おいしくいただきました。
いただかれちゃった後で、既婚者と知りました。離婚を迫りました。

離婚を迫った!鬼のような女だ!といっせいにバッシング。


頂いちゃった時点での犯罪者は、男一人やで?

その男一人、ダメージ負わせてもよかったんとちゃうの?
てか、バッシングがなんで、ベッキーばっかりに集まるのか不思議。
悪の根源は、この男やろと。

という意味では、ベッキーは被害者だなと思う。まぁ、相手が既婚者かどうかを、もうちょい慎重に確かめなかったという点だけは、問題だったかもしれないけどさ、憧れのミュージシャンと会って舞い上がっちゃいました、というのは、そんな罪か?


まぁ、ミュージシャンなら、音楽に生かして、切なくどろどろした歌でもつくりゃーいい。

ベッキーも、清純派でかしこいよい子を捨てて、ド本音で生きる、有吉的なポジションで復活すりゃーいいやと思うよ。
でも、有吉ほど、かわいらしく振舞う悪知恵がないから、このまま終わるかもね。。
ボスに再会

アンチェロッティという、レアルのプロチームでの安全圏から離れ、ジダンは2014年、レアル・マドリード・カスティージャの監督に任命された。というか、まぁ、そうなったと言えるような。クラブのウェブサイトによれば、アカデミーのボスである、サンティアゴ・サンチェスもまた、このフランス人とともにテクニカル面での指導者だったが、ジダンのUEFA監督資格の取得がまだで、この2部のチームを率いることに適していなかったのではないかとマドリードサイドは心配したからだ。

しかし2014年7月の半ば、最初のトレーニングの日に直接彼から挨拶をされ、カスティージャの初戦を指揮され、指示を出され、途中交代を言われ、チャージを黙認され、一方でサンチェスが受身的にベンチに座っているのを見てきた選手達全員が、誰がここを仕切る能力があるのか、十分に認識したのだ。

これは、ジダンにとって、大変良い船出だった。しかし、それも長くは続かなかった。カスティージャは、最初の6試合中1試合のみの勝利で、マドリッドダービーではアトレティコBチームに1-0でリードするも、2-1で負け、ジダンは現在のメンバーからふさわしいベストメンバーを選出することや戦術構成を練り直すことに苦しんだ。おそらくジダンのサッカー人生のなかで、試合の方向を変える事ができなかったという初めての経験だっただろう。

「私が彼に会いに行った最初の日には、彼はとてもトレーニングでは臆病になっていて、グループをまとめきれていなかった」と、彼の指導者であるラコンブは語った。
「15日後には、彼はもう少し自信を持てるようになったようだが、しかしまだ、試合には勝てていなかった。」

サッカーの芸術家として名高いジダン(『私は自分のチームにプレイさせ、ボールを散らし、下から組み立て、ポゼッションさせたい』)と、ラコンブは、まもなく解決策を見つけた。
選手の能力の限界を、きちんと考慮に入れないといけないのだ。
「私たちは、彼がチームのプレイスタイルを変えなければならないという結論になった。ポゼッションサッカーではない、何かもっと、直接的で効果的な方法に」

変更は、功を奏した。4-2-3-1の布陣にし、それをシーズンの最後まで続け、10月半ばには、48点の可能性がある中、37点を稼ぎ、1月にはトップになったのだ。

マンチェスターユナイテッドからのローン移籍である右SBギジェルモ・バレラは、ジダン主導での契約をしたが、優秀な守備選手であり、キャプテンのセルヒオ・アグサーが中盤を落ち着かせ、ラウル・デ・トマスとの連携で鋭い攻撃を作った。


静けさの前の嵐

ジダンの取り組みの最中で、スペイン監督協会は、最終的にジダンの監督としての存在が、悩みの種となった。
(訳の悩みドコロ:
Halfway through that run, the Spanish coaching federation had finally addressed 
the elephant in the Zidane coaching room  『address the elephant in the room』は、完全に無視、という意味になる比喩的イディオム。疎ましいから、明らかな問題を無視するという意味にもなることから。とまぁ、こういう比喩的イデオムや皮肉的表現の宝庫なんだよ、この記事の文章は・・・だから難物。)


会長のミグエル・アンヘル・ガランは、ジダンに対し、公的な肩書きがあるにも関わらず、必要な資格を取得するまでは停職するよう申し渡した。スペイン大会委員会もそれに同意し、カスティージャのボスを3ヶ月活動禁止にした。

酷いことになったが、ジダンはガランが「嫉妬したからだ」と責め立て、30日以内にUEFAプロライセンスを取得することができたはずだと主張したが、結局彼はフランスで取得することにしたのだった。後者は、このフランス人に対し、「彼は厄介で傲慢な態度だ」と反応した。

とはいえ、ジダンは、正しい点もあるのだ。というのは、その2カ国では、監督資格については差があるのだ。スペインでは、ジダンのような第1級の世界的選手に対しての「飛び級」制度があるのに対し、フランスでは3年間の机の上での学習が必要で、ジダンはそちらを選んだのだ。実際、スペインの規則は、UEFAよりも厳しく、彼には多くの擁護者もいた。
翌日のL’Equipe(フランス日刊紙)では、「彼に仕事をさせろ」と最初のページで書きたて、他のメディアも続々とそれに続いた。

(訳の悩みドコロ:
ここでも疑問・・・えっと、スペインサッカー協会が、ジダンを罷免した、なぜなら資格がないから、ということだったはずなのに、スペインでは飛び級制度がある
→だったら問題をいうことの根拠がないじゃねーかスペイン
→さらに、それがUEFAよりも厳しい、と書いてあるが、根拠なしのむやみな命令を「厳しい」と表現することに違和感。厳しいというよりも、いい加減では?
→さらに、もっと厳しいだろうと思われる、3年間の机での学習期間が必要なフランスで、それをパスしていないジダンを擁護する?フランスでは擁護できないのに、スペインが理不尽だから? もう疑問だらけ・・・)

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えっと、途中で放り投げようかなーと。

記者!なんか、やたらと修辞学的文章がお好きなようで、皮肉・イディオム・レトリックがふんだんにまぶさった文章に、だんだんウンザリしてきた。
たまには、面白いけどね、こういう気取ったアホらしい、理性的にみせかけて理性的じゃない文章も。。(怒)

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ここまでで、なんとなーく思ったこととして。

ジダンが監督になるにあたって、レアル会長からのお気に入りの特別待遇を受けての、資格ナシのスタートだったのを、スペイン協会が、無意味な難くせをつけだしたと。

それに腹をたてちゃったジダンは、本来スペインでその通りにしておけば1ヶ月でとれただろうし、3ヶ月停職にされたとしても、2ヶ月遊んで暮らすとしても、1ヶ月でUEFAのをとれば、楽だったのに、へそをまげて、フランスでわざわざ3年かかる資格取得を始めた?

アホさ具合はどっちもどっちな気が。

でも、結局2014年の話だから、途中で処分を撤回?そしてフランスの資格というのは無視して(何しにフランスいったんねん)、UEFAだけの資格を1年でとって(ドイツに来てペップについて少しだけ学んだだけ?)、そして一度カスティージャに復職して、アンチェロッティの後釜を狙ったけど、クラブはまだムリだと、ベニテスを監督に据えたけど、選手が反発してダメだったから、人気のあるジダン、さらにペレス会長のお気に入りで、モウリーニョともアンチェロッティとも仲良しのジダンを据えた?

内容を考えると、ジダン、ちゃんと監督業の修行、してねーじゃん。
スペイン監督協会とやらも、いやらしいアホだけど。
結局、ペレスのお気に入りでありながら、モウリーニョを獲ろうと目論んで、ダメなら直ぐに変えればいいやという思惑で、半年、お試しでやらされているのかな、ジダンは。



やっぱりか~
クロップも批判されてますな。
いわく、クロップの戦術のせいで怪我人増えたと。

私としては、プレミア日程+クロップ戦術かなと。代表戦で潰されてきた選手もいるわけだし。

で、オーバとフンメルスを取りたいらしいけど、どちらも無理。またスボティッチも多分行かない。た、多分ね~。
ザネは今、大注目だから、難しいですね。

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まずは、アフリカNo.1選手に選ばれたオバメ、オメ!!!!!!
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ラモスの祝福チョキ合格合格

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ヴァイグルもにいちゃんを祝福合格合格クラッカークラッカー
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ホモ疑惑が増したギュン、またビミョーに誤解される写真で祝福にひひにひひチョキチョキ
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基本、トルコ系の人は熱いのよね。
男同士の友情も、熱いのよ、文化なの。本当よ~






さて、ドバイ行きの批判もありましたが、まあ、イイじゃん。対戦断ってるとこは、キョーレツな人権問題があり、ドバイはそんなこともないんだからさ。→唯一あるのは、外国人労働者の安全衛生基準と、ゲイ認めないくらいやろ。イスラエルは人権問題じゃなく政治問題やし。

しんちゃん、きーつけてなー

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スボちゃん、リバプールいかないよね?

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シャヒンが一緒音譜音譜シャヒンが一緒音譜音譜
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パスカル・ステンツェルはいよいよ、プロ本格稼働かな。今の所、ブンデスリーガでもベンチ入りしてるし。
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シャヒン、シュメ、フンメルスが良くつるむんだよね。
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フェリックス・パスラック。彼もプロ入り近いし。
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ドゥルム音譜音譜ドゥルム音譜音譜

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マルコはん、自分のとこのブランド、無理やり被せてるやろニヒヒニヒヒ
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やはり、キャンプ中に、もう一つ練習試合をしたいといいながら、適当な相手がいないらしく、
結局、アブダビに来るフランクフルトが相手に(笑)
試合は12日、時間は未定だから、日本時間は翌日かも。

↑この情報は、RevierSportsから。

また、今回のドバイキャンプを批判する声もあるらしく。

UAEのそれぞれの問題点として
・ホモセクシャルを認めない
・イスラエルを認めない

などの人権問題点があるなら、何で行くねんと。

対戦相手が人権問題を持った国なら、試合しない、というなら、何でまたわざわざドバイ?

まー、私もそう思いましたけどね~
キャンプ地としてOKで、対戦相手としてNGは、ダブスタかと。




昨日の続きです。

彼はボールに話しかけていた

ジネディーヌ・ジダン自身はハードワークしてきたからこそ成功したのだと主張し、生まれつきの才能だとは常に認めたがらないが、並外れた才能を持って生まれた選手だということは明らかだ。
そう、確かに、カンヌで始め、そしてボルドーで、ワールドカップ・チャンピオンズリーグ優勝選手となるべく成長する時間は、かかった。だが、その才能は、小さい頃から明らかだったのだ。

ジダンは、アルジェリア人の両親スマイルとマリカの間に生まれた5番目の子供で、カタラーヌというマルセイユ近郊の高い失業率・ドラッグ密輸・売春などが悩みの労働者階級の町で生まれ、
高層団地の下でボールを蹴ったのが最初だった。

スカウトのジャン・バルーはそこでジダンを見出し、カンヌに連れて行ったのだが、初めてジダンを見たときに感動したのだった。
「彼は、ボールに話をしていたんだ。」
後に、こんなふうに回想していた。
「そんな光景を、それまで見たことがなかったよ。ヤジッド(ジダンのミドルネーム)は、貧しい環境でも戦士の資質を持っていた。彼はハングリーだったんだよ。」


10代の頃のジダン。カンヌにて。


そして、その後は、彗星のようにキャリアを進んだのだった。サッカーが発明されて以来、最も「芸術」に近いものだ。

2006年に彼が引退するまで、彼は全てを手に入れた―――ワールドカップ、ユーロ2000、3つのリーグでの優勝、バロンドール。
だが、ジダンの憧れの監督であるグアルディオラもそうだったが、最後の何シーズンかは優勝もなく、漂流した。

フラストレーションが最高潮だった。彼のキャリアの最後の試合である2006年のワールドカップ決勝での、マルコ・マテラッティへの頭突きは、それにふさわしい最後だった。


ジズーはマテラッティへの頭突きで退場した。

「僕が引退したときは、監督にはなりたくなかった。」
と、ジダンは、振り返る。「何か違うことに、夢中になりたかったんだ」

彼は、ある種の放浪者(ノマド)になった。まだマドリードからは引っ越さずに、彼の両親のルーツであるアルジェリアを旅し、バングラデッシュからスイスまで、多くの国で多くのお金をチャリティーに費やした。
時々、フランスの衛星放送局である「サテライト・プラス」に現れ、主な試合番組に出演し、ダノンやアディダス、レゴのコマーシャルにも出演した。しかし、どこも、彼を捕まえておくことはできなかったのだ。

監督への入り口

2009年の3月、彼はマドリードに戻った。主に、ペレス会長のアドバイザーとしてだ。その年に、彼はスポーツディレクターのホルヘ・バルダノと交代し、ジョゼ・モウリーニョのスタメンとペレスとの間をつなげたのだった。

彼の兄、ヌーレディヌは、「一度始めたら、彼は抜け出られなくなったんだ」と語る。
「彼がほしかったのは、試合前の緊張、プレッシャーだったんだ。そしてそれは、監督になることでのみ、もう一度手に入れることができたんだ。」

彼は徐々に、毎日のトレーニングに関わってくるようになり、それが、また2012年のモウリーニョの退陣につながったともいえる。「スペシャルワン」は、もっとレフェリーをこき下ろし、彼の「口での戦争」に参加してくれるような代弁者が欲しかったのだ、と日刊紙「SPORT」は書いていた。
ジダンは、監督になりたくなった。2012/2013年を、彼はブランコ(レアルのあだ名)のユースチームで過ごし、将来有望だったジョゼやアルバロ・モラタと一人づつ話をし、励まし、説得し、助けた。

そういったこと以上に、彼はドレッシングルームが恋しかったのだ。
2013年にカルロ・アンチェロッティがベルナウに着いたときに、ジダンはアシスタントになった。
「それこそ、僕がやりたかったことだったんだ」とジダンは、輝くような笑顔を見せた。続けて、アンチェロッティは、ユヴェントスでの選手時代の監督であり、唯一、彼がアシスタントを務めてもよいと思う人だったのだ。
「選手を引退した後、僕は大勢の人に会い、沢山のことをし、そしてサッカーについて沢山のことを学んだんだ。仕事は少ししかしてないけどね。だけど、結局のところ、自分の力を注げることに帰ることしかないんだ。人生にね。僕らは自分が愛することをするしかないんだよ。僕の場合、それはサッカーだった。」


彼は、監督資格を取る為にフランスに戻り、トレーニングに集中した。彼は妙な5人制サッカーチームに入り、マーカーコーンを配置して熱心に指揮をとり、対戦相手を分析した。

ギー・ラコンブは本誌に語った。
「彼が17歳のときには、全く想像することができなかっただろうね、彼は、選手以外の何者でもなかったから。」
ギー・ラコンブは、カンヌのアカデミー時代にジダンの最初の監督であり、UEFAプロ監督ライセンス取得のための個人的指導者であり、パリサンジェルマンの前監督であり、ただ一人、ジズーの監督としての資質を分析できる立場にいる。

「ジダンが選手時代から既に持っていた力は、修整力だね。」とギーは続けて言う。
「彼は他の選手のプレイを改善していたんだ。ピッチでは、素晴らしい才能の選手だったからこそ、直感的に問題解決もしていたしね。それだけでなく、彼よりも才能のない選手から、最高のプレイを引き出していたんだよ。
今、彼は、直感以上のものを求めているわけだけど、彼は既に、こういったチームに対しての直感的修整思考を持っている。いつも、他の選手のことを理解していたしね。」

ラコンブの指摘は、重要なポイントだ。偉大な選手がもつ批判精神というものは、監督になったときに、自分自身ができたことを何故実行できないのかを理解できないものだからだ。グレン・ホドルは、よくその例として引き合いに出される。(偉大な選手として古巣で指揮をとったが、全くよい成績を残せず、解説者になった。)
一方で、選手としての力は、彼に比べて発揮できていなかった、モウリーニョ、ヴェンゲル、そしてレアルでの監督をしたベニテスなどは、選手としての並外れた才能がなかったゆえに、よりよく問題の改善点を見つけることができるわけだ。

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今日もここまでにしときます。結構難解な文章で、手こずってます。

この後、物語は、アンチェロッティの元を去って、監督として歩き出したジダンの姿、レアル内部事情、ジダンの変化などなど、さらに掘り下げていってます。好きだわー。だけどしんどいわー。ながいわー(笑)

面白い。ジダンタイプの野生的天才児と、如才なくオールラウンドに学ぶことをしっかりしてきたほかの監督との比較、そして、選手としては同じぐらい天才といわれたグアルディオラが、そもそも選手時代から監督を目指していたこと。
色々、ジダンとの比較ができます。

イメージですが、ジダンは単純な野生児で、単なるサッカー技術の天才、人格的には不安定なタイプ。という風に見ていました。
放浪して、行き場がなくて、刺激が欲しくて監督になりましたー、というのも、なんというか衝動的で深みがなさそうだし。
ちょっと不名誉な結果が出たら、即、違うことをやるか、あるいは、アシスタントコーチというのが天職じゃないのか?

そんな風に、天才ということすらハンデになるような監督業に、ちょっとだけプラスになる情報が出てきましたね。他人の才能を引き出せる、他人を理解できる選手だったということ。

ハングリーが彼を奮い立たせ、大きなプレッシャーを快感に変え、その快感を味わいたくてまた監督になりました。
それだけなのかな?次も興味深いですねー(っと宣伝活動しておきました笑)

途中で放り投げる可能性も出てきましたが(笑)ご興味ある方はまたお付き合いください。