昨日見つけた私の発見、東ドイツは面白いし、独特の文化。
西ドイツと大きく違う、更に言うと、文化は共産支配の影響もあって、自己主張が少なく、空気を読み、人の顔色を伺うことも根付いている。
つまりは、日本に共通点が多いわけだ。
西側ドイツの文化にも、もちろん日本との共通点は多い。
勤勉さ。品質を重視する労働。
質実剛健さ、というのは、ある種の日本の実用第一主義にも通じる。
鑑賞用美術よりも生活用品の美、実用性のある美のほうを大事にした、戦国時代。この美的感覚は、今でもなお生きているなと思う。
でも、日本と西ドイツとで、大きく違うのは、ドイツでは自己主張や強い自我、個人主義を持ち、他人と議論で理性的に勝つことを大事にする。(ヒステリックに暴力的に他人に勝つことは、恥ずべきこと)
ここに気がついたときに、モウ一つ気がついた。
自己主張をしない東ドイツの文化は、もちろん、秘密警察などへの密告を、一般市民が行っていたわけだから。
お互いに顔色を伺い、目立たないようにする、という文化が育つのはうなづける。
日本も、「出る杭は打たれる」、「どんぐりのせいくらべ」、というように、突出することを嫌う文化があり、実際、出る杭は打たれてしまう。
西側ドイツは、なぜ、そうではなくなったのか。
これはやっぱり、ナチスドイツ。なんだろうなーと。
やすやすと、お上や他人の言うことを聞かない精神・気概をもつ必要性を、西ドイツの人たちは、大戦のあとで、反省とともに感じたんだろうな。
自分達がやすやすとだまされてしまったということに、愕然としただろう。
だからこそ、今の西のドイツ気質があるんじゃないかな。
そして、東とは大きく違うんじゃないかな。
だからこそ、私は西側のドイツ人を好きになったんだ、という事もいえる。
日本の空気を読む他人をケアする文化は素晴らしい一方。
まさしくナチスドイツの支配など、簡単に受け入れてしまう可能性のある、素直さ、おとなしさがある。
そのままでいてはいけない、というような、危機感が多少あるのも理由だったり。
西洋、アメリカ・ヨーロッパなどの人と話をすると、容易に説得されてしまうという部分もあり、
私も昔は、ダマサレまくり(笑)仕事上で苦しい目にもあったんで、口は達者だったのが幸い、結構な数、勝ったこともあるわけで。
その、弁論の上手さの、最たるものがドイツ人だったわけ。
だから、キライだったりもした
そして、何が怖いって、私も、超ワーカホリックだった、ってこと。
誰一人私に強制していないけれども、「人生では仕事が第一である教」の熱心な信者だったわけさ。
空気を読む、つまり、反抗せずに、周りに合わせることで、私はこの宗教の一員だったわけで。
これが、日本の怖さ、だなぁと思うのね。個人を簡単に捨ててしまう、全体主義的な傾向。
今は、それが崩れてきているけれども、相変わらず個の強さがない。
でも、学校会社とわずイジメが激しいとか、ネット上での乱暴な議論のやりとりは、実はこういう、個人主義の(よろしくない)発展の一部、とも言えるよね。
イジメが個人主義と結びつくというのは、ちょっと違うか。
どちらかというと、「謙遜」や「調和」よりも、「他人を押しのける文化」なんだろうね。
誰かを踏みつけていないと、落ち着かないような精神性。
個人主義とはまた違う、よろしくない不安傾向がさせることだとも思う。
とはいえ、別に、日本は将軍様に仕えているアノ御国とは、もちろん違う。政府はソフトなコンサバで、全体主義とは程遠い。
だけど、日本人という気質は、このままだとヤバイと思ってるんだよね。
自分達で、過労の問題を意識して変えていくことが、できていない現実。
そこには、民主主義なんて、完全に否定した人たちの「猛進」があるわけで。
私もその一人だったし、他人にその空気を感染させた一人だったわけで。
みんな、一生懸命だから、危険というか。
他人を巻き込む、○○教の信者、な人たちが沢山いて、そういう人が会社を動かしているなぁと。悪い人じゃないけれど、信じているものがヤバイ。
この辺、健全な批判精神と個人主義が、やっぱり必要で、
だからこそ、西ドイツのずぅずぅしぃ
、自己主張や個人主義を、
少しは取り入れないと、ヤバイと思ってる。
個人が強ければ、簡単に人に支配されないし、簡単にブラック企業がのさばらないからさ。
そして、ジャーマン君。私の年下の友達。ロシア移民系ドイツ人で西ドイツ側しか知らない。
(この辺、実は面白いと思う。というのは、ロシア移民が多数いるのは知っていたけれども、どっちかというとロシアと親和性の高いのは、元共産圏の東のはず。なのに、西側のほうにロシア移民が多い理由は、なんだろうという。)
そして、ジャーマン君が大嫌いなのが、まさに、西側ドイツの特徴とも言える、他罰的ずうずうしさ。傲慢な個人主義。
結局、そういう気質になる根底にある反省なんて、彼らの年には関係がないから、西ドイツ出身でも、そういうカルチャーにアレルギーを持つドイツ人もいたりする。
ましてや、ロシアから来て、両親はロシア語をしゃべり、ロシアテレビを懐かしく見ている人たちなので。
だから、彼が西ドイツカルチャーに馴染めない、という理由が、実質的に分かってきたような気がする。
西ドイツ人は、東ドイツ人にとっても、傲慢で鼻持ちなら無い点がある。
やっぱり、見下してるんだよね、実は、内心。
同じことを、ロシア移民にもしているだろうし、さらに、もともと競争社会で、弁論で競い合うという中で、他人へのリスペクトはあまりないだろう。
西ドイツは西ドイツで、戦争後の反省の反動で、逆に、東よりも、左翼的な部分もできたりしたけれども、根底は、それを議論で通してきた、強い個人主義がある。
だから、聞いてみた。東ドイツ人と友達になったことがある?と。
そうしたら、やっぱりまるで縁がないそうで。西ドイツとの見えない壁が、ヤッパリ未だにあったり。
ただ、東ドイツを懐かしむ人たち、レトロで不便だった時代を、恋しく思うカルチャーも実はさかんであり、さらに、西ドイツ人なのに、東ドイツのそういうノスタルジーに共感して、移り住む人なんてのも多かったり。
ただし、やっぱり、社会のメインカルチャーは、やっぱり大きく違っていて、価値観も大きく違っていて。それもまた、ミックスされつつではあるけれども。
その当たりの、東ドイツ人の立ち位置に対し、絶対ジャーマン君なら理解できるし、よい友達になれる、と確信した私は、オススメしておいた。
彼も、そんな身近に異文化があるなんて、思ってもいないんだろうね。
でも、もしかしたら日本へ興味を持ち、日本に行き、ドイツを脱出したい、という夢よりも、東ドイツを理解して友達になるほうが、彼の幸せにはいいのかもしれない。
日本の、悲しい現実は、ちょっとずつだけど、彼にも話してるけれども。
彼も、繊細ではあるけれども、西ドイツ文化出身のずうずうしさや批判精神・議論強さは持ってるから、ある程度平気。だけど。
あこがれていてくれる国が、ちっとも幸せじゃないとは、私も言えないのである。