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Liverpool Echo誌です。
http://www.liverpoolecho.co.uk/news/tv/pete-burns-revealed-dying-lovely-12151266
リバプールエコーは、サッカーのFCリバプールの記事を読みたくて、読み始めてましたが。
実は、ピートが亡くなったのを知ったのは、リバプールエコーのツイートからでした。
リバプールは、ピート・バーンズの生まれた町、それを忘れてないんだなーと。
今回、また新たな記事が出ていましたので、ご紹介します。
(また、該当記事の中で語られる番組が、Youtubeにありましたのでそちらもリンクを載せます。)
https://www.youtube.com/embed/psvrYEhFKVA
昨夜、ピート・バーンズの最後となったインタビューが放送され、そこで彼は、死んでいくことを、
「Lovely Feeling」と表現しました。
デッド・オア・アライブのボーカルである彼は10月23日、肺塞栓症により引き起こされた重篤な心臓発作により亡くなった。
火曜日の夜、チャンネlル5で、彼を最もよく知る人からの逸話などをまじえながら、彼の最後となったインタビューが放送された。
このドキュメンタリー番組で、ピートは至近の、外科手術を行った際の副作用により死に掛けた時の経験を語った。
「全部の使用された麻酔薬と抗生物質の影響でね、副作用があるもので、今僕は、肺塞栓症と、心肺や足の血栓に苦しんでる。」
この命に関わる状況について、彼は語る。
「僕は呼吸停止して意識不明になり、病院に連れて行かれ、そこで言われたんだ、生存率2%以下の状態だったって。でも最終的に彼らは僕を蘇生させてくれたんだよ。」
「死に掛けているのは、とても素敵な気分だった。僕が覚えているのは、全身を管につながれ、取り外して欲しいなぁと願ったこと、だけど、とても素敵な気分だった。まるでベルベットの風呂に入っているような。全てのことが、ふんわりと、そしてだらんとした感じだった。」
長い番組の中でピートはまた、年をとることを全く望まないということも語った。
「年をとることを考えることも嫌だね。65歳のような見た目になりたくないんだ。」
「僕はお隣の男の子(近所のよくいる少年)、じゃないんだよ。全く逆なのが僕さ。※」
「僕は80歳になって、天国にいったら、神様が僕だと分からないようになりたいんだ」
番組では、ピートの沢山の友人や家族らが、このスターに対しての賛辞を送っている。
夫のマイケル・シンプソンは、多くの感動するエピソードを語り、最後にこうしめくくった。
「僕はまだ、ピートがなくなったという事実を、2-3週間前のこととして乗り越えることが出来ないんだ。そんな風になるなんて思ってなかったし、早すぎるよ、畜生。」
ピート・ウォーターマン、ピート・バーンズの悪名高い「You Spin Me Round」のプロデュースに関わった一人が、こんな風に語った。
「彼は人生を愛していたし、音楽を愛していた。やってきたこと全てに、情熱をもっていた。
決して老いた年金生活者になることはないだろう、思っていたし、そうなるのは僕も想像ができなかった。
本当に毒舌家だったけれども、ハートは、リバプールぐらい大きかったね。今まで出会った人の中で、最も優しい、最も思いやりのある男だった。」
トイヤ・ウィルコックス(歌手・英国人):
「彼は、嵐の中の蝶のようだったわね。私が一番好きなタイプの人よ。」
多くの友人達が、ピートが昔リバプールでレコード店(Probe Records)の店員だった時代の話をした。
ピート・グリフィス(友人):
「Probe Recordsは、ケッサクな場所だったね、いつも何が飛んでくるか分からない、君には想像もできない場所だったんだから。」
マーク・ジョーンズ(友人):
「店に入ると、180センチの海賊や、インディアンの酋長に出迎えられたりするんだからね。ビビらされたよ」
このドキュメンタリー番組では、さらに、ピートと整形手術、特に唇についての、複雑な経緯についても、語られている。
2004年のScissor Sistersとの小さなコンサートで、ピートの唇が裂け、外科医を尋ねると、1.5リットルもの膿が出てきた。
それから彼は、その損傷部分の治療のために2年間で100もの手術を受け、経済的に逼迫した。
彼はまた、有名人であることのプレッシャーにも苦しんでいた。
「どんな大学でも専門学校でも、有名であることを、どう扱うかは教えてはくれない。
自分のキャリアを憎んだね、それはひたすら、人目にさらされることだから」
セレブリティ・ビッグブラザー(ピートの出演したリアリティーショー)の共演者達もまた、彼のことを愛情深く語った。
2006年に、彼がその番組内での「生放送ハウス」にいたとき、自分のコートがゴリラの毛皮で出来ている、と言い張って論争を巻き起こし、警察もやってきて、そのコートが取り上げられたりしたこともあった。
ジョージ・ガロウェイ(共演者):
「彼が酷い、厳しいことを言う場合、大体正論だったよ。番組でのピート・バーンズは、演出などじゃない、彼自身そのものが現れていたし、カメラがあることすら、忘れることもあった。
彼は、私のことをお父さんみたいだと言っていたし、彼と一緒に過ごした時間の大半は、私は笑っていたね。」
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※原文だと、「I’m not the norm, I’m not deluded. I’m not the boy-next-door, I’m the boy next door but one. I’m never going to fit in that way, as I say, I live in a very confined, large and well-populated bubble and I’m happy that I am the norm in that bubble」と語ってます。別リンクでのビデオの最後のほうで。
「僕は、何かの代表でもないし、だまされているわけでもない。よくいる隣の男の子でもない。唯一のタイプさ。僕はそんな風に生きることには適応しないだろうし、前にも言ったけど、ものすごく限定された、巨大な喧騒の泡の中に生きてるし、僕はその泡の中でだけの代表でいるということに満足なんだ。」
(正直、この人の言っていることが、すんなりと分かる人、いるのかなぁ。一通りビデオ全部をみましたが、この訳があってるのかは、こころもとないっす。おそらく、リアリティーショーで出来た一通りのイメージ:お金のためにプライバシーを売って、特殊な生放送での共同生活という環境下でのやりとりを国全体に放送された存在、であることをさしているんだろうし、自分が褒められた人間じゃないけれども、その特殊な個性が認められている、ということを語っているんだろなーと。)
この記事のほかにも、悪名高い(笑)サン誌なども沢山出ていました。
また、ピートが、整形したことを後悔していると、占い師に語っていた、などという記事も出ていましたが、信憑性がないし、いかにも期待されたストーリーな気がして、訳しませんでした。
ピート自身が、かなり赤裸々に、悲惨な手術の前後の事を語ってますんで、後悔がないはずがないんです。が、気丈に泣き言は言わずにいたわけですよ。
心を曝け出して悩み相談を受ける職業である占い師が、精神科医なら許されないようなプライバシーを勝手に暴露することがよくないし、そんなことぐらい、言われなくてもファンなら想像できるわ、という。
今後、もう少し、意外性のある話や、知ってよかったと思えた話があれば、またご紹介していきます。今回の記事は、リバプールエコーという、地元誌が、愛情と尊厳をもって書いていたと感じたので。






