米国進出の夢!日本人初の世界王者・白井義男 | BOXING MASTER first 2006-2023

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輪島功一選手の試合に感動、16歳でプロボクサーを志し、ボクシング一筋45年。ボクシングマスター金元孝男が、最新情報から想い出の名勝負、名選手の軌跡、業界の歴史を伝える。

日本人初の世界王者。世界フライ級チャンピオン白井義男(カーン)選手は、昭和29年(1954年)5月24日、レオ・エスピノサ(比)を破り王座防衛4回のフライ級新記録(当時)を樹立。白井選手をモデルにした映画、”血闘”。記録映画”白井義男物語”が封切られた。

大学出の初任給が8、9千円。白井選手が手に入れた原宿の土地が一坪3万円程度。そんな時代に得た白井選手のファイトマネーは、王座挑戦時で50万円。以後は、一試合720万円にまでなった。試合チケットはリングサイド席3千5百円、大衆席3百円程度であった。

「3百円の席で応援してくれる人達を大事にしなさい」


カーン博士。

カーン博士は白井選手にこう指導した。戦争で敗れた日本に置かれた連合国
軍総司令部(GHQ)に所属する、アルビン・R・カーン博士との出会いが白井選手の運命を変えた。出征した白井選手は特攻機の整備を担当する。そして、玉砕する事になる硫黄島に送り込まれる予定だったが、輸送船の手配がつかず、東北の地で終戦を迎えていた。

「私は君をきっと強くして見せる。二人で一緒にやらないか」

昭和23年7月15日。ボクシングを始めて以来、きちんとした技術指導等受けた事のない白井選手は、わらをもつかむ思いで「イエス」と答える。昭和18年晩秋、”拳道会”入門。一週間目に試合に出ろと言われ、8日後にはデビュー戦。48キロの白井選手は、60キロの選手を1ラウンドでKO。しかし、無茶苦茶な時代です。(~~)


マリノvs白井。後楽園球場。


ダド・マリノ(米)の持つ世界フライ級王座挑戦を前に、「自分の為に戦うと思うな。敗戦で自信と希望を失った日本の為に戦うのだ」

こう語った米国人マネジャー・カーン博士。4度防衛のフライ級記録を塗り替えた後の夢は、故国アメリカで愛弟子白井選手をファイトさせ、国際的評価を得る事。大きな夢を描いていた。しかし、当時の米国には世界フライ級チャンピオンを呼ぼうとするプロモーターがいなかった。

そこへ持ち込まれたのが、南米アルゼンチンからのオファー。ペロン大統領は元ボクサーである。29年7月、ブエノスアイレスへと旅立った白井選手一行。世界の王座に就いて以来2年余りの時間が経っていた。

アルゼンチン側が用意した白井選手の対戦相手はパスカル・ペレス。今ならミニマム級で戦える、身長152センチの小兵。しかし、その小さな体で1948年ロンドン五輪ではフライ級金メダルを獲得。プロ戦歴22戦22勝(21KO)。

オリンピックの金メダリストにして、凄いプロ戦歴。だが、世界チャンピオンはそんなものに動じない。確たる自信を持ってのアルゼンチン入りだった。


ペレス&コシィのコンビ。

世界7位にランクされるペレス側は、ノンタイトル戦といえども、あわよくば王者に勝ち王座挑戦のチャンスを掴もうと必死だ。床屋上がりのマネジャー、ラサロ・コシィは勝負を賭けた。

練習場のリングは板敷き。注文とは違うパートナー。何かと白井選手の世話をやき面倒を見てくれる。練習をも間近で観察する。これ、コシィ・マネジャーその人である。

竹原慎二サウナスーツ館

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喜友名朝博(協栄)選手が、 柳 明佑の持つWBA世界Lフライ級王座に挑戦した際、計量後ホテルまでの帰りはワンボックスカーが用意されていた。何やら韓国人も一緒に乗ってくる。愛想だけはやけにいい。対面式にセットされた後部座席で向かい合う形で座る。

夜、リングに上がると赤コーナーにその韓国人はいた。何とそれは、チャンピオンのチーフトレーナー。大竹マネジャーの差し出した栄養ドリンクを一気に飲み干した挑戦者。まさか、日本語はわからなかったと思うが・・・。



7月24日、世界王者と金メダリストの対戦は3万5千人の大観衆を集めた。不利な条件下ではあったが、世界王者らしいボクシングを見せた白井選手。判定は引分け。カーン博士は大いに不満であったが、敵地では仕方あるまい。18日後の海外第2戦では文句ない勝利を飾った。

世界進出への第一歩を記した白井選手。カーン博士の夢は続く。そうしながら5度目の防衛戦を迎えたチャンピオン。世界ランキング3位までが世界王座挑戦権を持つロジカルコンテンダーである。運はペレスに向き始める。上位選手のつぶしあいの結果、消去法で挑戦者にはペレスが選ばれた。

「日本でやれば負けるはずがない」

白井選手が勝っていたならば、ボクシング史は大きく変わっていたかも知れない。米国本土でファイト。現代でも語られる夢の米国進出は、日本人初のチャンピオンも目指していた。誰かが、やらねばいけませんね。

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