アジアの英雄は完璧に仕上げてきた。フットワーク、上体の振り、サイドステップを使った戦略。勝つ為に必要な事を全てやり遂げたパックマンは凄い。フライ級王座陥落は、オーバーウェートでタイトルはく奪の上、ボディ一発で見事に倒されたものだったが。

「あのパッキアオがねェ」
今思えば、10年前の後楽園ホール登場は快挙である。だが、OPBFフライ級王者のファイトマネーは安かった。(~~)
「10年前のパッキアオは同じベルト持っていたんだから、これからご飯食べて大きくなって、ねェ大久保君」(~~)
WBA世界フライ級王者坂田健史(協栄)選手とスパーを重ねるOPBFフライ級王者大久保雅史(青木)選手にとっては励みになる。指名挑戦者ジョジョ・バルドンも、アジアの英雄を輩出したフィリピンの選手。強い気持ちでリングに上がってくるでしょう。23日は好試合が期待出来ます。
さて、柔道ではありませんが、”柔よく豪を制する”結果となったデラホーヤvsパッキアオ戦。小が大を制す。ウェート制のボクシングでカギを握るのは、スピードとタイミング。そして、気持ち。勝って当たり前のデラホーヤと、惨めな敗戦ならば大ブーイング必至だったパッキアオ。後者の気持ちの方が強い事は想像出来る。
70年代、元来ライト級で戦っていた引地 博 (新日本木村)選手は、75年10月、Sウェルター級王者柴田賢治(堀内)選手への挑戦を実らせ王座を強奪した。一度は引分けを宣告されながら、集計ミスにより引地選手の勝ちとなった試合だが、勝負を決めたのは気持ち。

引地 博 選手。
強気で鳴る挑戦者が、22歳の王者の良さを殺してしまった。柴田選手は長身サウスポーのテクニシャンで、後世界タイトルにも挑戦する程の選手。大いに期待されていたものでした。
「中途半端だったボクシング生活に区切りをつけたかった」
新チャンピオンの言葉である。
★08・大晦日決戦!WBA世界フライ級王者坂田健史vs1位デンカオセーン・【オンライン購入】(送料無料)
79年8月の暑い日、新設されたWBC世界クルーザー級(86キロまで)王座決定戦出場が決まっている同級3位鈴木利明(協栄山神)選手は、OPBF・Sウェルター級8位 金 正植(韓国)と前哨戦を行った。
Sウェルター級リミットは69.85キロである。OPBFにはミドル級までしかランキングがない時代。大きな鈴木選手に、小さな金。デラホーヤとパッキアオ以上にも体格が違う。後楽園ホールのファンは鈴木選手のビックサイズに感嘆の声をあげた。
しかし、それもつかの間。試合が始まると、8勝は全てKO勝ちの鈴木選手のパンチはいたずらに空を切るばかりで、小さな金にまるで当たらない。スピードに欠けた世界3位は、3階級下の選手に完敗。

11月1日、蔵前国技館、日本TV放映が決まっていたWBC世界クルーザー級王座決定戦は消滅した。
「やろうと思えばやれるが、こんな試合をやられたんではプロモーターのプライドが許さない。こちらから辞退する」
控え室で金平正紀会長は大激怒。日本人重量級選手の世界戦開催は悲願であったが。

暑さが苦手だった鈴木選手は、水分の誘惑にコンデションを崩した感が強い。体が大きかった分、水分の取り方も半端ではなかった。あの日、ホールに入る鈴木さんとバッタリ会い、カバン持って一緒に控え室に入りました。いつもの人の良い鈴木さんでしたが、まさか、あんな事になろうとは。
この一戦で大事な全てを失ってしまった元アマ王者。気力も一気に衰えてしまったようで、以後は鳴かずとばず。日本のリングに上がる事は二度となかった。82年7月、ラストファイトは大竹マネジャーに引率されての韓国リング。OPBF・Lヘビー級王座決定戦で4回KO負け。
絶対に勝たなくてはいけない者と、己に勝ちたい者。勝負のアヤは、こんな所から始まります。
毎日の”励み”に、応援よろしくお願い致します→
【TOP】
【目次】





