吉田松陰先生、講孟箚記より
その心を尽くす(限界を超えて挑戦する)者は、その性(人の生まれつきの仁義礼智等の人の持ち前)を知るなり。その性を知れば、則ち天(理、真理)を知る。(吉田松陰先生)
・・・心をこめて行動することが、なかなか出来ていないので耳が痛い。衣食住をはじめとして、たくさんの天の恵みを受けながら、その恩に報いて来れなかったのは自らの不徳である。
天皇陛下を敬うことが、国体護持の道
オバマ大統領が、天皇陛下に
深々とお辞儀をしている写真を
ご覧になったことはありますか?
天皇陛下は、世界の元首級より
敬われているのです。
天皇陛下を奉じて、
国家として一体性を保つことが
我が国が生き残る道なのです。
仮に天皇陛下を敬うことをしないで、
得するのは誰でしょうか?
それは我が国と利益を必ずしも
一致させない立場の方々に違いありません。
一人一人が、主役であることと
天皇陛下を敬うことは矛盾しません。
元々日本には八百万のカミを敬う
伝統があります。
一人一人もカミであり、その神々を
統べる方が天皇陛下なのです。
知行合一とはPDCAのこと
知行合一=PDCA。吉田松陰先生が曰く、「行いを捨てた知は真の知ではなく、知を捨てた行いは真の行いではない。知と行は二つにして一つ、そして助け合って真の知(致知)、真の行い(力行)を完成するのである。
朱子学と陽明学では知行合一の解釈が異なり、王陽明などは、特に行動を重視する。それは朱子学までの儒学が余りにも観念重視となっていたことに対する反動である。一方、松陰先生の立場はバランスを説いており必ずしも行を先にせよとまでは言っていない。
頭でっかちも困ったものだが、ただ行動せよとだけ言うようではそれもバランスを欠いているように思う。真の実践家は、仮説を建てて実行し、省みて前に進むと思う。それはPDCAとは結局知行合一のことではないか。
朱子学と陽明学では知行合一の解釈が異なり、王陽明などは、特に行動を重視する。それは朱子学までの儒学が余りにも観念重視となっていたことに対する反動である。一方、松陰先生の立場はバランスを説いており必ずしも行を先にせよとまでは言っていない。
頭でっかちも困ったものだが、ただ行動せよとだけ言うようではそれもバランスを欠いているように思う。真の実践家は、仮説を建てて実行し、省みて前に進むと思う。それはPDCAとは結局知行合一のことではないか。