いよいよ最終審査だ。私は控え室で自分の名を呼ばれたあと、一度深く深呼吸をした。

長い廊下を抜け、審査委員のいる部屋の扉の前に立つ。これまでの審査の間本当に気の抜けないオーディションだったなと、感慨にふける。

「小里裕美、入ります。」

 そう広くは無い簡素な部屋に審査員は5人。対して審査される側は私だけだった。

緊張している事を覚られてはならない。軽く唇をくいしばり、極力無駄な動きのないように部屋の中央に置かれたパイプ椅子に座る。

言葉を待ったのは数秒だろうか?何かを言われるまでは微動もせず、姿勢も崩さず私は待った。

コホンと審査委員長が咳払いをすると、簡潔に告げた。「小里さん、オーディション合格です。」と。

「ほ、本当ですか!?う、嬉しいー!!」

唐突に思ってみなかった事に、たまらず私は歓喜した。

そんな私の姿に審査委員は深くため息をついて互いの目線で合図を出した事を、その時の私は気付く事もなかった。


その日の夕方、失意の中私は帰りのバスに揺られていた。

 瞼に浮かぶ光景は、舞台の上でずらりと並んだ女の子達。

合格を発表するライトは私を素通りして隣の女の子の上で止まった。

私を含む、まわりの女の子達の困惑、どよめき。

しかし、嫉妬や憎悪の視線とライトを浴びた少女は臆することなく淡々とした表情で合格の感想をこう言った。

「映画『感情の無い女』は原作を読んだ時から主人公を演じたいと思っていました。」

 バスの窓ガラスに映った自分の疲れきった顔をみて私は思った。「次は疲れた主人公狙うか」と。


今まさに、世紀の、そして人類の夢が詰まった発明、タイムマシンが動かんとしていた。
研究者であり開発者である山田太郎は、悠々とその歴史的なスイッチに手をかけた。

そこに助手の声。
「で、ですが博士!本当に・・・大丈夫でしょうか!?」
助手の声は震えていた。それは興奮からではなく完全に不安、そして恐怖からだった。
無理もない、このタイムマシンに詰まれているエンジンは、なんと試運転もされていないのだ。
そしてその仕組みはもちろん今これを書いている私になんぞ説明することは出来ないくらい、
高度で未来的で複雑で危険なものなのだ。核爆弾でいうと東京ドーム1杯分くらい危ないのだ。


「ふっふっふ、そうか、まだ話したことはなかったね。よかろう、記念すべき今こそ明かそう」
博士号を手にしたその日からハカセハカセと呼ばれ続ける男、山田太郎は、
似合いもしないのに何故か蓄えた白ヒゲを揺らしながら語りだした。
ちなみにこのヒゲ、そして見事な彼の白髪、実は染めている。


「君は、タイム・パラドクスレスという学説を知っているかね?」
いきなりの質問に面食らうが、それでもこの変人博士に長年付き添った助手である、
記憶の中から該当する語句を拾い出して返答する。
「たとえタイムマシンが完成して過去に遡っても、歴史を変えることは不可能である、
 その理由は現在の状態が全て過去に決まっていたことであるからである。ですよね?」
博士は満足そうに頷いて付け加えた。
「そう、たとえば織田信長を本能寺で助けたとする、助けられるかもしれんし、助けられんかもしれん。
 しかし信長は絶対に生きた状態でその後の史実に関わることはなく、本能寺で信長死去、という史実は変わらない。
 また、例えば物騒な話だが、自分が生まれる前に行って自分の親を殺すとしよう、しかし、殺せない。
 どうやっても、彼がそこにいる以上殺せないのだ。理由はまあ、場合によって違うだろうがね」
とはいえ、世界初のタイムマシンが今ここにある以上、その学説を確かめるのは彼らしかいなかった。
「でも博士、パラレル分岐説もありますよ・・・」
助手はおずおずと提言する。
「ん?ああ、あの現在は過去に分岐した無限の未来の一つであり、過去に何か起こしたら今いる世界は変わらないが
 その何かした世界の未来が新たに生まれ、その世界はそちらに分岐するというアレか。あんなもんデタラメじゃ」
フォッフォッフォと笑う博士。そして話を続ける。

「なんでワシがそう言うかと言うとじゃな、実は、ワシは会ったんじゃよ」
「誰にですか?」
「今日のワシに、じゃ」
「えええええ?!」
助手の素っ頓狂な声が研究室に響き渡る。


「そう、あれは8歳の時の話じゃ」
博士はどこか遠く、多分幼きあの日と言うやつを見つめて話す。

「ワシが公園で遊んでいると、目の前におかしな機械が突然光の中から現れて、中から白髪のおじいさん
 まあその時のワシにはおじいさんの歳に見えたんじゃろうな、それが降りてきてな、こう言ったんだよ
『君は58歳の誕生日に、タイムマシンを完成させる、ワシは50年後の君だ。
 判らなくてもいい、信じなくてもいい、だが、決してこのことを忘れるなよ』
 そう言うと、そのおじいさんは出てきた機械に戻って再び光の中に消えていったんじゃ」
助手は呆然と聞き入っていた。
「これがワシの幼き日の思い出、そして今のワシの行動原理の全てじゃ」
ハッと助手は我に返り博士に詰めよった。
「感動しました!博士はだから今日!誕生日に完成したこれが失敗しないと知っているんですね!」
「そうじゃ、もし失敗するならばあの日ワシは今日のワシに会っていない!」
ちなみに蓄えたヒゲも白く染めた髪もあの日の思い出を元に博士が再現したビジュアルらしい。
見た目にハカセっぽくないと子供心に判らないと思ったのか、と自分に気を使い、
さらにタイムマシンのデザインも様々な障害を乗り越えて今の形、いや、あの日自分が見た形に到達した。
時間を超えるのに適した形は実は別にあり、それを採用したならば数年完成が早かったはずなのだが、
彼は自分の思い出を信じ、そして今日完成に至ったことでそれは完全な確信になった。
今の技術ではタイムトンネルの出入り口を維持することが数十秒しか無理なことも、それを後押しした。
だからこそあの日の自分に会いに来た今日の自分は一言を残して帰っていったのだと判った。


「と、いうことで、じゃ」
こほんと咳払いをして彼はボタンに手をかける、あの日見たタイムマシンのエンジンを起動させるボタンだ。
「はい!博士!行ってらっしゃいませ!50年前のあなたによろしく!」
「うむ、では、人類の偉大なる一歩へ、そしてあの日の思い出へ!」
カチ!博士がボタンを押した。




その日、一つの研究所と、そこを中心に半径2キロの物が根こそぎ消し飛んだ。
時間のパラレル分岐説が実証に至ったのはそれからさらに数年後のことであった。
博士のいた世界でのタイムマシンの実用化に、博士の研究が多いに役に立ったことだけは、記しておこう。

 小学校一年の高志は総合病院前にある公園で一人つまらなそうにブランコにのっていた。そこへ見知らぬ背の高い細身の男が声をかけてくる。

「 どうしたの?なんだか寂しそうだね? 」

 高志は悩みを持っていた。それを誰にも話せず心に重く抱え込んだまま、幼い頭で難解な問題を必死に考え苦しんでいた。

そこへ声をかけてきた目の前の男は自分の生活になんの共通点もないことから、子供ながらにこの人になら話しても大丈夫だと思い、男の優しそうな笑顔に安心しきって話し始めた。

 

「 僕のおばあちゃんが入院しちゃったんだ。もう何日も起きてない。」

 ぽつりぽつりと話す、その表情は酷く心を痛めている様子で、男の方も深刻な空気に水をさす事のないように、時折頷きながら高志の言葉を待つ。

 高志の話では、祖母のお見舞いには両親で来たという。病室には父親の姉にあたる親戚の伯母、そしてその夫である叔父もきていて、今後の祖母の面倒を見る人を誰にするかで話あっていて、高志は生臭い話を聞かせまいとする母親に病室を追い出され、一人公園で暇をつぶしていたのだ。

「 あれじゃ、おばあちゃんが可哀想! うちのお父さんとお母さん仕事でいつも遅くなるから、僕毎日おばあちゃんの家で夕御飯食べてたんだよ!伯母さんだって、叔父さんと喧嘩するとすぐにおばあちゃんの所にきて文句言って、何日も泊まったりするのに!」

 高志は、大人の身勝手さに酷く憤慨しているようで、顔を真っ赤にして話し続ける。おばあちゃんが困ってる時になんで助けてあげないんだよ!と半ば泣きべそをかく。

高志の頭を男が優しくなでた。

「 私は“思い出屋”なんだ。私の思い出で、おばあちゃんを少し元気に出来るかもしれない。」

 高志は男の顔を見上げる。男が懐から小瓶とストローを高志に見せるように取り出すと、瓶の蓋をあけ中の液をストローですくい取り、ふぅっと緩やかに息を吹き込み小さなシャボン玉を作り出した。そしてそれを高志の手の上にのるように風に流す。

 手の平にシャボン玉を受け取った高志は、ふわふわと揺れながらも、それが壊れる事なく虹色の光を映しているのを不思議そうに見つめた。

「 これをそぉっとおばあさんの鼻先で割ってあげなさい。」

 柔らかく諭す声に、高志は力強く頷き、小走りで病室へと向かった。勿論高志だってそれを鵜呑みにしたわけじゃない。だけど、何であってもすがりたかった。祖母の眠る病室の前まで来て一度深く深呼吸をした後、音を立てないように慎重に引き戸を開き中へ入る。

 両親と伯母夫婦はその場には居なかった。きっと場所を変えて相談してるのだろう。高志はベットに忍び寄り、祖母の顔を覗き込む。青白い顔に表情は無く、昏々と眠る姿に死を連想して高志はぎゅうと胸を掴まれた感覚を覚える。

 目を閉じて祖母の回復を何度も祈って、小さな手に包むように持って来たシャボンを祖母の鼻先に押し付けるようにして割った。   ぱちん、

簡単に弾けたそれはふわりと柑橘類の香りをふりまく。高志は祖母の顔をじっと見つめた。そのしわだらけの目元から、一筋の涙が毀れる。弱々しく震える口元から消え入りそうな声がきこえた…。

「 ねぇちゃんと食べた夏みかんのにおい… 」

 祖母のその言葉はどこか幼さを感じる言葉だった。高志は眠ったままの祖母が反応を示した事に驚きながらも歓喜し、細い枯れ枝のような手を握りはやる気持ちを抑えながら、おばあちゃん!と声をかける。

 うっすらと目を開いた祖母だったが、それ以上の反応はなく、高志を落胆させたが、シャボン玉の効果で目覚めたという事実に励まされ、高志は再び男の居る公園へ走った。

 

 男は高志が先ほどまでのっていたブランコに揺られながら、空を仰ぎ口笛を吹いていた。駆け寄ってきた高志に「どうだった?」と、良い結果だという事を知っているよという柔らかい表情で問いかけて来た。

「 お、おばあちゃん、目ぇ覚めた!でも、もっと元気にならなくちゃ、さっきのシャボン玉もっと欲しいんだけど… 」

 息せき切ってお願いをする少年に男は少し困った顔をしたが、すぐにまたあの小瓶を取り出してくれた。

 シャボン液に息を吹き込む前に男はこう言った。

「 思い出は万能じゃない。お祖母さんを完全に元気になんて出来ないよ。でも、君がどうしても困った時は、このシャボン玉を君の鼻先で割るといいよ。 」

 とにかくシャボン玉の欲しい高志はうんうん、と何度も何度もうなずいた。そして望みの物をもらったら、すぐに走りだしながら後ろに大きく手を振り男に聞こえるよう「ありがとう!」と叫んで行った。

 

 病室の前でぜいぜいと背中を丸め自身を落ち着かせ、今度は姿勢を正して戸に手をかけた。しかし、開けきる前に中から聞こえる会話に動きを止められた。

「 なぁ、母さん。姉さんの所がいいよな。姉さんは専業主婦だし、俺達は共働きで日中は母さんの面倒みれないもんな。 」

 高志の父の声だ。声は優しいが、どこか祖母に頷かせようとする言い迫った感じもある。戸の隙間からのぞくと母の姿も見える。その手は父の腰辺りに軽く当てられ父にプレッシャーをかけていた。その様子に高志は嫌悪感を抱いた。

「 ちょっと、高次。うちにはアンタ達の家程経済的にゆとりないの知ってるじゃない!」

 伯母のヒステリーを起こしそうな声。自分の老いた母親を前にしても遠慮はない。そんな図々しさが高志は嫌いだった。

「 お義母さん、私達が協力してお金を用意しますから、施設に入られては?プロの方にお世話していただいた方が私達も安心ですし…。」

 にこにこと愛想笑いを浮かべる叔父にも腹が立つ。

祖母は悲しそうに微笑して、諦めている様子で返事をする。

「 お金の事も気にしなくていいわ。私の事だもの。施設もいいかもねぇ、お友達も増えるわ。」

 病室の戸を閉め、その戸にもたれながら高志は歯を食いしばり、にじみ出る涙をぐっとこらえた。手にしたシャボン玉を見つめ、目覚めた事で家族のあんな姿を目の当たりにしてしまった祖母に、心の中で謝罪する。

強く目を閉じた時、高志の目から毀れた水滴がシャボン玉の上に落ちた… ぱちん。

ふわりと廊下を抜ける風邪にあおられ閉じ込められていた香りが高志の鼻に届く。

どこか埃っぽいような、それでも気持ちのいい緑の匂いがした。

 

目を閉じたまま高志は見た。

教科書でしか見た事の無い田園風景を、日本の古き良き田舎の風景を。

高志が高志として誕生するよりずっと前の景色。魂の記憶。

遠くまで続く青空の下、まだ育ちきっていない稲が、ざぁあと風になぶられ波打つ。

その先で自分に手を振る女性の姿が見える。

もんぺ姿に頭に手ぬぐいを巻いた女性は、手に持った包みを高く掲げ

「 お昼にしましょー 」

と、元気にこちらへ呼びかける。

「 さなえさーん、今日の昼飯は何かー? 」

自分が女性に声をかける。

 

目を閉じたまま高志はみた。

駆け寄ってくるあの女性は、写真で見せてもらった事がある若い頃の祖母だ。

若くして無くなった祖父は、祖母の事を「 さなえさん 」と呼んでいたともきいた。

 

 初めて見たその光景に、高志は懐かしさを感じていた。けれどそれは鮮明な記憶として少年の中に息衝いている。それは自分の魂がその昔、一人の男性として存在していた事の証だった。

悔しくて流れていた涙はいつのまにか、思い出を儚むあたたかいものに変わっていた。

顔に付いた雫をゴシゴシと乱暴に拭いた高志は、病室の戸をあけ堂々と中に入っていくとこう言った。

「 さなえさんの世話は私がやるよ。 」

そして、祖母の傍に近付き彼女の頬をなで、こう続けた。

「 寂しい思いをさせてすまなかったね。 」

祖母が唾液をこくんと飲んで、涙声で高志の手を握る。

「 英次さん… 」

遠い昔そう呼び合っていた若い夫婦がそこにいた。

幼い少年と祖母が寄り添う姿に、まわりの者は何故か自然とそう印象を受けた。

 

 高志は学校から帰ると、そのまま祖母の家へ行くという生活を送っていた。

毎日の日課は夕方の散歩。

その日も高志が祖母の乗る車椅子を押して、他愛ない会話をしながら住宅街を30分程巡っていると、どこかでパープーパーと豆腐売りの鳴らす音が聞こえる。

「 あの音だけは昔と変わらないわねぇ。」

彼女が目を細めていうので

「 今日は冷奴でも食べたいねぇ。さなえさん、家に小ねぎはあったかな? 」

と今日の献立を高志が提案する。

 普段はおばあちゃんと読んでいるのに、何故か昔の話が出ると、祖母の名を自然と呼んでしまう。そんな自分に戸惑う事なく高志は幸せを噛み締めていた。

それは今の二人の時間が思い出とともに流れているからなのだろう。

おだやかに時間が過ぎてゆく。その中に息づく小さな幸福に二人は感謝しながら、長い影を地面に落とし、家に帰って行った。

 

 


むかぁしむかし、といってもほんとは2.3年前
あるところにキャンプにいった若者達がいました。

綺麗な泉の近くで楽しくキャンプを終えた若者達は
後片付けもそこそこに帰り支度を始めました。

「あ、出しっぱなしのジュース飲めねーじゃんよ、もう」
「あー、んじゃ向こうに池だかなんかあったじゃん、流してきちまうわ」
「ギャハハハ、ひっでー」
「だべだべ?環境破壊だべ?」

ゲラゲラと笑いながら男は泉にいき、ちょっと変なにおいになったジュースをドボドボと流します。
「ん?あー、いいやついでだし捨てちめえ」
ぽい、ぽちゃん。
男はジュースのまだ入ったペットボトルを泉に投げ込みました。
「おっと、ついでのついで、っと」
そしてさらに、ズボンのチャックを下ろし、ジョボジョボと小便をしました。
「さ、帰りは俺が運転か、けえんべけえんべ」
ダルそうに頭をかきながら仲間のところに行こうとしたとき、後ろの泉が光りだしました。

見れば泉の中央から白い布に身を包んだ美しい女性が浮かんできます。
「おわっ、なんだなんだ?おおっ、イケてる姉ちゃんじゃん」
「あなたが落としたのは、この金のペットボトルですか?」
「あん?なんだって?」
「それとも、この銀のペットボトルですか?」
「ん?あ、これってアレだべ?ドッキリかなんかだべ?」
女性はもう一度繰り返します
「あなたが落としたのは、この金のペットボトルですか?
 それとも、この銀のペットボトルですか?」
「なんかどっかでこんなの聞いたことあんなぁ」
男は頭をひねります。
そして、小さい頃に読んだある童話を思い出しました。
「あ!そうかそうか、アレかあ」
「あなたが落としたのは・・・」
男は早口でまくし立てます。
「ああ!それね、ちがうちがう!俺の落としちゃったのはアレよ、もっと普通の腐ったジュース入ったペットボトルよ!」
「あなたは大変正直な方ですね」
女性はニッコリと微笑み、どこからか3本目のペットボトルを取り出しました。
「あなたの正直さに感動しました。これは全て差し上げましょう」
金色に透き通る液体、銀色に輝く液体、そして茶色に濁った液体の入ったペットボトルを渡され、
男は心の中でガッツポーズをしました。

泉に消えていく女性を見送って、今度は実際にガッツポーズをしました。
「やったぜ!これで大金持ちだ!やっぱアレだね、正直ってのはいいことだね、ギャハハハ」
男が大笑いしていると、向こうから仲間の声がしました。
「おーい、いつまでかかってんだー」
「おお、今いく今いくー」
男は三本のペットボトルをうまく隠して仲間のところに帰りました。

「うーし、けえんぞー」
「おっけー」
若者達はワゴンタイプの車に乗って山を後にします。
土煙を上げて走り去る車を、山の上でさっきの女性がひっそりと見送っていました。


「ケッ、皆寝ちまいやがって、薄情なもんだ」
運転席に座る男は後部座席で寝こける仲間を見やってから、助手席に置いたバッグを見てぐふふと笑います。
「まあ、今の俺は機嫌がいいからなー。帰ってこのお宝を売って大金持ちに、ん、でもどこでこういうもん売るんだ?」
頭をかしげる男は、前方のなにかに気づきます。
「ん?なんだ?」
車を止められ、運転席の窓を開けるよう促され、制服に身を包んだ警官に声をかけられます。
「なんスカ?検問?」
男はヘラヘラと笑いながら尋ねます。
「そうなんですよ、街のほうで毒物を撒き散らすテロがあってね、まあ、一応調べさせてください」
そう言うと警官数人が車を調べ始めます。
「あ、その助手席のバッグもいいですか?」
「あ、ええ、っと・・・」
口ごもる男に構わず警官はバッグを開けます。
中から出てくるあの3本のペットボトル。
男はしまった、腐ったヤツだけでも捨てておくんだったなと思いましたが、まあ大丈夫だろうとたかをくくって見ていました。
「これ、なんですか?」
「ん?ああ、ジュースっすよジュース」

「じゃあ、ここで一口ずつ飲んでもらえますか?」

男はしばし呆然としましたが、渋々頷きました。
得体は知れないが女神が毒をよこすはずがない、ひょっとしたらすごい薬とかなのかもしれないし、
腐ったジュースは多少腹を壊すかもしれないがここで没収されるくらいなら、そう思ったのです。
ごくり
まず茶色い液体、腐ったリンゴジュースを飲みます。
「おえっ」
「?」
怪訝そうな警官に無理に笑顔を見せます。
「つ、次はこれッスよね」
ごくり
「おえっ!?なんだこりゃ!」
「?自分のジュースじゃないのかね?」
「あ、ああ、友人のなんですよ、コイツ変な趣味してんなあ」
後ろの席でまだ寝ている友人を指差しながらペットボトルの口から漂う匂いを嗅ぎます。
これ・・・もしかして・・・考えをめぐらす男に警官が追い討ちをかけます。
「じゃあ、最後これね、珍しい色のジュースだねえ」
「え、ええ・・・」
ごくり


山の上、あの美しい女性
泉の精はくすりと笑いました。
「腐ったジュースに自分の尿、ついでに入れておいた水銀。私の泉を汚した罰よ、いい気味だわ」

 別に飲みたくて買ったわけでも 欲しかった商品というわけでもなかった。勉強机に肘をつき怠惰な格好で、佐緒里は手にした何の変哲もないペットボトルをまじまじと見てため息をついた。
「 どう見てもはずれだよなぁー、なんか変な味とかしそーだし… 」
 問題の品の入手先は塾からの帰路、いつもと違う横道に入ったところ垣根に埋まるように立っていた古ぼけた自動販売機。そこには昔ながらの商品とならんで「?」と張り紙のされたペットボトルも選択肢にあがっていた。
 中学2年生も終わり頃という年代の佐緒里は塾通いも強制され、生活というものに少々退屈を覚えていた。そんな時にちょっと気まぐれで入った裏道にちょっと気になる「?ペットボトル」…買わない訳はなかった。
( 良く考えたらそんな表示 売れない商品をさばく手段じゃん!大人ってキタナイ!つか、自分もひっかかるなよ!もーこの安っぽいラベルもムカつくー!!)
 未開封のペットボトルには趣味の悪いチープなラベルが巻かれていた。紫色の下地に水色や白の星が散りばめられていて、気取った文字で「貴方の願いかなえます☆」というキャッチコピーと「魔☆水」という商品名が書かれている。占い好きな女の子を狙った商品だったのだろうが、あまりに子供だましに見えて興味どころかテンションも下げる。
 しかし、トンっと中に入った液体が揺れる程投げやりな置き方をしたその時に、普通のジュースにはない説明のくだりが目に入った。失いかけた興味が少し湧く。

「 願いを強く思い浮かべながら一口のんだら蓋を閉め、人目につきにくい日のあたる場所に置いて下さい。」
 
 本来飲料水は飲むものだろー!?と佐緒里は噴出しかけた。そしていたずらっぽい笑みをして、飲んでみようかと思い始めた。くだらない説明を信じた訳ではなく、折角お金を出して買ったものだし、話のネタに味見も兼ねて試してみようと思ったからだ。
 とは言っても、もし願いが叶うなら後悔しないような物にしたいと思うのも人の性。お金は増えすぎると生活激変しちゃうし、不老不死なんてすぐに結果わかんないし…と、しばらく悩んだ末、年頃の少女らしく恋人が欲しいといった願い事に落ち着いた。
 かっこよくて私好みは勿論、趣味もあう人で、優しい人!気取ってない方がいいな。運動も勉強も出来て…そこまで条件そろったら他は何もいらないかも!
考えるのはタダだとばかりに好き勝手妄想しながらキャップを開け一口飲む。
炭酸は入っていなかった。スポーツドリンクに近いような、それでいてトロリと少し喉にからむような甘さ。微妙に塩味も感じる。
 購入してから常温にあったのも手伝って、お世辞にも美味しいといえない代物にすばやく封をした佐緒里は、机の奥に配置されている出窓のカーテンの陰にペットボトルを置いた。
その位置なら、窓の向こうは畑だし、部屋の中から見てもあまり目立たない。
「 これは一口より先に進むのは勇者しかいないよー 」
 誰が聞くこともない感想をもらしたあと、佐緒里は寝る支度をして参考書などを開く事もなく寝てしまった。

 翌朝、ペットボトルの中に小さな粒が浮いているのを発見した。しかし、登校前の佐緒里は特に調べる事もせず自宅を飛び出していった。
 
その翌日、粒はゴマ程に成長していた。虫でも入ったのかと不快に思いながらも、佐緒里は友人千佳とのメールに夢中になりペットボトルの事を忘れてしまった。
 
さらに数日後、週末になったので掃除をしようとカーテンをくるっと纏めるとペットボトルが視野に入る。中で人が泳いでいる。
…!?
もう一度みる。
確かに小さな人が泳いでいる。爪楊枝を半分に折ったくらいのサイズの裸の少年がたち泳ぎをしている。何度も目をこらしてみるが、淡い栗色の頭髪、少し浅黒い皮膚、腕、足。
どう見ても人間のパーツを持った生き物だ。佐緒里が我が目を疑って、虫眼鏡を取り出そうと引き出しを探ってると、ぼぁんとぼやけた声が聞こえる。「 やっと気付いた。」
まさか、やっぱり、でも、もしかして…
現実離れした事実に困惑したり、漫画や小説でよくあるパターンだなと達観したり、佐緒里は静かにパニックを起こしたあと、はたと気付いて発した言葉は
「 あんたいつからそこにいるの?ずっと部屋見てたわけ?」
と、見つけて驚いたを通り越して見られていた事に驚いたという反応だった。
そして、その返事は確かにペットボトルの中で反響しているぼぁんとした声で返ってくる。
「 いつからって物心ついた数日前から。でも気付いたからにはお互い様じゃん。お前も俺の裸みてる。 」
佐緒里はぐっとひるむ、そしてそれもそうかと変に納得した。こういったファンタジーをどこかで一度は考えてたからかもしれない、あまり派手に取り乱す事もなく、それどころかこの異常事態にドキドキと気持ちが高揚していた。(面白い!この子が私の彼になるって事か?これからは共同生活?どうしよう?どうなる?)考えたい事は山ほどあったが、折角の出会いがあったわけだからと、自分の止まらない思考の速度をゆるめて少年に話しかける。
「 あんたが私の彼氏って事? 」
「 そうなんの?さぁ?成り行き次第?多分その為に生まれたんじゃないか? 」
もっと説明的な事を話すかと思ったのに意外と普通な反応、それにしては事情もわかっていそうな口ぶりで自然な言葉に佐緒里は好感をもった。
「 私は佐緒里、名前は? 」
「 まだない。決めてくれよ。好きな名前でいい。 」
佐緒里はその言葉にもワクワクした。(ゲームみたい、愛着わくなぁ。良く見れば願った通りに自分好みのルックスにスタイル。)
家族以外の異性の初めての裸体に恥じる事なく興味深々と見つめていると、少年の方が居心地悪そうに背を向けて肩越しにぼやく。
「 まず欲しいのは、名前と体隠すもの!」
その反応がおかしくて、佐緒里はふふっと笑うと、ティッシュケースから一枚抜き取り、端を千切ってペットボトルに入れた。
「 はい、ミチナリ。」
彼の雰囲気から思いついた名前を呼ぶと、ミチナリは「サンキュ」と軽くお礼を言ってティッシュの端を腰にまいた。

その日から佐緒里の毎日は楽しくて、今までの気だるさが嘘の様。
ミチナリはまだ成長中らしく、中の液体で栄養をとっている。必要な物は得にない。いつも日当たりのいい出窓の隅でペットボトルの中をゆったりと泳いでいる。頭もよく、佐緒里が教科書や、小説、テレビ、漫画、ゲームを見せたりすると何でも覚えていった。
特に、佐緒里が好きな読書やDVD鑑賞、音楽CDにはすぐに興味をもって、それについてのいろんな話をした。

そして数ヶ月と経たないうちに、いつの間にか佐緒里はミチナリの現実社会への夢も持ち始めていた
「 いつになったらそのペットボトルから出てこれるの? どうやって生活に馴染む? 」
「 んー、どうだろうな? 俺はもう少しこのままで居たいや。楽だし、佐緒里と二人でいられるし。」
しかし、幻想と現実への不安を口にしたつもりが、ミチナリの言葉に佐緒里はときめいてしまい先の話にすすまない。もうミチナリへの恋心は佐緒里の心を大きく占めていた。


「 最近成績あがったよねー。」
ある日、帰宅の途中、一緒に帰っていた千佳がふいにそんな事を言ってきた。彼女の言葉通り、佐緒里の成績は担任がクラス全員の前で褒める程に急上昇している。
(そりゃそうさ、私にはミチナリがいるもん♪)
心の中で佐緒里は密かに優越感に浸っていた。ミチナリと一緒に予習をし、飲み込みのはやいミチナリが、佐緒里に解り易く説明するというのが日課になっていた。
「 といわけで、今日勉強教えてもらいに家に寄らせてね!お互い塾ない日だもんな♪よろしく!」
 家も近所という事で千佳とは長い付き合いになる。だからこそ今まで通り彼女には遠慮が無い。佐緒里は焦った。佐緒里の自宅はもう間近、早く断らなければそのまま千佳を自宅に向かえる事になる。
「 私、今日は… 」
しかし、言い訳を口にしようとした瞬間、二人の後ろから声をかけてくる人物がいた。
「 おかえり、佐緒里。千佳ちゃん。」
声の主は佐緒里の母親だった。千佳が明るく挨拶をし、これから寄らせて貰いますなどと母親に説明している。一方の母親も今買ってきたばかりのおやつを用意するね、などと佐緒里を置いて先へ歩きだす。自宅へは、もう30メートルもない。
「 まって、今部屋散らかってるの!」
 そういって二人を引きとめようとするが、歩きながら二人同時に佐緒里の言い訳をはじく。
「 何年の付き合いだと思ってんの。そんなの気にしない気にしない。」
「 あなた最近自分で部屋を綺麗に掃除してるじゃない。お母さん感心してるのよ?」
  そして母親の手が玄関扉のドアノブにかかった時、
佐緒里は母親を突き飛ばし自室へと駆け込んだ。
ミチナリの存在が人目に触れる事は恐怖でしかなかった。

理由をつけるのであれば、その存在は奇異な物で、取り上げられてしまう、見世物になる、解剖される、など色々想像出来るだろうが、その瞬間には何も具体的な事など浮かんでたわけではなく、ただ漠然と恐怖した。ミチナリを隠さなくちゃ、隠さなくちゃと暗示に掛かったように。
そんな佐緒里の尋常でない様子に、母親も千佳も心配して彼女の後を追う。それが余計に佐緒里を追い込んでいるとも知らずに。
佐緒里は部屋に飛び込むとミチナリの入っているペットボトルを胸に抱え込んだ。母親
と千佳が室内に足を踏み入れたのを引き金に佐緒里の恐慌はピークに達した。

「 彼は誰にも渡さない!! 」

すばやく容器のキャップを開けると中身を一気にあおる。最後に佐緒里の目に映ったミチナリは激しく振られたせいか、意識を失っているようだった。
佐緒里の喉に異物が通る感触がした。

ミチナリとの最初で最後のキスは、スポーツドリンクに近いような、それでいてトロリと少し喉にからむような甘さと微妙な塩味がした…。

 それから数ヶ月が過ぎ去った。


あの後、佐緒里は号泣した。母親や千佳の問いかけにも答えず、言葉を発する事を一切しなくなってしまった。学校にも行かずふさぎ込み、時間だけが無駄に過ぎ去った。

自室に今日もこもったままの佐緒里は、その肌に汗をびっしょりとかき、息遣いもあらくベットに仰向けになっていた。ミチナリを飲み込んだ日から今日まで、佐緒里の体に変化が起こっていた。
苦しそうにあえぐ中、ゆっくりと優しく、愛しそうに大きく膨らんだ腹部をなでる。ぴくりぴくりと一定のリズムを刻んで佐緒里の体を痛みが支配する。
「 んーーーーーーーーーーーーっ!!」
絶叫を必死に飲み込み、その痛みの支配から解放された時、佐緒里は新たな命を抱き微笑みささやいた。

「 おかえり、ミチナリ… 」


 


  郷田イサオは子供の頃から愛県心のある男だった。緑豊かで人々も温かく平和なS県。だが、大人になるにつれ見えてきた国の持つ社会問題。そしてS県も病んでいるという事を知った。進み行く都会化、自然災害の脅威、政治家の腐敗、犯罪の多発等等…
 イサオは心を痛め、それを何とか救いたいと立ち上がった。
「 僕が故郷であるこのS県を守ってやる。」
 そしてS県知事になった時もその気持ちは変わる事はなく、志は高く、どの県よりも住み易く、どの県の県知事よりも県民を愛し、混沌とした政治腐敗の上になりたつ日本の中でも、高潔で誠実でありたいと強く強く思っていた。
 
  彼の戦いはそこから始まった。その仕事ぶりはというと、住民の反対する建築中のビルなどは、企業側を強引に説得しぶっ潰し、地盤の緩んだ山に住む県民の不安を聞くと、山をコンクリートで塗り固め、賄賂を進めてくる人間が居れはちゃぶ台をひっくり返し、その人間を社会的に抹殺した。防犯については、警視庁と連携して警察官の訓練強化、犯罪者の厳罰化、強引とも思えるが、効果覿面な仕事を次々と進めていった。
その結果、大手企業はS県から離れていき、他の県議会等からは非難を受け一匹狼になった。しかし、守られている一部の県民の強い支持によりすがるように県知事の座に座り続けていた。彼を批判する県議委員は解散に追いやられ、彼に賛同する者達が変わって県議委員の席に着いた。
 S県議会の暴走振りは国会でも問題になり、県知事の辞職を迫られたが、それを不服とするS県議会側は他県との交流を断ち切り、鎖国ならぬ鎖県を徹底した。付いていけない人間はS県を去り、それを良しとする人は他県から転居し、S県の団結力は強くなって行った。
 その後、イサオは県民に自宅の地下にシェルターを作る事を義務付け、人災、自然災害に備え、県境には高い塀を築き、県民全体による自給自足のシステムを作り上げる事で鉄壁のS県を作り上げた。

 

ある日、イサオが知事室で次の議会の議題について考えていると、窓の外の景色がいつもと違う事に気付いた。外を遠くまで見渡せる大きな窓からは、どぉんどぉんという爆音とともに派手に土煙が舞い上がる様子が見えた。
 イサオの居る県庁舎は県境に建てられているので、その土煙が他県の方でいる舞い上がっているものだという事は間違いない。しかし、人災なのか?天災なのかを知るすべをその時のS県は持っていなかった。すぐに緊急の議会を開き、県民のシェルター避難を呼びかけた。
 県民の避難が始まった頃、県庁舎では何が起こっているのかを把握しようという動きが出ていた、ヘリコプターを出動させ上空から土煙が上がる部分を偵察する。
しかし、山間や県境はどこもかしこも塵粉が視界を遮り、何が起こっているのか全くわからない、どうにかわかった事はその土煙がS県をモクモクと取り囲んでいる事実だけだった。
  やがて県境の爆音と土煙が収まったかと思うと、次は水煙が上がった。爆音のした辺りに
は一続きの亀裂が入り海水が流れ込んできていた。

 県庁舎では久しく使っていなかった連絡手段を使い、都庁との連絡がようやく取れた職員が知事室に駆け込んできて、叫ぶように今起こっている事の真実を伝える。
「 知事! 都庁からの連絡は ( 本日よりS県から日本の一部としての権利を剥奪する。 )という事でした!! 」
 事の真相の衝撃にイサオ知事は言葉を失った。日本でなくなると言う事は他国からの侵略から守られる事もなくなり、法律も意味をなさなくなる。もし大きな災害に見舞われようものなら、誰かが救済してくれるのかもわからない。
混沌としていたように見えた母国の大きさを、突き放された今になって痛感する。あんなに不誠実に見えた母国の長所を今になって思い出す。不満だらけに思い、切り離していった自分を今更ながら呪う。

  そして、S県は消滅した。イサオは県庁舎から外に出て、新たな名もない島国を見渡す。目に映るのは冷たく分厚い壁に覆われた土地、各地からぞろぞろと集まる殺気だった人々、
もはや、イサオの愛した故郷の姿はそこになかった。
 刺さるような人々の視線の中、イサオは言葉をからからに渇いた喉から絞り出した。

「 私はS県知事を辞任します。」

  その言葉が終わるやいなや、イサオは押し寄せる人の波に飲み込まれた。
薄れ行く意識の中、イサオは記憶の中にある故郷に別れを告げた…。

「おめでとうございます!知事!抱負を一言!」
レポーターの向けるマイクにたった今当選確実となった新しい県知事が威勢のいい声をあげる
「がっこうのきゅーしょくからにんじんをなくします!」
「ありがとうございました!最年少で県知事に任命されました山田太郎君、8歳の施政方針でした!」

この県の知事にとある有名芸能人が就任し、度重なるマスコミの取材攻勢に疲れ
「だったらお前らが知事やってみろ!」
と放った一言に端を発した県知事選挙完全自由化。
年齢から政治資金まで全てを自由にしたこの制度はいまやこの県の名物となり
毎週行われる県知事選挙はすでにお祭りの様相を呈していた。


今インタビューをうけた最年少県知事に始まり、名を売るために知事となったお笑い芸人、
引退記念に知事になったプロ野球選手、金に物を言わせて知事になったIT企業の社長などなど。
選出されたおもしろ知事はすでに50人を超える。
毎週ネットに表示される知事候補と現在の知事を見て人々は気軽に投票、公営のトトカルチョも組まれ
県知事選挙はヒートアップする一方だ。


肝心の政治は実質、議会と副知事たちによって行われ、知事がなにかしようとしても1週では何もできないのが現状だった。
様々なリスクを抱えながらもこの制度が続いているのはやはり県民しか参加できないこのお祭りへの他県からの移住による
爆発的な経済効果があるのだろう。


さてこの県知事自由化、俗に言う天才中学生2条例議会突破事件や県知事ストリートファイト4日辞任事件などを乗り越え、
市民権を手に入れたアザラシのドブちゃんが就任して廃案となるまで実に214人(と1頭)の県知事を輩出することとなるのだが、
それはまた別のお話である。


『おじさん、又忘れたの?』


ザァ────

紫陽花の季節、俺は土砂降りの中,ずぶ濡れになりながら道を急ぐ。
あの時の少女に言われた言葉を思い出しながら。


『おじさん、又忘れたの?』


バシャ──バシャ────

紫陽花畑の中、俺は道を急ぐ。
再び少女に会うために、そして手に入れるために。


『おじさん、又忘れたの?』


バシャ──ドタッ──


紫陽花畑を通り過ぎた頃、慌てすぎた俺は小石に躓いてこける。
ずぶ濡れになりながら、何故忘れてたのか後悔しながら。


『おじさん、又忘れたの?』


・・・──バシャ──バシャ──


ドロに塗れながら俺は再び道を急ぐ。彼女に会うために。
少女が居る場所はもうすぐだ。後ほんの数メートルだ。


『おじさん、又忘れたの?』


バシャ──バシャ──ウィーン────


彼女が居るところまで来た。自動ドアを開ける。
そして俺は少女に会う前に店の前にある一本の長い物を持って行く。


「おじさん、又忘れたの?」


ドサッ──チャリン──


それをもって少女の居るレジまで持って行く。少女は俺を見ていつもの台詞を言う。
俺は少女の前にそれを置き、何も言わずに金を払う。

そう、俺が忘れていたもの。今まで忘れていたもの・・・
それは
傘だった。


「毎度、ありがとうございますー!!」


ウィーン──バッ──


俺は黙ってその店から出て行く。
次こそは忘れない、そういつも心に誓いながら。


終わり。

「 思い出せないのよねぇ。」
 気だるげに彼女はそう切り出した。向かいの椅子に座った男は ため息をつき問う。
「 本当に? 」
 ううむ、と彼女はうなって記憶を遡る。
右手人差し指で机をこんこんと叩く。綺麗に伸ばした爪が心地よい音をたてる。
彼女の爪には桜色のマニキュアが塗られ、その上に白と赤で小さな花が描かれている。
親指のその柄が一部剥がれていた。
「 あ、金曜の夜頑張って塗ったのに。 」
 三日もてば充分か。彼女が自分を納得させたのに男が興味を示す。
「 そういうのって時間かかるんだろ? 何時頃に塗ってた? 」
「 確か9時頃、そうそう、好きなドラマ見ながら塗ってたんだ。 」
彼女は記憶をたどるきっかけがつかめたというように目を輝かせた。
いつも見ているドラマは、夏の定番である野球中継の延長により、日頃より遅く始まったと言う事を思い出す。

 その時の気分は最低で、仕事はミスして上司に説教をくらうし、残った仕事をほったらかして退社したのに夕方からの約束はすっぽかされる、家に帰って紅茶を入れればお気に入りのティーカップは割ってしまう。
仕方なしに、色気のないマグカップに紅茶を注いで本を読んだりテレビを見たりと時間をつぶしていたのだ。

「 約束していたのに彼とはあってないのか。 」
 朧な記憶に浸っていた彼女を男の声が引き起こす。
「 うん、約束してた時間に遅れた私も悪いんだけどね。それでも、たかが数分よ?待っててくれてもいいじゃないねぇ?」
 頬を膨らませ同意をもとめるが、男はそんな事には興味ないよとでも言うように軽く首を振った。しかし彼女はお構いなしに愚痴を零し始める。
「 その約束だって、やっと取り付けたのにさ。会社変わってから忙しくなったのか中々デートも出来ないんだもん。会社の近くに新しいパスタのお店が出来たから夕飯くらいたまには一緒に食べようって。 」
 私はトマトソース系が好きで、彼はペペロンチーノを良く食べるの、不愉快だった気分
を払拭した彼女は、愚痴から一転、のろけモードに突入した。
同期で入社した彼とは仕事を通じて意気投合した。
仕事帰りに呑みに行ったりする事も多くなり、恋人に発展するにはそう時間はかからなかった。仕事の飲み込みの早い彼はよく彼女のサポートをしてくれたり、悩んだ時も力強く励ましてくれたりした。
「 私、彼程好きになった人いないんだ。 」
 微かに頬を染めつぶやいた彼女。

ふと、その顔に影が差す。
「 なのに… 」
 声に張りが無くなる。消え入るような声でつぶやく
「 なのに、他に女が居たなんて… 」
髪を乱暴にかきあげ左手で目元を擦ったあと、うつむき目を閉じる。。
瞼の裏に蘇る様々な光景。
 
ベットに放り出していた携帯がなった。同僚の女友達からの着信。
耳に流れ込んできたのは、街の雑踏と友人の潜めるような声。
…アンタの彼がホテルから出てくる所みちゃった! ほら、広報部のあの女! ずっと色目使ってたのは知ってたけど、マジ許せな…
そこまで聞いて、背後で玄関のドアが開く音に振り返った。
 そこには彼が居た。 愛想笑いを浮かべ、残業が長引いて と、彼女の顔色を伺っている。 パジャマ姿の彼女は右手に携帯を握り、左手に彼がいつも使っているマグカップを持って立ち尽くしていた。
小刻みに震え、友人の言葉を思い返しながら大好きな彼に近づいていく。 
ふわりといい香りが鼻をくすぐる。

あの女の香水だ

紅茶が床に飛び散った。
携帯がその上を転がる。
2DKの部屋は玄関を開ければすぐキッチン。夕飯の片付けは後回しにしてたっけ。
流しに置いてあった万能包丁を掴み彼にぶつかって行った。
驚いた彼の顔。
真っ赤な血。
風呂場の排水溝に流れる大量の髪の毛。
旅行用のボストンバッグ。
真っ暗な夜道を照らすヘッドライト。
草むら。
土。


いろんな場面がフラッシュバックする。
そして彼女の思考は真っ白になった。


「 何の話してたっけ? 」
つけくわえて彼女は思う、私何してたんだっけ?
  きょとんとする彼女に目の前の男が唖然とした表情で話を元の位置に戻す。
「 君の行方不明になった彼の話をしてたんだよ。 」
6畳程の殺風景な部屋。 
そばでは彼女の話の内容を無言で書きとめる壮年の刑事。
飾り気のない机にはデスクライトと彼女の分のお茶。
向かいの椅子には父親と同年代位の男が真っ直ぐこちらを見て取り留めの無い話を根気強く聞いている。
浮気されたのがよほどショックだったんだね、と向かいに座った男がなだめると、忘れてしまった過去の記憶に小首をかしげた後 彼女は姿勢を正しスッキリとした笑顔で答えた。

「 私 嫌な事はすぐ忘れるようにしてるんです! 」


すっかり暗くなった空を仰ぎながら彼女は帰路に着く。
どこかぼんやりとしながらも 明日の昼はまだ行ってないパスタのお店に行こう なんて事を考えながら。


                                     おわり。


 

「どうして、ボクが何をしたって言うんですか!」
ボクは怒鳴る。
「君ね、自分が何をしているかわかってないの?」
男が問いかける。
「ボクは彼女を愛しているんだ!だからこそひと時も離れちゃいけないんだ!」
「いや・・・もうやめて!」
彼女が悲痛な声をあげる。
ああ、なんてかわいそうなんだ、ボクがついていながら君をそんなに悲しませてしまうなんて。
「君ね、ちょっと、わかってる?君は元カレなのかもしれないけども、彼女はもうそんな気はないんだ」
男が淡々と語る。
おいおいなに言ってるんだ、俺は彼女と別れたりなんてしていない。
あの日だって別れ際にキスをして・・・
あれ?そのあと・・・
「わかるか?自分のこと。君みたいなヤツを世間でなんて言うか知ってるか?」
男は強い口調になる。
そういえばコイツは何だ、誰だ。警察か?俺をストーカーとして捕まえに来た警察か?
彼女はなんで泣いてるんだ?俺がストーキングしたのか?あれ?なんで俺今ここに

「悪霊っていうんだよ。さあ、現実を見て早く成仏するんだ」

フラッシュバックしたあの日の光景。
空から血まみれの自分と大破した車を見たあの日を思い出した時、俺の体は天国へと浮かんでいった。