今まさに、世紀の、そして人類の夢が詰まった発明、タイムマシンが動かんとしていた。
研究者であり開発者である山田太郎は、悠々とその歴史的なスイッチに手をかけた。

そこに助手の声。
「で、ですが博士!本当に・・・大丈夫でしょうか!?」
助手の声は震えていた。それは興奮からではなく完全に不安、そして恐怖からだった。
無理もない、このタイムマシンに詰まれているエンジンは、なんと試運転もされていないのだ。
そしてその仕組みはもちろん今これを書いている私になんぞ説明することは出来ないくらい、
高度で未来的で複雑で危険なものなのだ。核爆弾でいうと東京ドーム1杯分くらい危ないのだ。


「ふっふっふ、そうか、まだ話したことはなかったね。よかろう、記念すべき今こそ明かそう」
博士号を手にしたその日からハカセハカセと呼ばれ続ける男、山田太郎は、
似合いもしないのに何故か蓄えた白ヒゲを揺らしながら語りだした。
ちなみにこのヒゲ、そして見事な彼の白髪、実は染めている。


「君は、タイム・パラドクスレスという学説を知っているかね?」
いきなりの質問に面食らうが、それでもこの変人博士に長年付き添った助手である、
記憶の中から該当する語句を拾い出して返答する。
「たとえタイムマシンが完成して過去に遡っても、歴史を変えることは不可能である、
 その理由は現在の状態が全て過去に決まっていたことであるからである。ですよね?」
博士は満足そうに頷いて付け加えた。
「そう、たとえば織田信長を本能寺で助けたとする、助けられるかもしれんし、助けられんかもしれん。
 しかし信長は絶対に生きた状態でその後の史実に関わることはなく、本能寺で信長死去、という史実は変わらない。
 また、例えば物騒な話だが、自分が生まれる前に行って自分の親を殺すとしよう、しかし、殺せない。
 どうやっても、彼がそこにいる以上殺せないのだ。理由はまあ、場合によって違うだろうがね」
とはいえ、世界初のタイムマシンが今ここにある以上、その学説を確かめるのは彼らしかいなかった。
「でも博士、パラレル分岐説もありますよ・・・」
助手はおずおずと提言する。
「ん?ああ、あの現在は過去に分岐した無限の未来の一つであり、過去に何か起こしたら今いる世界は変わらないが
 その何かした世界の未来が新たに生まれ、その世界はそちらに分岐するというアレか。あんなもんデタラメじゃ」
フォッフォッフォと笑う博士。そして話を続ける。

「なんでワシがそう言うかと言うとじゃな、実は、ワシは会ったんじゃよ」
「誰にですか?」
「今日のワシに、じゃ」
「えええええ?!」
助手の素っ頓狂な声が研究室に響き渡る。


「そう、あれは8歳の時の話じゃ」
博士はどこか遠く、多分幼きあの日と言うやつを見つめて話す。

「ワシが公園で遊んでいると、目の前におかしな機械が突然光の中から現れて、中から白髪のおじいさん
 まあその時のワシにはおじいさんの歳に見えたんじゃろうな、それが降りてきてな、こう言ったんだよ
『君は58歳の誕生日に、タイムマシンを完成させる、ワシは50年後の君だ。
 判らなくてもいい、信じなくてもいい、だが、決してこのことを忘れるなよ』
 そう言うと、そのおじいさんは出てきた機械に戻って再び光の中に消えていったんじゃ」
助手は呆然と聞き入っていた。
「これがワシの幼き日の思い出、そして今のワシの行動原理の全てじゃ」
ハッと助手は我に返り博士に詰めよった。
「感動しました!博士はだから今日!誕生日に完成したこれが失敗しないと知っているんですね!」
「そうじゃ、もし失敗するならばあの日ワシは今日のワシに会っていない!」
ちなみに蓄えたヒゲも白く染めた髪もあの日の思い出を元に博士が再現したビジュアルらしい。
見た目にハカセっぽくないと子供心に判らないと思ったのか、と自分に気を使い、
さらにタイムマシンのデザインも様々な障害を乗り越えて今の形、いや、あの日自分が見た形に到達した。
時間を超えるのに適した形は実は別にあり、それを採用したならば数年完成が早かったはずなのだが、
彼は自分の思い出を信じ、そして今日完成に至ったことでそれは完全な確信になった。
今の技術ではタイムトンネルの出入り口を維持することが数十秒しか無理なことも、それを後押しした。
だからこそあの日の自分に会いに来た今日の自分は一言を残して帰っていったのだと判った。


「と、いうことで、じゃ」
こほんと咳払いをして彼はボタンに手をかける、あの日見たタイムマシンのエンジンを起動させるボタンだ。
「はい!博士!行ってらっしゃいませ!50年前のあなたによろしく!」
「うむ、では、人類の偉大なる一歩へ、そしてあの日の思い出へ!」
カチ!博士がボタンを押した。




その日、一つの研究所と、そこを中心に半径2キロの物が根こそぎ消し飛んだ。
時間のパラレル分岐説が実証に至ったのはそれからさらに数年後のことであった。
博士のいた世界でのタイムマシンの実用化に、博士の研究が多いに役に立ったことだけは、記しておこう。