別に飲みたくて買ったわけでも 欲しかった商品というわけでもなかった。勉強机に肘をつき怠惰な格好で、佐緒里は手にした何の変哲もないペットボトルをまじまじと見てため息をついた。
「 どう見てもはずれだよなぁー、なんか変な味とかしそーだし… 」
 問題の品の入手先は塾からの帰路、いつもと違う横道に入ったところ垣根に埋まるように立っていた古ぼけた自動販売機。そこには昔ながらの商品とならんで「?」と張り紙のされたペットボトルも選択肢にあがっていた。
 中学2年生も終わり頃という年代の佐緒里は塾通いも強制され、生活というものに少々退屈を覚えていた。そんな時にちょっと気まぐれで入った裏道にちょっと気になる「?ペットボトル」…買わない訳はなかった。
( 良く考えたらそんな表示 売れない商品をさばく手段じゃん!大人ってキタナイ!つか、自分もひっかかるなよ!もーこの安っぽいラベルもムカつくー!!)
 未開封のペットボトルには趣味の悪いチープなラベルが巻かれていた。紫色の下地に水色や白の星が散りばめられていて、気取った文字で「貴方の願いかなえます☆」というキャッチコピーと「魔☆水」という商品名が書かれている。占い好きな女の子を狙った商品だったのだろうが、あまりに子供だましに見えて興味どころかテンションも下げる。
 しかし、トンっと中に入った液体が揺れる程投げやりな置き方をしたその時に、普通のジュースにはない説明のくだりが目に入った。失いかけた興味が少し湧く。

「 願いを強く思い浮かべながら一口のんだら蓋を閉め、人目につきにくい日のあたる場所に置いて下さい。」
 
 本来飲料水は飲むものだろー!?と佐緒里は噴出しかけた。そしていたずらっぽい笑みをして、飲んでみようかと思い始めた。くだらない説明を信じた訳ではなく、折角お金を出して買ったものだし、話のネタに味見も兼ねて試してみようと思ったからだ。
 とは言っても、もし願いが叶うなら後悔しないような物にしたいと思うのも人の性。お金は増えすぎると生活激変しちゃうし、不老不死なんてすぐに結果わかんないし…と、しばらく悩んだ末、年頃の少女らしく恋人が欲しいといった願い事に落ち着いた。
 かっこよくて私好みは勿論、趣味もあう人で、優しい人!気取ってない方がいいな。運動も勉強も出来て…そこまで条件そろったら他は何もいらないかも!
考えるのはタダだとばかりに好き勝手妄想しながらキャップを開け一口飲む。
炭酸は入っていなかった。スポーツドリンクに近いような、それでいてトロリと少し喉にからむような甘さ。微妙に塩味も感じる。
 購入してから常温にあったのも手伝って、お世辞にも美味しいといえない代物にすばやく封をした佐緒里は、机の奥に配置されている出窓のカーテンの陰にペットボトルを置いた。
その位置なら、窓の向こうは畑だし、部屋の中から見てもあまり目立たない。
「 これは一口より先に進むのは勇者しかいないよー 」
 誰が聞くこともない感想をもらしたあと、佐緒里は寝る支度をして参考書などを開く事もなく寝てしまった。

 翌朝、ペットボトルの中に小さな粒が浮いているのを発見した。しかし、登校前の佐緒里は特に調べる事もせず自宅を飛び出していった。
 
その翌日、粒はゴマ程に成長していた。虫でも入ったのかと不快に思いながらも、佐緒里は友人千佳とのメールに夢中になりペットボトルの事を忘れてしまった。
 
さらに数日後、週末になったので掃除をしようとカーテンをくるっと纏めるとペットボトルが視野に入る。中で人が泳いでいる。
…!?
もう一度みる。
確かに小さな人が泳いでいる。爪楊枝を半分に折ったくらいのサイズの裸の少年がたち泳ぎをしている。何度も目をこらしてみるが、淡い栗色の頭髪、少し浅黒い皮膚、腕、足。
どう見ても人間のパーツを持った生き物だ。佐緒里が我が目を疑って、虫眼鏡を取り出そうと引き出しを探ってると、ぼぁんとぼやけた声が聞こえる。「 やっと気付いた。」
まさか、やっぱり、でも、もしかして…
現実離れした事実に困惑したり、漫画や小説でよくあるパターンだなと達観したり、佐緒里は静かにパニックを起こしたあと、はたと気付いて発した言葉は
「 あんたいつからそこにいるの?ずっと部屋見てたわけ?」
と、見つけて驚いたを通り越して見られていた事に驚いたという反応だった。
そして、その返事は確かにペットボトルの中で反響しているぼぁんとした声で返ってくる。
「 いつからって物心ついた数日前から。でも気付いたからにはお互い様じゃん。お前も俺の裸みてる。 」
佐緒里はぐっとひるむ、そしてそれもそうかと変に納得した。こういったファンタジーをどこかで一度は考えてたからかもしれない、あまり派手に取り乱す事もなく、それどころかこの異常事態にドキドキと気持ちが高揚していた。(面白い!この子が私の彼になるって事か?これからは共同生活?どうしよう?どうなる?)考えたい事は山ほどあったが、折角の出会いがあったわけだからと、自分の止まらない思考の速度をゆるめて少年に話しかける。
「 あんたが私の彼氏って事? 」
「 そうなんの?さぁ?成り行き次第?多分その為に生まれたんじゃないか? 」
もっと説明的な事を話すかと思ったのに意外と普通な反応、それにしては事情もわかっていそうな口ぶりで自然な言葉に佐緒里は好感をもった。
「 私は佐緒里、名前は? 」
「 まだない。決めてくれよ。好きな名前でいい。 」
佐緒里はその言葉にもワクワクした。(ゲームみたい、愛着わくなぁ。良く見れば願った通りに自分好みのルックスにスタイル。)
家族以外の異性の初めての裸体に恥じる事なく興味深々と見つめていると、少年の方が居心地悪そうに背を向けて肩越しにぼやく。
「 まず欲しいのは、名前と体隠すもの!」
その反応がおかしくて、佐緒里はふふっと笑うと、ティッシュケースから一枚抜き取り、端を千切ってペットボトルに入れた。
「 はい、ミチナリ。」
彼の雰囲気から思いついた名前を呼ぶと、ミチナリは「サンキュ」と軽くお礼を言ってティッシュの端を腰にまいた。

その日から佐緒里の毎日は楽しくて、今までの気だるさが嘘の様。
ミチナリはまだ成長中らしく、中の液体で栄養をとっている。必要な物は得にない。いつも日当たりのいい出窓の隅でペットボトルの中をゆったりと泳いでいる。頭もよく、佐緒里が教科書や、小説、テレビ、漫画、ゲームを見せたりすると何でも覚えていった。
特に、佐緒里が好きな読書やDVD鑑賞、音楽CDにはすぐに興味をもって、それについてのいろんな話をした。

そして数ヶ月と経たないうちに、いつの間にか佐緒里はミチナリの現実社会への夢も持ち始めていた
「 いつになったらそのペットボトルから出てこれるの? どうやって生活に馴染む? 」
「 んー、どうだろうな? 俺はもう少しこのままで居たいや。楽だし、佐緒里と二人でいられるし。」
しかし、幻想と現実への不安を口にしたつもりが、ミチナリの言葉に佐緒里はときめいてしまい先の話にすすまない。もうミチナリへの恋心は佐緒里の心を大きく占めていた。


「 最近成績あがったよねー。」
ある日、帰宅の途中、一緒に帰っていた千佳がふいにそんな事を言ってきた。彼女の言葉通り、佐緒里の成績は担任がクラス全員の前で褒める程に急上昇している。
(そりゃそうさ、私にはミチナリがいるもん♪)
心の中で佐緒里は密かに優越感に浸っていた。ミチナリと一緒に予習をし、飲み込みのはやいミチナリが、佐緒里に解り易く説明するというのが日課になっていた。
「 といわけで、今日勉強教えてもらいに家に寄らせてね!お互い塾ない日だもんな♪よろしく!」
 家も近所という事で千佳とは長い付き合いになる。だからこそ今まで通り彼女には遠慮が無い。佐緒里は焦った。佐緒里の自宅はもう間近、早く断らなければそのまま千佳を自宅に向かえる事になる。
「 私、今日は… 」
しかし、言い訳を口にしようとした瞬間、二人の後ろから声をかけてくる人物がいた。
「 おかえり、佐緒里。千佳ちゃん。」
声の主は佐緒里の母親だった。千佳が明るく挨拶をし、これから寄らせて貰いますなどと母親に説明している。一方の母親も今買ってきたばかりのおやつを用意するね、などと佐緒里を置いて先へ歩きだす。自宅へは、もう30メートルもない。
「 まって、今部屋散らかってるの!」
 そういって二人を引きとめようとするが、歩きながら二人同時に佐緒里の言い訳をはじく。
「 何年の付き合いだと思ってんの。そんなの気にしない気にしない。」
「 あなた最近自分で部屋を綺麗に掃除してるじゃない。お母さん感心してるのよ?」
  そして母親の手が玄関扉のドアノブにかかった時、
佐緒里は母親を突き飛ばし自室へと駆け込んだ。
ミチナリの存在が人目に触れる事は恐怖でしかなかった。

理由をつけるのであれば、その存在は奇異な物で、取り上げられてしまう、見世物になる、解剖される、など色々想像出来るだろうが、その瞬間には何も具体的な事など浮かんでたわけではなく、ただ漠然と恐怖した。ミチナリを隠さなくちゃ、隠さなくちゃと暗示に掛かったように。
そんな佐緒里の尋常でない様子に、母親も千佳も心配して彼女の後を追う。それが余計に佐緒里を追い込んでいるとも知らずに。
佐緒里は部屋に飛び込むとミチナリの入っているペットボトルを胸に抱え込んだ。母親
と千佳が室内に足を踏み入れたのを引き金に佐緒里の恐慌はピークに達した。

「 彼は誰にも渡さない!! 」

すばやく容器のキャップを開けると中身を一気にあおる。最後に佐緒里の目に映ったミチナリは激しく振られたせいか、意識を失っているようだった。
佐緒里の喉に異物が通る感触がした。

ミチナリとの最初で最後のキスは、スポーツドリンクに近いような、それでいてトロリと少し喉にからむような甘さと微妙な塩味がした…。

 それから数ヶ月が過ぎ去った。


あの後、佐緒里は号泣した。母親や千佳の問いかけにも答えず、言葉を発する事を一切しなくなってしまった。学校にも行かずふさぎ込み、時間だけが無駄に過ぎ去った。

自室に今日もこもったままの佐緒里は、その肌に汗をびっしょりとかき、息遣いもあらくベットに仰向けになっていた。ミチナリを飲み込んだ日から今日まで、佐緒里の体に変化が起こっていた。
苦しそうにあえぐ中、ゆっくりと優しく、愛しそうに大きく膨らんだ腹部をなでる。ぴくりぴくりと一定のリズムを刻んで佐緒里の体を痛みが支配する。
「 んーーーーーーーーーーーーっ!!」
絶叫を必死に飲み込み、その痛みの支配から解放された時、佐緒里は新たな命を抱き微笑みささやいた。

「 おかえり、ミチナリ… 」