闘狼荘日記 -4ページ目

闘狼荘日記

乾坤を其侭庭に見る時は 我は天地の外にこそ住め

拾月拾参日(土曜日)

午前の居合稽古は休み。
十二時より十四時まで合気体術稽古。
十八時半より二十一時まで剣術稽古。

合気体術を理解すればするほどに剣術との共通性に覚醒する。
両足の重心の位置、体軸の保持、臍下丹田への気送り、何から何まで意識で理解出来ても身体が反応せず・・・自然体の構築こそ重要課題と思う。

攻撃したと思えば目の前に師は居らず我が身の真横。
師曰く、「敵と同じ方向を見て、『ああ、今夜の月は綺麗ですねえ・・・』、となれば其れが良し」
先生に、そう話し掛けられれば確かに頷いてしまう間が生まれるのは正に実感。
師曰く、「其処で敵も頷き刀を置けば其れも良し、もしも敵が反転反撃に移れば更に対応するだけの事、其の時は腕を折るなり頚椎を折るなりするも良し」
稽古で掛ける技には全て裏の技が有る事を理解し、表の修得のみで満足せず其の裏を実践出来る様に繰り返し修練すべき事も忘れるべからず。
しかし、飛び道具や近代兵器の戦闘に於いては、此の様な間など存在しないのも又事実。
対人格闘と兵器戦闘の違いを重々把握し、双方の技術の研鑽に励む事こそ信道と覚える。

剣術稽古にて
拾月廿八日に迫った巌流島での演武稽古。
当日本番の予行演習を繰り返す。
身体が無意識の内に動くまで反復した後は、合気体術の間を実践確認しながら同動作を繰り返す。

流租曰く、「切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ、一歩進み行けば極楽也」
此の流租の言について巷では現代人やビジネスマンの心構えとしての異釈??とも思える解釈が多々見られるが、やはり自分には格闘に於いての間の教えと素直に解釈する今日この頃。

一歩進み行けば、其処には我が間が生じ、我が魔は消え去る也




















アメリカ在住の友人の息子ちゃん。
只今、ハンター修行中です( ´艸`)



チビッ子スナイパー。
22口径のライフルでヘッドショット一発!


見事に地リスをゲット!グッジョブ!(°∀°)b 
22ライフルは反動も少なくてビギナーや子供の射撃練習に持ってこいですね。

地リスとはその名のとおり、リスの仲間っつーか、リスそのものです。
学名は、Genus Spermophilus (Citellus) アメリカではポピュラーなハンティングのゲーム(獲物)で、見た目は可愛いらしいんですが害獣扱いされてる地域も多いみたいです。
南部の方では、地リス料理もあるとか・・・・お味は、やっぱりネズミ系??


そんでもって息子ちゃん、ボウハンティングも修業中。



ボウハンティング(弓矢を用いた狩猟)は、まさに狩猟の原点だと思います。
日本ではボウハンティングは禁止されていますが、私も若い頃はボウハンティングの練習を随分とやったもんです。
今でもアーチェリーの腕は鈍っていないと思います・・・・たぶん・・・(^_^;)
今回、アラスカで一週間のカリブー(トナカイ)のボウハンティングに誘われたんですが、ワンコだらけな我が家の現状ではとても行けません。゚(T^T)゚。・・・・でも、いつかは必ず実現したいですね。


我が家で生まれた仔犬でアメリカに渡ったタロウ君も、素晴らしい環境の中でノビノビと暮らしています。
当たり前ですが、タロウ君は我が家のオトボケジョーの兄弟です。
タロウ君は、カリフォルニアの地元の新聞でも紹介されました。








立派なアメリカン・シシイヌに成長したタロウ君もパパになっちゃいました。



う~ん・・・・なんだか孫を見ている様な感じですね~( ´艸`)


そんな孫たちも、アッと言う間に大きくなりました(^-^)/



タロウ君の息子の神竜君です。
ジョーの甥っ子ですよ・・・・あのオトボケジョーの・・・( ´艸`)


なかなかのハンサムボーイですな。
おじいちゃん、なんだか嬉しか~ヘ(゚∀゚*)ノ笑


そろそろ・・・・
ウチの坊っちゃんも、アメリカのお兄ちゃんを見習って修行を始めないといかんですばい( ´艸`)














人類の文明で特筆すべきものと言えば、「芸術」に尽きるかも知れません。
チンパンジーなど道具を使う動物は存在しても、芸術を嗜む動物は人類以外には此の惑星には存在しないのでは無いでしょうか?尤も私の知見の及ぶ地球表層上の範囲内に限定されていますが・・・

人類の芸術の中でも特に音楽と云うものは実に興味深く不思議なものだと思います。そもそも音楽とは「音の集まり」であり、音とは極めて単純な「空気の振動」であるだけの筈なのですが、その単純な空気の振動が集合し音程やリズムが構成されると「音楽」となり我々人類の心を揺さぶります。人類以外の動物でも鳴き声や吠え声が音楽の様に構成されている例は少なくは無いですが、流石に楽器という道具を使って音楽を創造し楽しむのは人類だけでしょう。そして特筆すべき事は、音楽は人間の本能的な部分を刺激し、人間の「心」即ち「脳」を覚醒や催眠或いは興奮や鎮静へと導く効果が間違い無く有る事でしょう。個人差はあるでしょうが、音楽や音で興奮したり鎮静する感覚を経験された方は少なくはないのではないでしょうか?私も多分に漏れず、音楽が大きな要素となって血が騒いだり逆にリラックスする事が多いように感じます。

ちょっと横道に逸れます。私の先祖は平氏の末裔の長州人ですが、縁あって祖父の代から小倉市(現北九州市)に移住したので私自身の生まれ育った郷里は小倉であると認識しています。そんな我が郷里の小倉市で、1950年7月11日に衝撃的な「音楽に纏わる凶悪事件」が起こりました。1950年と云えば、大東亜戦争終結から間もなく、朝鮮戦争が勃発した年でもあります。当時、小倉市街から一里ほど離れた郊外の城野と云う地にGHQにより米軍補給基地「ジョウノ・キャンプ」が設けられ、動乱の朝鮮半島へ向けて兵士や物資が続々と集結していました。その「ジョウノ・キャンプ」で、数日後には最前線へ送られる予定であったアフリカ系黒人兵250名の集団脱走事件が発生したのです。

後の1958年には此の事件をテーマに小倉市出身の作家・松本清張氏により「黒地の絵」と云う短編小説が上梓される程の衝撃的な事件でした。此の小説は脱走事件で妻を黒人兵から蹂躙され家庭を失った男の物語なのですが、読み始めには大藪春彦ばりの復讐劇を期待したにも関わらず、暴力に対して無力な男の復讐には程遠い真逆の結末に私は遣る瀬無い思いを抱いたものでした。黒地の絵とは、黒人兵の黒い肌に刻まれた刺青を表しており、現在でも外国の軍隊に属する将兵は好んで刺青を自らの身体に刻んでいる者が多いのは、自身が戦死した際に例え一片の肉片に変わり果てようとも自分自身の証となるようにとの思いがファッションと云う意味以外に込められていると、以前に我が一門を訪れたグリーン・ベレー出身のアメリカ人から聞いた事があり、日本人独特の刺青に対する考え方とは根本的に違う事に感心しました。


黒人兵集団脱走事件が起きた1950年7月10日は、時折しも小倉市中では400余年の歴史を有する小倉藩の総鎮守・八坂神社の例大祭である小倉祇園太鼓の中日(現在は7月の第三週の金土日に日程変更)であり、城下には全国的にも珍しい太鼓の両面打ち奏法によって繰り出される独特のリズムと音が轟き渡っていました。私も実家が小倉城下から郊外に引っ越すまでの少年期には太鼓のバチを振るったものです。

さて当時のアメリカでは有色人種への差別が根深く残っており、特に黒人への差別は酷いもので先ず最前線へ送られるのは黒人からが当たり前だったそうです。(アメリカに於ける黒人迫害の一例・閲覧注意!)アメリカに於ける黒人差別はキング牧師が指導した公民権運動が始まる1950年代まで厳然と存在し、特に南部での差別は酷く1955年に起きた(エメット・ティル少年のリンチ殺害事件・閲覧注意)は公民権運動の大きな火種ともなった衝撃的な事件でした。またアメリカの黒人差別で興味深いのは第二次世界大戦では前線で戦う兵士は圧倒的に白人兵士で占められ、黒人兵士は単純労働の後方支援部隊に配属される事が多かったと云う事実もあり此れも黒人差別の一端を物語るエピソードではないかと思いますが、一転して朝鮮戦争では黒人兵士が前線に追いやられたと云った事実は、取り分け大東亜戦争での対日本戦闘に於いての白人兵士の消耗が激しかった大戦後当時の疲弊したアメリカ軍の実態を物語っている様にも思えてなりません。

最前線へ送られると云う事は即ち死を意味する極限のストレス状態であったろうと推測される黒人兵達は、その祇園太鼓の煽情的な音とリズムに遠いアフリカの祖先の血が騒いだのか?最前線へ送られる恐怖も相まり自暴自棄となって完全武装のうえ集団脱走を企てたと云うのが事件の真相だったそうです。彼らは5~6名に分かれ繁華街や民家に侵入し無辜の市民を狙い略奪・傷害・強姦を繰り返しましたが、MPと日本の警察は為す術も無く遂にはアメリカ陸軍二個中隊が投入され市街戦の末四日後の15日にようやく集団脱走事件は鎮圧されました。カービンやライフル銃を手にした脱走兵の中には手榴弾をぶら下げている者も居り相当な規模の市街戦が展開され、生き残った逮捕者は全て朝鮮の最前線へと送られ殆どの者が戦死したそうです。此の大事件で警察に届けられた被害は70数件に上った他に、被害者泣き寝入りで表沙汰にせずに「ひた隠し」にされた強姦事件の方が多かった様ですが、GHQの情報規制と報道規制により当時の国民の多くは此の事件を知らなかったと云う敗戦国の悲哀を象徴する大事件であったのです。

当時、私の父母方の家族には幸いにして此の事件による被害は被らなかったのですが、若き日の父や祖父達は憤怒に燃え自警団の様な活動も行なったそうで、特に私の父は米軍キャンプに勤めていた頃に親交の有った米兵にボクシングの手ほどきを受けセミプロのボクサーとして活動していた時期でもあり、血気盛んな気性で市街で米兵やヤクザ者に遭遇するとゲリラ的にストリートファイトを挑んだ等の当時の話しは終戦後の国内のカオスを象徴する様な逸話であります。また昭和40年代頃までの小倉には米兵と日本人女性との間に生まれた混血児の数が多く、白人との混血で美形の者は持て囃されましたが黒人との混血児は悲惨な状況で、その多くは海外へ人身売買紛いの里子に出されたりした事が多かったそうで、草刈正雄さんや山本リンダさん等の小倉出身の芸能人は其の表側の明るい面の典型例でしょう。(御本人たちは白人との混血といえども大変な御苦労があったそうですが・・・)そう言えば私の実家の近所には黒人の混血児も居たのですが、謂れのない偏見と差別を受けていたのを子供心に覚えており、私自身は「何故この人は肌が黒くて髪がチリチリなんだろう??」と素直に不思議に思っていました。

さてさて、無茶苦茶前置きが長くなってしまいましたが、当時の黒人兵たちの激情を煽動したのは紛れも無く太鼓の音色とリズムと云う「音楽」で、如何に音楽が人間の本能や感情を揺さぶるものであるかは明白な事実であり、人間にとって音楽と云うものは良くも悪くも必要な文明なのではないかと思う次第なのであります。

私にとって「血が騒ぐ」ものは以下の様なものですが・・・・
貴方にとって血が騒ぐものとはどんなものでしょう??































オマケ!




















大津市の中二生徒の自殺事件に関して今日までの情報を見るに付け、怒りに打ち震えます。
加害者側と大津市そして大津警察署の言動には反吐が出ます。


加害者共と其の家族共、担任教師と学校関係者共、大津市と教育委員会関係者共、そして大津警察署関係者共。
どいつもこいつも人間の屑としか言い様が無い・・・

★大津市、遺族に「いつ、誰が、どこで虐めを目撃したのか?明らかにするように」と逆要求





★被害者が受けたとされる虐めの内容

★警察OBで加害者の祖父が被害者両親に責任転嫁

★ハングル教師の担任「やりすぎんなよ」 大津自殺、暴力見た生徒が証言

★大津市立中学の異常な学習内容

★大津市の中2自殺 被害届3回出すも警察が受理拒否

★いじめたとされる生徒の母親は、昨年十一月にあった保護者会で「アンケートは周りの 目撃情報を基に全く関係ない人間が推測で書いた」と主張

★市教委は読売新聞に対し、「事実確認は可能な範囲でしたつもりだが、いじめた側にも人権があり、教育的配慮が必要と考えた

まともな日本人の感覚とは思えない加害者共と大津市の諸行の数々。
教育とは名ばかり、もはや「狂育」。我が祖国日本の教育現場の現状は此処まで腐っているのでしょうか?
大津市の実態は日本を蝕んでいる数々の諸問題(在日・解同・反日政党・日教組・警察・人権屋etc)の縮図とも言えるのかも知れません。

もしも・・・
もしも・・・
私が被害者の親だったとしたら・・・・
法治国家の国民として許されざる行為であるとしても・・・・
必ずや復讐を誓うでしょう。

亡くなった生徒の冥福を今は只々祈るばかりです。










アメリカの友人の息子さんが、ショットガンの初撃ちに挑戦したそうです。



ウチの息子と、ほぼ同い年・・・・ちっちゃ!( ´艸`)
20番のスリムでコンパクトなショットガンが、まるで三八式歩兵銃に見えますね~(´∀`)

此れは一つの立派な情操教育であり私は素直に素晴らしいと思いますが、この写真を見て眉を顰める方は、どっぷりと戦後教育に浸されたニッポンジンと云う人種でしょう。

銃=戦争、戦争=日本人の大罪・・・銃なんか触ってはいけない!
日本刀=戦争、戦争=日本人の非道・・・日本刀なんか見るだけで怖い!
刃物=ナイフ、ナイフ=通り魔・・・・ナイフなんか携帯しちゃいけない!ダガーナイフは全部禁止しよう!でも包丁はオッケー!・・・(ノ゚ο゚)ノ 
知らず知らずの内に、こんな方程式が出来上がっていませんか?

アメリカは世界一銃器犯罪が多い国と云うイメージが有りますが、銃で殺害される人の数ではアメリカよりもブラジルやベネズエラの方が実は遥かに多いのです。
勿論、アメリカには銃社会である事の「大きな闇」は確かに存在します。 
しかし、どうでしょう?現在の日本が抱えている「数々の人間の闇」に比べると単純明快で明るいと感じるのは私だけでしょうか?
人間の闇を明るい方向へ導くのは歪んでいない正しい情操教育のみなのではないでしょうか。


子供時代とは、理性の睡眠だ。  ジャン・ジャック・ルソー

子供を一人育てるには、村がまるごと一つ要る。  アフリカの諺

銀も金も玉も何ぜむに勝れる宝子に及かめやも。  山上憶良


















平成二十四年六月二十四日(日)
午後一時時より午後五時半まで月例の古流研鑽会に参加。
ブラジルからの練習生も無事に帰国し、一門内は平常な空気に戻りました。
終日土砂降りの様な梅雨本番の悪天候の為に参加人員が少なく、山口県からの出稽古の先生一名と姉弟子と私の計三名での寂しい研鑽会となりましたが、人数が少ないと寂しいながらも宗家から濃い指導を受ける事が可能ですので其れは其れで有難いです。

今回の研鑽は、太刀の型×12本・太刀の型奥伝×5本・小太刀の型×5本・懐剣の型×5本。以上の型を練り込むだけで、アッと言う間に数時間が経過します。湿度も気温も高くエアコンの無い道場内はサウナ状態で汗が滝の様に流れるので、本身の稽古では気を遣って仕方無く、特に顔から滴る汗と納刀や操刀の際の左手の汗に苦労します。顔面の汗は腰板に挟んだ手拭いでこまめに拭けば良いのですが、手首周りの汗は直接刀身に触れてしまうので苦肉の策として親指と掌をカバーするシームレスサポーターを装着して汗止めの代用としています。
今回、私は袂付きの着物と二本差で稽古を実施し通常の一本差で行う所作との違いを研究しました。大先生や宗家は普段の稽古でも極普通に袂付きの着物を着用したり或いは居合着を着用したりと臨機応変に着装を変えるお考えの様です。今回私が着用した安物のポリの着物は風通しが悪く暑くて仕方ありませんので余計に汗をかいて大変ですが、汗かきの私は上質の着物は手入れの事を考えると、とてもじゃないけど稽古では着れません。その点、安物のポリ着物は気軽に洗濯機に放り込めますので重宝しています。

二本差の所作以外にも当流独特の「引き割り納刀」と「刀身の掴み」を個人的に重点を置いて研鑽しました。当流を肥後藩士に広めた井沢蟠竜長秀先生は三尺の得物を使用したとの史実を考察すれば当流の独特な所作の一つ一つにも合点が行きます。井沢先生は大柄な体格であったらしいですが、私が二尺七寸の愛刀を抜くよりも更に難しかったのは明白ではないかと思います。また各地に当流分派が散見されますが、我が一門との相違が著しく有り源流は同じで伝書も存在するにも関わらず古伝とは何と曖昧なものだろうかと改めて思います。

井沢先生の逸話の一つに、こんな話しが有ります。
或る時、余りにも長い御刀を差していた井沢先生を見た船大工が「お侍さんよぉ、そんな長え刀を本当に使えるんかえ?」と馬鹿にしたので立ちどころに三尺の得物で片手打ちに処したところ、船大工が護身用に腰に差していた船釘で斬り止まったとの逸話が残っています。此れは流石に眉唾と言うか、かなり脚色された逸話だと個人的には思います。江戸時代前期の話と云えど、幾ら何でもいきなり平民に無礼討ちは有り得ないでしょう・・・・彼の時代でも立派な殺人罪であり、此の様な逸話を後世の者が無責任に面白可笑しく伝える事は逆に先人を貶める行いである様に個人的には思うのですが・・・・。
しかしながら井沢先生が超長寸の得物を使用していたのは間違い無いにも関わらず、皮肉な事に我が一門でさえも長寸刀を使用する者は皆無に等しいと云う現実は、全剣連制定居合もこなさなければならない現代居合道のジレンマを象徴しているとも言えるでしょう。

はっきり言って長寸刀での制定居合は無茶苦茶不利ですし、当流の操刀との相違が有り過ぎて頭と身体の切り替えに相当に苦労しています。縁有って土佐英信流の先生とも御一緒に制定居合の稽古をする機会が多いのですが、長寸刀で英信流の様な納刀をしろと言われても、そりゃあキツいですってば・・・(-"-;A。制定居合で当流の引き割り納刀は出来ないですし、制定居合に於いての納刀は未だに迷うところが大きいのが現実で、神伝流と英信流の二大流派が大半を占める現代居合道の歪みを「勢力」としての弱小流派は感じざるを得ません。されど、実際のところは流儀に固執せず縦・横・斜め・逆など臨機応変に其の場に応じて例え長寸刀であろうが自在に納刀出来る様にするべきであると考えますので私は全ての納刀方法を実践したいと思います。


いやはや・・・
ちょいと疲労が溜まり気味で何を書いているのやら訳分かんなくなって来ましたので、今回はこの辺でお仕舞いっす・・・バイナラ~!


分かる人には分かる、井沢先生著「広益俗説弁」

















平成24年6月15日(雨)
梅雨入りが決定的とも思えるような重苦しい雨雲を飛び越えて、今年もブラジル人練習生二名が来日しました。
高下駄を履かねば袴の裾までビショヌ濡れになる程の本降りの中、到着するや否や金曜夜の週令稽古に参加する情熱とタフさには脱帽です。



滞在期間は一週間、古流剣術と古流居合を重点的に研鑽する予定ながら残念な事に大先生が御療養中の為、直接の御指導が受けられないのは気の毒ではありますが可能な限り彼らの力に成れる様に我々も惜しみなく協力したいと思います。


明けて16日(雨)
大先生の御宅の庭にて試斬会を実施。
我々の流派の試斬では硬物や畳表などは切らず竹の芯を入れない巻藁を使い、試斬台は斬物を刺して固定する芯は無く全て据切りと土壇切りで行います。
此れは大先生の言い付けによる伝統ですが、現代では長いままの稲藁を入手するのは非常に困難を伴い入手時期も限定されるので公式な試斬会は年に何度も実施されません。
それでも年中切りたい私の様な酔狂は、自主稽古の範疇で自己責任のうえ自身の御刀で色々な物を斬ります。


物斬りに慣れない者は、歩を止め抜刀し構え呼吸を整えた後に斬ります。




稲穂を除いただけの長寸の藁は貴重なので、一本の巻藁を大事に使い最低でも五回ほど斬ります。
据切りは巻藁が短くなるにつれ難易度が増しますが、刃筋正しく腰を入れ体軸を崩さずに斬る事を会得するには良い稽古で大先生の御慧眼に改めて刮目させられます。



ブラジル人練習生も頑張りました。
此の後、巻藁は倒れてしまいましたが・・・



他人が斬る所作を見取り自分自身へフィードバックする事は重要です。



私は全て歩を進めながら抜き打ちで斬りました。



斬り方は、袈裟・逆袈裟・水平と切り下げ・切り上げ・左右を組み合わせて色々試します。
一点に留まり何度もスライスするのは、まるで料理の様で武術とは思えませんので私はスライス切りは余り行いませんが、其れは其れで難しい技術だとは思います。




切断面が湾曲していますね~(><)
切り抜きの際の体軸のブレの証拠であります。
大先生が此の場に居られていたら、「こりゃっ太郎!斬れたが切れてはないぞ!」と一言お叱りになられるでしょう。
まだまだ精進が足りまっしぇん(><)


さて本日17日は道場での古流剣術と古流居合の研鑽です。
地球の裏側から飛んで来た人間が朝から晩まで稽古する気構えなのですから、我々日本人も負けてはおられません。



と言いつつ・・・・午前中は息子と遊ぼ~かなっと・・・・





















十年ひと昔と良く云いますが、三つも四つも昔(笑)の私の子供の時分から比べますと昨今の科学電子技術の進歩には目を見張ります。

手塚治虫センセの漫画の中に登場したSF世界が、まるで現実となってしまっているかの様な平成二十四年の今日この頃であります。



昭和のハナタレ小僧の頃から大して進歩していない私の脳味噌には「まんまSF世界」の様に感じるタッチパネルを搭載した「所謂スマホ」や「タブレット端末」等の普及に比例してデータ通信を利用する無料通話アプリへの登録が爆発的な増加傾向にあるそうです。

$闘狼荘日記

そんなアプリの一つである「LINE」を使って、アメリカの友人との無料通話にトライしてみました。

此の「LINE」、既に国内の友人との通話では試験済みだったので大まかにどんな感じかは掴めてはいたのですが、流石に驚いたのは其の通話品質で普通にケータイ同士で喋るのと大差無い事でした。

確かに「タイムラグ」とか「途切れ」なんてのも有ります・・・・でもSBの国内通話なんかよりも、よっぽど通話品質が良い様に感じました( ´艸`)

今回、日本時間は日曜日の午後でアメリカは土曜日の夜、私の方は外出していたのでWi-Fi環境でない屋外での通話です。

通話中に一度だけ突然プッツリと通話が切れてしまう問題が生じました。

しかし、再度コールすればスグに簡単に繋がりましたので特に支障は無かったです。

「突然中断」は国内の通話でも起きるトラブルの様ですが、なんせ無料ですから文句は言えませんよね~( ´艸`)

$闘狼荘日記


「タダほど高いものは無い」と昔から良く云われます。

夢の様な「無料通話アプリ」にも、個人情報保護等に関しての色々な不安点は必ず生じます。

此れらのアプリは所謂「SNS」と呼ばれるものであります。

LINEを例にして見れば、Skype等の様なID登録が不要であるのが最大のメリットですが、代わりに自分の電話番号がIDとなり自分のアドレス帳の情報をLINEのサーバーに送らなくてはなりません。

つまり、アドレス帳に登録している全ての人々の中でLINEに登録している人には、LINE登録した自分の情報も表示される様になるワケです。

それに、自分の情報も含んだアドレス帳の情報を全てサーバーに送る事自体に抵抗を感じる方も少なくないだろうと思います。

お互いにIDを登録し合ってから初めて利用出来ると云うハードルが一つ減り非常に気軽なコミュニケーションが可能なのですが、親しい友人知人や身内以外の「仕事等で一時的に登録した相手」にも自分のLINE登録が表示される可能性が有るワケなのです。

賢明な方ならば、どう云う不安を孕んでいるかは良く分かると思います。

繋がると困る相手はブロック出来る機能も有るには有ります・・・しかしブロックした事が相手には分かる様なので仕事関係等では気まずい人間関係が生じる可能性も大でしょうね~(><)

まあ個人的な感想ですが、色んな問題点もアプリの特性を熟知したうえで使いこなせば問題は無いものと思われます。

ネットの世界でも現実世界でも、要は諸手を挙げて何も考えずに白痴的行動を取る事自体が全ての問題の元凶と成るワケなのであります。

個人情報云々などと騒がれる事の多い昨今、そんなものはネット接続をしたりケータイ電話を所有するだけでも危ない世界でありますので心配し始めたらキリが有りませんね。

なんだかんだ言っても、海外に知人の多い人・超遠距離恋愛している人等には非常に便利なアプリでしょう。

ひと昔前までは想像も出来なかったケータイ同士の国際電話が無料で出来るんですからね~(もちろんパケ代は掛かりますけど~)

やろうと思えば、お互いの顔を見ながらの映像付き通話も可能なんですから・・・・野郎同士の場合は必要ないか?( ´艸`)



GENさん

DDのコーヒーはバリウマです。

いつもありがとう!

$闘狼荘日記


マタギナイフ

楽しみにしててね~('-^*)/

$闘狼荘日記












ホンミョーは 「譲」と かきます。


ケットーショには かんじが かいているそうです。

 
でも  かんじは よめましぇん。


こんにちわ だいぶオトナになったつもりの ジョーです。




じつは ボクは ツーくんが ちょと ニガテです。


闘狼荘日記


ツーくんは いみもなく ボクを たたいたり ツネったりするので ウザいとです。




ところで 


ボクの きょうだいの テツくんは ちょと おうちゃくだったので


ほかの みんなから フルボッコに されたそうで トホホらしいです。


闘狼荘日記


どっかの くにの おうじさま みたいなカラーをつけられて トホホだそうです。


ボクは このカラーが ダイキライです。


このカラーを つけられると アチコチに ぶつかって ノイローゼになりそうに なるからです。


だから ボクは フルボッコ されないように きをつけたいと おもいます。





そんでもって


さいきんは てんきが よいひが つづいています。


おとうちゃんは ツーくんとボクたちを つれて よくヤマに あそびに いきます。



闘狼荘日記


てんきが よいと アツくなるので ちょとイヤですが


ヤマは きもちが よいとです。



闘狼荘日記

闘狼荘日記

闘狼荘日記



ヤマは あめが ずっと ふらないので じめんがカラカラです。


イノシシたちの アシも ふるいのか あたらしいのか よくわかりましぇん・・・



闘狼荘日記

闘狼荘日記

闘狼荘日記

闘狼荘日記


おとうちゃんは ボクたちに クンクンしろと いいますが


ホコリっぽくて クンクンしたら クシャミが でそうになります。



闘狼荘日記






そんでもって


そんでもって


ツーくんは バランスバイクが さいきん おきにいりです。



闘狼荘日記


どうやら おとうちゃんは


ツーくんを じぶんと おなじ バイカーに したいようです。


バイカーといっても おとうちゃんは ずっと バイクに のってないので


なんちゃってバイカーだと おもいますです。



闘狼荘日記


ツーくんは ノリノリで 


ブッちぎって いって しまいました・・・



闘狼荘日記

闘狼荘日記


ほんとうは ボクたちのほうが はしったら ぜんぜん はやいとです。



闘狼荘日記


でも ツーくんを ブッチぎると


おとうちゃんに ドヤされるので てかげんしています( ´艸`)




闘狼荘日記


ツーくんは さいきん みょうな ポーズをしたり


ブォォー! とか ゴォ~ッ! とか へんな こうかおんを くちにします。


たぶん シンケンジャーとか ゴーカイジャーとかの みすぎです( ´艸`)



闘狼荘日記


ツーくんも ちょうしこいて


ほいくえんで フルボッコに ならないように


きを つけて ほしいものです。




それでは みなさん


また あうひまで


サバラッ!!



闘狼荘日記