daido1


けとばし山のおてんば画家
大道あや展
生きる意欲を失っていたときに
初めて絵筆をとる。
あや60歳の時。

美術教育を特には受けておらず、
自然・動物をありのままに心のままに描く。

母、丸木スマも同じくもう少し遅くしてから
身近な自然や動物などを描いた。
同じような物を描いているが、
そこに大きな差を見た。
丸木スマ展を見た後では、あや氏の作品からなにかが絵から見え隠れする。
それはもしかしたら人間のエゴイズムなのかもしれない。
同じようなモティーフ・画風なだけに際立って感じられたのだろうか。

なにものにもとらわれないで描くという点。
母と娘似ていて大きく異なりかな。


丸木スマ
たまならく解放されていてうらやましい。
はじめて観る人は、これは子供の絵でしょうか。と思わず問う
形の概念なんかぶっとばされる。
多くの人は彼女の絵を見ていると、なんだか描きたくなるみたい。
そんな魅力がつまっている。

suma1


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ああ。どれも終わってしまった展覧会ばかりでごめんなさい。。。
もう少し早めに紹介できるといいですよね。
努めます☆


natu


アールデコと空間と彫刻、ドローイング、版画

庭園美術館(目黒)へ行く。
庭園美術館の空間と舟越氏の作品の組み合わせも非常に興味深い。
アールデコ装飾の施された個性的な部屋に、とつと展示される彫刻。
ふと部屋をのぞいたらそこにその人(彫刻)が当たり前に居るように感じられる。
人なのだか木彫なのだか。どこぞの世界だか。よくわからなくなる。
私は不思議にも調和のとれた旋律を聴いた。

作品は各時期の厳選された彫刻作品と
2006年より制作しているスフィンクスシリーズ。
そしてそれらに伴うドローイングや版画など。

ドローイングも舟越氏が紙に描き出すまでの過程が垣間見え面白い。
いくつもの線が行き交い、消した跡、何かを探している線。
そして、最終的にははっきりとした意思を持って力強くひかれた線が黒く描かれる。
ひとつ舟越氏の決意を感じる。

一番興味を持ったのはスフィンクスシリーズ。
「見晴し台のスフィンクス」
正面はもちろん、横から眺めたときにはあまりの美しさに声を漏らした。
なんというバランスなのだ。。。。うつくしや。
人間らしき顔をしているが、妙な耳(ウサギの耳が足れたような)
すっと長く垂直にのびる首。
力強く男性的なひきしまった筋肉と
女性的に豊かにたゆたう乳房。
その頂点の乳首も控えめながら、
吸い付きたくなるほど魅力的だという事も言っておきたい。
そう。両性具有なのだ。
(両性具有というよりも中性という認識の方が適当に思う。)
頭部に埋め込まれているのは作者だろうか。

ここにいるのは宇宙の人なのだと感じる。(グレイなどではない)
まぎれもなく人を超越しているなにものかなのだと確信する。
そのどこかのだれかを私は確かに知っているのだ。
白い宇宙船に乗り、無表情に遠くを見つめる。
そうしてこの星をこの宇宙をみている。
今までの舟越氏の作品とは違う新しい何かが始まっている。


「言葉をつかむ手」
 細い廊下からのぞくバスルームに現れる彼女。
 はっと思わず目が見開いた人は私だけではなかろう☆
 すばらしく魅力的な女性。

「戦争を見るスフィンクス」
 舟越氏の作品でこんなに強烈な表情の木彫はなかったであろう。
 その感情の振動が伝わり胸がきつくなる。

「私の中の緑の湖」(新作)
「夜は夜に」


sphinx



独特な雰囲気の中、とても充実したよい展覧会であった。
鑑賞後素晴らしき芸術に触れ、琴線がふるふると揺れ
その静かな高揚感というか、つきぬけていく感覚のような、
それを胸に抱きながら帰路につくというのは
なかなか他のものにはかえがたい快感なのだ。

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※当たり前だけれど、
立体はその存在がダイレクト。
すぐそこにそれがあるという。
リアリティにあふれている。
うまく言えないけど。
久しぶりに見た木彫にとても刺激を受けました。
絵画しかり、実際に見るという事はものすごく価値があるね☆
立体は特にだよ。存在とはなんぞや=
mizuko

山へ行って来た。
まるで故郷のよう。
ネズミ色の世界に帰りたくない。

川の水は透明。
まったくのクリア。
飲めてしまいます。
イワナ、ヤマメなども生息しているんだって。

ふぁあ。
なんと美しいのでしょうか。
川の流れる音をただただ聴きながら。
何も考えない。
なあんにもかんがえない。
ぽっかあんと。
どうしたって美しい自然に太刀打ちできやしないのです。







kuriko

フレンドリーな栗の木と少し話し、
栗を分けてもらいました。(写真は少ないけど、2~30個もらったよ)
立派な栗がぴかぴかわっさわっさ。
今日は早速栗ごはんを作ってみました☆
はっふはふ。ほっくほっく。

山の恵み☆

展覧会の帰り道。
好きな洋服のお店があるではありませんか。
ちょうど、その前を通るではありませんか。
思わず、寄ってしまうではありませんか。
見てしまうではありませんか。
気に入ってしまうではありませんか。
いくつか試着してしまうではありませんか。
最高に似合うではありませんか。
おめでたい奴ではありませんか。

もちろんいくつか購入してしまうではありませんか。

たまにはいいではありませんか。






色々言葉を書くとき。
脳みそで考える時の音楽は、日本語でない方がいいような気がする。
英語でもフランス語でもない方がいいように思っていて、
そういう時はもっぱらクラッシックかジャズに限ると確信している。

それはその言葉の力にどうしても影響されてしまうから。
無意識にその力に何かが耳を傾けてしまうからだね。

言葉で語れない事ってたくさんあるけど、
言葉がないと語れない事もあるんだよなあ。




秋の風を感じるね。
季節の変わり目はいつも。
空気が変わる。
においが変わる。
夏は大きなトランクに夏をしゅるっとしまう。
秋が帽子に手を添えながら、音楽隊と一緒に西からやってくるんだよね。
小脇に挟んでいる本。今年は何を読んでるんだろう。
「やあ。変わりはないかい?」なんて少しだけ言葉を交わしながら。
冬は遠くのどこかでまだ眠ってるかな。

日本は季節たちがめぐり、素敵な国だよね。
とても暑くてのびきっている日には、涼やかな風が通り過ぎる日を思い出す。
寒くてきゅぴきゅぴに縮こまる日には、ぎらぎらと照りつける強烈な日差しの力を思い出す。
そっと肩を抱いてくれるような秋の風。
なぜだか恋の予感を感じてしまうような春。

そして、その季節に想っていた人の事も
そっと思い出すのです。





さようなら。
さようなら。
さよおなら。
ぶ~っ。

さようならをしました。
ひとつさようならをして。

きっとこんにちは。

きっとね。



umi


空は青く
海も蒼く

ひゅうひゅうと風をきって船を走らせる。
固く、大きな白い船は海の話にはあまり耳をかたむけずに、
びゅんびゅんと海を飛ばす。
だいたい人間が作るものってそんなもの。

一度も同じ音もたてず
一度も同じゆらめきなんかない

ボートから勢い良く飛び込む。
浜までずび~っとひたすら泳ぐ。
砂浜という大地はどっしりと構えており。
こうもほっとするものか。
そのまま腹を下にぺっとりと寝転べばなんと心地よい。
スイミングキャップをかぶったまま、
思わず眠ってしまう。
蝉の声と波たちの歌。
言う事は何もなくて、今日は私は歌わない。

ぱちっと目を覚ませば、そのまま走って海へ、
沖合へひたすら泳ぐ。ボートまで泳ぐ。

幾度となく飛び込む。
ずぼっと頭から。
脳天に重心を。
身体は脱力してなりゆきにまかせる。
心地の良いおと。
人の身体が海へとささる音。
背面からくるんと空中で回転して飛び込む。
視界もくるんと音をたてる。
イメージに身体がついてくる快感。


今年の海。
最後の一日。




kinoko
isetan

新宿伊勢丹のウィンドウディスプレイ。
ぐへ~~~~っっ。

写真を撮らずにはいられんばい。
思わず伊勢丹の受付にかけこんださ。
「こっっこっ・・このウィンドウィンドウディスプレイのイラストレーターは
 どなたですかっっ?!」


むっふ~ン。
ohgushiさんというイラストレータでした。
おされなファッションイラストなんかを多く描かれてますが。
この感じたまらないね。
水彩のにじみって好きだけど、
どうにも貧乏臭くなるきらいがある。
が、それを絶してるね。
アクリルガッシュと墨で描かれてるんですって☆
や~嬉しい。見れて嬉しかったや。

展示は9月9日まで。
http://www.ohgushi.jp/news.html





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東京は大雨です。

ある国は干ばつしています。

写真は近所の丘の土です。
でもある国の干ばつは本当なのでありますです。