~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔 -76ページ目

南極の冷蔵庫 〜勝手に閉ざす扉〜④

南極の冷蔵庫 ~勝手に閉ざす扉~③のつづきです。

この日、全くコーヒーが売れなかった僕は

宿屋のおやじから

「役立たず!おめぇなんかクビだ!」


そう怒鳴られてクビを宣告されるものだと思っていました。


しかし、戻って来ても「辞めろ」とも言われず、その日を過ごしました。

今になって想像するに

座り込んで動かなかったバイト君たちと比べ

鬼気迫る形相で必死でコーヒーを売る姿に、

宿屋のおやじは何がしかの損得を見つけたのかもしれません。


翌日もまた

「おい、木下くんよ。コーヒー売ってこい。それとな、コーヒーはタダじゃないんだ。無駄にするな、タダじゃないだからな!」

無駄にしたくて無駄にしている訳ではないのです。

しかし、雪山で何の保温もなくコーヒー持って行けばそりゃ5分で冷めるという物です。


いよいよ、僕が野沢温泉を去る日も近いということでしょうか。

この日もヤケクソで、4枚引戸を「パーン」と開きます。

~資地計築~ 建築デザイン 木下 稔


ゴンドラリフト待ちのお客さん達からは、食堂の玄関が3段ほど高いため

まるでステージです。

とにかく、声上げ、馴れ馴れしく並んでいる人に近づき売り込みます。

こんな事でも、2回目になると喋りも良くなってきました。


しかしながら雪が舞い降る中

やはり、1杯のコーヒーを売ることすら出来ません。


宿屋のおやじにも「コーヒー冷めたら売り物にならない、お前のせいで無駄に棄てるばっかりだ!」

「あいつはダメだ」とか「もうクビだ」とか、そう言いながら、廊下を歩き去っていきました。

それでも、わずか2日程で9人辞めさせられたにの、一人で2日持ったと

変な所で自分に感心しつつも

荷物をまとめるしかないかと思い始めていました。

宿屋の主人の機嫌が悪いので、他の従業員もピリピリしていて

機嫌の悪い原因である僕に、話しかけるどころか近づいてもきません。

翌日迎える「奇跡」が起こるまでは…

~つづく~



南極の冷蔵庫 〜勝手に閉ざす扉〜③

南極の冷蔵庫 ~勝手に閉ざす扉~②のつづきです

野沢温泉スキー場の長坂ゴンドラリフト

バブル真っただ中の行列に

「UCC」と書いた紙コップにインスタントコーヒーを入れて売りに行く仕事が

僕にまわってきました。

過去、9人のバイト君がなす術も無くクビになり

なす術も思いつかず僕に回って来ました。


19歳の夏

陥没骨折し、潰れた左半分の顔面はマヒ。

出血多量、左肩から腕まで縫合不可能な傷を負い

奇跡的に回復しましたが、本当に「青春」と呼べる時期の1年を失いました。


沢山くやしい思いをしたのに

ここで帰らなければならないなんて


今まで9人行って売れなかったのに、僕に売れる訳ない。

マイナス2℃の表に出れば

5分で冷えるコーヒーにお湯を注ぎ


その時は来ました。


◯◯屋と書いたハッピを着て

ゴンドラリフトに並ぶ列に向かった食堂玄関で

僕の中の何かが「プチッ」と切れ

その瞬間

4枚引き戸のドアを、時代劇宜しく力一杯左右に開き

このドアの「パーン」という戸当たりに響く音が

僕に「スイッチ」を入れたのだと思います。


自分でも驚くほどの大声で

「みなさ~ん!!あっついコーヒーが来ましたよ~ぉぉぉ!!」

そこからは、もう、よく覚えていません。

「そこのお兄さん、寒いでしょう、寒い日にはこの入れたて94℃のあっついコーヒー

お母さん、大変ですね!コーヒーで一服しましょう

お父さん、お父さん、息子みたいな僕が入れたコーヒー!飲んでちょっと親孝行気分どうですか?

カップルのお二人!あっついお二人にあっついコーヒー!いいんじゃないですか」

etc…

力の限り叫びつづけ

笑顔とずうずうしくも土足で上がり込むように

両引き戸を壊れろとばかりに「パーン」と開き

ゴンドラ待ちの行列が終わる2時間

必死で売り続けました。



この日


僕の売上は


たった0円


つまり1杯のコーヒーも売ることができませんでした。


僕は。大阪に帰る事を覚悟しました。

~南極の冷蔵庫 ~勝手に閉ざす扉~④につづく~

南極の冷蔵庫 〜勝手に閉ざす扉〜②

南極の冷蔵庫 ~勝手に閉ざす扉~①のつづきです。

バブル絶頂期

凍てつく正月シーズン、スキー場ゴンドラ待ちの行列に

インスタントコーヒーを売りに行くことを命じられた高校生アルバイト君は

訳もわからず、お盆に紙コップとインスタントコーヒーを乗せ

納得いかない顔で売りにいきます。

お盆片手に行列の側をうろうろ、当然ながら気温マイナス2℃の中では

みるみるうちにコーヒーは冷めていきます。

しばらく見ていた宿屋の主人は、何故か怒り狂ってバイト君を即刻クビにしました。

一杯も売れずに廃棄処分となるインスタントコーヒーが増えるのが

とても腹立たしかったようです。

その後、次々とバイト君たちが入れ替えられ

食堂の表に出て、絶対に売れないだろうからと

入口に腰掛けていたバイト君は

宿屋のおやじに烈火のごとく怒られて辞めさせられていました、

実はこの時

時給をもらって働くバイト君は最後

お給料をもらう替わりに、働いて滑らせてもらう「いそうろう」の僕を残すのみとなりました。

そして、その時は来ました。

非常に野沢温泉訛りの強い宿屋のおやじに

「おい、木下くんよ…ちょっと表でコーヒー売ってきてくれ」

この時すでに9人ほどバイト君がクビになって

「事故で棒に振った1年を取り返す」為にきた野沢温泉

ここを追い返されたら僕は

「もう後が無い」

しかし、断る術もなく白羽の矢は立てられたのでした。

~南極の冷蔵庫 ~勝手に閉ざす扉③~につづく~