黒岩禅の上司の魔法 -50ページ目

序章6_歓喜の日となるはずが 「上司として最悪の日」に

序章6_歓喜の日となるはずが「上司として最悪の日」に

序章5_「念願の「業界で一番」を達成!…のはずだったが…」 の続きです)


1997年2月19日TSUTAYA五つ星店長コンテストの結果発表

当時800人いた店長から、たった2人だけが選ばれた五つ星店長。

その2人とも私の部下だったのです。

そのほかの店長も、全国11位、12位、29位と、四つ星認定の素晴らしい成績でした。

結果発表の日は「上司として最高の日」になるはずでした。

しかし、この歓喜の日は、

忘れることのできない「上司として最悪の日」になるのです。


五つ星になった店長の

「でも、黒岩さんの言うとおりにしただけですから…」の力ない言葉が、
すべてを気づかせてくれました。

「おまえは、わしの言うとおりにしてればええんや!」という、

以前の会社社長の言葉に力を失い「僕は社長の操り人形じゃない!」と、

私は前の会社を辞めました。

自分自身の「個人」を認めてもらえない無力感で辞めたはずの私が、

私自身の大切な部下の「個人」を認めていなかったことに気がついたのです。


上司として実績を積み重ねてきたことが、私自身を傲慢にさせていたのです。

ただ厳しい、ただ辛いだけの「俺の言うとおりにしておけばええねん」という

「北風のマネジメント」を加速させていったのです。


言うことを聞かない部下や、できない部下には容赦なく叱責…、

いえ激怒していました。

いま思えば、「教える」ということはほとんどなかったように思います。

ただただ、北風びゅーびゅーと力ずくでやらせていました。

 
仕事をやらされている「やらされ感」が、

五つ星店長という最高の栄誉をもってしても喜べない店長、

つまり仕事の充実感を味わえない店長にしていたのです。


接客コンテストの日に言われた吉岡店長の言葉、

「怒ってないですか? 5位になってすみませんでした」が思い出されます。


他社のマネジャーから「レベルが高いですね」と言われ喜んでいた自分が、

なんて愚かだったのだろうと恥じました。


5位という立派な成績なのに謝罪に来るなんて、

どれだけ店長たちが私に恐怖していたか気づけたはずなのですから。


「良い部下に育ってほしい」と願っていました。

でも、正しくは「自分にとって都合の良い部下に育ってほしい」と思っていたのだと、

その夜に気がつきました。

「俺は、いままで何をしてたんやろ…」

哀しくて涙が止まらず、涙におぼれそうな夜でした。

翌朝、「太陽のマネジメント」の種が私の心に宿りました。

97年2月20日の朝

上司として生まれ変わろう。そう決意したのです。



しかし、翌年の30歳を迎えた98年7月に退職します。


冷たいグラスに、熱いお湯を入れたら割れてしまいます。

同様に「北風のマネジメント」から

「太陽のマネジメント」へ無理に変わろうとして、

精神的に不安定になったのです。

部下への衝動を抑えている分、

会社への衝動(反発)が大きくなったのだと思います。


7年間お世話になった会社を、迷惑をかける格好で退職することになりました。


(つづく)

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上記は、

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赤ちゃんから育ててくれてありがとう。

こんにちは、黒岩禅です!

iPhoneの写真を見ていたら、当時小学1年生の娘の日記が出てきた。



【黒岩禅の仕事楽】~上司として知っておきたい、いくつかの事柄~


「赤ちゃんから育ててくれてありがとう」なんて言葉、


こで覚えたんだろう?


娘に聞くと「覚えてないよ~そんなこと!」って叱られま
した(笑


娘に、

「生まれてきてくれてありがとう」を伝えたからかもしれ

ません。


与えた愛情はそれ以上になって返ってくる。

誰かに与えたものは、それ以上に返ってくる。

良いことも、悪いことも。


それに気がつけてから、人生が変わったように思う。

娘に感謝です。





序章5_「念願の「業界で一番」を達成!…のはずだったが…」


序章5_「念願の「業界で一番」を達成!…のはずだったが…」

序章4_「 アルバイトの9割は辞め、店長までもがまさかの退職! 」 よりの続き)

91年、店長として自信を深め、
またそれを認めてくれる会社に出会えたことで、
仕事が楽しくてしかたありませんでした。


翌年には、TSUTAYA本部から最優秀店長の一人に選んでいただきました。

業務も店長からマネジャーへと順調にステップアップをしました。

マネジャーとして3年を経た96年に「五つ星店長コンテスト」が開かれます。

五つ星店長コンテストとは、
当時800店舗ほどあったTSUTAYAのなかから、
アルバイトさんの接客、店舗運営チェック、店長の商品知識テスト、
お客様アンケートの総合得点で、店長のランク付けをするものです。

「やるからには、全店五つ星やで!」と、
当時5人いた店長にハッパをかけ、
私自身は五つ星を獲るための戦略を練りました。

まず、第一関門は「アルバイトさんの接客」です。

「ファンタジック・フェスティバル」と題された接客コンテストが
地区ごとに行なわれました。

五つ星を獲るためには、
この接客コンテストが非常に重要だったので、
コンテスト出場者には私自身も直接指導をしました。

手の角度、目線の置き方、間の取り方など事細かにです。

さらに、コンテスト当日は早朝に集合して、
開店前の店舗で最終チェックをしたほどです。

コンテストの結果は、
全員が1位から5位までに入賞する快挙でした。

5位になった店舗の吉岡店長が、
「怒ってないですか? 5位になってすみませんでした」

と、私のところに頭を下げに来たのです。

私自身は怒っているなんてことは微塵もなく、
むしろ良くやってくれた想いのほうが強かったくらいです。

それを、横で見ていたTSUTAYAの他店舗を運営している
他社のマネジャーが、

「黒岩さんのところはレベルが高いね。5位でも満足しないなんて」と
声をかけてくれたことが、なんとなく嬉しかったことを覚えています。

5位と言っても立派な成績です。
なんとなくで獲れる成績ではありません。
吉岡店長もアルバイトさんもがんばってくれたのです。

がんばった結果なのに、本人たちが喜べない。
喜ぶどころから「怒ってないですか?」と怯える。

1~5位独占の喜びに、
そんなことにも気がつけなかったのです。


吉岡店長の言葉が、
「上司として最悪の日」を「最高の日」にするための最後のヒントだったと
あとでわかるのですが、
そのときは気づくことができませんでした。

接客コンテストを皮切りに、
店舗運営チェック、商品知識テスト、お客様アンケートが無事に終了し、
97年2月に結果発表がされます。

「五つ星店長」は、なんと全国800人の店長から
たったの2人しか選ばれませんでした。

全国から2名しか認定されなかった「五つ星店長」に、
2名とも私の部下から選出されたのです。

まさに快挙! 快挙! 快挙です!

念願の「業界で一番になる!」という夢を達成した瞬間でもありました。

壇上で、TSUTAYAの創業者である増田宗昭氏より
表彰状を受け取る店長たちを見て、涙があふれてきました。

表彰状を手に戻ってくる彼らを
「おめでとう!」と迎えたのですが、
なぜか2人は浮かない顔をしているのです。

私は、「なんや、嬉しないんか?」と聞きました。

1位を獲得した店長が、

「嬉しいです…。でも、黒岩さんの言うとおりにしただけですから…」。

 聞きようによっては、上司である私への賛辞にもとれますが、
彼らの浮かない表情と力ない言葉から、そうではないことが明白でした。

「黒岩さんの言うとおりにした…」の真意は、

「黒岩さんの操り人形でしたから喜べません」だったのです。

 操り人形…。

「僕は社長の操り人形じゃない!」と言って退職した、

あの悔しい日を思い出し、目の前が真っ暗になりました。

(つづく)

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上記は、

リーダー・上司の
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