黒岩禅の上司の魔法 -52ページ目

序章3_抜群の実績を上げたのに、なぜ認めてくれない!

抜群の実績を上げたのに、なぜ認めてくれない!

序章2_この業界で一番に なることが俺の存在理由だ! の続きです。


1000万円の売上計画を達成した翌月、
社長への月度報告をいつになく待ち遠しく感じていました。

いつもなら「行きたくない…」などと思っていたものです。
それが、早くその日にならないかなと、遠足を楽しみにする小学生のようでした。

誰もが無理と思っていた売上を達成したのですから、
浮かれていても無理はなかったと思います。

しかし、その思いは社長の一言で打ち消されました。


 「売場を元に戻せ」


1000万円を達成するために、
この1ヶ月寝食を忘れつくってきた売場を元に戻せと言われたのです。

この1ヶ月をすべて否定される言葉でした。

売上をこれだけ上げたのに、なぜ否定されたのか。

いまの私ならわかります。

報告・連絡・相談(ホウレンソウ)が足りなかったのです。

どちらかというと、意図的にしませんでした。

「相談したら否定される」

「売上を上げれば文句ないやろ」くらいに思っていたのです。

それでは、評価されなくて当然です。


金儲けだけをするのであれば、

売上を上げるだけでよかったのかもしれませんが、

店長は「社長の想い」を実現するために在るのです。

そのために、ホウレンソウはなくてはならないものです。


ホウレンソウをすることで「社長の想い」を理解し、

「社長の想い」を通して、

自分の想いを実現していくことが店長のあり方です。


「社長の想い」を無視する仕事をしていたのですから、

否定されて当然だったのです。


いまの私は、このときの経験から良いことも悪いことも

迅速に報告・連絡・相談することを心掛けています。

特に悪いことに関しては徹底しています。

それは、自分自身を評価してもらうための第一歩なのです。


そんなことを理解していなかった当時の私は、

「売場を元に戻せ」の社長命令を拒否しました。

売上が上がっているのですから戻す必要はないと抵抗したのです。

話は終わったかに思えたのですが、

その数日後、私の休みの日に売場は元に戻されました。


売場を変えたことで売上が上がったのですから、

元に戻せば売上は下がります。


6月の実績報告では、売上が下がったことを痛烈に叱責されました。

私にしてみれば、

勝手に売場を元に戻され、

売上が落ちた責任まで追及されたのですから納得がいきません。


すぐに売場を1027万円を売り上げた5月の状態に変えました。

もちろん(?)社長に相談はしませんでした。

売上は過去最高を記録しましたが、社長との関係は最悪でした。


8月に入っての売上報告の日、過去最高売上を上げても叱責の嵐です。

それは予想していましたが、


「おまえは、わしの言うとおりにしてればええんや!」という言葉に、

力を失いました。


「僕は社長の操り人形じゃない!」


その月末、退職することになります。


(つづく)


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序章2_この業界で一番に なることが俺の存在理由だ!

この業界で一番になることが俺の存在理由だ!

序章1_「死ぬまで働け~ の続きです。


店長となって3年目の91年3月に退職を考えていました。

「このままでええんやろか?」

という、将来に向けての漠然とした不安がその理由です。


私には、親も、頼ることができる親戚もいなかったため、
中学卒業までは児童養護施設にお世話になっていました。

中学を卒業後は、働きながら夜間高校に通い卒業しました。

先日、「中卒全員3年内に離職 県内児童養護施設06~10年退所者 」というニュースが流れました。
児童養護施設退所者で中卒は全員3年以内に離職しているニュースです。

黒岩自身も中卒で働き始めて、仕事を転々としていたので、
なんとなくですが、離職者の気持ちが分かります。

私が、かろうじて夜間高校を辞めなかったのは、先生の応援があったからです。
そのときのことを
児童養護施設の子どもたちの夢を応援するカナエール。 ので書いているのでよければ。



「レンタルビデオ」という職業は、いまでこそ広い世代に認知されていますが、
91年当時はそうではありませんでした。

私の親世代にあたる40代以上の多くの目には、
「アダルトビデオを扱ういかがわしい店」と映っていたのです。

親なし、コネなし、学歴なし。
その上、仕事まで「いかがわしい店」と思われているようでは、
明るい人生を想像できなかったのです。

その漠然とした不安を解決してくれたのが、目の前にいる多くのお客様でした。

「この前、教えてもらったビデオ、すごい面白かったで。ありがとう」と
喜んでくださるお客様の顔を見て、
自分自身が嬉しくなっていることに改めて気がついたのです。

多くのお客様からいただいた「ありがとう」という言葉が、

「お客様に喜んでいただくのに、親・コネ・学歴なんか関係ない。
やっぱり俺は接客が好きなんや。TSUTAYAが好きなんや!」と強く思わせてくれました。

そして、翌月の4月に大きな決意をしました。
 この業界で一番になれたら、「いかがわしい店」と思われていても関係ない。

きっと認めてもらえる。
そう思い、仕事を続ける決心をしたのです。

「学歴無しなんか関係ない!」 ←そんな思いを綴った記事です。


一番になるには、まずは売上を上げられる店長でなければいけないと考え、
来月の売上を上げるためのアクションプランをつくりました。

過去1年間の売上傾向から計算すると、来月5月の売上は900万円と予想できています。
それを1000万円にしようと決めました。
1000万円という数字に根拠はなく、ただ大台に乗るほうがかっこいいという理由からです。

それからというもの、
1000万円の売上を達成するためのアクションプランを徹底して考え、
100以上のプランを練りました。

それをすべて実行するために、
5月は開店から閉店までの16時間働く、1日も休まない、
と覚悟を決め、のぞんだのです。

当時の私は「人を信用する」という気持ちが無かったように思います。
だから、仕事を任せることや、頼ることができなかったのです。
結果的は、自分が・・・自分が・・・と自分を追い詰めていたように思います。


当時は、8㎝のCDシングルが注目を浴びはじめたころでした。
ちびまる子ちゃんの「おどるポンポコリン」や小田和正さんの「ラブ・ストーリーは突然に」が大ブレイクしており、CDシングルの売場拡大がプランの一つでした。

CDアルバムの売場を縮小し、CDシングルの売場を拡大するために、
それ用の什器(商品を陳列する棚)を購入してほしいと社長に提案したところ、

開口一番
「あほう! CDアルバムの売上が落ちたらどうするんや!」ととりつくしまもありません。


私には「絶対に売上が上がる!」という確信があったので、
什器を購入せずにCDシングルの売場拡大を勝手に行なうことにしました。

売場レイアウトの多少の変更は、店長権限の範囲だと拡大解釈をして、
社長には相談せずに強行したのです。

CDアルバムの売場を縮小することは注意を受けていたのでそれはせず、
ビデオの売場を縮小してCDシングルの売場を拡大しました。
(正直、こんな奴が部下だと困りものです(笑))

思った以上に効果は絶大で、目に見えて売上が上がりました。
お客様にも喜ばれ、アルバイトさんからも「スゴイ!」と賞賛されたことを昨日のように覚えています。

また、いまは1週間レンタルできるのが当たり前ですが、当時は1泊2日が常識でした。
それを、客単価アップを狙って3本借りると3泊4日のレンタルができる特典を用意しました。

この変更も店長権限の範囲内と解釈して相談しませんでした。
なぜなら、相談をして「駄目だ」と言われるとできなくなるからです。
(まったく、ずるい考えです・・・)


このほかにも多くの変更を行ない、日々売上が増えていることに手応えを感じていました。

結果は1000万円を大幅に上回る1027万円の実績でした!
本気で取り組んで目標を達成したことは、私にとって大きな自信になりました。

(つづく)

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序章1_「死ぬ気で働け!」ではなく「死ぬまで働け!」

序章 「最高のチーム」はいかにして生まれたか


「死ぬ気で働け!」ではなく「死ぬまで働け!」


当時、20歳の春を迎えた私は、
大阪府にオープンしたレンタルビデオ店TSUTAYAの店長を任されました。


優秀だったから店長に抜擢されたのではありません。

TSUTAYAのフランチャイズに加盟したばかりの会社だったので、
社員が私しかいなかったから店長になれたのです(笑


当時の社長からは「死ぬまで働け!」と叱責の毎日でした。

「死ぬ気で働け!」ではなく「死ぬまで働け!」です。


社長が、どんな思いでおっしゃっていたのかわかりませんが、
この言葉があったからこそ、いまの「黒岩禅」があるのだと感謝しています。


そもそも、「死ぬまで働け!」と叱責される理由は、
私が仕事のできない店長だったからです。


例えば、夕方の暗くなるころには、お店の看板を点灯させるのですが、これを忘れるのです。
もう毎日のように忘れていました(笑)。

毎日のように叱責されている私を、アルバイトが見かねて
「僕たちが点けましょうか?」と同情される始末です(笑

そのままお願いをすれば良かったのですが、
誰かに頼ることができなかったのです。
誰かに頼ることができないことも、仕事のできない上司だったのです。


社長からは、「ボンクラ」「昼行灯」「木偶の坊」と言われつづけ、
締めの言葉は「おまえみたいなやつは死ぬまで働け!」です。


20代で体力があったこともあり、ほとんど休みなしで働きました。


それだけ仕事をしていると、お店の隅々まで頭に入るようになります。
例えば、「店長、○○のビデオはどこにありますか?」と聞かれれば
「ドラマの通路の右手2つめの棚の上から3つめに並んでる」と答えることができました。


売れている商品と売れていない商品が、自然とわかるようになりました。

いまほど単品管理ができていなかった時代ですから、
商品動向を知ることは、売上を上げる大きな武器になりました。


「俺みたいな『ボンクラ』でも、これだけ働けば成果を上げられる」と自信を持ったことを覚えています。


しかし、この自信が1997年2月に迎える「上司として最悪の日」への始まりでした。


自信をつけた私は傲慢になっていました。

部下に対しても取引先に対しても、怒鳴ることなど日常的で、非常に恐れられていたようです。


自分自身が完璧な仕事をしているわけでもないのに、周囲の失敗は許せないのです。
平気で1時間以上怒鳴りつづける始末です。(当時の話を聞くと1時間どころの話ではなかったようですが(汗)

いま思えば最悪の上司でしたが、
それが「仕事ができる上司」だと考え違いをしていたのです。


仕事はできて当たり前。

長時間労働も当たり前。

休むことは罪悪。

私の考えに合わない部下には容赦なく「やる気がないんやったら辞めてまえ!」の連発。

「やる気がある」とは、私が気に入ることをしているかどうかが判断基準でした。


無理矢理に指示に従わせる。

イソップ寓話の「北風と太陽」の
北風がビュービューと風を吹きつけ、コートを脱がそうとしたようにです。


指示に従って仕事をしてくれても、上司として一片の「感謝」の気持ちもなかったように思います。

部下は上司の言うことを聞いて当然と思っていたからです。



当時の私……、最悪でした。


(つづく)


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