本屋さん・・・。
買わなくても行くだけで楽しいものです。
色んな情報が得られますしとても得した気分になります。


先日久しぶりに本屋さんに行き、普段は見ない写真集コーナーを覗いてみることに。
きれいな本がずらっと並び、どれもこれも欲しくなる物ばかり。


そんな中、小さな写真集が目に止まりました。。
タイトルを見ると「南紀熊野ルート42」と書かれていました。
中をめくると全て絵葉書になっていました。
(正確には写真集というより熊野のきれいな景色が載った『はがき集』です)


懐かしい景色・・・。


実は私の両親ともに熊野方面の出身で、写真は私が子供の頃よく連れて行ってもらった場所ばかりでした。


私の子供時代は旅行なんて連れて行ってもらえなくて、
夏休みどこかに行くというと田舎に帰るのが定番でした。
友達が○○に遊びに行ったと聞くととても羨ましかったのを覚えています。


でも大人になって両親が熊野方面と言うと逆に『羨ましい~』と言われることもしばしば。


最近お知り合いになった方は、死ぬまでに行ってみたい場所は
熊野古道と仰って下さり、そのお話しのご縁もあってお付き合いが続いています。


周りの方から聞いて、あーそんなに良い所だったんだとつくづく感じます。


私も『大阪から近くて遠い町、熊野』なのでなかなか行く事が出来ず、
父親のお墓が熊野にありながら行けていない状況が続き、叔母に親不孝!!と叱られています。


アグレッシブな叔母にも会いたいですし、
改めてこの『南紀熊野ルート42』のはがき集を持ってコロナが明けたら熊野を少し旅してみようかと思います。


きっと皆さんにもそんな場所、ありますよね。
また機会があればそんな思い出の場所のお話し、お聞きしたいです・・・。
         

            

 

 

   

 オリンピック、パラリンピックが終わりました。7月のコラムに書いたように、開催に賛成だったので、開催期間中は大変楽しく、心を打たれる様々な場面に夢中でした。(*1)開催
の賛否は別にして緊急宣言下の最中で開催された運営だけを見ると、選手41名の感染者だけというのは、やはり成功と言えると思います。(*2)


 多くの選手は、「この場を作って頂いた事に感謝」という趣旨を述べていました。自分の人生をかけて過酷な鍛錬をした成果を披露できる場が、肩透かしで1年延び、更に直前まで開催確定しない辛酸を味わった人の言葉で、ある重みを感じました。


 今回は、何よりパラリンピックの素晴らしさを観させて頂いたことです。手が無くても泳げるし、(それも手のある人に伍さずに!)足が無くとも遠くへ飛べる、車椅子を操る姿は芸術的と言っていいほど、まともに握れない球を寸分違わず投げる技と、戦略、もう、信じられない世界が広がっていました。


 で、人生の途中から障害を負った人の明るいコメントは、スポーツを通じて立ち直り、更に突き抜けた先は「(自分の障害は)私の個性と思えるようになったこと」って、泣けてきます。知らず知らずに障害者に一歩距離をおいていたことを嫌というほど認識させられました。ダイバーシティ(多様性)の重要性を自認してきたのに、バイアス(偏向)に気づき、情けなさと感動で、ぐちゃぐちゃになりながら見入っていました(*3)

 

 自国開催でないと、ここまでパラリンピックを見る機会は無かっただろうし、意識改革や今後の報道に好影響を与えるキッカケになったと思います。障害者のはつらつとした爽やかさに接することが出来たことは、何者にも代えがたいと思います。


 いつ何時、障害を受けるかわかりませんし、年齢的にそ
の確率が高まっています。その時は見習おうと確固たる意
思だけは確認出来るのですが、自分に甘いので貫けるか
どうか?全く自信はありません。


 *1.前回のリオでの「ジカウイルス」騒ぎは覚えておられますか?レベルが違いますが、今回はコロナウイルス、反対の方々は観戦どころでは無かったでしょうね。素人ながら、気の緩みへと影響があったのではないかと思いますが、専門家の検証に委ねます。
 

*2.NHK集計▽選手が41人▽大会関係者が201人▽メディア関係者が50人▽組織委員会の職員が29人▽大会の委託業者が502人▽ボランティアが40人。特権階級であるIOCは大嫌いですが、無事運営仕切った今回は、IOCと共に世界に誇るべき成果だと思います。最も、第5波を招き自国民が危機瀕した、とフォーカスすれば、開催がとても許される行為では無いでしょうね。


*3>パラリンピックに反対している多くの障害者もいます。その意見は、常に健常者と分けられる歴史を歩んできて、そもそも分け隔てされることに怒りを感じる、と言うものです。オリンピックとパラリンピックと分けていること自体もそうですが、「できる障害者」を讃え「障害がありながら頑張っている」と涙ぐむ。頑張ることも出来ない重度障害者は生きること自体が闘いなんだ・・・と。どう接したらいいのか右往左往、ぐの音も出ません。

 

     

2 年前、
お客様から元タカラジェンヌの方のコンサートにお誘い頂きました。
宝塚は全く知らない私でしたが、美しく、迫力のある歌声に感激したのを覚えています。


あれから2 年・・・。
コロナ禍ではありますが、その方のコンサートが再び
美術館の中にあるホールで開催されるのでとお誘い頂き再度
訪れる機会に恵まれました。


検温・消毒はもとよりホールの3 分の1 という厳しい入場制限、
正面にはびっしりのアクリル板。


少し窮屈な雰囲気の中コンサートがスタートしました。


会場が暗くなり、
舞台正面にスポットライトに照らされ、その方が現れます。


バンドは無く、ピアノだけの伴奏の中、
綺麗でのびやかな声が会場に響きわたります。


すっかり引き込まれ、完全にアクリル板の事なんか忘れて、
いや、それどころか胸がいっぱいになって泣けて来ました。


周りは宝塚ファンの方ばかり・・・。
私の感動を更に上回っていた事と思います。


一番後ろの席でしたが、この日を待ってました!!
という熱気がファンの方の背中越に感じた気がします。


素敵な時間を過ごさせて頂いき、
大きな感動をもらった事で、
私ももっと何か出来る・・・。
もっとチャレンジしたいと!!
そんな風に自分を奮い立たせる事が出来た気がします。


芸術の秋、とても素敵な時間を過ごす事が出来ました・・・・。

 

 

  

 

 夏休みは如何お過しでしたでしょうか?
オリンピック連休で、乗鞍岳、牛伏川重要文化財フランス式階段工と松本城に行ってきました。(*1)
 乗鞍は、災害閉鎖から復旧直後のハイウェーバスで2,700mまで登り、残り300mで剣が峰の山頂です。旧日本軍の空気が薄い高高度飛行機エンジン実験のために作った道路だそうです。過給機(ターボエンジン)開発と低温での作動実験が行われていました。開発には至らなかったようですが、改良に役立ったと言われています。

 松本城は130分待ちという超混雑で入場を諦めました。当然街中に人が溢れているのですが、一歩外れるとひっそりとして水の街(地下水)、しっとりとした松本の街に触れることができました。


 注1:実は黒部五郎岳に登る行程を途中リタイヤして、負け惜しみ行動を取った2日間の出来事。もうアルプス挑戦は無理かも知れません。

 

   

コラムの絵を書き溜めて…10年以上になりました。つたない絵ではありますが、10月中

までオフィスとなりのスペースで展示させていただいております。

お時間あればお立ち寄りくださいませ