目の前で眠るお姫様に唇を重ね


指を絡めて目覚めるのを待つ


やがて微かに睫が動き
しだいに瞼が開かれていった


そして黒く澄んだ瞳に俺自身が映る頃


柔らかい唇から言葉が紡がれた


『あなたはだあれ?』


「俺は咲人」


『さきと…
初めまして、俺はー…』


続かない言葉
不安そうに歪む顔


大丈夫


「初めまして、柩」


俺がそう言うと
何事もなかったかのように
柩は笑った


毎朝毎朝同じことをする

俺にとっては何気ない日常

だけど柩にとっては全て初めてのこと


柩は
柩の頭は記憶を留めていられなくなった

見たこと聞いたことその瞬間はあっても続かない

水が溢れ出すようにポロポロポロポロ落ちてしまう


いつからか
柩は恋人の俺を忘れ
自分のことすら忘れ始めていた


最初は悲しくて寂しくて仕方なかった
だけど一番悲しんでるのは他の誰でもなく
柩自身のはずだから

だから
俺は繰り返す

たとえ柩が昨日の俺を覚えていなかったとしても
俺が昨日の柩を覚えているから


毎朝が初めましてで始まるけれど
毎日新しい恋を始めると思えば


柩の隣にいれるだけで
俺は幸せだから


俺は目の前にいる恋人を見る


きっと柩は俺を恋人だなんて思いもしないだろう


「柩、今日はどこに行こうか?」


近くにいるけど
遠い存在

せめてお願い
これ以上遠くへいってしまわないで…
きゃっきゃ
きゃっきゃと
今日も響く少し高い戒君の声と可愛らしい笑顔


だけど残念なことに
その声も笑顔も向けられている先は
恋人である俺ではなく


他のメンバーたち


気づいてるかな
無邪気で無防備で
計算なんて言葉知らないんじゃないかっていうぐらい純粋な戒君だから


知らない間に
狼たちが増えていく


戒君自身は気づいてないみたいだけど

ほら今だって
皆の目は仲間としてのそれではなくて
とても愛おしそうに君を見てる


罪づくりな戒君


純粋なことはいいことだけど
時に戒君の純粋さは残酷なんだよ


嫉妬深い俺は
自分に向けられない
戒君の声や笑顔を羨んで
メンバーに嫉妬している


でも
そんなこと気づいてないでしょ?


部屋に入るタイミングが解らず
立ち尽くしていると

ーガチャ


突然開かれた扉
中からは出てきたのは問題の恋人



『あ!!
うっさんこんな所で突っ立ってどうしたの?』


俺の気なんて知らない戒君は
そう言うなり抱きついてきた

俺はしっかりと受けとめて


「ん?戒君のことを考えてたんだよ」


って言うと
嬉しそうに顔を赤らめた


(こういう表情は俺しか見れないから、ま今回は許すか…)
痛いくらいに吹き荒ぶ冷たい風も
2人寄り添えば暖かくて


絡めた指先からは
咲人の優しさが伝わってきてたのにね、


『寒いね、咲人』


こんなに近くに居るのに
手だって痛いくらい握ってるのに


『眠いね…』


貴方の温もりが伝わってこないの


『咲人…』


瞼が重い
意識も朦朧として
耳の奥に響くのは


「ひつ」


聞きなれ過ぎた声
聞きたくて聞きたくて仕方なかった声


『さきとぉ…』


「何泣いてるの」


『だって咲人が…』


咲人が隣で…



俺を置いて先に逝ったんでしょ


「ごめんね、ひつ
独りにさせてごめん

よく頑張ったね」


そう言って咲人は俺の頭を撫でてくれた

大好きな手
その手はいつもみたいに暖かくて優しくて


『さき…』


何もかもが嘘みたいだった

気づいた時には
車もろとも崖の下に墜ちていた


「ごめん、ごめんねひつ…
もう苦しくないから」


『あ…あぅ』


もう二度と抱きしめられることなんてないと思ってたのに


「後悔はしない?」


『咲人と一緒に逝けるなら

咲人はー…』


聞かなくても解ってた
優しい咲人だもの
後悔しないわけがない

ただ悲しそうに笑った顔


今度は俺から抱きしめる


『咲人と居られるなら
どんな終わりでも俺は幸せだから』


見つめた先
眩い光が俺たちを包む


次また会う時まで
しばらくのお別れ


ありがとう咲人
俺は幸せだったよ
優しさなんて
見せなければよかった


優しさなんてものは
ただ良い印象を与えるだけで
他に何も残らない


今だってそうだ
気に入られるために
俺を見て貰うために
創り出した優しい俺は
戒の視界には入ったけど
入っただけだった


良い人止まり


何てくだらない立場


『流鬼って本当に優しいね』


そんな言葉だけじゃ満たされない


『れいちゃんにも流鬼の優しさを見習って欲しいよ』


なら
れいたなんてやめて俺にすればいいだろう?


確かに
戒の中で俺の存在は大きくなった

だけど
俺が望んだのは


そこじゃない


被り続けた仮面は
取ることも赦されず


ただいつものように
良い人を演じる


『聞いてっ
れいちゃんってば酷いn』


「戒」


泣き叫びながら入って来た戒の言葉を遮ったのは
俺が一番欲しい所にいるやつだった


『もう、れいちゃんなんて知らない!!
れいちゃんよりも流鬼の方がずっと…』


「愛してる」


『え…』


「俺はちゃんとお前のこと愛してるから

気づけよバカ」


『れいちゃっー…』


あぁ何てくだらない茶番劇

俺は一体何なのさ


「はいはい
バカップルはあっちいけ

まじうぜぇ」


『ひっどーい』


「まあまあお言葉に甘えて退散しようぜ…


世話になったな、流鬼」







「はは、」


何だ、今のあいつの顔は!!
勝ち誇ったように笑いやがって


「もう限界だな」


優しい仮面は脱ぎ捨てよう

いつかお前に今日見せてくれた笑顔を返してやるために
チクタク
チクタク

トクトク
トクトク

時を刻む時計の音と
命を刻む心臓の音は同じ速さなのに


不思議だね、


ドキドキドキドキ


咲人と一緒に居る時
咲人を見た時
咲人が僕を見た時

僕の心臓は凄く速くリズムを刻む


ほら、
今だって


咲人を見ている俺の心臓は酷く速く煩く動いてる


ねぇ咲人、
僕のこの気持ちは何なんだろう


(ほんとは気づいているけど)

気づかないふり

(解っているけど)

解らないふり


誰にも言えない秘密の気持ち


この気持ちを何と呼ぼう


あぁ、
『 』なんて言葉知りたくなかった


気づかなければ
こんなに苦しまずにすんだのに…