見に来てくださってありがとうございます。
11月25日の朝方に母(79歳)が亡くなり、
昨日葬儀を終えました。
長いこと母のことを
書いていませんでしたが、
最後の記事はこちらになります。
↓
特養でコロナに罹り入院し、
その後は病院と介護医療院を
何度か行ったり来たりして、
最後は病院で亡くなりました。
誤嚥性肺炎を何度か繰り返し
口から食べることが出来なり、
延命治療をせずに亡くなった母は
痩せ細っていました。
(飲み込む力がないので
飲食で窒息する怖れもある。)
父の時とだいたい同じです。
亡くなってから、
「体から開放されて
自由に動けるようになって良かったね。
ありがとう、お疲れ様でした。」
と思ったのも、父の時と同じでした。
本当に長い時間をかけて
弱っていく様子を見てきたので、
悲しさよりも
「お疲れ様」「ありがとう」
という思いです。
以前もブログに書きましたが、
長い時間をかけて
お別れをさせてもらったんだな…
と思っています。
良いことばかりじゃないけど、
全て込みで
「思い出をありがとう」です。
↑
こちらの記事にも書きましたが、
母は認知症だったので
時の経過と共に
何がなんだか分からなくなり、
頚椎後縦靭帯骨化症で
体もどんどん動かなくなっていったので、
「あの頃の母はもういないんだな…」
という感覚を
数年前から何度か味わっていました。
本当は亡くなった時に
感じるであろう気持ちを、
亡くなる前から
経験していたんだと思います。
元気な頃と同じように会話が出来て
自由に動ける母が亡くなったとしたら、
喪失感が大きかっただろうな。
夫と私の両親を全員見送り、
4人全員死んじゃったな〜
死なない人間はいないんだよな〜
人って必ず死ぬよな〜…
と感じたり、
実家に残るたくさんの物を思い出し、
持ち物だけ残して
この世からいなくなるんだもんな〜
死んだら物質的なものを
何も持って行けないって本当だよな〜…
と感じたりしています。
だから、“思い出”を
たくさん残した方がいいんだろうな。
思い出と経験は
死んだ後も持っていけるようだし。
亡くなった母に触ると
時間が経過するほど冷たくなっていたので、
あんなに弱っていた時でも
触ったら温かかったのに、
心臓が止まると冷たくなるんだ。
身体ってすごいな、心臓ってすごいな。
血液が循環してるから生きてるんだよな。
と感じました。
だから、
生きていて
体を自由に動かせるうちに、
やりたいことをやっておかないとね。
関連記事
最後まで読んでくださって
ありがとうございました😊








