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2ヶ月前に特養にいる母が熱を出し、
病院に連れて行き検査をしたところ
コロナに感染している事が分かりました。
普段から動けず、
ほとんど話さなくなった母は
病院の待合室でも静かで
いつもとほぼ変わらない様子でしたが、
看護士さんが
血圧と酸素濃度を測ったところ、
命に関わる危険な状態だと判明し、
そのまま入院となりました。
現在も入院中です。
(今はお粥は食べてますが、それだけでは
栄養不足なので点滴をしています。)
入院中にさらに拘縮が進み、
褥瘡も出来てしまいました。
声もほとんど発することが出来ません。
元々認知症なので、
本人がどこまで分かっているのか
よく分かりません。
高齢になり、病気になり、
体がどんどん動かなくなり、
認知症でどんどん分からなくなっている
両親を見てきて思うのは、
長生きが必ずしも良いことではなく
死も悪いことではないな、ということ。
自殺や他殺での死、安楽死についてではなく、
体が自然に迎える死のことを言っています。
時には「長生き」するよりも
「死」が優しく感じる時があります。
『もののけ姫』の
シシ神様がイメージ近いかな。
元気な高齢者なら、
「長生きするのは良いことだ。」
と思えますが、
後縦靭帯骨化症で、自力で動けず、
拘縮がかなり進み、褥瘡が出来て、
抹消点滴で栄養を補い、
認知症が進み色んなことが分からなくなり、
意思疎通が難しい今の母を見ると、
危険な状態だったまま
何も処置をせずに亡くなっていた方が、
本人にとって良かったのではないかな
とも思います。
今は医療が進歩しているので、
昔ならそのまま亡くなっていた場合でも
命を繋ぎ止めることが出来るように
なっていますが、
若い人なら回復する可能性が高いけれど、
高齢者の場合は回復する見込みが低く、
状態が悪くなったまま寝たきりになり
命が延びることになると思うので…
「あの時亡くなっていた方が
苦しみが長く続かずに済んだのでは?」
と、自分の親を見てきても
何度か思うことがありました。
高齢の親と向き合っていると、
老いと病と死について
色々と考えさせられます。
母が入院してひと月半ほど経った頃に
退院の許可が出ました。
病院と特養とのやり取りで、
最初は「特養側の受け入れOK」
とのことだったのですが…
退院間近に母が熱を出してしまい、
そのタイミングで
特養の職員さんが病院に面会に来て
母の様子を見て判断が変わり、
特養に戻ることを断られたのです。
原因不明の熱が出たり、
痰吸引や褥瘡のケアが必要だったり、
口から食べる分だけでは栄養が足りず
点滴で栄養を補給していたり、
元々拘縮で介護しにくかったのが
さらに拘縮が進んでしまっていたりで、
特養では充分なケアが難しいとの理由で
やんわりと断られました。
特養は“看取りが出来る終の住処”
のはずなんですが…
医療的なケアがほとんど必要がなく、
静かに衰弱していくだけの人しか
看取りが出来ないのかな?
だとすると、
母がいた特養で実際に亡くなる人は
あまりいないのではないかな?
と思いました。
特養に戻れなかったことに関しては、
もし戻れていたとしてもまたすぐに
体調を崩して病院へ戻る事態に
なっていたかもしれないので、
仕方ないよな…と思っています。
母が今いる病院は急性期病院なのですが、
特養へ戻るという選択肢が無くなったので
(もう退所しました。)
今後は地域包括ケアか療養型の病院へ
転院する予定です。
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ありがとうございました😊





