Diarios de Varrio -6ページ目

LYRICS SERIES





先月分はもう書いたからな!
強行更新でもう今月も書いちゃおう!

久しぶりの歌詞シリーズです!

このバンドに出会ったのは、ミレニアムを迎えた直後だったかな?
ミクスチャー・バンドが世界を席巻している中、荒野に吹く風の如く現れたアコースティック・ロック・バンドのヴァーティカル・ホライゾン!

広大なアメリカを漂うリリシズムと疾走するダイナミズム。
アメリカの情景と瞬間を淡い郷愁と共に切り取って魅せる、偽りの無い誠実さを持って演奏された、シンプルな楽曲。

今回の曲は、「エヴリスィング・ユー・ウォント」

どこかで聞いた言い伝え
君は既に自分のものにして
心の裏側で昇華させている
それは与えられるまでは
手に入れられなかったもの
今君はここにいるが
何故いるのかは知らないまま

すりむいた膝と滑った跡
かつて学んだ場所を通り過ぎて
泣き叫んだ後は耳を澄ませて
そして待つんだ
もう戻らない天使のエコーを

(コーラス)
彼は君の望む全て
君が必要とする全て
君がそうなりたかった存在の全て
いつも正しい事を正しい時に言ってくれる
でもそれらは君にとって意味のないこと
そして君は何故そうなのか分からずにいる

君は誰かを待っている
君は君らしくしてくれる誰かを
君の背中を押してくれる誰かを
いつも何か別の事で傷ついてしまう
彼からもっと他に言って欲しいことがあるといつも感じている

(コーラス)

でもきつく引き締めたら
その後は弛めればいいんだ
君自身が望むことなんだから
きっと上手く行くさ
君が全ての時間を費やして
待ち望んでいることなんだから

島を抜け出してハイウェイへと
昔なら立ち寄ってた場所も通り過ぎて
自分では気付いてないようだけど
君はまだ隠してるんだ
もう戻らない天使の怒りを

(コーラス)

僕は君の望む全て
君が必要とする全て
君がそうなりたかった存在の全て
いつも正しい事を正しい時に言う
でもそれらは君には意味を成さないみたいだ
何故そうなのかは分からないけど

何故分からないのかさえ分からずにいるんだ


All songs written by Matthew Scannel







ヴァーティカル・ホライゾンはマットとキースを中心としたアコースティック・ジャム・バンドとして、確実なファン・ベースを持ち、万単位でアルバムを売るボストン周辺の人気アーティストであった。
そのポジションで彼らが満足したとしても、全くおかしい事ではなかっただろう。彼らは留まる事よりも動き続ける事、その地域性の殻を破り、枠を大きく広げる事を選んだ。





ダイナミックに変貌したバンドの姿を知らしめ、アルバムのオープニングにこそ相応しい「ウィ・アー」、聴く人の心に確実にフックするギター・リフが印象的な「ファインディング・ミー」、感情の奥底、胸の奥から込み上げて来る様なエモーショナルな「ユー・セイ」等、このアルバムは彼らのアコースティック・バンドとしてのルーツを持つが故に獲得出来た繊細なニュアンスと、エレクトリックなダイナミクスに溢れたサウンド・プロダクションを充分に堪能させてくれる。メランコリックにギターを掻き鳴らし、繊細なタッチのラヴ・ソングに仕上げた「ベスト・アイ・エヴァー・ハッド」、このアルバムの中で唯一、ギターのキース・ケインによって書かれた、アコースティック・ギターのイントロに導かれ、ドラマティックなエンディングを迎えるヴァーティカル・ホライゾンのルーツと特質を見事に表現したエンディング・ナンバー「シャックルド」、暗く、哀願する様な「ギヴ・ユー・バック」等、初めてヴァーティカル・ホライゾンに触れる人も聴くだけで、アメリカの広大な故に果てしなく深い郷愁を感じさせるものばかりだ!




grey sky morning


Adolf Hitler

いやぁ、すっかり更新するの忘れてたわ。
何か、妙に忙しいからアクセスもしてなかったし、新しい会社にも慣れなきゃだし、俺は忙しいの!
けど、このブログは無くならないよ!サイトが無くならない限りは!サイトが潰れたら辞めるけどねwww どっちやねへん!!!!!

さてさて、今日は面白戦争エピソードの好評につき、あの人の事についてちゃんと知ってもらおうと思う!

アドルフ・ヒトラーだよ!

俺達は、教科書のヒトラーしか知らない。
第二次世界大戦をけしかけ、ユダヤ民族や少数民族を大虐殺した邪悪な独裁者だとしか、、、。
今回は、そのヒトラーと彼の側にいた2人の女性について記しておこう。





アドルフ・ヒトラー

1889年4月20日、オーストリアの辺境ブラウナウにて税官吏の子として生まれる。
少年時代は成績不良で2回の落第と転校を繰り返した劣等生であり、当時の担任の所見では「才能は持っているものの、直感に頼り、努力が足りない。」と評されている。
1905年、実科学校を退学した後は画家を志し、美術学校を受験するが2度とも失敗。その画風は写実的であったものの、独創性に乏しかったとされている。この頃のヒトラーは食費を切り詰めてもオペラに通う程ワーグナーに心酔しており、また毎日図書館に通い独学する勉強家でもあった。特に歴史や哲学に興味を示し、やがて人種理論や反ユダヤ主義に傾倒していく。
1914年、第1次世界大戦の勃発と共にドイツ帝国の志願兵として参加し、有能な伝令兵として活躍。しかし昇進は上等兵までで、当時の上官はその理由として「協調性の不足」を挙げている。敗戦の知らせを聞いて敗北の屈辱に震えた彼は、祖国の誇りを取り戻す為に政治家を目指す様になったともいう。
1919年、ドイツ労働者党に入党。ここで彼の演説者としての才能が開花し、多くの党員を獲得。翌年には党名を「国民社会主義ドイツ労働者党」(ナチ党)と改め、またその翌年には瞬く間に党首に就任した。
1923年11月9日、党勢を拡大したナチ党はミュンヘンでクーデターを起こし政権獲得を図るが、州政府によって鎮圧。しかしヒトラーは、その後も既存の右翼勢力を次々に吸収しながら勢力を拡大し、党員には自分の事をナチズム運動の総統と呼ばせるようになった。また1932年にはナチ党を国会最大の政党にまで成長させ、翌年には首相に就任。その後、反対勢力を一掃した彼は、またその翌年にヒンデンブルク大統領の死去に伴い、大統領職も兼任した。
そして1939年、ポーランド侵攻により第2次世界大戦が勃発。1941年には陸軍最高司令官にも就任し、名実共に戦争の最高指導者となる。同年からユダヤ人の組織的殺害(ホロコースト)を指示し、最終的には約600万人のユダヤ人を虐殺した。その後、ロシアに侵攻を開始したが、その寒い気候により侵攻は困難を極め、遂には押し戻され始める。
大戦末期の彼は軍事作戦を練る事に大半を費やしたが、形勢は悪化する一方だった。
1945年4月29日、長年生活を共にした愛人エヴァ・ブラウンと結婚。その翌日、首相官邸の地下要塞にて愛犬ブロンディを自らの手で毒殺した後、エヴァと共に自殺。その遺体は生前の指示通り、ガソリンで焼かれた。その為に発見された遺体の損傷は激しく、また検死も当時ベルリンを単独占領したソ連側のみによるものだったので西側諸国には正確な情報が伏せられ、後にヒトラー生存説が唱えられる所以ともなった。

〈追記〉
胃病持ちの彼は極度の菜食主義者で、スープに1滴の脂が入っているだけでも嫌がっていたという。煙草も酒も嗜まなかった。特に、彼の前て煙草をふかすのは御法度でもあったが、第三帝国末期の混乱時はその限りではなかったようだ。

ブロンディというヒトラーの愛犬のシェパード犬は、時にエヴァ・ブラウンを嫉妬させるほど可愛がっていて、犬との交流が最大の心の安らぎであったという。
そんな彼が愛犬を毒殺したのは、裏切り者ヒムラーが自決用に調達した毒のカプセルが本当に即効性を持つのか信用出来なくなっていた事と、愛犬も一緒にあの世へ連れて行きたいという捻れた愛情ゆえだった。





エヴァ・ブラウン

1912年生まれ。ヒトラーの専属カメラマン、ハインリヒ・ホフマンの写真館に勤めていた1929年にヒトラーと知り合い、やがて愛し合うようになる。16年にも及ぶ愛人生活の中、殆ど公の場に姿を見せる事は無かったが、第三帝国崩壊を目前にした1945年4月半ば、彼女は疎開先の南ドイツから戦火を潜り抜けてベルリンの地下要塞に到着し、最愛のヒトラーと最期の時を共に過ごした。地下要塞の人々に対しても、終始明るく振る舞い、勇気づけていたという。ヒトラーと結婚式を挙げ、彼と共に自殺。
なお戦後、彼女の日記が発見され、日本でも「エヴァ・ブラウンの日記~ヒトラーとの8年の記録」として出版されている。






トラウドゥル・ユンゲ

1920年生まれ。1942年末から45年のドイツ敗戦までヒトラーの個人秘書を務める。ヒトラーのカリスマ性には惹かれていたが、特に熱烈なナチス信奉者ではなく、終戦までホロコースト等のヒトラーやナチスが犯した数々の大罪を何も知らされていなかった。
戦後、一時期ソ連の収容所に送られたが罪には問われず、「クイック」誌の編集長付秘書等の仕事を経て、フリー・ジャーナリストとして活躍。
映画の原作にもなった「私はヒトラーの秘書だった」は、戦後間もない1947年から48年にかけて彼女自身が記した手記て、50年以上の時を経た2002年に著述家メリッサ・ミュラーの尽力を得て、初めて一般に公開されたものである。同年の2月11日にこの世を去る。

Heil Hitler

この世を受け継ぐ者


               


第二次世界大戦後から1980年代にかけて、世界は冷戦の下にあった。

アメリカを中心とする自由主義諸国と、旧ソ連を中心とする共産圏が、激しい軍備競争を続ける緊張感の中で、人々は暮らさざるを得なかったのだ。ところが、1989年11月9日、この冷戦の代名詞であるベルリンの壁が崩壊。翌月にはブッシュとゴルバチョフのマルタ会談で、冷戦の終結が宣言された。それらを契機に東欧の民主化は進み、91年12月にはソ連も消滅し、そこで世界は平和へと大きく前進して行くはずだった、、、。

ところが、それから後の方が戦争の恐怖が現実的になっている。1991年の湾岸戦争、2001年のアメリカ同時多発テロ、その報復としての2003年のイラク戦争、、、。その他、開発途上国の内戦や国際テロが頻発し、中には日本人犠牲者が生まれた事件もある。冷戦後に顕著となった資本主義グローバリズムの拡大に対する、イスラム過激派等の抵抗が、無差別な暴力の示威となって展開されているのだ。そして、その争いのため供給されるのが、旧ソ連をはじめとする東欧諸国の残した膨大な数の兵器である。また、そこに暗躍するのが、今回の焦点である「20世紀最大の強奪」をやってのけた武器商人達なのだ。なにせ、ウクライナだけでも1982年から92年の間に、320億ドル以上の武器が盗まれている。しかも、インターポール(国際刑事警察機構)に逮捕や告発された人間は未だに1人もいない。

「死の商人」と呼ばれる武器ディーラー達。
その中でも、各国捜査当局の間で「ヴィクトル・B」の通称で知られるロシア人武器ディーラー、ヴィクトル・バットである。
年齢はまだ40代前半で、魑魅魍魎がウヨウヨする武器密輸の世界では最大のプレイヤーの1人と言われ、航空輸送会社を隠れ蓑にしてアフガニスタン、中東、またアフリカの独裁者達を相手に荒稼ぎし、国連の武器禁輸制裁破りの名手として悪名を轟かせている男だ。
また彼が若くしてこの世界で頭角を現したのは、ソ連の崩壊が切っ掛けだった。実際、ソ連崩壊により、武器密輸の世界はそれ以前と比べ激変したと言われる。崩壊後の社会混乱によって、大量のソ連兵器がブラック・マーケットに出回り始めたからだ。その中には、核物質や米海軍が唯一防衛手段を持たない超高速対艦ミサイルまで含まれている。
更にアメリカの諜報機関と繋がり、そのプロテクションも受けている。武器ディーラーと米政府のこういった関係は、珍しい事ではない。その理由は諜報工作における彼らの有用性である。実際、諜報機関のプロテクションは、大物と呼ばれる「死の商人」になる為の絶対必要条件であると言って良い。
言うまでも無く武器密輸はアウトローの世界である。武器ディーラー達は、兵器を求めて群がり寄って来る独裁者、テロリスト、反政府組織等とビジネスを行う過程で、それらの組織の内部情報を入手出来る。こうした情報はCIA等からすれば喉から手が出るほど欲しい貴重なものである。また兵器を秘密裏にある国に移動させたい時等、その道のプロである彼らの協力は欠かせない。武器ディーラー達は情報を流したり、諜報工作に協力する代わりに、米諜報機関のプロテクションを得るのである。
9・11同時テロ、そしてイラク戦争等によって国際情勢は極めて不安定なものとなっている。世界が不安定な状況にある限り、武器密売ビジネスは不況とは無縁である。また密売人達と諜報機関とのこうした関係は継続していくだろう。その中を今後も武器ディーラー達が、金とアドヴェンチャーを求めて泳ぎ続けるのだ。



             


これが武器商人の実態だ!


頭―――

情報収集力・・・イラク、リビア、リベリア、ニカラグア、アフリカ、、、。常に世界情勢が彼の中には渦巻いている。諜報機関との情報交換も怠らず、紛争の火種を見逃さない!


携帯電話―――

世界を股に掛けるビジネスマンは衛星携帯、最果ての地からでも、海上でも空の上からでも、ビジネス・チャンスを逃さない!世界を操る男の必須エキップメント。


スーツ―――

商売は信用が第一!どんな過酷な戦場へもネクタイとスーツで現れる。決して戦いの現場には介入しないという心掛けでもある。


アタッシュ・ケース―――

ビジネス・ツールは「死の商人」だって同じ。但し、現金決済が多い分、ドルは常に大量に持っている。時には商品サンプルの銃を持ち歩く事もあるが、何があっても決して撃たない!だって中古品になってしまうから。



             


武器商人て何?

武器取引で利益得る商売人。武器売買から戦乱を引き起こすという意味で「死の商人」とも呼ばれる。多くは武器製造メーカーとのパイプを持ち、武器輸出規制等、国際法の目を掻い潜り、世界の紛争地帯に対して公に、そして秘密裏に売買を行っている。


実際に実在するの?

古くは第二次大戦後の混乱期に活躍したサミュエル・カミングス(アメリカ)やアドナン・カショーギ(サウジアラビア)が有名。ただ、やはり武器商人の存在がクローズ・アップされたのは、1991年のソ連崩壊後で、旧ソ連領内の武器が大量に中東、アジア、アフリカ等に流れ、その後の紛争の規模を際限無く大きくしたからである。ただ、近年は個人というより、組織化、企業化しており、よりワールド・ワイドに影響力を行使しているのが特徴。


現代の3大武器商人とは?

現在、戦場の裏で暗躍する武器商人の中でもその取引高や、紛争に及ぼした影響から、タジキスタンのヴィクトル・バット、シリアのモンゼル・アル・カサール、トルコのサルキス・ソガナリアンである。


取り扱い品目は?

1台何億という輸送機から、戦車やヘリコプター等、大型兵器も扱うが、圧倒的に多いのがハンドガン、サブマシンガンといった銃とその弾薬。特に自動小銃AK47、別名カラシニコフは弾薬も手に入り易い上、丈夫で壊れにくく、子供でも簡単に使える。ソ連崩壊以来、武器商人達のメイン商品となっている。つまり、多くの第3世界の軍の主力火器となっているという事である。世界の戦死者の90%がこういった小火器の銃弾によるものである。


顧客は?

救世軍以外、世界の何処の軍隊にでも売る。イラク、リビア、リベリア、アフリカといった軍事政権の独裁者達から、テロリスト、反政府グループが主な顧客。


売り方は?

やはり、ここは蛇の道は蛇。紛争の起こりそうな情報を嗅ぎ付けて「死の商人」が営業にやって来る。この情報収集力こそが武器商人として成功する為の最大の鍵と言えそうである。一方、公には、多くの国、軍産複合体が主催で、世界の政界、軍関係の要人を招いて「兵器ショウ」というものが開かれており、最新の兵器、売出し中の武器にとっては格好のプレゼンテーションの場となっている。買い方によっては、割引やおまけが付く事もある。


支払い、回収は?

殆どの場合、部分的に前金、そして納品時に残額を支払う。通貨は国際取引で信用の高いアメリカ・ドルが用いられるが、アフリカではダイヤ、中南米ではコカインで支払われる事も多く、そのマネーロンダリングの為に新たな売買が行われ、犯罪組織の温床となっている。


取り締まる法律は?

各国の武器輸出規制法があるが、実は全ての国に適用される武器規制の有効な国際法は存在しない。国同士の政治的な思惑もあり、世界各国の警察により結成される任意組織であるインターポール(国際刑事警察機構)はこれらの武器拡散、密輸に対して限定的に力を行使しているに過ぎない。現在、武器貿易条約(ATT)の必要性が国連で叫ばれている。


逮捕されないの?

驚くべき事に、世界を股に掛ける大物の武器商人の内、何人かは逮捕された事はあるが、直ぐに釈放されている。多くの危険な顧客と信頼関係を得ている武器商人の殆どは、彼らなりの貴重な情報を握っており、その情報提供と引き換えに、世界の、殊にアメリカの諜報機関と繋がり、同時に守られているというのが実状だ。


表と裏、どうなってんの?

と言う訳で、多くの政府は彼ら武器商人を取り締まれないばかりか、裏で彼らと手を握り、世界経済のマッチポンプとなっている。武器商人はシロでもクロでもない、グレーなビジネスこそ彼らの真骨頂である。


最後に、、、

善人が行動を起こさない限り、悪は勝つだろう。いや、敢えて言おう。悪は勝つ!!!!!

war ensemble