今年(2012年)の夏休みに上映される映画に,『メリダとおそろしの森』という作品があります。『カールじいさんの空飛ぶ家』などを制作した,ディズニーとピクサーの新しい作品です。
『メリダとおそろしの森』では,森に育まれ,森を愛して育った王女メリダが,王家の伝統を疎ましく思い,自由になることを選びます。すると,そのことが太古から伝わる森の呪いを目覚めさせてしまい,王国は存亡の危機に陥るのです。
メリダは,王国を呪いから救おうとして,その奥深い森に足を踏み入れるのですが,一人で暗い森をさまよい歩き,不安で孤独だったメリダを導いてくれるのが,鬼火なのです。
鬼火とは,世界中に民話として伝わる,空中を浮遊する謎の火のことです。この世に残された人の思いが火になったものだ,という伝承となっていることが多いということですが,先日書きました「妖怪と昔話」でもお話したことと共通して,この鬼火も何らかの理由で発生した火を見た人々が,そこに亡くなられた自分のご先祖の方々の思いを投影した存在であるように思います。
実は高知県の高知市や三谷山では,とても変わった鬼火の伝承があるそうです。「遊火(あそびび)」と呼ばれるその鬼火は,城下や海上に現れるもので,近くに現れたと思えば,瞬時に遠くへ飛び去ったり,さらには一つの鬼火がいくつにも分裂したかと思えば,その後一つの鬼火になると言われているそうです。
この遊火の伝承も,人々が持っている自分が幼かった頃,一緒に遊んでくれたおじいさんやおばあさんの思い出と愛情が投影された伝承のような気がするのです。
鬼火とは別に,「セント(聖)・エルモの火」という伝承があります。それは主として船乗りの方々の間で伝わるお話です。
「セント・エルモの火」とは,船乗りの間で船が進行方向を見失った時にマストの上に現れて,船を適切な方向に導いてくれると言われている火の伝説です。
この伝説も,真っ暗な海上で方角を見失った人や,大海に漂っている内に孤独と不安でいたたまれなくなった人の思いが投影されているように思います。
そしてその伝説は,決して船の上だけの話でなく,私達が人生に迷い,一人で悩んでいる時,さらにはとても辛いことがあり,もう立ち上がることができないように思った時,そんなもう立ち直れないのではないかという人生の分岐点で,こっちに進んでごらん,もう一度頑張ってごらん,と導いてくれる火があってくれたら,という人々の思いも,同じように投影された伝承のように思うのです。
私がとても好きな映画に,「セントエルモス・ファイア」があります。1985年にアメリカで制作された作品です。この映画は,「セント・エルモの火」の伝承を題材にして,大学を卒業したばかりの7人の仲間それぞれの,大人として社会に出る不安や将来に対する不安と,学生時代への思いが描かれた作品です。
先日久しぶりに映画を見て,とても懐かしく思うと同時に,映画が作られてもう25年以上の月日が流れたことを考えるととても感慨深いものも感じました。映画に登場された7人の方々は,その後どのような人生を送られたのだろうと思います。
迷うことが多い私達に「人生におけるセント・エルモの火」とはどのようなことだろう,と問いかけているとても素晴らしい作品だと思います。DVD化もされているようですので,ご関心をお持ちの方は,ぜひご覧下さい。今日のお話は,この映画「セントエルモス・ファイア」から,次の言葉を二つお送りして終わりにさせていただきます。
①7人グループの内,弁護士を目指して働いている男性が,大学時代に憧れていた今は医師になっている女性(アンディ・マクダウェル)に再会した興奮を,友人に語った言葉
大学の噴水に文字が書いてあっただろう。”知識,芸術,宗教,人生”。僕が初めて彼女に会った時,彼女はその噴水の”人生”の所に座って,僕にほほえみかけたんだ。
②7人グループの内,いつも華やかで皆の中心だった女性が,社会人となった後自暴自棄になり「私は,どうして父がずっと私をあんなに嫌ったのかが知りたかったのよ。」と泣き叫んだ際,同じグループの男性が語った言葉
「セント・エルモの火」を知っているかい。暗い空に突然現れる放電現象だ。船乗りはそれを道標(みちしるべ)にするが,火などない。彼らが作り上げたものだ。物事が辛くなった時,何かが必要なんだ。今の君の話のように。やっていけるよ。