「体験」と「経験」の違い
森有正の「遥かなノートル・ダム」という本をゆっくり読んでいると「体験」と「経験」という言葉を意識する機会を得た。
「体験」と「経験」の言葉の意味の違いは何か。生成AIに聞いてみると「体験」とは、「ある出来事をその場で味わうこと」であるに対して、「経験」とは「体験の積み重ねによって身についた知識・技能・教訓」だと定義されていた。もっと言うと体験とは点=出来事に対して経験とは線・面=蓄積と成果、ということらしい。なるほど、生成AIは上手にまとめるわけだと感心しているところである。
感心はしたものの若干物足りない。何が物足りないのかを考えていると以下の2点に集約された。
一点目。「体験の積み重ね」とあっさり言っているが、「何をどのように積み重ねるのか」という点こそが、体験を経験に昇華させる肝心要の部分なのだと思う。同じ体験をしていても、そこから何をどう汲み取っていくのかということは正にその人のセンスや知恵が試される場面だろう。経験とは、その人自らが作り上げ、練り上げていくものではあるまいか。
それではかようなセンスや知恵をどうやって培うのかというと、これは数々の経験に負うところが大であろう。ここにきて話はやや堂々巡りになってくる訳だが、そもそもそんな簡単な話ではないのだ。それを簡単そうに生成AIが言い切るものだから、違和感があったのだろう。
二点目。「体験」すると簡単に言っているが、実は何かを体験すること自体は容易ではないと僕は思う。日常生活において、僕らは日々色々なことを体験している訳だが、その色々なことの中から、自分で意識して見つめ直さない限り、ただのルーティーンで終わってしまう。ルーティーンでは無意識に陥ってしまい、「体験」すること自体が出来なくなっているのだ。
これは例えば小林秀雄が「モオツァルト」の中で言った以下にも通底している。
「天才とは努力し得る才だ、というゲエテの有名な言葉は、殆ど理解されていない。努力は凡才でもするからである。然し、努力を要せず成功する場合には努力はしまい。彼には、いつもそうあって欲しいのである。天才は寧ろ努力を発明する。凡才が容易と見る処に、何故、天才は難問を見るという事が屡々起こるのか。詮ずる所、強い精神は、容易な事を嫌うからだという事になろう。」
上記を言い換えると
「凡才が『日常』と見る処に、何故、天才は『体験』を見るという事が屡々起こるのか」
と言えるのではないか。それが「体験」をすることの難しさであると僕は思ったところである。従い生成AIが簡単に「体験」という言葉を使う点に、違和感を覚えたところだ。
それにしても、改めて、生成AIは凄くなってきたとは思う次第である。
「極論」という言葉
新聞によると最近は極端な言説が増加し、中道や中庸を好まない人が増えてきているとのことである。反グローバリズム、反緊縮財政、反エリート層という「3反主義」という言葉もあるらしい。「反」という漢字は「アンチ」と読むのだろうか。
「極論」という言葉がある。議論を単純化するために、極端なケースを仮定するような議論の進め方だと理解している。その言葉には「これは現実的ではないが」という枕言葉が付いていることが従来の「極論」という言葉の使い方だったと思うのだが、最近はちょっと違ってきている感もある。「現実的だ」という前提に立って、「極論」が展開される時代になってきたということではないのか。そんな気がするのだ。
色々な場面において「仮想現実」が広がってきている。CGで作り出される仮想空間は既に現実の空間と見分けがつかなくなってきていることは映画館に行けばすぐに実感することでもある。
映画館においては、かろうじて「そうはいってもこれは映画だよな」という認識があるので、眼前に繰り広げられている場面がいかに現実的であってもフィクションであると踏みとどまることが出来る。但し、同じ場面がTVのニュースなどで放映されたら、僕らはそれがフィクションだと認識することは難しいだろう。
某国の大統領のおかげで「フェイクニュース」という言葉もすっかり市民権を得た。僕らには、何が真実で、何が事実で、何がフェイクなのか、が分からなくなってきている。そもそも「真実」「事実」「フェイク」という言葉の意味すら分からなくなってくる。そうなると、聞こえてくる勇ましい「極論」も、なんだか現実的に聞こえてしまう。僕らはそんな環境に置かれているということなのか。
映画「スイング ホテル」
住んでいる国立市の公民館は年に6-7回程度映画鑑賞会を開催してくれている。70人程度が入れる地下のホールで組み立て椅子に座って映画を観る。映画館のような大画面や高度な音響装置がある訳ではない。ただし、そんなこじんまりとした映画体験も悪くない。僕も都合がつけば必ず参加するようにしている。
このような映画鑑賞会の良い点は、自分だけで考えていると選ばないような映画を観る機会になるということだ。
若いころは「自分で何かを選ぶ」ということは「個性の確立」であるだとか「自分らしさ」というような若干曖昧な言葉で表現されてしまう訳だ。
但し、それは実は「自分なりの隘路」を見つけて、その狭い道をどんどん一人で入って行ってしまうことも意味するのだなと還暦を迎えて思うようになってきた。
勿論、自分の好みだけで物事を選ぶのも別に悪いこととは言わない。自分の個性を突き詰めていって見えて来るものもあるだろう。しかし、一方で、全く未知の物事に出逢うことを難しくさせることだとも言えるのだ。年を取ってきて、色々な意味で「固まってきた」今こそ、自分を再度「開国」し、老眼ながらも「少しでも曇りのない眼」を持とうとすべきなのではないか。そんな反省するのも実は楽しい。
そう考えると公民館が選んでくれる見知らぬ映画を白紙で観るということは実は結構スリリングな体験でもある。「闇鍋」とでも言えるのかもしれない。
今回公民館が上映してくれた本作は、この機会が無かったら一生観ないで終わったに違いない。フレッド・アステアとビング・クロスビーという当時の大スターが演じたコミカルなミュージカルは1942年制作なのだから、もはや83年前の作品である。制作当時、日本とアメリカは交戦していたという歴史を考えると、日本人にとってはこのコメディーの鑑賞には少し苦味が入るような気もしないでもない。また、今観ていると、当時の人種差別的な面でひやひやするような場面もあった。そんな隠し味もありながらも、とても楽しい鑑賞であった。
「平和の訴え」 エラスムス
地元の国立市の公民館主催の講座でエラスムスについて習う機会があったことで本書を手に取るきっかけを得た。エラスムスの本を読むのは初めてである。本書が刊行されたのは1517年だ。もう500年以上前の話である。
本書ではエラスムスは終始戦争や紛争の愚かしさを語っている。エラスムスがそれを言ってから500年経ったわけだが、残念ながら今の状況はエラスムスが語っていた16世紀の状況と同じである。舞台と役者こそ少しは変わったかもしれないが、同じ「筋」が続いていると言って良い。特に現在の世界の状況を見るにつけ、エラスムスのこの著作は古びていない。この本が古びていないことこそが最大の問題であるのだ。
エラスムスは以下と語っている。
「およそいかなる平和も、たとえそれがどんなに正しくないものであろうと、最も正しいとされる戦争よりは良いものなのです。」
この言葉を、いま戦場になってしまっている場所にいる人たちがどう思うのだろうか。これは、いまこの瞬間に戦場に居ない、安全な立場にいる、であろう僕にとって、答える事がとても難しい話だ。更に言うと、このエラスムスの言葉を否定できるのか、僕に否定できる権利があるのかということでもある。
本書の注には更に以下の言葉が紹介されていた。
「戦争は戦争をしたことがない者には快い」
少し(というか、かなりかもしれないが)話がそれるが、田中角栄がかつて以下を言っていたと聞いたことも思い出した。
「戦争を知っているやつがいるうちは日本は安心だ。戦争を知らない世代がこの国の中核になった時が怖い」
今の日本のきなくささもそんなところにあるのかもしれない。そう考えると、ますますエラスムスの言葉は、いままさに僕らが考えなくてはならないとも言える気がしてきた。戦場は結構近くに来ているかもしれないからだ。
「春画を巡る冒険」 上野千鶴子と鈴木涼美の場合
雑誌「すばる」の一月号で上野千鶴子と鈴木涼美の対談を読んだ。その対談は江戸時代の春画を巡ってのものである。
上野と鈴木は以前にも手紙のやりとりという形で対談を行っており、「限界から始まる」という共著になっている。「限界の始まる」も刺激的な一冊だったが、今回再度対談を持ったということは両者の気が合うということなのだろう。
その「気の合う」という言葉の意味とは、まずは「上野と鈴木の両者が個人的に気が合う」という想像である。一方でかような対談を企画する側にとっても、その両者のやりとりが企画者にとっても「気が合う」ということなのだと僕は更に勝手に想像している。企画者にとってもわくわくするような対談になるのではないかということだ。
いずれにせよ、高名なジェンダー論者という「アカデミズム」にありながらも「逸脱性」を常に忘れない上野と、世間からの「逸脱性」を言われかねないAV女優だったという経歴を持ちながらも、東大の大学院という「アカデミズム」で社会学を学んだという鈴木である。このように比較すると、お互いがコインの裏と表みたいのような気も個人的にしてきたところだが、ご本人達がそれに同意されるかどうかは不明である。
お二人の春画の分析の中で一番腑に落ちたのは春画とは「笑い」を取りに行く芸術であるとしている点である。確かに春画を観ていると、その異様なデフォルメに思わず笑ってしまうことが多い。言い換えると春画とは観ている人に性的な興奮を与えることを目的としていないのではないかということだ。繰り返し描かれる異様な大きさの性器や、時には大蛸に絡みつかれている女性等はもはやリアリズムでも何でもなく、シュールリアリズム以外の何物でもない。かつ、そのシュールさが目指しているものは、ムンクのような「世紀末の不安」等のような、やや「高尚」なものではない。いささか下卑た顔に浮かぶ「笑い」ではないか。そんな風にお二人の対談を僕は読んだ。なるほどと頷きながら。
おそらく、ここで次に考えるべきは「下ネタ」と言われる、性にまつわる「笑い」なのだと僕は思う。「下ネタ」とは極めて世界共通の笑いの一つであり、それを色々考えることは頭の体操になると僕は思っている。ネタとしては既に古典として名高い「デカメロン」だとか「東海道中膝栗毛」等もありそうだ。本日はいまだ考え中であり、これはいずれ別の機会に僕の勝手な意見を纏めてみたい。
ということで面白い対談である。このお二人の三度の邂逅が今から楽しみである。
「心は孤独な狩人」 カーソン・マッカラーズ
村上春樹の処女作の冒頭を引用する。
「20歳を少し過ぎたばかりの頃からずっと、僕はそういった生き方を取ろうと努めてきた。おかげで他人から何度となく手痛い打撃を受け、欺かれ、誤解され、また同時に多くの不思議な体験もした。様々な人間がやってきて僕に語りかけ、まるで橋を渡るように音を立てて僕の上を通り過ぎ、そして二度と戻ってはこなかった。僕はその間じっと口を閉ざし、何も語らなかった。そんな風にして僕は20代最後の年を迎えた」
本書は訳者の村上春樹の若いころからの愛読書だったと村上は語っているが、村上の処女作「風の歌を聴け」の冒頭はまさに本書の筋書を綺麗になぞっているかのように見える。
本書は「心は孤独な狩人」という題名である。その「狩人」という言葉が一体何を意味するのかをずっと考えさせられている。少なくとも本書に狩人や狩りをする場面は出て来ない。作者は「狩人」という言葉に何を込めたかったのか。それは本書を読み解くに際して重要なキーワードだと思っているのだが、案外と難問である。
題名を再度平たく読むと、心は狩人であるという意味だ。農耕民族ではなくて狩猟民族であるというように考えていくと、再度村上春樹の「まるで橋を渡るように音を立てて僕の上を通り過ぎ、そして二度と戻ってはこなかった」に重なってくる。農耕民族のようにその場に根付いて生きるのではなく、獲物を求めてさすらいと漂泊の日々を送るということが狩人であるとしたら、心というものが抱える孤独というものも見えてくる。そんな解釈もできるのかもしれない。
著者は23歳で本書を完成させたという。23歳という若者が、本書のような「孤独」を見つめた作品を書いたということには驚きを禁じ得ない。その後の著者の人生は紆余曲折だったというが、それも当然だろうというような気がしてならない。才能は時に持ち主に対してもろ刃の刃であるということは、珍しい話ではないからだ。
「僕には鳥の言葉がわかる」 鈴木俊貴
評判の本を漸く読む機会を得た。あっという間に読了した。
本書は「シジュウカラが言葉を持っているということを発見する」という内容である。生物学業界では大変な驚愕を持って迎えられた様子も軽妙な筆致で描かれている。生物学に素人の僕にとってはドリトル先生を読んで以来の「動物の会話」の話だ。但し、よく考えると「人間は動物と会話できるのではないか」という話もいくつかあったことも思い出した。「ソロモンの指輪」等もそんな話だった。高校時代の読書である。
シジュウカラだけが言語を持っているとも思えない。他の鳥たちもシジュウカラの言葉を理解している様も本書の冒頭部分の「つかみ」になっている。ましてや鳥よりも高度な動物たちに言語が無いと考える方が不自然ではないか。そんなわくわく感が湧いてくる。
そういえば、植物同志の「会話」という説も多い。例えば植物が蝶や蛾の幼虫に葉をかじられると、特殊な化学物質をまきちらかして周りの植物にも警告を与えるという研究が出てきていると聞く。それもある種のコミュニケーションであり、そのコミュニケーションを成り立たせている「特殊な化学物質」が植物の「言語」ということなのだろう。
本書で著者は「人間だけが言語を持っていると思うことは傲慢だ」と繰り返している。現段階の地球において、人間は「自分が地球のオーナーである」かのような振る舞いを行っていることに対する問題提起の一つだと考えてよい。
将来的に人間と動物が会話できるようなことになれば、動物たちからの抗議も凄まじいだろう。そんな時に我々はきちんとした答えを持っているのだろうか。現段階では人類は未だに戦争を止められない体たらくであることを考えると余り期待も出来ないのかもしれない。あと10世紀くらい経てば人間も考え方が変わっているのかもしれないが、1000年後に人類が残っているのかどうかもなんと言えない気もしている。
ドラマ「不適切にもほどがある」
評判だったドラマを漸く観る機会を得た。大変笑えた。
このドラマを一番笑える世代は2025年現在で50歳後半から65歳だと思う。理由としては舞台の半分を占める1986年をリアルタイムで体験した上で、2025年の現在にそれなりに組織に参加していることで今の組織の状況が分かる方が、一番このドラマを切実に観ることが出来るからである。僕もその一人だ。
このドラマの主人公は1986年の「昭和の教師」である。従い、このドラマは「1986年の男が2024年にタイムトリップする」という話である。それを観ている我々観客は、1986年の男の「視点」や「行動」を、過去の記憶のおかげで、懐かしさを込めて理解出来る。但し、容認は出来ない。従い我々と主人公はいわば対立関係にあると言って良い。
ところが主人公は2024年での生活が長くなるにつれて、マインドが2024年に変容していく事になる。最終回で自分の時代、すなわち1986年に戻った主人公は、2024年のスタンダードで1986年を眺めているようになってしまっている。
ここにおいて、実はこのドラマは「2024年の男が1986年にタイムトリップする」という話に真逆に転換してしまっている。主人公と我々の目線はぴたりと合うようになり、対立は解消されることになる。この我々と主人公との関係の転換の「軽やかさ」と「鮮やかさ」が本作の面白みなのだと思う。我々が感情移入する相手も、かような「軽やかさ」に従って、ころころと変わってしまう。もしくは主人公に対する感情移入の中身がころころ変わってしまうと言っても良い。
それにしても昭和は遠くなってきた。1986年から2025年の現在を想像する事は難しかったと今でも思う。1986年以降、バブルもあり、大震災も2回あり、原発事故まで起こしてきたのが日本である。2024年の我々の視点には、かような経緯が既に含まれているということにも気がつかされた。
映画「ちひろさん」
なんとなく鑑賞する機会があったので、鑑賞した次第である。
観ていて強く思わされたのは、カーソン・マッカラーズの「心は孤独な狩人」という本である。その本は1940年に発表されたアメリカの小説であり、2020年には村上春樹が翻訳した。その本では耳が聞こえない男性が主人公である。小説の様々な登場人物は耳が聞こえない主人公に自分の話を語り続け、主人公は主に読唇術でそれを理解する。その繰り返しの中で主人公は「聞き手」として、様々な登場人物の心を癒していくという話だ。「ちひろさん」の中で、ちひろという主人公はそれに近い存在に見える。映画においても様々な登場人物が彼女に接することで救われていく場面が繰り返される。
但し本作は決して「癒し」をテーマにしている訳ではない。むしろちひろという方が深めていく「孤独」がテーマであり、その「深めていく」様が映画を成立させている、そんな厳しい映画である。そう観ることが本作を鑑賞するということだ。
ちひろは幼少期から孤独が始まっている。孤独であることに慣れている。「馴れている」という言い方の方が正しいのかもしれない。映画の終盤でちひろは「あなたならどこに居たって孤独を手放さずに済む」と人に言われてしまう。ちひろが「孤独」なしには生きていけないということを、さらりとえぐりだす優れたセリフだ。
「孤独なしに生きていけない」ということは僕にはとっては皮膚感覚でよく分からない。ばたばたと人と関わってきた自分の来し方を振り返っても、なんとなく「孤独」から逃げてきたような気もしないでもない。そんな「逃げ」の姿勢では、「孤独」の苦味と深みは分からないということだろう。
「心は孤独な狩人」の耳の不自由な主人公は最後は自殺してしまう。「ちひろさん」の最後は、酪農の農場で明るく働くちひろの姿で終わる。ちひろが死んでしまいそうな気がしていただけにほっとさせられたが、それでもちひろの「孤独」が終わった訳でもない。燦燦とした太陽の下で牛の世話をするちひろが抱える孤独はきっと続くのだろう。なにせ「孤独」なしには生きられない方であるのだから。
職場の身だしなみ 遠心力と求心力
今朝(2025/12/1)の日経に「職場の身だしなみ 自由の風」という記事があった。従来、ともすると厳格だった「身だしなみルール」を見直す組織が増えてきたという話である。記事では従来の考え方について以下のような整理も行っていた。
「チームワークや協調性を重視する日本では、身だしなみについて目立たないことをよしとする保守的な風潮がある。『黒髪は真面目』といった固定観念も根強い。『自分がどう見られたいか』より、『人からどう見られるか』を重視することは積極性や自主性を損なうことにもつながる」
僕には身だしなみが自由になると本当に積極的になったり自主性が増したりするのかどうかは今一つ良く分からない。それは僕自身が昭和62年に会社員となり、当然のように背広とネクタイを着用してきた永い時代があったからだなと思って苦笑しているところだ。
当時、カジュアルデーが導入されて、服装に困っていつもゴルフウェアーで来ていた会社の先輩も思い出した。自由な服装は、「自分で服装を考えなくてはいけない」点でおじさん達には面倒だったのだ。但し、そこで「考える」という癖をつけることも大切だったのだろうとは今にして思う。
一方で「制服」や「ユニフォーム」を喜んで着用する場面もある。サッカーや野球のファンは競技場や、時には飲み屋で、ユニフォームを着て大応援している。同じ人が、平日の昼間は自由な身だしなみを楽しみ、夜や休日になると統一されたユニフォームを着て、一体感に浸っているという訳だ。
「自由な身だしなみ」を「組織からの遠心力」としてみると、「ユニフォーム」は「組織への求心力」とされるのかもしれない。要は、人間とは時に遠心力が働き、時には求心力に従う。そんなブレやゆらぎがある生物なのかもしれない。
遠心力が積極性や自主性を齎すという良い面があるにしても、遠心力の危険性というものも常にある。組織が遠心力でバラバラになってしまうという事態は、会社等に限らない。国というレベルでも有ったのが人間の歴史である。加えて、現在では地球レベルで遠心力がはたらき始めていないだろうか。「格差社会」というのも遠心力によって、更に格差が開いて行っているのではないかと僕は思う。
一方で求心力とはどうなのか。遠心力の定義を裏返すと「消極性や他律性を齎すもの」なのかもしれない。それが正しいとしたら、それは何に繋がるのか。
求心力に取り込まれる際に怖いのはえてして思考停止になりかねないという点だと思う。強い力で引っ張られている時には何も考えなくても良いわけだ。制服を強要されればカジュアルデーの際の服選びの面倒も無くなる訳である。ぼんやりした一体感に包まれてなんとなく気持ちが良いのかもしれない。
それが求心力の危険性なのだと僕は思う。
遠心力と求心力は繰り返し交互にやってくる。どちらも良い面も悪い面もある。避けて通れない話だ。だとするなら、少なくとも「悪い面」を良く踏まえていることが大事なのだと思う。おそらくはこれからは求心力が強く働きかねない時代になるのではないか。その際の思考停止をどうやって避けることが出来るのかが人間に問われていくのだと僕はぼんやり考えている。