くにたち蟄居日記 -5ページ目

性善説と性悪説  本日の日経新聞を読んで

 本日(2026年1月12日)の日経新聞の「春秋」に性善説と性悪説の話があった。日経は以下の様に書いている。

 

 「それで年を取って思うのだが、実際には善も悪も、人間が生まれつき持っている素質、芽のようなもので、環境次第でどちらが大きく育つか決まるのではないだろうか。性善説も性悪説も、人間の本性を問うているというより、自分たちが暮らす社会を問うているところがある。善悪だけでなくて、人間の性質全般にそうだ。」

 

 上記を読んで僕が考えた性善説と性悪説は以下のような感じである。

 

・性善説  他に対する信頼をベースにしているので用心や心配することから生まれるコストは

その分低くなる。但し、リスクは大きくなる。

 

・性悪説  他を信用しないので用心や心配が増え、その対策のためのコストは高くなる。但し、

その分リスクは小さくなる。

 

 つまりごく乱暴に括ってしまうとコストとリスクという言葉で整理出来てしまうような気がしたということである。これは僕らが日々直面している話だ。毎日僕らは色々な局面でコストとリスクを比べて意思決定しているからだ。

 

 そう考えると、性善説と性悪説はその時々の状況に応じて僕らが選ぶ選択肢に過ぎない。従い「育つか決まるものだ」という日経の表現には少し違和感がある。一人の人が性悪説を採る場面も性善説を採る場面も両方あるからだ。勿論人によってコストを重視するのかリスク回避を選ぶのかという「傾向」はあるだろうし、その「傾向」は確かに「育つ」ものかもしれないが。

 

 一つ思えるのはリスクが高くなってくると、少々のコスト増も已む無しであるという考え方は割と一般的である気がする。そう考えると、今の社会はリスクが高くなってきているのかどうかということだ。昨近の世界状況を見ていると、リスクが高くなってきているとする意見の方が多いだろう。となると、性悪説の方が「無難」な選択肢になってくるという話に繋がるような気がする。となると、コストも増やさざるを得ず、それが一つのインフレの有り様になるのではあるまいか。

 

千年後の日本史の教科書

 年明け早々に中南米での出来事が世間と世界を騒がせている。日本から見ると遠く離れた地域での問題なのかもしれないが、そう思ってしまうことは自分自身が「ゆでガエル」になっているからなのだろうなと反省しているところだ。

 

 「むきだしの力」が世界の本音ということなのかもしれないが、良く考えてみるとそれは人間の歴史であり、いま見えている風景にはなんら新しみがあるわけでもあるまい。有史以降繰り返されてきた話が、またもや舞台と役者を変えて出てきただけとも言える。それだけ、人間というものは歴史を学んできていないということなのかもしれないが、そもそも「むきだしの力」を良しとする考え方は本能ではないのだろうかと考える方が腑に落ちる。人間にとって、「理性で本能を鎮めてコントロールすること」の困難さは日々の新聞の社会面を見ていればよく分かる話だ。

 

 人間が有る程度の「書き残されている」歴史を持つようになってから2000-4000年経った訳だが、地球や宇宙の歴史に比較すると、かような年月は一瞬以下である。そんな短い時間の間に何かを学べるほど僕らは賢くないと考える方が正しいのかもしれない。

 

いずれにせよ、現在のあらゆる事象は常に「コップの中の嵐」であると達観しようとすることは一つの処世である。1000年後に未だ日本が日本のままでいて、高校の「日本史」という授業が現在と同様に「1年間で日本の歴史を学ぶ」とした場合、例えば「平成」という時代が1000年後の「日本史」の教科書の中で何文字程度記載されるのだろうかと想像するのも楽しい。せいぜい東日本大震災だけが記載されるかどうかという気もしないでもない。

「鴨居玲 死を見つめる男」 長谷川智恵子

鴨居玲という画家についてはしばしば新聞で読む機会があった。彼の絵も、そんな記事と共に掲載されることが多いので、新聞の紙面で観てきた訳である。考えてみると彼については何も知らないことに気がついて、本書を読むことにした。

 

 本書は半ば鴨居のパトロンだった画商の方が書いた本である。本書を読む限り、著者夫婦と鴨居の関係は極めて近くて強い。そのような距離感の方がどれだけ鴨居の実像を描けるのかに関しては色々な意見があるだろうと僕は想像する。但し、「一体誰が他人の『実像』などを書くことが出来るのか」と考えてしまうと、かような「色々な意見」も、余り意味がない話である。人間は自分の目で物事を見るしかないからだ。例え自分の目が近眼だったり乱視だったりしても、それがその人の目が捉えた、その人にとっての、画像であり現実であるだけの話である。

 

 本書を読む限り、鴨居玲という画家は生活力と世間一般的な常識が大きく欠落した方である。欠落したと言ったが、欠落の仕方には色々ある。鴨居玲の場合、欠落の仕方が魅力的であった様に本書は描き出している。それが、そもそも暗い色調と画材を得意とした鴨居玲を描き出す本書の突き抜けた「明るさ」に繋がっている。

 

 鴨居玲の絵は新聞でしか観たことがない訳だが、本書を読んで、いよいよ実物を観なくてはならないと思いはじめた。それが僕にとっての一番の収穫である。

共に多くの時を過ごすということ

 「『実質的な歴史を識り、もろもろの国民の精神を把握したいと思うならば、またその生命に参与したいと願うならば、これらの原典を書いた歴史家を根本的に研究し、かれらと共に多くの時を過ごさなければならない。つけ加えるが、そのために時を過ごしすぎるということは決してないのである』と。かれ(ヘーゲル)はこう言って、ヘロドトス、ツキジデス、クセノフォン、ポリビウス、カエサルなどの名をあげている」

 

 森有正の「遥かなるノートル・ダム」から。上記は森が紹介してくれたヘーゲルの言葉である。「かれらと共に多くの時を過ごさなくてはならない」という言葉にはっとさせられた。なるほど読書とは著者と共に過ごす時間とも言える訳だ。たとえ、その著者が遠い昔に亡くなった方だとしても、彼らの肉声というものは文字を通じて僕らは直接に聞くことが出来る。従い、「時を共に過ごす」ということは、物理的にも可能という話なのだろう。

 

 「共に多くの時を過ごす」ということは別に読書に限る話でもない。人と人との付き合いだとか、何かの組織に属している際の、「それに掛けてきた時間の量」の重みというものは誰にとっても有るものだ。掛けた時間が永ければ永いほど、思い入れというものも増えていく。思い入れが多いということは常に良い話でも無いとは思うものの、「重さ」というものの存在は否定できない。

 

 時間は有限だということは誰もが口にする訳だが、案外とその意味を突き詰めて考えているかどうかは疑問である。いうまでもなく時間そのものはおそらくは無限であろう中で、有限なのは自分自身である。「自分自身が有限だ」と考えるようになると、初めて有限である「自分という資産や資源」の配分を考えなくてはならないと思うようになる。逆に言うと、「時間」のお陰で自分の有限性に直面させられるということでもある。

 

 そんな有限さの中で、何に・誰と、時を共に過ごすのかということは紛れもなく「経営判断」であろう。「経営」とは会社や組織の経営だけの言葉ではない。自分自身をどうするのかという極めて切実な、但し、日々忘れがちな、話なのである。

 

「体験」と「経験」の違い  

 森有正の「遥かなノートル・ダム」という本をゆっくり読んでいると「体験」と「経験」という言葉を意識する機会を得た。

 

 「体験」と「経験」の言葉の意味の違いは何か。生成AIに聞いてみると「体験」とは、「ある出来事をその場で味わうこと」であるに対して、「経験」とは「体験の積み重ねによって身についた知識・技能・教訓」だと定義されていた。もっと言うと体験とは点=出来事に対して経験とは線・面=蓄積と成果、ということらしい。なるほど、生成AIは上手にまとめるわけだと感心しているところである。

 

 感心はしたものの若干物足りない。何が物足りないのかを考えていると以下の2点に集約された。

 

 一点目。「体験の積み重ね」とあっさり言っているが、「何をどのように積み重ねるのか」という点こそが、体験を経験に昇華させる肝心要の部分なのだと思う。同じ体験をしていても、そこから何をどう汲み取っていくのかということは正にその人のセンスや知恵が試される場面だろう。経験とは、その人自らが作り上げ、練り上げていくものではあるまいか。

 それではかようなセンスや知恵をどうやって培うのかというと、これは数々の経験に負うところが大であろう。ここにきて話はやや堂々巡りになってくる訳だが、そもそもそんな簡単な話ではないのだ。それを簡単そうに生成AIが言い切るものだから、違和感があったのだろう。

 

 二点目。「体験」すると簡単に言っているが、実は何かを体験すること自体は容易ではないと僕は思う。日常生活において、僕らは日々色々なことを体験している訳だが、その色々なことの中から、自分で意識して見つめ直さない限り、ただのルーティーンで終わってしまう。ルーティーンでは無意識に陥ってしまい、「体験」すること自体が出来なくなっているのだ。

 これは例えば小林秀雄が「モオツァルト」の中で言った以下にも通底している。

 

 「天才とは努力し得る才だ、というゲエテの有名な言葉は、殆ど理解されていない。努力は凡才でもするからである。然し、努力を要せず成功する場合には努力はしまい。彼には、いつもそうあって欲しいのである。天才は寧ろ努力を発明する。凡才が容易と見る処に、何故、天才は難問を見るという事が屡々起こるのか。詮ずる所、強い精神は、容易な事を嫌うからだという事になろう。」

 

 上記を言い換えると

 

「凡才が『日常』と見る処に、何故、天才は『体験』を見るという事が屡々起こるのか」

 

と言えるのではないか。それが「体験」をすることの難しさであると僕は思ったところである。従い生成AIが簡単に「体験」という言葉を使う点に、違和感を覚えたところだ。

 

それにしても、改めて、生成AIは凄くなってきたとは思う次第である。

「極論」という言葉

新聞によると最近は極端な言説が増加し、中道や中庸を好まない人が増えてきているとのことである。反グローバリズム、反緊縮財政、反エリート層という「3反主義」という言葉もあるらしい。「反」という漢字は「アンチ」と読むのだろうか。

 

 「極論」という言葉がある。議論を単純化するために、極端なケースを仮定するような議論の進め方だと理解している。その言葉には「これは現実的ではないが」という枕言葉が付いていることが従来の「極論」という言葉の使い方だったと思うのだが、最近はちょっと違ってきている感もある。「現実的だ」という前提に立って、「極論」が展開される時代になってきたということではないのか。そんな気がするのだ。

 

 色々な場面において「仮想現実」が広がってきている。CGで作り出される仮想空間は既に現実の空間と見分けがつかなくなってきていることは映画館に行けばすぐに実感することでもある。

 映画館においては、かろうじて「そうはいってもこれは映画だよな」という認識があるので、眼前に繰り広げられている場面がいかに現実的であってもフィクションであると踏みとどまることが出来る。但し、同じ場面がTVのニュースなどで放映されたら、僕らはそれがフィクションだと認識することは難しいだろう。

 

 某国の大統領のおかげで「フェイクニュース」という言葉もすっかり市民権を得た。僕らには、何が真実で、何が事実で、何がフェイクなのか、が分からなくなってきている。そもそも「真実」「事実」「フェイク」という言葉の意味すら分からなくなってくる。そうなると、聞こえてくる勇ましい「極論」も、なんだか現実的に聞こえてしまう。僕らはそんな環境に置かれているということなのか。

 

映画「スイング ホテル」 

  住んでいる国立市の公民館は年に6-7回程度映画鑑賞会を開催してくれている。70人程度が入れる地下のホールで組み立て椅子に座って映画を観る。映画館のような大画面や高度な音響装置がある訳ではない。ただし、そんなこじんまりとした映画体験も悪くない。僕も都合がつけば必ず参加するようにしている。

 

 このような映画鑑賞会の良い点は、自分だけで考えていると選ばないような映画を観る機会になるということだ。

 

 若いころは「自分で何かを選ぶ」ということは「個性の確立」であるだとか「自分らしさ」というような若干曖昧な言葉で表現されてしまう訳だ。

 但し、それは実は「自分なりの隘路」を見つけて、その狭い道をどんどん一人で入って行ってしまうことも意味するのだなと還暦を迎えて思うようになってきた。

 

 勿論、自分の好みだけで物事を選ぶのも別に悪いこととは言わない。自分の個性を突き詰めていって見えて来るものもあるだろう。しかし、一方で、全く未知の物事に出逢うことを難しくさせることだとも言えるのだ。年を取ってきて、色々な意味で「固まってきた」今こそ、自分を再度「開国」し、老眼ながらも「少しでも曇りのない眼」を持とうとすべきなのではないか。そんな反省するのも実は楽しい。

 

 そう考えると公民館が選んでくれる見知らぬ映画を白紙で観るということは実は結構スリリングな体験でもある。「闇鍋」とでも言えるのかもしれない。

 

 今回公民館が上映してくれた本作は、この機会が無かったら一生観ないで終わったに違いない。フレッド・アステアとビング・クロスビーという当時の大スターが演じたコミカルなミュージカルは1942年制作なのだから、もはや83年前の作品である。制作当時、日本とアメリカは交戦していたという歴史を考えると、日本人にとってはこのコメディーの鑑賞には少し苦味が入るような気もしないでもない。また、今観ていると、当時の人種差別的な面でひやひやするような場面もあった。そんな隠し味もありながらも、とても楽しい鑑賞であった。

「平和の訴え」 エラスムス

地元の国立市の公民館主催の講座でエラスムスについて習う機会があったことで本書を手に取るきっかけを得た。エラスムスの本を読むのは初めてである。本書が刊行されたのは1517年だ。もう500年以上前の話である。

 

 本書ではエラスムスは終始戦争や紛争の愚かしさを語っている。エラスムスがそれを言ってから500年経ったわけだが、残念ながら今の状況はエラスムスが語っていた16世紀の状況と同じである。舞台と役者こそ少しは変わったかもしれないが、同じ「筋」が続いていると言って良い。特に現在の世界の状況を見るにつけ、エラスムスのこの著作は古びていない。この本が古びていないことこそが最大の問題であるのだ。

 

 エラスムスは以下と語っている。

 

 「およそいかなる平和も、たとえそれがどんなに正しくないものであろうと、最も正しいとされる戦争よりは良いものなのです。」

 

 この言葉を、いま戦場になってしまっている場所にいる人たちがどう思うのだろうか。これは、いまこの瞬間に戦場に居ない、安全な立場にいる、であろう僕にとって、答える事がとても難しい話だ。更に言うと、このエラスムスの言葉を否定できるのか、僕に否定できる権利があるのかということでもある。

 

 本書の注には更に以下の言葉が紹介されていた。

 

 「戦争は戦争をしたことがない者には快い」

 

 少し(というか、かなりかもしれないが)話がそれるが、田中角栄がかつて以下を言っていたと聞いたことも思い出した。

 

 「戦争を知っているやつがいるうちは日本は安心だ。戦争を知らない世代がこの国の中核になった時が怖い」
 
 今の日本のきなくささもそんなところにあるのかもしれない。そう考えると、ますますエラスムスの言葉は、いままさに僕らが考えなくてはならないとも言える気がしてきた。戦場は結構近くに来ているかもしれないからだ。

「春画を巡る冒険」 上野千鶴子と鈴木涼美の場合

雑誌「すばる」の一月号で上野千鶴子と鈴木涼美の対談を読んだ。その対談は江戸時代の春画を巡ってのものである。

 

 上野と鈴木は以前にも手紙のやりとりという形で対談を行っており、「限界から始まる」という共著になっている。「限界の始まる」も刺激的な一冊だったが、今回再度対談を持ったということは両者の気が合うということなのだろう。

 

その「気の合う」という言葉の意味とは、まずは「上野と鈴木の両者が個人的に気が合う」という想像である。一方でかような対談を企画する側にとっても、その両者のやりとりが企画者にとっても「気が合う」ということなのだと僕は更に勝手に想像している。企画者にとってもわくわくするような対談になるのではないかということだ。

 

 いずれにせよ、高名なジェンダー論者という「アカデミズム」にありながらも「逸脱性」を常に忘れない上野と、世間からの「逸脱性」を言われかねないAV女優だったという経歴を持ちながらも、東大の大学院という「アカデミズム」で社会学を学んだという鈴木である。このように比較すると、お互いがコインの裏と表みたいのような気も個人的にしてきたところだが、ご本人達がそれに同意されるかどうかは不明である。

 

 お二人の春画の分析の中で一番腑に落ちたのは春画とは「笑い」を取りに行く芸術であるとしている点である。確かに春画を観ていると、その異様なデフォルメに思わず笑ってしまうことが多い。言い換えると春画とは観ている人に性的な興奮を与えることを目的としていないのではないかということだ。繰り返し描かれる異様な大きさの性器や、時には大蛸に絡みつかれている女性等はもはやリアリズムでも何でもなく、シュールリアリズム以外の何物でもない。かつ、そのシュールさが目指しているものは、ムンクのような「世紀末の不安」等のような、やや「高尚」なものではない。いささか下卑た顔に浮かぶ「笑い」ではないか。そんな風にお二人の対談を僕は読んだ。なるほどと頷きながら。

 

 おそらく、ここで次に考えるべきは「下ネタ」と言われる、性にまつわる「笑い」なのだと僕は思う。「下ネタ」とは極めて世界共通の笑いの一つであり、それを色々考えることは頭の体操になると僕は思っている。ネタとしては既に古典として名高い「デカメロン」だとか「東海道中膝栗毛」等もありそうだ。本日はいまだ考え中であり、これはいずれ別の機会に僕の勝手な意見を纏めてみたい。

 

 ということで面白い対談である。このお二人の三度の邂逅が今から楽しみである。

「心は孤独な狩人」 カーソン・マッカラーズ

村上春樹の処女作の冒頭を引用する。

 

 「20歳を少し過ぎたばかりの頃からずっと、僕はそういった生き方を取ろうと努めてきた。おかげで他人から何度となく手痛い打撃を受け、欺かれ、誤解され、また同時に多くの不思議な体験もした。様々な人間がやってきて僕に語りかけ、まるで橋を渡るように音を立てて僕の上を通り過ぎ、そして二度と戻ってはこなかった。僕はその間じっと口を閉ざし、何も語らなかった。そんな風にして僕は20代最後の年を迎えた」

 

 本書は訳者の村上春樹の若いころからの愛読書だったと村上は語っているが、村上の処女作「風の歌を聴け」の冒頭はまさに本書の筋書を綺麗になぞっているかのように見える。

 

 本書は「心は孤独な狩人」という題名である。その「狩人」という言葉が一体何を意味するのかをずっと考えさせられている。少なくとも本書に狩人や狩りをする場面は出て来ない。作者は「狩人」という言葉に何を込めたかったのか。それは本書を読み解くに際して重要なキーワードだと思っているのだが、案外と難問である。

 

 題名を再度平たく読むと、心は狩人であるという意味だ。農耕民族ではなくて狩猟民族であるというように考えていくと、再度村上春樹の「まるで橋を渡るように音を立てて僕の上を通り過ぎ、そして二度と戻ってはこなかった」に重なってくる。農耕民族のようにその場に根付いて生きるのではなく、獲物を求めてさすらいと漂泊の日々を送るということが狩人であるとしたら、心というものが抱える孤独というものも見えてくる。そんな解釈もできるのかもしれない。

 

 著者は23歳で本書を完成させたという。23歳という若者が、本書のような「孤独」を見つめた作品を書いたということには驚きを禁じ得ない。その後の著者の人生は紆余曲折だったというが、それも当然だろうというような気がしてならない。才能は時に持ち主に対してもろ刃の刃であるということは、珍しい話ではないからだ。