Oxford Bibliographies というオンラインの参考資料があります。その名の通り、オックスフォード大学出版局から出ている資料です。主に人文・社会科学の分野で、さまざまな研究テーマについて、どういう資料にあたれば良いか、手頃だけれどもそれなりに読み応えのある案内になっています。

 

カタログのリンクを下に貼っておきます:

Oxford Bibliographies Online (紀伊国屋書店)

 

もう7、8年前になるのですが、このシリーズの1つに、心理学者ジェローム・ブルーナー(Jerome Bruner, 1915-2016)についての記事を書きました。昨年春に、これをそろそろアップデートしないかというお誘いを受けて、昨年末までかかって少々書き加えたり修正したりしたものが、つい先日公開されました。ちなみに昨年9月の書き込み(「ボストン/ケンブリッジ」)は、この資料集めでハーヴァード大学図書館に行ったときのものです(旅行日記くらいにしか見えませんが... )。

 

Jerome Bruner - Childhood Studies - Oxford Bibliographies

このリンクだと、さわりのところしか読めないと思いますが、大学等に所属している方の場合、その大学の図書館が契約していたら、全文を読めると思います。

 

ブルーナーの教授理論は1960年代から70年代にかけて、日本でもかなりの人気を誇りました。「発見学習」「螺旋型カリキュラム」などのキーワードで知られています。少しだけ歴史的経緯を説明しておきましょう。

 

第二次対戦後、アメリカの影響が強かった時期に、学校制度と共に教授方法やカリキュラムの考え方も大きく転換しました。その中心にあったのは、ジョン・デューイ(John Dewey, 1859-1952)の理論に影響を受けた、一般に経験主義教育と言われるアプローチです。先生が各教科の知識をうまくまとめて重要な点を整理して生徒に教え、それを覚えさせるのではなく、子どもがさまざまな活動や体験を通じて次第に体系的な学びに進むという教育方法です。戦後日本の学校に導入された社会科は、自分の身の回りの世界の体験的な理解から、徐々に理解を地理的にも時間的にも広げていくという考え方をしていて、経験主義的な理念を反映しやすい科目になっています(戦前の小学校や中学校には、今で言う「社会科」はなく、せいぜい歴史や地理でした)。実際、この科目についてはさまざまな経験主義的カリキュラムや方法が考案されました。

 

ただ、これは本国アメリカでもその他の国でも同じなのですが、そのような、ある種子どもの自主性に任せた教育方法では、例えば数学のような積み重ねが重要な教科では学習が非効率になるということで、経験主義的な教育は批判されるようになります。日本ではちょうど高度経済成長期に入り、できるだけ効率的に人材を育成するため、もっと効率よく知識を体系的に教え込む仕方が要求されるようになったという事情もあります。

 

 

そんなとき、教師が教えるのではなくて、子ども自身が知識を発見し自分のものにしていくという意味ではデューイの経験主義と似ていますが、より体系的で効率的な学びを重視した新たな方法論を唱えたのがブルーナーです。そのようなわけで、ブルーナーは日本でもかなりもてはやされました。上にカバー写真を載せた『教育の過程』(The Process of Education, 1960)は、ブルーナーが座長を務めたカリキュラムに関するある会議の報告書ですが、上にご紹介したようなブルーナー理論が最もよくまとめられている本で、国際的なベストセラーです。

 

In Japan (where I became such a public figure that schoolteachers recognized me on the street!), the book caught a wave of reform and became an emblem against traditional learning by rote. (Jerome Bruner, In Search of Mind: Essays in Autobiography, Harper & Row, 1983, p.185)

 

ブルーナーは100歳まで生きた人なので、この自伝の出版された1983年は、まだ自伝を書くには早すぎた気もしますが、それはさておき、日本の教育界ではかなりの有名人になっていたので、来日したときに、道で出会った日本人教師が自分の顔を知っていたと言っています。まあ、日本の教師の多くが彼の顔まで知っていたかどうかは別にして、彼の理論についてはけっこうな数の人が知っていたことだと思います。

 

写真はブルーナーが最後に務めていたニューヨーク大学法学部の記事(In Memoriam: Jerome Bruner, 1915-2016)から拝借しました。

 

今回のアップデートでは、彼がキャリアの初期に書いた本や論文を見直して(ハーヴァード大学には、日本で入手できない資料、例えば彼の博士論文などを見に行きました)、彼の心理学や認知科学における業績を当該領域の発展史のなかに位置づけるような本なども少し読み直して整理しました。全体的にはマイナーな改訂ですが、それなりに時間と労力はかけたつもりです。

 

ブルーナーについて興味のある方は、以前の書き込みもご覧ください:

「オッペンハイマーとブルーナー」(2023.8.3)

「ジェローム・ブルーナー逝去」(2016.7.3)

「発見学習」(2012.11.11)

「イーガンとブルーナー、ガードナー」(2011.8.12)