レオナルドは、1466年からヴェロッキオ工房に弟子入りしていました。
ヴェロッキオ工房には、ドメニコ・ギルランダイオ、ペルジーノ、ロレンツォ・ディ・クレディもいました。ボッティチェリと出会ったのも、この時代です。
彼らの作品を再度ふりかえっていきます。
ヴェロッキオ工房の「キリストの洗礼」
「キリストの洗礼」は、ヴェロッキオ工房の数名の手が入っていると推定され、特に天使の一人はレオナルドが描いていることで注目されています。
通常の「キリストの洗礼」は、イエスの頭上に白い鳩が1羽、描かれるものです。
しかし、ヴェロッキオ工房の「キリストの洗礼」には白い鳩の他に、左右に鳥が二羽描かれています。
この三羽の鳥は、イエスの生涯を象徴したものとみえます。
①の鳥は白い鳩なので「キリストの洗礼」
②の鳥は棕櫚の葉の上なので「エルサレム入城」
③の鳥は十字架に向かっているので「磔刑」
これはイエスの生涯の異時同図法になっているのです。
二人の天使の視線が左右二羽の鳥にむけられていることから、少なくとも、この二人の天使を描いた者は、この鳥の仕掛けに荷担していた者です。
手前の天使を描いたのは、レオナルド・ダ・ヴィンチ。
なら、レオナルドのアイデアによるものだったのか?というと、工房内では若輩者のレオナルドが主導できるものではなかったと思います。
この視線を使ったアイデアは、ボッティチェリ主導によるもので、もう一人の天使を描いたのもボッティチェリだったと推察します。
視線の先に、隠れた意味がある
第87回で紹介しました、ボッティチェリの師匠のフィリッポ・リッピの遺作「聖母マリアの生涯」で、フィリッポ・リッピの視線の先は、彼の妻がモデルになっている「受胎告知」であり、
「受胎告知」の聖母マリアの視線の先には、「砂時計」がありました。
誰にも疑われないように、絶妙なポーズと視線の先に隠れた意図を示すアイテムをいれること。
ボッティチェリは、師匠の作品から学んでいたとみえます。
また「キリストの洗礼」の制作以前に、ボッティチェリはレオナルドを、スポレート大聖堂に連れて行き、フィリッポ・リッピの遺した壁画を見せていたと思うのです。
以下は、その時の二人の会話を想像したものですよ。
ボ「あの黒い帽子の人が師匠で、左の聖母マリアが師匠の奥さんがモデルになってるの。
二人の視線をどう思う?」
レ「彼は左の聖母マリアをみているのですね。顔をそむけているけど、体と手の向きが・・・
まさか夫(フィリッポ・リッピ)による受胎?告知?ってこと!?
彼女の視線の先とは砂時計のことですか?」
ボ「要は注文主や教会にバレなきゃいいんだよ。
全体の出来が良ければ、小さな部分など気にならないものさ。
たとえ疑われても言い訳できるようにしておけばいい。
・・・こんな面白いものを描いてみたいと思わないか?」
そしてヴェロッキオ工房で、そのチャンスがやってきます。
師匠や他の兄弟子達に気づかれずに最後まで描くことができるか?
レオナルドにとって、それはワクワクとした楽しい制作だったに違いないと思うのです。
キリストの洗礼は過去記事も参考にしてください。
レオナルドの作品を読み解くには、ボッティチェリは絶対に外せないものです。
サルバトール・ムンディも同様です。
第89回に続く。