曽爾村民による曽爾村の日常 -28ページ目

曽爾村民による曽爾村の日常

訪問ありがとうございます。
曽爾村民と名乗っていますが、仕事の都合であまり曽爾村について書く暇がありません。たまに書きます。
よろしくお願いいたします!

こんにちは。
昨日のことで申し訳ないんですが、曽爾村の大字掛の交差点近くで、ピザーラさんが出張販売されていたんです。







僕は、知人からの連絡で初めて知りました。
仕事帰りに、寄ってみたんです。
そしたら、村民の方々がたくさん居られました。

思わず僕は、ピザを買ってしまいました。久しぶりのピザも美味しかったです。











あ、そうそう。噂では
芸人の「かまいたち」さんも、昨日来村されていたとか…。

調べてみたら
10/22の午前7時頃から、榛原駅でお笑いコンビ「かまいたち」さんが、実際に曽爾行きバスに乗っていく姿が目撃されたそうです。

温泉や曽爾高原の取材だと思いますが、たぶん『せやねん』の撮影ロケで来たんでしょうね。

『せやねん』が楽しみです。

それでは!

こんにちは。

以前、兄と二人で地元の「曽爾高原」へ行ってきました。

その日は天候もよく、気持ちよかったです。











ご存知な方が多いと思いますが、曽爾村にある曽爾高原は奈良県と三重県の県境に位置した国立公園です。標高は約900mで倶留尊山(くろそやま)と亀山の山肌が高原になっています。曽爾高原の秋は一面見渡す限りのススキが群生しており風によってこの銀色の穂が揺れる様子はそれは見事で、多くの観光客がここを訪れます。この高原のススキは曽爾村の萱葺き屋根の材料として長年使われていたのですが、瓦やトタンが普及し年々使用量が減り、又杉などの植林で高原消滅の危機もあったようですが、この景観を残す為に奈良県に保護を嘆願し守られるようになりました。

日が暮れるとお亀池周辺には「曽爾高原 山灯り」として灯籠が灯ります。平成15年より行われています。普通だと夜真っ暗になってしまうのですが、山灯りでお亀池とその周辺のススキの穂が浮かび上がります。そして空の色が夕日の茜色からゆっくりと深い青色に変わり幻想的な風景に時間を忘れてしまいそうになります。このイベントは10月の途中で終わるようですが、夜の帰り道に灯りがあるのは安心できるのでもう少し続けてほしい気もします。帰りは温泉「お亀の湯」に浸かって疲れを癒すのが定番です。

最後に、兄と行ったときは、ハイキングの方が居られました。





僕も、時間があればハイキングしたいですね。

それでは。

こんにちは。Youtubeでピアノ演奏を聴きながら、ブログを更新しています。

無性に、落ち着いた音楽が聞きたくなるときってありませんか。

昨日の映画のせいでしょうかねぇ。


ま、そんな話はさておき

先日、我が家で育てているサトイモを収穫しました。

といっても、ほとんど農業は祖父が主にしているんです。

そのお手伝いも兼ねて、合間に写真を撮りました。



僕の家で育てているサトイモの葉っぱなどは、こんな大きく育ちます。

なので、収穫後の葉っぱを兄の頭に乗せてみました。




あ、決して遊んでいるわけではないんですよ。試しにやってみただけです。

小さい頃なら喜んだり、遊んだりしたでしょうが、今はそんな年ではありません。

写真を撮ったあと、すぐ兄に取られました。


そうそう、僕の家ではサトイモを地道に掘って収穫しています。



写っているのは、祖父の足とスコップです。祖父は年齢のわりに、頑張っていました。

今思えば、変わってあげればよかったですね。はい。



こちらはの写真は収穫後のサトイモです。

写真では見にくいんですけど、意外と大きいんですよ。


そういえば

里芋料理といえば煮物しか思いつかない!と思っていたんですが

アボカドとサトイモのサラダだったり、サトイモのチップスだったり、サトイモのチーズグラタンだったりと

調べてみたら、結構出てきました。


しかし、面倒くさがりな自分は、手間隙かけるより簡単に料理して食べたいです。


それでは。

こんばんは。

何日かぶりですね。
どれぐらい書いてないのかと調べてみたら、4日も書いてなかったです。
毎日書けたらなぁ。でも、ネタがないなぁ。

ところで、今日久しぶりに映画を見に行ってきました。
もちろん、ブログ更新のため・・・ではないと一応付け加えておきましょう。




今日観た映画というのは、タイトルと上の写真にもあるように
『心が叫びたがってるんだ。』です。









感想の前に、大ざっぱにストーリーを書くと

主人公の少女は、
過去のトラウマから、言葉を発することが出来なくなってしまったんです。伝えたい言葉はあるのに、声を出そうとすると、腹痛に襲われる。

言葉で傷つき、傷つけ、苦悩する少女が、ミュージカルを通して歌で心に秘めた想いを伝えていくストーリーなんです。

結論から言うと、とても面白かったです。
青春アニメ、学園モノを本当に丁寧に描かれています。

この映画は
「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」のスタッフが送る泣ける映画とありますが、どちらかといえば訴えかける映画のように受け取れました。
泣かす演出ではなく、登場人物の感情を上手く表現してるだけあって、青春モノの映画として十分楽しめました。
あと劇中歌が素晴らしいですし、主人公の声に合ってましたね。

この映画は、恋愛や青春だけではなく、大人の描写がちらほらとあるので、若い人だけではなく、幅広い年代の人が観やすいように作られているように思えました。

人に想いを伝えるのって、簡単なようで難しいんですよね。言葉一つで、関係が壊れてしまい、戻れなくなってしまうことだって、時にはあります。

言葉は時に自分や人を傷つけてしまうこともありますが、想いを伝える大切さを忘れず持っていたいなぁと、この映画を観て考えていました。

言葉には、それなりの重みがあることを、頭の片隅に入れておきます。

それでは。
こんばんは。唐突で申し訳ないんですが・・・
江戸時代が終わって、だいたい150年経つんですよねぇ。

江戸時代って、実際にちゃんと経済成長もしてるし文化も発展してるから、初期と末期では全然違う世界なんです。でも、ずっと同じ時代が続いていたと勘違いされてる人、多くないでしょうか。

てか、江戸時代が250年も続いたというのに、終わってからたった150年の間に、常識も、文化も180℃変わるもんなんですね。文明の発達もしましたし。
例えば今、市街地で打ち首とかしたら、えらいことですよ・・・

それよりも飛行機が初めて飛んだのも、たった100年前なわけで、
その60年後に月まで行っちゃって・・・。

世界を見ても
いろいろ起こりすぎましたなぁ。


それでは。



※歴史が苦手なので、ここが変だ!と思うところがあれば、気軽におっしゃってください。

こんにちは。時間的には、おはようございますですね。

ここ2~3日連続で更新できて、少しほくそ笑んでいます。

でも、書くネタが無ければ、すぐ更新しなくなってしまうかも…(嘘です)


ところで、9月某日に奈良県奈良市西ノ京町にある「薬師寺」へ行って来ました。











薬師寺は、「法相宗(ほっそうしゅう)」の大本山です。

天武天皇により発願(680)、持統天皇によって本尊開眼(687)、さらに文武天皇の御代に到り、飛鳥の地において堂宇の完成を見ました、その後、平城遷都(710)に伴い現在地に移されました(718)。

現在は、平成10年によりユネスコ世界遺産に登録されています。


薬師寺には、国宝・重要文化財に指定された多くの仏様がお祀りされています。

そのうちの1つ、月光菩薩が奈良国立博物館に出張中でした。






生で見たかったのですが、残念です。


そうそう、「薬師寺」を出た後、次に向かったのは偶然見つけた「養天満宮」です。
西の京駅のすぐ近く、踏切を渡るとそこはもう別世界です。












かつては,薬師寺の寺内社でした。(現在は、社寺地は線路で分断されています)

創立は古く、祭られている神像(菅公)の状態などから、鎌倉時代以前に遡ると考えられているそうです。


本殿は元禄15年(1702)の改築

祭神:菅原道真公

境内社:熊野神社、蛭子神社、気比神社

は市の指定文化財(1989年指定)です。(天然記念物のツブラジイを中心とする群落)
住宅地にあって原始林的な森林形態を保っているのは極めて珍しいそうです。


また行きたくなりました。

それでは。










2015年維新派新作野外公演『トワイライト』が9月19日~27日にありました。


維新派というのは、劇団員総勢50名ほどが自らの手で1.5~2ヶ月以上かけ巨大な野外劇場を建設し、公演が終れば自ら解体して撤収するという「scrap&build」の劇団として知られているそうです。作品は少年少女の青春群像劇を軸に、退廃的でノスタルジックな世界観を構築。会話によって語られることは少なく、セリフのほとんどを単語に解体し5拍子や7拍子のリズムに乗せて大阪弁で語られる独特の劇形態(「ヂャンヂャン☆オペラ」)を持っています。


当日の舞台というのは…
グランド全体を舞台にしており、向こうの山の左手の斜面に曽爾高原も見えていました。

舞台も素晴らしかったのですが、
会場のとなりに作られる「屋台村」も良く、僕はテンションの上がる空間だったと思います!

「トワイライト」は、不思議な世界観があって、
なんだか引き込まれてしまうようなロマンチックな舞台でした。

ストーリーは、曽爾村からどんどん広がる地図を描くような感じで、
この辺の地理を知らなくても楽しめましたが、
近隣の方なら、さらにいろんな実際の地名がセリフに組み込まれているので、引き込まれたかと思います。

劇も、屋台村も、毎日開催フリーライブも、
そして曽爾村の自然でも、たくさんの心のぜいたくを味わえたことでしょう!

村の人にも、村外の人にも、
たくさん足を運んでいただいて良かったです。





それでは
こんにちは。
9月28日から10月4日まで『パッチワーク展「布と糸の饗宴」』(入場料無料)が開催されていました。
曽爾高原ファームガーデンの“さくら館”が開催場所でした。
大阪でパッチワーク・キルト教室の先生をしている方々のグループの展示だったのです。
展示は、僕にとって今まであまり知らない世界でしたが、とっても素敵な手仕事の数々で圧倒されてしまいました。

展示場にいらっしゃる方が皆さん先生なので、「パッチワーク」と「キルト」の違いや、それぞれで施される技法について、など興味深いお話を聞くこともできましたよ。

宣伝&報告が遅くなり、申し訳ございません。















こんにちは。日にちは忘れてしまったのですが、9月の後半に曽爾村を散策しました。
「多輪峰の森」という案内板を頼りに、NHKテレビ中継所の表示があったので寄ってみたら山の尖ったところにアンテナが立っていました。ここから眺める景色は最高です。













こちらの中継所まで行こうと思えば、屏風岩へ行く道のりで大丈夫ですが、屏風岩の看板のほうへは曲がっては行けません。真っ直ぐですよ!

こちらの中継所へ行ったあと、せっかくなので屏風岩へも行ってきました。











屏風岩は、国指定天然記念物に指定されています。
標高868m、兜岳の南西に屏風のように柱状節理の巨大な岸壁が連なっています。高さ約200m、長さ1,500mにわたります。
この岩は、室生火山岩主部の流紋岩質熔結凝灰岩で、10数mから450mの層を成していることから、火山活動が何回か繰り返されたことがうかがえます。

そうそう、久しぶりに屏風岩へ行って来た際、今まで気づかなかったのですが、



このようなものが出来ていました。本当に知らなかったです。

それでは。


お久しぶりです。なかなか更新できず、申し訳ありません。
何度も言いますが、僕の悪い癖ですね。はい。
まぁ・・・書きたいネタはあるわけですよ。ここ1ヶ月、いろんな場所へ足を運んだので
「あれを書こう、これを書こう」というようにね。

今日は、つい最近のネタから書きますね。と言っても、獅子舞のことですけど・・・。

獅子舞が行われる場所は門僕神社(雨天時:ふれあいホール)です。 
日時は、体育の日の前日の日曜日で午前8:00~正午まです。

そもそも獅子舞の始まりは、1718年(享保3年)徳川吉宗の時代に、大字長野の人たちが伊勢の国に行って、伊勢大神楽(いせだいかぐら)を習ってきたそうです。
それが、今の獅子舞いの元となっています。伊勢大神楽の特徴は、アクロバットつまり曲芸的な舞い方と言われています。現在の研究者の話では、曽爾の獅子舞いが最もこの伊勢大神楽の原点に近い形で残っていると高く評価されています。
獅子舞は、大字今井、大字長野、大字伊賀見の三大字の青年を中心として継承され、それぞれが今井奉舞会、長野奉舞会、伊賀見奉舞会と称し、三奉舞会で門僕神社獅子舞奉舞会を構成しています。これら三奉舞会は神社への奉納以外に自分の地区と獅子舞を持たない他の大字を分担し「荒神払い」と称して舞い歩き、これによって八大字の祭礼と獅子舞とが融合した形となっています。

「奈良県無形民俗文化財」に指定されるほどの高い技術を途絶えさせないために、 各大字の青年層が中心になって、厳しい練習に耐え、代々伝えてきました。しかし山間の村が抱える「過疎化」の波はここにも押し寄せ、さまざまな問題によって一時期、演目の一部が途絶えた時期もありました。しかし、村人の努力で復活させ、その後も人口は減少し続けていますが、伝統の獅子舞を守っています。

以下は、今回撮影した獅子舞の風景です。





















久しぶりの更新のため、設定や画像などがおかしくなっていれば、謝ります。

それでは