1ヶ月ぶりでしょうか。 | 曽爾村民による曽爾村の日常

曽爾村民による曽爾村の日常

訪問ありがとうございます。
曽爾村民と名乗っていますが、仕事の都合であまり曽爾村について書く暇がありません。たまに書きます。
よろしくお願いいたします!


お久しぶりです。なかなか更新できず、申し訳ありません。
何度も言いますが、僕の悪い癖ですね。はい。
まぁ・・・書きたいネタはあるわけですよ。ここ1ヶ月、いろんな場所へ足を運んだので
「あれを書こう、これを書こう」というようにね。

今日は、つい最近のネタから書きますね。と言っても、獅子舞のことですけど・・・。

獅子舞が行われる場所は門僕神社(雨天時:ふれあいホール)です。 
日時は、体育の日の前日の日曜日で午前8:00~正午まです。

そもそも獅子舞の始まりは、1718年(享保3年)徳川吉宗の時代に、大字長野の人たちが伊勢の国に行って、伊勢大神楽(いせだいかぐら)を習ってきたそうです。
それが、今の獅子舞いの元となっています。伊勢大神楽の特徴は、アクロバットつまり曲芸的な舞い方と言われています。現在の研究者の話では、曽爾の獅子舞いが最もこの伊勢大神楽の原点に近い形で残っていると高く評価されています。
獅子舞は、大字今井、大字長野、大字伊賀見の三大字の青年を中心として継承され、それぞれが今井奉舞会、長野奉舞会、伊賀見奉舞会と称し、三奉舞会で門僕神社獅子舞奉舞会を構成しています。これら三奉舞会は神社への奉納以外に自分の地区と獅子舞を持たない他の大字を分担し「荒神払い」と称して舞い歩き、これによって八大字の祭礼と獅子舞とが融合した形となっています。

「奈良県無形民俗文化財」に指定されるほどの高い技術を途絶えさせないために、 各大字の青年層が中心になって、厳しい練習に耐え、代々伝えてきました。しかし山間の村が抱える「過疎化」の波はここにも押し寄せ、さまざまな問題によって一時期、演目の一部が途絶えた時期もありました。しかし、村人の努力で復活させ、その後も人口は減少し続けていますが、伝統の獅子舞を守っています。

以下は、今回撮影した獅子舞の風景です。





















久しぶりの更新のため、設定や画像などがおかしくなっていれば、謝ります。

それでは