1994年に起きたルワンダのジェノサイド(大量虐殺)での実話に基づく映画。
2004年制作、監督テリー・ジョージ。
アカデミー賞、ゴールデングローブ賞ノミネート。
スペイン語音声、スペイン語字幕。
映画の前に、ルワンダのジェノサイドについて、簡単に…。(でもすごく複雑。)
ルワンダには、ツチ、フツ、トゥワの3つの民族がいる。
ツチは、少数だが支配的な民族、
フツは、多数だが被支配的な民族。
長い間対立が続いていた。(特にツチとフツで?)
1962年、ベルギーから独立。ルワンダ共和国の誕生。
1973年、クーデターで、反ツチムードに。
→ツチが近隣諸国へ逃げる
=国外でツチが固まる
=ルワンダ愛国戦線(政党)の誕生(ツチの政党)
1990~1993年、内戦
国外にいたツチが内戦を引き起こす。もちろんフツとの間で。
最後は和平協定を結ぶ。(勝ち負けで表すなら引き分けと言ったところか。)
1994年、フツの大統領が暗殺される(ツチによるのか、和平に怒った過激派のフツによるのかは不明。)
→ジェノサイドの始まり
=過激派のフツが、ツチと穏健派のフツを大量虐殺(100万人とか)する。
→ルワンダ愛国戦線の反撃で収まる。
そしてこの映画は、1994年のジェノサイドが舞台。
当時の政府はフツだったので、政府軍も虐殺にかかわる。
そして軍隊ではなく民衆の集まりであるインテラハムウェという過激派フツの集団ももちろん虐殺・略奪を行う。
主人公となった人は、高級ホテルを経営してるフツの人。
経営していたホテルに、フツもツチも匿って、多くの人を助けた。
そしてこの話は実話で、本人が自伝を書いたため、映画化もされたのだと。
あと、これはウィキペディアの内容なので鵜呑みは厳禁ですが、
「フツとツチは元々は同じ言語を使い、農耕民族であるか遊牧民族であるかという違いでしかなく、貧富の差がそれぞれの民族を形成するなど両者の境界は曖昧であった。遊牧業が主な生業であったツチは、牛を多数所有するなど比較的豊かであった。しかし、ベルギー人をはじめとする白人による植民地支配がはじまると、鼻の大きさや肌の色などを基準に境界が作られた。ツチは「高貴(ハム系あるいはナイル系)」であり、対するフツなどは「野蛮」であるという神話・人種概念を流布(ハム仮説)し、ツチとフツは大きく対立し始めた」
そうです。
部族対立そのものも「最近作られたもの」みたいですね。
というのが背景知識でしょうか。
正直、この映画を見ることでこれらを知るきっかけを得られただけでもすごく有意義だったと思う。
アフリカのことは、高校までの「世界史」では、ほとんどやらない。
やったとしても、結局ヨーロッパが関わる19世紀の植民地の話。
それでも、全然細かくやらない。
確かに、ぜーーーーんぶの国の歴史とか、高校生のうちにできるわけではないし、ヨーロッパがすごく今の世界に影響を及ぼしたから(資本主義もそうだし、国民国家体制もそうだし)その意味でヨーロッパに焦点を当てる必要があるのも理解できる。
でも、だとしたらせめて「世界史」っていう名前やめてほしいなって思ったりもする。
そして、ルワンダ紛争(内戦もジェノサイドも含め広い意味での対立関係のこと)も、これは、「アフリカ内で起きた部族対立」ではなくて、結局ヨーロッパのに起因される紛争なんだって思った。
冷戦下に色んなところで起きた戦争と同じように。(ベトナム戦争や朝鮮戦争)
ルワンダ紛争については、多分、日本の大学のアフリカのことを扱う授業で、ドキュメンタリー番組を見た記憶がある。確かじゃないけど。
見たのは確かだけど、それがルワンダ紛争なのかが確かじゃないんです。
もちろん自分がもっと能動的になっていればその時点でも色々調べれたはずだから、自分が悪い部分もある。
でも、「どこにどの国があるかわからないアフリカ」で、「それぞれの差もよくわからないアフリカの国々」のことを話されても、何も入ってこないのかなぁという気もする。
アフリカっていう存在が、そもそも遠すぎるんだなって思った。
そのときそのドキュメンタリー番組では、子供たちが兵士として徴兵されていることが特にクローズアップされてた。
だから、余計、「感情」に訴えるものはあったけど、それを「分析」するっていう行動には及ばなかった。
なんで子供たちが兵士として巻き込まれなきゃいけないんだっていう不条理は感じても、
なんで戦争してるかが理解できなかったから、思考はそこでストップしてた。
でも、「なんで戦争してるか理解できない」っていうのはある意味では正論だとも思った。
自分の無知を肯定したいわけではない。
けど、どのドキュメンタリーにしろ、この映画にしろ、フツだとかツチだとか、明らかにあまり変わりのない人たちが、銃で撃ちあってる。
別に変わりがないから銃で撃ちあうのがおかしいわけではなく、白人とアラブ人だろうが、銃で撃ちあうのはおかしいはず。
それが一方的であるならなおさら残虐だし、両方が撃ちあっていればきっと終わりが見えなくなるんだと思う。
そしてそれがまかり通る不条理。
理解できるはずはない。
正直、「背景知識」を色々調べてはみたし、なるべく映画に出てきたわからない単語は全部調べて、内容をできる限り知ろうと思った。
けど、それでも全部は無理だったと思う。政治の勢力関係が難しすぎた。
けど、わからないながらも、色んな描写から考えさせられるポイントはたくさんあった。
例えば、フツかツチかは、IDにもしっかり刻まれている。
そしてこういう風に明確に区別し始めたのは、ベルギー人がフツとツチの線引きをしてかららしい。
そして、虐殺は、ここで可能になる。
フツかツチかIDで確認する。
フツ・パワー(スペイン語ではpoder hutsu)と叫びながらデモをしてるインテラハムウェの様子。
国連の平和維持軍が、ヨーロッパ各国に難民(フツだろうがツチだろうが、戦争で普通の暮らしができない人たち)救済を要請していたのに、結局自分の国の人間を救済するだけで、ジェノサイドに対してはノータッチだった。
白人たちだけをどんどん助け、子供だろうが黒人はどんどん引き剥がされ。
誰一人として黒人を救済しなかった。
そして国連平和維持軍の大尉が、すごく怒りながら、「奴らは、みんな去っていく。イタリアももフランスもベルギーでさえも。あななたちが黒人だがら、しかもアフリカ人だから、何も価値がないと考えているんだ」と言ってるシーンがあった。
結局国連平和維持軍の300人だけがルワンダにとどまった。
主人公のホテル支配人のポールは、ある意味フツの権力者であったから、フツの政府軍の将軍とつながりがあったり、インテラハムウェのリーダー格の人と友人だったりした。
もちろんポール自身は何もしてないけど。
でも、そのつながりがあったからこそ、ホテルを守れたんだと思う。
将軍にあるだけの金や貴金属を渡して味方につける。
インテラハムウェのリーダー格の人は貿易の仕事をしてるようで、いろんな物資を持っているから、食料がつきればそこから買う。
また、ヨーロッパの要人とのつながりもあったみたい。
結局最後までジョン・レノがやってた役がなんだったのかわからなかったけど、そういう要人に色々頼んでみたり。
それでジョン・レノがフランスに救援を要請したり。
でも結局フランスはそれに応えなかったり。
だから結局ポールは黒人たちに呼びかけて、「白人の力を借りようとするのではなくて自分たちの力で問題を解決しよう」って言ってみたり。
まだジェノサイドが本格化する前に、そして白人の救済が行われる前に、白人のカメラマンがジェノサイドの映像を撮って来て、ポールに「こんな映像を撮っても、みんなは、あらなんて可哀そう、って思った後に夕食を続けるんだ」って言った。
すごく印象的だった。
フツの政府軍の将軍が、「俺は無罪だ、何もしてない」と、ポールから貴金属や酒をもらいながら言っていた。
実際に殺していなければ無罪なのか。
もちろんジェノサイドのあとに彼は有罪判決を受けているけど。
インテラハムウェのリーダー格の人も。
とにかく、「知識」としてルワンダのことを知れただけでもかなり勉強になった。
けど、やっぱり世の中の不条理を感じずにはいれなかった。
自分の中で、結構どう向き合っていくか大きな課題となっているもの。
不条理とどう向き合うか。
自分ひとりじゃ絶対に変えられないもの。
だからこそ、変わるのには時間がかかる。
どっしりとした権力構造。
資本主義、白人主義。
社会に根付いてしまったあらゆる制度。
とにかく忍耐なんだろうな。