あさひのブログ -45ページ目
「ミーユエ 王朝を照らす月(全81話)」のあらすじ。
中国語版のざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

[第四十九集]
公子たちに分封(領土を与え治めさせること)の話が持ち上がって来た。分封されれば都から離れることになり太子の地位は遠ざかる。危機を感じた魏夫人は新たに故郷から美女・魏頣を入宮させ王の気を引こうとする。
稷公子が地図を見て将来巴蜀に住みたいと言ってるのを聞いた芈月は、確かに巴蜀なら秦へも故郷の楚へも行きやすく元来豊かな土地なので飢えることなく暮らせそうだと思った。楚に残して来た弟も呼び寄せて家族皆仲よくのんびり過ごしたい…芈月は張儀や王后に稷公子を巴蜀へ分封してもらえるよう口添えしてほしいと頼みに行き、太子の地位を自ら放棄するその姿勢に皆唖然とする。

公子らを分封する土地は樗里子が選定し恵文王に伺いを立てた。巴蜀には稷公子が相応しいと勧める樗里子に恵文王は難色を示し分封作業は中断する。恵文王は稷公子を太子にしたいのだが、嫡男である蕩公子も今やなかなかに悪くない成長を見せ、彼を差し置いて稷公子を太子に立てるだけの正当な理由が見つからないのだ。
芈月は恵文王から稷公子をどこかに分封してほしいかと尋ねられたので巴蜀に封じてほしいと答えた。すると恵文王は腹を立てて出て行ってしまった。やはり王は稷公子を太子にと考えている…いくらこちらが望んでいなくても、王后との対立は避けられない運命なのか。

[第五十集]
ついに朝議で公子らの分封が発表されたが、今回は成人している公子のみを分封するということで魏夫人、唐夫人、衛良人、亡き魏長使の息子らが各地に封じられた。
華公子は横門の地に封じられた。魏夫人はとうとう息子を太子にする夢を断たれさらに息子と離れ離れになるという運命を嘆く。

甘茂は今回未成年の公子は分封しないというわけのわからない話になったのは芈八子が息子を遠くへ飛ばされるのを嫌がって王に掛け合ったからではと勘ぐるが、樗里子は、芈八子はむしろ巴蜀に行きたがっていたと教えてやる。という事は王自身が稷公子を手放したくない、つまりは太子にしたがっているということではないか…不毛な跡継ぎ争いの予感に両人ともうなだれる。

王后はひとまず華公子という最大のライバルがいなくなったことで一安心し、そろそろ息子に素敵なお嫁さんをと考えるが、肝心の蕩公子は体を鍛える事に夢中で、母が何かにつけて口出しすることをひどく嫌っていた。その蕩公子が、魏夫人の屋敷で琴を奏でる魏頣を見かけて一目惚れ。来る日も来る日も魏夫人の屋敷を覗いて彼女が出てこないか待つのだった。

恵文王は芈月が巴蜀へ行きたいと言ったのはつまり自分の側にいたくない、自分の事がもう好きではないという意味だと捉え、ショックで体調を崩してしまう。芈月はもちろん恵文王を嫌ってなどいないが、我が子が泥沼の跡継ぎ争いに巻き込まれるのではと考えるとどうしてもよそよそしくなってしまうのだ。

[第五十一集]
蕩公子は魏夫人に魏頣と会わせてくれと頼みに行く。と、そこへ王后がやってきたので公子は隣の部屋に隠してもらう。王后は魏夫人が故国から呼び寄せた女狐が息子を誘惑していると悪態をつき、その一方的な悪口を聞いた蕩公子は出て来て恥ずかしい真似をしないでくれと言う。帰宅後蕩公子は母に、自分の事は自分で決める、絶対に魏頣を娶ると宣言するのだった。
王后は憤慨しすぎて持病の頭痛も悪化。そこへ魏夫人がやってきて王后はさらにいらつくが、蕩公子は魏頣を好いてるわけだしいずれ太子になり王となった時に楚国と魏国の両方にゆかりがあることは政治の上でも有利ではと言われ、それも一理あると考えはじめた。

蕩公子は父王に魏国と婚姻を結ぶメリットを熱く論じる。あれだけ学問を嫌がっていた息子が一人の女に恋しただけでこんな立派に政治を語れるようになるとは、と恵文王は驚く。しかし魏女だと王后が許さないだろうと思ったのに王后からも魏頣との婚姻を提示され、困惑した恵文王は芈月に意見を聞く。芈月は王后も我が子の願いを聞き入れたということだろうと、結婚を勧めた。
だが嫡男の結婚が決まればもう立太子を遅らせることなどできない。蕩公子が妃を迎えると聞き嬴夫人、樗里子が恵文王の元へやってきて家族会議を開く。嬴夫人と樗里子は元より嫡男が太子となるべきと考えているが、恵文王は難癖付けて蕩公子を避けようとする。樗里子が嬴公家の社稷を守ることが今を生きる我々の最大の使命であると説き、ようやく恵文王は蕩公子を太子に立てることを承諾した。


[A] 芈(ミー)八子
王后の異母妹。本名は芈月(ミーユエ)
[B] 恵文王
秦国王。本名は嬴駟(インスー)
[C] 王后
秦王后。本名は芈姝(ミーシュ)
[D] 嬴稷(インジー)
芈八子の息子。幼いが聡明で心優しい。
[E] 嬴蕩(インタン)
王后の息子。勉学より体を動かす方が好き。
[F] 魏(ウェイ)夫人
妃嬪の一人。後宮の実権を取り戻すことを諦めていない。息子に華(ホア)公子がいる。
[G] 魏頣(ウェイシェン)
魏夫人の親族。見舞いと称して魏夫人の元に滞在している。
[H] 樗里子
左丞相。恵文王の弟。本名は嬴疾(インジー)
[I] 甘茂(ガンマオ)
右丞相。楚国出身で王后と親しい。

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リクシルギャラリーの「織物以前-タパとフェルト-」展を見てきました。
副題通り、タパとフェルトの紹介と展示です。


タパとは植物の葉や樹木の皮を剥いでなめし圧縮して作った布。東南アジアやミクロネシアの島々で発達した技術らしいです。
見た目はまるで日本の和紙。木の繊維が見えていて乾いていてゴワゴワしてそう。それぞれ意味のある模様を付けて染めあげ、衣服にしたり敷物として利用したそうです。
タパを細切りにして作った紐を編み上げてバッグを作ったりもしてます。

フェルトは言うまでもなく羊毛や綿花を圧縮した、あのフェルト。ここではウイグル地区とトルコに伝わるフェルトが紹介されてます。高原でも暖かそうな外套や帽子も。
フェルトの伝統的な作り方もスライドで紹介されていて、あの見慣れた生地がそもそもはこういう過程を経て作られるのかと、とても興味深いです。

布を作るために使用された道具類も展示。模様を描くのに使用したという筆みたいに毛羽立ってる木の実とかすごく面白いと感じました。周りにあるものを色々工夫して生活に利用してきたんですね。


織物以前-タパとフェルト-
9/8(金)-11/21(火) LIXILギャラリー大阪
入場無料。

LIXILギャラリー大阪
グランフロント大阪 南館タワーA12階。
オフィスタワーのワンルームです。行き方ちょっとややこしいのでホームページを見て行ってください。



長いものに巻かれろ

梅田北の再開発地区で期間限定でオープンしている庭園「うめきたガーデン」。
二度目のリニューアルでこれで本当に最後だとか。ちょうど去年の今頃行ったのですがどう変わってるか見に行ってきました。


以前よりも確かに花の種類も数も増えてます。緑も多いです。以前は「お花畑を演出」という印象だったけど、今はガーデニングの見本市みたいw
花だけでなく緑(花をつけない植物)との取り合わせ組み合わせ、おしゃれな配置など庭づくりのアイディアを提供するような展示になっててこれはガーデナーにお勧め!


季節なのでコスモスも各所に植えられてます。


以前屋根に花が植えられてた山小屋風カフェは屋根をくり貫かれ半オープンテラスになってました。そこでジャズギターの生演奏があって、ガーデン一帯が非常にお洒落で落ち着く空間に。これはいい!都会のど真ん中なのにリラックスできる。


そういう時期なのでハロウィン的な飾りつけも多数。
たぶん11月になったらクリスマス仕様に変えるのではないかと思われます。

こちらで写真19枚を公開。しかし途中でカメラのバッテリー切れという致命的ミス!(x_x;)
なので撮れてないエリアもあります。そこはまた実際行ってその目で確かめてください。


うめきたガーデン FINAL
10/7(土)-3/18(土) ※要入場料
JR大阪駅北。グランフロント大阪西隣。
スカイビルへの通り抜けはできません。
「ミーユエ 王朝を照らす月(全81話)」のあらすじ。
中国語版のざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

[第四十六集]
蜀地方で小国同士の戦があり、司馬錯はこの機に蜀を平定し富国強兵に繋げるべきだと進言する。対して張儀は韓国へ攻め込みそのまま周都へ向かい天下を取るべき時だと主張。朝議は紛糾し結論が出なかった。

恵文王が子供たちの様子を見に行くと、稷公子は黙々と課題を続けていたが蕩公子は抜け出し外で遊んでいた。恵文王は叱責するが、蕩公子は部屋に閉じこもって読み書きなど天下獲りの役に立たない、東六国へ先陣切って攻め込むための武術や兵術の勉強なら喜んでやるのにと口答えする。そこで恵文王は二人の公子に今回の伐蜀と攻韓の利点欠点を指摘せよという宿題を出した。
後日、恵文王は司馬錯、張儀らの前で子供たちに宿題を発表させる。蕩公子は攻韓を説き、稷公子は伐蜀を論じた。王后は家庭教師である甘茂が息子に張儀の策である攻韓を勧めたのかと意外に思うが、朝廷内でも伐蜀に反対する者の方が多いので悪い選択ではないと考える。帰って来た息子に、常に周囲の者の意見に注意し皆が支持する方につくようにと教える。
芈月には恵文王が"太子としてどちらが相応しいか"を比べているように見えてならない。蕩公子が嫡男なのだから当然太子になるべきで、跡継ぎ争いに息子を巻き込まないでほしいと請願するが、稷公子はお前だけの子ではなくわしの子だと言われ追い帰されてしまった。

翌日、恵文王は二人の公子を四方館へ連れて行き、そこで伐蜀と攻韓どちらか支持する方に票を入れて来いと命じる。後日恵文王は公子らにどちらに投票したか尋ねた。蕩公子は攻韓に投じ、その理由は票が多かったためで、より多くの人民の意に沿う選択をするのが良いリーダーだと論じた。稷公子は逆に票が少なかったので伐蜀に投じたと言う。多くの人が思う事は当然敵も考えているので戦においては有利ではないからだ(?←ちょっとここよくわからない)

[第四十七集]
芈月は張儀の元を訪れ、伐蜀の何が問題なのかを問う。張儀も蜀の地がおいしい事は分かっていたが、なんせ蜀の道は険しい山岳地域の悪路で行軍するには分が悪すぎるのだ。と、芈月はとある策を提案する。
翌日張儀は恵文王に攻韓を取り下げ伐蜀を申し出た。その芈月発案の策を聞いた恵文王は素晴らしいと早速実行に移させる。張儀は蜀の入口に石で作った巨牛を設置し、毎夜密かに石牛の下に金貨を置かせた。すると金を生む石牛だと噂が立ち、間もなく蜀王は石牛を都へ運ばせるために道を整備した…策が見事にはまり、秦はやすやすと蜀地方の三国を手に入れたのだった。

稷公子は礼儀正しく聡明な子で、王后もこれが自分の息子ならばと羨むほどだった。蕩公子は体を鍛える事には熱心だったが相変わらずわがままで勉強嫌い。王后の芈月への嫉妬は募るばかりだった。
ある日王后は芈月、稷公子を伴って出掛ける。なぜか蕩公子には部屋から一歩も外へ出てはいけないと留守番を命じた。ところがじっとしてられない蕩公子は窓から逃げ出し庭園へ。通公子が持っていた酒を奪って飲み千鳥足で歩いていると蜂の群れに襲われた。実はこれは王后が稷公子を狙って庭園に仕込んだ殺人蜂。蜂は王后の仕組んだ罠で庭園を通りかかった稷公子にも襲い掛かる。
蕩公子の顔は真っ赤に腫れあがり毒が回って重症だ。王后は半狂乱になって侍従らに八つ当たりする。稷公子は葵が必死にかばったため軽傷で済んだが葵が危険な状態だ。

[第四十八集]
事件の直前に通公子は王后の侍従が怪しい男に金を渡して殺人蜂の巣を庭園に設置しているところを目撃していた。その話を聞いた樊長使はもしや王后が稷公子を狙ったのではないかと真っ青になる。

芈月の側仕えの宦官・穆辛は山育ちで蜂の性質をよく知っていた。蜂が襲うのは酒を飲んでいる人、派手な衣装を着てる人、香をつけている人だ。あの日王后がわざわざ稷公子に着せたのはきらびやかでよい香りのついた新しい着物だった。まさかと思ったが王后の行動にいろいろと思い当たるふしがある…信じたくない現実に芈月は愕然とする。そしてその姉の変化に気づかなかった自分をも責めるのだった。
穆辛が話す蜂の生態を聞いて芈月は何かの文献で読んだ薬草が効くかもしれないと考える。早速山で薬草を摘んできて蕩公子と葵に投与した。王后が必死に天に祈る中、蕩公子が目を覚ました…。

後日、芈月は侍女の制止を振り切って王后の部屋に乗り込む。目の前に稷公子に着せたあの派手な着物を叩きつけ、誰の仕業かと詰問する。王后は、自分がやったと答えた。芈月のおかげで息子が助かったことには礼を言い、そして我が子の為なら何でもするつもりだと、はっきりと対立姿勢を示すのだった。


[A] 芈(ミー)八子
王后の異母妹。本名は芈月(ミーユエ)
[B] 恵文王
秦国王。本名は嬴駟(インスー)
[C] 王后
秦王后。本名は芈姝(ミーシュ)
[D] 嬴稷(インジー)
芈八子の息子。幼いが聡明で心優しい。
[E] 嬴蕩(インタン)
王后の息子。嫡男であることから甘やかされ育っておりわがままで乱暴。
[F] 嬴通(イントン)
樊長使の息子。嬴蕩よりも年上だが体が弱く気も小さい。
[G] 張儀(チャンイー)
秦相国。芈月の古くからの友人で良き相談相手。
[H] 司馬錯(スーマーツォ)
秦大将軍。
[I] 葵(クイ)
芈月の侍従で、彼女の育ての親でもある。
[J] 穆辛(ムウシン)
芈八子のお付きの宦官。

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「ミーユエ 王朝を照らす月(全81話)」のあらすじ。
中国語版のざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

[第四十二集]
報告を受けた恵文王はすぐに手紙を仕込んだ論文を提出した男・蘇秦を呼び出し事情を聞く。燕国は老王が崩御した後太子が即位したのだが、実権を握る宰相が易后・孟嬴と彼女の幼い息子・職公子を韓国へ人質に出し、新王に王位を自分に譲るよう強要しているのだとか。蘇秦は不幸な境遇にさらされている易后を憐れに思い手紙を届けに来てくれたのだ。
恵文王は魏冉に小隊を与え密かに函谷関を出て韓国の孟嬴母子を救出させる。孟嬴は無事戻ってきたが、途中で趙兵に見つかり職公子が奪われてしまった。趙は燕の先王の嫡子である職公子を政治利用するつもりだ。恵文王は憤るがこれ以上打つ手がない。

孟嬴は手助けしてくれた蘇秦にお礼がしたいが、彼は金銀財宝にはまったく目もくれなかった。せめて士官させてあげたいと思うが父王は蘇秦に会おうともしてくれない。芈月にそれとなく提案するが彼女も蘇秦の才能は認めているのに推挙には消極的だ。そのがっかりした様子を見た王后は孟嬴の元を訪れ、芈月は親友である張儀のために蘇秦を推挙しないのだと教えてやる。と、王后は孟嬴の様子から彼女が蘇秦に惚れている事に気がついた。

[第四十三集]
蘇秦はついに諦め故郷へ帰ることに。後を孟嬴が追って来た。蘇秦は彼女に子供を取り返すための鍵となるのは斉国だと策を授け去って行った。
孟嬴はすぐに父王に蘇秦の策を話した。蘇秦の知略を知った恵文王は蘇秦を呼び戻そうとするが、王后が制止する。蘇秦と張儀は互いに才能がありよく似ている故に、仲違いしてどちらかが出て行く羽目になりかねないと。それを聞いて恵文王は考え直し蘇秦を追うのは止めた。
孟嬴は父王が蘇秦を呼び戻してくれなかったのは芈月が唆したからだと思い一方的に絶交する。

函谷関で秦は合縦軍に大きな痛手を与えることに成功。司馬錯将軍の下で魏冉はまたもや大きな功を立て、恵文王は彼に爵位を与え将軍に取り立てた。

蕩公子は自分が将来の太子だと威張り散らし、ある日異母兄である通公子の犬を殴死させ通公子にも大怪我させた。子供同士の喧嘩で恵文王に直訴しても怒られるだけだ、通公子の母である樊長使は泣き寝入りするしかない。樊長使と通公子が不憫で芈月は王后に蕩公子の所業を告げるが、王后は悪意ある嘘だと激昂するだけだった。

[第四十四集]
函谷関の戦の最中に領内へ侵入してきた義渠兵は魏冉将軍によって撃退された。恵文王は自ら出陣し義渠を追撃する、その遠征に芈月を連れて行くことに。
翟驪率いる義渠軍は秦軍に取り囲まれており投降の意思を見せているという。芈月は自ら交渉役を志願。翟驪はやって来た芈月に驚き喜び親しげに杯を交わすが、彼女が提示した条件は義渠は王称を取りやめ秦の法律の下で生活すること…実質秦による併合であった。
結局翟驪は秦に下る決定を示した。その夜は懇親の宴会が開かれた。芈月はその合間に魏冉に会いに行き、久しぶりの再会と彼の活躍ぶりを喜ぶ。が、そこへ若い義渠兵が近づいてきた。それは芈月がかつて義渠に攫われた際に拾った身寄りのない子供"小狼"の成長した姿だった。狼に育てられ四つん這いで人語を喋れなかった彼も今は立派に話せるようになっていた。芈月は翟驪に頼んで彼を連れて帰ることに。魏冉の弟として彼の下で武術と兵法を学ぶこととなった。翟驪によると彼は白という姓が書かれた銅札を持っていたらしい。芈月は彼に新たに起という名をつけてやった。

斉国が燕国へ侵攻し燕国王を殺して中山国を併合したとの報せ。待っていた機が到来し、恵文王は孟嬴の息子・職公子を燕国王として立てるようすぐに趙国へ連絡をとるように命じる。

[第四十五集]
魏夫人はいくつも戦功を立てて来た華公子が太子に相応しいと自信満々、一方で王后はやんちゃな蕩公子を丞相の甘茂と樗里子の二人がかりで教育してもらい王に相応しい学問を修めさせた。恵文王に立太子の話は鬼門なのだが王は草原から帰って来てから体調が芳しくない、樗里子は意を決してそろそろ太子を立ててはどうかと進言する。だが恵文王は立太子はもっと後でもよいとはぐらかすのだった。

蕩公子が通公子と稷公子をいじめている現場に華公子が通りかかり蕩公子を叱りつけた。後日、華公子と魏夫人に会った芈月は息子を助けてくれた礼を言う。その現場を見かけた王后は魏夫人が芈月を取り込もうとしていると焦り、すぐに芈月に贈り物をする。

王后は庭園を新たに整備し直して恵文王にお披露目する。そしてわざと蕩公子に庭園内で練兵の真似事をさせて息子が熱心な様子を王に見せようとする。だが蕩公子は兵士役の侍従を乱暴に叩いたり罵倒したりで度が過ぎる。さらに木の玉を庭の穴の中に落としてしまい取れないと癇癪を起こした。それを見た稷公子は水を汲んできて穴の中に入れて浮いてきた木の玉を拾ってやった。その様子を見て恵文王は賢い子だと感心する。

[A] 芈(ミー)八子
王后の異母妹。本名は芈月(ミーユエ)
[B] 恵文王
秦国王。本名は嬴駟(インスー)
[C] 王后
秦王后。本名は芈姝(ミーシュ)
[D] 易后
亡き燕易王の后。恵文王の娘。本名は孟嬴(モンイン)
[E] 蘇秦(スーチン)
東周から来た遊説家。
[F] 魏冉(ウェイラン)
芈月の異父弟。函谷関の戦いで頭角を現しついに将軍に。
[G] 翟驪(ジャイリー)
騎馬民族・義渠の王。以前出会った芈月にひと目惚れし今でも忘れられない。
[H] 魏(ウェイ)夫人
妃嬪の一人。後宮の実権を取り戻すことを諦めていない。
[I] 嬴稷(インジー)
芈八子の息子。幼いが聡明で心優しい。
[J] 嬴蕩(インタン)
王后の息子。嫡男であることから甘やかされ育っておりわがままで乱暴。
[K] 嬴通(イントン)
樊長使の息子。嬴蕩よりも年上だが体が弱く気も小さい。
[L] 嬴華(インホア)
魏夫人の息子。恵文王の長男で既に数々の戦功を挙げている。母と違って正義感が強い。

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