中国語版のざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。
[第四十二集]
報告を受けた恵文王はすぐに手紙を仕込んだ論文を提出した男・蘇秦を呼び出し事情を聞く。燕国は老王が崩御した後太子が即位したのだが、実権を握る宰相が易后・孟嬴と彼女の幼い息子・職公子を韓国へ人質に出し、新王に王位を自分に譲るよう強要しているのだとか。蘇秦は不幸な境遇にさらされている易后を憐れに思い手紙を届けに来てくれたのだ。
恵文王は魏冉に小隊を与え密かに函谷関を出て韓国の孟嬴母子を救出させる。孟嬴は無事戻ってきたが、途中で趙兵に見つかり職公子が奪われてしまった。趙は燕の先王の嫡子である職公子を政治利用するつもりだ。恵文王は憤るがこれ以上打つ手がない。
孟嬴は手助けしてくれた蘇秦にお礼がしたいが、彼は金銀財宝にはまったく目もくれなかった。せめて士官させてあげたいと思うが父王は蘇秦に会おうともしてくれない。芈月にそれとなく提案するが彼女も蘇秦の才能は認めているのに推挙には消極的だ。そのがっかりした様子を見た王后は孟嬴の元を訪れ、芈月は親友である張儀のために蘇秦を推挙しないのだと教えてやる。と、王后は孟嬴の様子から彼女が蘇秦に惚れている事に気がついた。
[第四十三集]
蘇秦はついに諦め故郷へ帰ることに。後を孟嬴が追って来た。蘇秦は彼女に子供を取り返すための鍵となるのは斉国だと策を授け去って行った。
孟嬴はすぐに父王に蘇秦の策を話した。蘇秦の知略を知った恵文王は蘇秦を呼び戻そうとするが、王后が制止する。蘇秦と張儀は互いに才能がありよく似ている故に、仲違いしてどちらかが出て行く羽目になりかねないと。それを聞いて恵文王は考え直し蘇秦を追うのは止めた。
孟嬴は父王が蘇秦を呼び戻してくれなかったのは芈月が唆したからだと思い一方的に絶交する。
函谷関で秦は合縦軍に大きな痛手を与えることに成功。司馬錯将軍の下で魏冉はまたもや大きな功を立て、恵文王は彼に爵位を与え将軍に取り立てた。
蕩公子は自分が将来の太子だと威張り散らし、ある日異母兄である通公子の犬を殴死させ通公子にも大怪我させた。子供同士の喧嘩で恵文王に直訴しても怒られるだけだ、通公子の母である樊長使は泣き寝入りするしかない。樊長使と通公子が不憫で芈月は王后に蕩公子の所業を告げるが、王后は悪意ある嘘だと激昂するだけだった。
[第四十四集]
函谷関の戦の最中に領内へ侵入してきた義渠兵は魏冉将軍によって撃退された。恵文王は自ら出陣し義渠を追撃する、その遠征に芈月を連れて行くことに。
翟驪率いる義渠軍は秦軍に取り囲まれており投降の意思を見せているという。芈月は自ら交渉役を志願。翟驪はやって来た芈月に驚き喜び親しげに杯を交わすが、彼女が提示した条件は義渠は王称を取りやめ秦の法律の下で生活すること…実質秦による併合であった。
結局翟驪は秦に下る決定を示した。その夜は懇親の宴会が開かれた。芈月はその合間に魏冉に会いに行き、久しぶりの再会と彼の活躍ぶりを喜ぶ。が、そこへ若い義渠兵が近づいてきた。それは芈月がかつて義渠に攫われた際に拾った身寄りのない子供"小狼"の成長した姿だった。狼に育てられ四つん這いで人語を喋れなかった彼も今は立派に話せるようになっていた。芈月は翟驪に頼んで彼を連れて帰ることに。魏冉の弟として彼の下で武術と兵法を学ぶこととなった。翟驪によると彼は白という姓が書かれた銅札を持っていたらしい。芈月は彼に新たに起という名をつけてやった。
斉国が燕国へ侵攻し燕国王を殺して中山国を併合したとの報せ。待っていた機が到来し、恵文王は孟嬴の息子・職公子を燕国王として立てるようすぐに趙国へ連絡をとるように命じる。
[第四十五集]
魏夫人はいくつも戦功を立てて来た華公子が太子に相応しいと自信満々、一方で王后はやんちゃな蕩公子を丞相の甘茂と樗里子の二人がかりで教育してもらい王に相応しい学問を修めさせた。恵文王に立太子の話は鬼門なのだが王は草原から帰って来てから体調が芳しくない、樗里子は意を決してそろそろ太子を立ててはどうかと進言する。だが恵文王は立太子はもっと後でもよいとはぐらかすのだった。
蕩公子が通公子と稷公子をいじめている現場に華公子が通りかかり蕩公子を叱りつけた。後日、華公子と魏夫人に会った芈月は息子を助けてくれた礼を言う。その現場を見かけた王后は魏夫人が芈月を取り込もうとしていると焦り、すぐに芈月に贈り物をする。
王后は庭園を新たに整備し直して恵文王にお披露目する。そしてわざと蕩公子に庭園内で練兵の真似事をさせて息子が熱心な様子を王に見せようとする。だが蕩公子は兵士役の侍従を乱暴に叩いたり罵倒したりで度が過ぎる。さらに木の玉を庭の穴の中に落としてしまい取れないと癇癪を起こした。それを見た稷公子は水を汲んできて穴の中に入れて浮いてきた木の玉を拾ってやった。その様子を見て恵文王は賢い子だと感心する。

[A] 芈(ミー)八子
王后の異母妹。本名は芈月(ミーユエ)。
[B] 恵文王
秦国王。本名は嬴駟(インスー)。
[C] 王后
秦王后。本名は芈姝(ミーシュ)。
[D] 易后
亡き燕易王の后。恵文王の娘。本名は孟嬴(モンイン)。
[E] 蘇秦(スーチン)
東周から来た遊説家。
[F] 魏冉(ウェイラン)
芈月の異父弟。函谷関の戦いで頭角を現しついに将軍に。
[G] 翟驪(ジャイリー)
騎馬民族・義渠の王。以前出会った芈月にひと目惚れし今でも忘れられない。
[H] 魏(ウェイ)夫人
妃嬪の一人。後宮の実権を取り戻すことを諦めていない。
[I] 嬴稷(インジー)
芈八子の息子。幼いが聡明で心優しい。
[J] 嬴蕩(インタン)
王后の息子。嫡男であることから甘やかされ育っておりわがままで乱暴。
[K] 嬴通(イントン)
樊長使の息子。嬴蕩よりも年上だが体が弱く気も小さい。
[L] 嬴華(インホア)
魏夫人の息子。恵文王の長男で既に数々の戦功を挙げている。母と違って正義感が強い。
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