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「面具背后」(2019年 監督/沈雷 主演/李東学)
全35話

※日本語版はありません。

タイトルは「仮面の後ろ(裏側)」。
韓国の2005年の大ヒットドラマ「復活(부활)」のリメイク作品らしい。

――1930年代上海。とあるホテルの一室から一人の男が転落死した。部屋には遺書が残されており当初は自殺と考えられたが、警察官の徐継発は彼が何者かに陥れられ殺された可能性を見出す。だが手掛かりを持っていそうな人間が次々と謎の死を遂げ、上司は事件は自殺と断定すると捜査の打ち切りを宣言した。納得いかない徐継発は密かに捜査を続け、18年前の黄金強奪事件に何らかの関わりがあることを知る。だがその頃から継発は何者かに命を狙われるように。さらに冤罪を着せられ追われる身となってしまった。

実は徐継発は幼少の頃の記憶がなかった。本当の父母を知らず義父に育てられたのだ。だが新しく赴任してきた署長の王済生は徐継発が黄金強奪事件で殉職したかつての上司・林建斌に瓜二つであることから彼が建斌の息子だと確信する。林建斌には双子の息子…奕晨と奕華がいたが、あの事件の最中に奕華は行方不明になったのだ。
自分が財閥の御曹司・林奕晨の双子の兄・奕華だと知らされた徐継発は自宅に引きこもる奕晨をなんとか呼び出すことに成功。奕晨は幼いころの兄を覚えており再会に涙する。だがそこへ徐継発を狙う謎の一味が迫る…奕晨は兄をかばって撃たれてしまった。奕晨は継発に事件の真相を突き止めどうか父の仇を討ってほしいと言い残し力尽きた。
徐継発は父が殺された黄金強奪事件そして弟を殺した一味との関わりを突き止めるため、徐継発は死んだことにして自分が林奕晨に成りすますことを決意する――

という第5話まで見たけどギブアップ。
双子ものの恋愛中心の人間ドラマかサスペンスだと思ってたらそっくりさんが入れ替わる「王子乞食もの」か…と思いきやさっさと弟が死んじゃって「なりすましもの」だったので興味が一気になくなってしまった。
というのも二役を演じるリー・トンシュエ(李東学)が、びっみょー!チーン イケメンなのはわかるけど二役ができてない。服と髪型が違うだけで一緒すぎる。この人は「ブレイド・マスター」でどーにもイケてない弟分演ってた人ね。
ド派手な顔のヒロインとの恋愛模様は絶対面白くなりそうなんだけどとてもそこまで行きつけなかった…。

アイドルものっぽくは見えない、結構渋め路線の年代物ドラマなんだけどねぇ、なりすましものだとあまりにメロドラマ感がちょっと…食傷気味。
「龍族的后裔」(全30話)のあらすじ。
中国語版のざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

[第二十七集、第二十八集:韓姓 義薄雲天]
晋国。司馬・韓厥は大司寇・屠岸賈が明日趙氏一族を全員処刑すると知り諌めに行く。屠岸賈はこの判断は先の霊公を殺害した趙穿の連座であって国を守るための妥当な処分だと主張する。韓厥は趙穿の犯行は彼一人によるもので一族は無関係であり、また元帥・趙朔や彼の父・趙盾は晋国に多大なる貢献をしてきたことは国民皆が知るところだと訴えるが屠岸賈は聞く耳を持たなかった。
韓厥は趙朔に恩義があり見捨てることはできない、すでに兵士に包囲されている趙朔の屋敷にこっそり忍び込み彼に危機を伝えた。だが趙朔は近年主君が屠岸賈を寵愛していることからすでに予想していたことで、主君の命には逆らえないと言う。そして韓厥に妻のお腹の中にいる子を守ってほしいと頼むのだった。趙朔の妻・庄姫は晋候の姉なので晋候の側にいれば殺されることはないだろう。韓厥は今のうちに庄姫を宮殿へ避難させることを提案する。
闇に紛れて庄姫は馬車に乗り込む。趙朔は妻に、生まれた子が女なら文と名付け、男なら武と名付けるようにと遺言した。

翌日、屠岸賈は兵を引き連れて趙府を訪れ一族の抹殺を命じた。だが庄姫の姿がないことがわかる。また昨夜宮殿に一台の車が入って行ったとの目撃証言も。彼女は臨月のはずだ、もし生まれた子が男児ならば必ず殺さねば…!
屠岸賈は晋候に趙氏一族を根絶やしにしなければならないと訴える。晋候は姉を殺すのはだめだが、もし生まれた子が男児ならば言う通り処刑しようと折れた。

庄姫は無事男児を出産した。彼女を匿っている成夫人は生まれた子は女児で死産であったと周りに言い含めた。趙盾の友人であった公孫杵臼は庄姫が死産であったと噂で聞き、趙一族が絶えてしまったことを嘆く。だが趙朔から子の事を託されていた門客の程嬰は噂の真相を確かめる必要があると言う。程嬰は宮殿の宦官に金を握らせて庄姫へ手紙を出す。手紙には「文 武」と書かれていた。
庄姫が死産したという話を真っ向から信じることはできない屠岸賈は宮殿中の乳母を調べ始めた。このままでは見つかってしまうのも時間の問題…成夫人も焦り出す。
屠岸賈は庄姫が男児を出産したとして既に宮殿外へ避難させている可能性を考え、趙氏孤児を匿っている者を発見した者に懸賞金を出すと発表した。もしそれでも見つからなければ都中の嬰児を一律に殺すと宣言する…。

庄姫からの返事には「武」と書かれていた。やはり男児を出産したのだ!公孫杵臼と程嬰は屠岸賈に見つからないうちに男児を宮殿から脱出させねばならないと韓厥に協力を仰ぐ。しかし男児を救出できたとしてどうやって 育てればよいものか…公孫杵臼は偽の赤子を手配してきて自分が抱えて山へ逃げるので、程嬰は屠岸賈に彼が趙氏孤児を連れて逃げたと訴えてほしいと提案する。そうすれば屠岸賈は偽の赤子を殺して満足するだろう。本物の趙氏孤児は安全に育てられる。どこかに趙氏孤児と同じくらいの赤子はいないものだろうか…。すると程嬰は突然泣き出した。赤子はいる、ちょうど同じ頃に生まれた子が…。彼が40歳になってはじめてできた子が、その子だった。
程嬰は涙を飲んで我が子を連れ出す。絶望した彼の妻は柱に頭を打ち付けて死んだ。

程嬰は屠岸府に駆け込み、趙朔から遺児を託されていたが発覚するのが恐ろしくなったと屠岸賈に自首する。そして公孫杵臼が遺児を秦国へ逃がそうとしていると聞いた屠岸賈はすぐに程嬰の案内で秦国境の山へと向かった。
韓厥は体調の良くない庄姫を診察するといって医者を遣り、その薬箱の中に趙氏孤児を隠して運び出させた。

山の隠れ家で公孫杵臼は捕えられる。そして家の中から泣き声を上げる赤子が連れてこられた。公孫杵臼は程嬰を裏切り者と罵倒する。屠岸賈は命じて公孫杵臼を殺害した。程嬰の方を見る公孫杵臼のその目は「後は頼む」と訴えていた。
屠岸賈は程嬰の目の前で赤子を地面に叩きつけて殺した。屠岸賈は程嬰の功を褒め、自分の門客になるよう勧めた。だが程嬰は晋国内では不義者と後ろ指さされるであろうから外国へ行くといって断った。屠岸賈が去った後、程嬰は目の前で冷たくなっている我が子を抱き泣き崩れる。

15年後。山間でひっそりと暮らす程嬰は趙武を我が子代わりに育てていた。立派に大きくなった趙武を見て韓厥はそろそろ主君に真相を明かし趙氏の名誉を回復させるべきだと考える。
晋候から悪夢を見ると聞いた韓厥は、昔屠岸賈の言葉を真に受けて趙氏一族を抹殺したのが良くなかったのではないかと言う。晋候はもっともだとして、もし趙氏一族に生き残りがいたら爵位を与えて復活させるのになぁと呟く。韓厥はすかさず、趙朔の子・趙武が生きていることを伝える。

韓厥が趙武を迎えに来た。趙武は山を去る前に義父に最後の挨拶をしようと東屋に戻った。そこでは程嬰がすでに冷たくなっていた。使命を果たし終えた彼は自ら命を絶ったのだった。

晋候は朝議の場でかつて趙氏一族を滅ぼしたために悪夢を見るようになったと告げる。そこへ韓厥が呼ばれる。彼はまだ年若い青年を連れて来た。韓厥はこの子が趙氏の唯一の生き残り・趙武であり、当時屠岸賈が殺したのは程嬰の子だったと明かす。晋候は即座に屠岸賈の処刑を命じた。そして趙武に爵位を与え大司寇に任じた。

趙武は程嬰と公孫杵臼を趙氏一族と共に祀った。
韓厥は晋の将軍として49年仕え、退役後は封地の韓の邑へ戻った。彼は韓姓の先祖なのである。

[第二十九集、第三十集(大結局):景姓 大招之魂]
紀元前300年。楚国懐王は秦国の張儀に唆され斉国との同盟を解消したが後に騙されたと知って激怒し秦へ出兵した。斉には太子の羋横を人質として送り修好をはかった。秦との戦いで楚軍は敗北、懐王は子蘭公子のとりなしで秦王と武関にて和平の話し合いをもつこととなった。
大夫の景差は懐王に同行するが、秦国は強引なやり方を好む、武関にひとたび入れば二度と出られない可能性もある。景差は庄辛将軍に城外で待機し、懐王が出てこなければ本国へ助けを呼ぶよう指示した。

懐王が武関の城門前に来ると秦兵が一斉に出て来て彼らを取り囲んだ。秦はまたもや楚を騙したのだ。子蘭公子を買収して懐王に武関へ来るよう勧めさせたのだった。我が子のまさかの裏切りに懐王は激怒するがどうしようもなかった。秦は楚の領土を明け渡すよう懐王に迫る。秦将が剣を抜いて脅すが、景差が王をかばって傷を負った。秦将は景差の度胸と機知に感心し彼らに食べ物を与え治療をほどこした。

庄辛は最も近い砦へ戻り兵を率いて救出に向かおうとするが、なぜか兵が数十人しかいない。今朝方子蘭公子が殆どの兵士を連れてどこかへ行ってしまったと言うのだ。ともかくも庄辛はいるだけの兵を集めて王を救出に戻る。

懐王と景差は秦の都・咸陽へと送られることになった。景差は道中で密かにある野草を入手する。うまく用いれば仮死状態になる薬草だ。これで死んだふりをして隊列を離れ、斉にいる羋横太子に危急を告げて帰国させ子蘭公子の陰謀を阻止し、国をまとめてから必ず助けに行く、と。
薬草を飲み込んだ景差はもがき苦しみだし、そして息をしなくなった。秦将は景差を埋葬してやれと命じて先を急ぐ。だが兵士らは面倒がって景差を山道に適当に転がして去って行ってしまった。
目を覚ました景差。ちょうどそこへ後を追って来た庄辛の一隊がやってきて救出された。

都へ戻った景差は急ぎ令尹の昭睢の元を訪れる。昭睢はすぐにでも子蘭公子を断罪しようと言うが景差は制止する。それではますます楚国が混乱するだけだ。
朝議で景差は代理の王を立ててはどうかと提言した。まだ王は生きているのに新たに王を立てるのは不謹慎だと朝臣はざわつくが、楚王が立ってしまえば秦が懐王を人質に取る意味もなくなると言われ納得する。すぐに斉にいる太子を呼び戻そうという意見に、勒尚などは遠い斉へ連絡するよりも今ここにいる子蘭公子を代理王にすればいいと主張する。景差は占いで決めればよいと提言した。

父が秦に捕まったと聞いた羋横はすぐにでも帰国したいと斉王に願い出るが、斉王は条件として国境の五城を差し出すようにと告げる。国の危機に国を差し出すような真似ができるわけがない、羋横はどうすることもできなかった。

亀甲占いでは太子が継ぐべしと出た。すぐに斉国へ迎えを出すことに。しかし斉へ行って帰って来るのには1か月以上もかかる。景差は2か月経っても太子が戻って来なければ子蘭公子が即位すればよいと提言した。太子派だと思っていた景差が自分を支持するような発言をしたことに子蘭公子は驚くが、これで王位が手に入ると喜ぶ。

羋横太子を迎えに景差は斉へと出発する。だがまもなく車の車輪が外れ横転してしまった。車輪には誰かが細工した跡があった。子蘭公子の一派が斉への到着を遅らせようと図っているのは明白であった。景差は馬に乗って行こうとするがまだ仮死の薬草の後遺症が残っており騎乗はとても無理な体であった。結局医師に診てもらい車を直して斉へ向かう。

斉についた景差はわざと何もせずに幾日も過ごす。羋横は使いを出して景差に接触しようと試みるが景差はそれを門前払いさせた。
斉王は羋横を帰す代わりに土地をふんだくろうと考えていたのに景差が何も言ってこず羋横とも接触を拒んでいると知り首をひねる。そういえば景差は子蘭公子と同じく屈原の弟子であった、景差は子蘭と組んでいて子蘭を楚王に就けるつもりでいるのでは…?子蘭が即位してしまったら羋横を預かっている意味が無くなってしまうではないか。

庄辛は贈物を持って大臣の夷維の元を訪れる。そして景差が羋横太子を助ける気が全く無いのを見て我慢できず私的にお願いに来たと言う。
夷維は景差が本当に羋横を助ける気がないようだと斉王に告げる。斉王は真意を確かめるべく景差を招いた。やってきた景差は羋横の事には一切触れず、体調が悪くて宿でゆっくりしてるとだけ言う。

その夜、景差は羋横太子の部屋に忍び込み、ようやく太子にこれが帰国のための策であると伝えた。羋横は景差の指示通り酒をがぶ飲みして酔っぱらったふりをして斉王の前へ出ておおげさに嘆いてみせた。もう本国は自分を君主にするつもりはないようだ、それが証拠に迎えに来たのがあの景差だ。彼は子蘭の仲間で、子蘭を即位させるつもりだろう。秦との繋がりが深い子蘭が楚王になれば秦と組んで斉に攻め込んでくるかもしれない、斉にとっても不利だからどうか助けてください、と。酔ってはいるが彼の言う事はもっともだ…斉王はついに彼を帰国させることにした。

羋横は無事帰国し即位した。これが楚襄王である。
景差は祖国を思い詠った「大招」で知られる。彼の子孫は彼に敬意を示し(氏であった)景を姓とした。

* * * * *

インデックス

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総括。

春秋時代までは昔ばなしノリだけど最後の戦国時代になると途端に殺伐とした物語だな…。
姓の起源を追うというより姓にまつわる物語だったよう。氏と姓とどう違うのかよくわからないけどおそらく氏の方が大きくて血脈を示し、姓はその下位で家族親族単位を示すんだろう。なので姓は住んでる場所とかで気軽に(?)変えたのではないかと。

話の展開は教科書的で善悪がはっきりしてるし子供から老人まで誰にでもわかりやすい作りで教育番組らしい。ただ中国人向けで中国の神話や歴史を知っている前提なので、特に殷周革命は知ってないと人物関係がわかりにくいだろうなとは思う。歴史的に重要な事件もこの作品ではナレーションひとつで済まされていることも多いし。
逆に知っていると楽しい。すでにキャスティングの時点で誰が正義で誰が悪人かはわかるけど、特に悪役の人のいかにもなワルいお芝居が笑える。正直お芝居に個性はないけど、いわゆるヒット作ではあまり見ないような個性的な顔立ちでお芝居がしっかりしてる人ばかりなので逆に新鮮。昔の王道時代劇ファンは是非。

[主演一覧]
「姜姓 千古神農」
黄河(炎帝)、馮棉(大巫祝)、王天野(蚩尤)
「張姓 天賜良弓」
張清(張揮)、馬赫遙(大巫祝)
「呉姓 大義譲賢」
王千友(泰伯)、張衛(姫亶)
「熊姓 文王之師」
王虎城(鬻熊)
「陳姓 陳胡同源」
陳月末(妫満)、劉熙陽(太姫)
「李姓 木子之恩」
安柏伊(理徴夫人) 
「宋姓 以民為天」
霍青(微子啓)、裴疆童(武庚)、宋娜(東璃公主)
「滑姓 胸懐家国」
趙濱(姫伯爵)
「朱姓 仁徳之君」
常鋮(曹挟)、李文安(鄰富)
「石姓 大義滅親」
趙成順(公孫碏)、李君峰(姫厚)、蒋一銘(州吁)
「王姓 賢徳太子」
崔林(姫晋)、郭萱(銀姜公主)
「高姓 定国安邦」
許還山(呂傒)、劉城銘(公孫無知)
「年姓 覇業初成」
趙浜(斉桓公)、艾東(鮑叔牙)、蒋一銘(管仲)
「韓姓 義薄雲天」
赫子銘(韓厥)、陸彭(屠岸賈)、沈保平(程嬰)
「景姓 大招之魂」
崔鵬(景差)
「龍族的后裔」(全30話)のあらすじ。
中国語版のざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

[第二十三集、第二十四集:高姓 定国安邦]
斉襄公は四公子の彭生に魯の桓公を殺害させた後口封じに殺した。国内は不安定になり監国・呂傒は二公子・糾と三公子・小白を守るためすぐに他国へ避難するよう指示する。公子糾とその補佐役の管仲は糾の母の故郷である魯国へ、公子小白と補佐役の鮑叔牙は小白の母の故郷である莒国へと向かった。
公子らが逃げたと知った襄公の従弟の公孫無知は彼らが他国の兵を借りてクーデターを起こすつもりだと訴えるが、呂傒は放っておいて害はないと白を切る。

実は公孫無知は君主の座を狙っていた。公子らがいなくなったのはある意味好都合…。公孫無知は大将軍の連称を既に味方に引き入れ、宦官を買収して襄公の食事に遅効性の毒を盛っていた。襄公は徐々に弱って行った。

国庫が逼迫しており戦で死んだ兵士の家族への慰謝料がろくに支払えていないことを重視した呂傒は民に呼びかけて食糧の寄付を募った。善良な国民らのおかげで沢山の寄付が集まったが、その夜何者かが火を点け燃やしてしまい食糧は台無しになってしまった。公孫無知は呂傒が君主の名を借りて寄付を募りそれを管理不行き届きで失ったことは国民を大いに失望させ許しがたいと弾劾する。実は火を点けたのは公孫無知のスパイなのであった。呂傒は申し開きできず、自らの財産で弁償することになった。

公孫無知と連称は病をおして狩りに出かけた襄公を暗殺し、公孫無知が君主の座に就いた。
呂傒ら老臣は簒奪者・公孫無知と戦うには何がなくとも兵力を抑えねばならないと副将軍の雍廩に兵権を集約する術を模索する。
雍廩は連称に、公孫無知が君主の座に就くために多大な貢献をしたのだから元帥の位をもらってもいいのではないかと彼をけしかけた。また連称を介して公孫無知に高価な玉を献上し従順を示して見せた。連称は雍廩からの提案をそのまま公孫無知に伝えた。公孫無知はそれは雍廩が大将軍の地位を狙っているのではないかと指摘する。まさか彼にそんな野心があるだろうか?驚く連称に、公孫無知は裏で操る人物がいるのかもしれないと言う。

呂傒の元に管仲からの密書が届く。魯国に兵を出してもらう算段がついたと言うのだ。しかし呂傒は、気概があるが若干単純な公子糾に不安を感じており、たとえ公孫無知を倒したとて魯国の傀儡になってしまうのではと危惧していた。

後日、公孫無知は連称を元帥に、雍廩を大将軍に昇進させた。だが兵権を動かす兵符は公孫無知が預かり、兵が必要な時は三人で相談してからだと言う。
公孫無知は民に重税を課し、耐えられず多くの民が家を捨てて逃げ出した。呂傒は難民のために炊き出しを行う。公孫無知は呂傒が人を集めクーデターを図ろうとしているとして捕らえ投獄した。もう我慢ならないと雍廩は立ち上がる。兵符はなくても自分に従う部下が大勢いる。雍廩はすぐに公子小白の元へ使いを出し、自らは牢へ向かった。だが牢では公孫無知が待ち構えており大勢の兵に取り囲まれ捕らえられた。

呂傒が投獄されたと知った小白と鮑叔は直ぐに斉へと出発する。
また管仲も報せを聞いて糾を連れて急ぎ帰国しようとする。だが魯兵と、魯公までも同行したため歩みが遅く、苛立った管仲は様子を見て来ると言って先に行った。すると小白と鮑叔の車が前を行くのが見えた。先に帰国した者が後継者として圧倒的優位だ…管仲は矢を射かける。矢はまっすぐ小白に刺さり車の中で倒れるのが見えた。鮑叔牙が嘆く声が聞こえる。管仲は申し訳ないと一礼してきびすを返す。
しばらく嘆いていた鮑叔だが実は小白は死んでいなかった。矢は帯に当たっただけで傷一つついていなかったのだ。鮑叔は襲って来たのが管仲だと見抜いており、彼を騙すためにわざと大声で嘆いていたのだった。

呂傒らは地下に穴を掘らせ脱獄する。だが連称の兵に取り囲まれた。公孫無知はせせら笑い皆殺しにしろと命じる。そこへ呂傒の息子が兵を連れて駆け付けた。激しい戦いの末、公孫無知、連称は殺された。

呂傒は帰国した小白を君主に推した。のちの斉桓公である。桓公の下で呂傒は軍事・農耕改革に貢献し斉国を春秋覇者と呼ばれるまでに成長させた。桓公は呂傒の高い業績を讃え高の姓を与え、彼の所有する呂の地を拡大させた。呂傒は高姓・呂姓の祖なのである。

[第二十五集、第二十六集:年姓 覇業初成]

紀元前685年、先に帰国した公子・小白は斉君主として即位する。世に言う斉桓公である。呂傒は引き続き国相(宰相の位)に、小白の補佐役の鮑叔牙は太傅となった。
遅まきながら帰国した公子・糾は弟が既に即位したと知り愕然とする。実は弟の帰国を妨害するために補佐役の管仲が道中で暗殺を図ったのだ。死んだと思っていた小白が実は生きていたのだ…。

桓公は鮑叔牙に糾と管仲をどうすべきか相談した。すると鮑叔牙は管仲が非常に優れた才能の持ち主なので襲われた恨みは一旦忘れて彼を赦し国のために働かせるのが上策だと言う。そうは言っても命を狙われたのだ、桓公は簡単に許す気にはなれなかった。
桓公は公孫無知によって陥れられた朝臣らを復帰させ、悔い改め桓公に忠誠を誓った者には戴罪立功とすると宣言する。糾と管仲をどうするのか、処刑すべきとの意見も命は助けるべきとの意見も出たが、桓公は結論を出さずに朝議を終えてしまった。

糾はまだ君主の位をあきらめてはいなかった。国相の呂傒を暗殺しようと謀る。
呂傒はようやく斉国が落ち着いたのをみて封地へ帰ることにした。城門まで見送りに来た桓公に、やはり管仲を用いるようにとアドバイスした。と、その時矢が飛んできた。甲冑を着込んだ桓公がとっさにかばったため呂傒は無傷で済んだ。賊はすぐに捕らえられ、それが糾の手の者であることが判明した。管仲が糾のために陰謀を企んでいるのではないかと桓公は疑るが、呂傒は聡明な管仲がこんな馬鹿な真似はしないし、斉国には必ず彼の才能が必要だと繰り返し説いた。

朝臣の隰朋は呂傒が狙われたと知りやはり管仲を殺すべきだと進言する。桓公は信頼する鮑叔牙に再度相談した。鮑叔牙は言う、もし斉国を並みの国家にするだけなら自分一人で充分だが、斉国を天下に号令をかける大国にさせたいなら管仲の才能は必須であると。
桓公は糾と管仲がいる魯国へ行くよう隰朋に命じる。そして自らの手で兄を殺すのは忍びないので魯国で処刑してもらい、管仲については命を狙われた恨みがあるので必ず自らの出て八つ裂きにしないと気が済まないので生かして引き渡すようにと言付けた。
魯国では施大夫が、言う通り糾を処刑するにしても管仲は引き渡さず起用すべきだと説く。しかし魯候は母の兄である糾を見捨てることはできなかった。

管仲は糾が勝手に呂傒を襲ったと知り激怒する。これでは桓公が許すわけがない。だが糾はかつて管仲が親友である鮑叔牙と「共に良き主を補佐し国を盛り上げていこう」と誓ったことを持ち出し、そもそも鮑叔牙と組んで弟を助けるために暗殺もわざと失敗したのだろうと突きつけた。糾がそんな風に考えていたとは…信頼を裏切られ管仲は愕然とする。

糾は魯国で処刑されその首が箱に入れられ隰朋に渡された。管仲は枷をかけられ押送される。と、隰朋は鮑叔牙から預かってきた黒いくさびの首飾りを手渡した。それをじっと見た管仲は空を仰ぎ大きなため息をついた。隰朋はニヤリとして車に乗るよう促す。

実は糾は殺されていなかった。身代わりが殺されその頭が箱に収められていたのだった。魯国の施大夫は周天子に助けを求めるよう糾を送り出す。
魯候が桓公の言う通り管仲を引き渡してしまったと知った施大夫は、桓公が彼を処刑すると言いながら起用するに違いないと魯候に告げる。魯候は不安になってきた。そこで施大夫は確実な方法があると耳打ちする。それは管仲を斉へ行く前に殺してしまう事だ!
魯国兵が隰朋の一行を襲う。管仲は奴らの狙いが自分であるから自分を置いてさっさと逃げろと叫ぶが、隰朋は任務を放棄することはできないと彼を守り山の中へと逃げ込む。魯兵が追ってくる。だがそこへ新たな兵の一団が現れた。その先頭に姿を現したのは鮑叔牙であった。魯兵はしぶしぶ撤退していった。
鮑叔牙は管仲に駆け寄りすぐに枷を外させた。この策は桓公と鮑叔牙が立てたもので隰朋には知らされていなかったが、隰朋も鮑叔牙からくさびの首飾りを託された時に勘付いており鮑叔牙が国境まで早く迎えに来れるよう出立する時に報せを出していたのだ。

斉国へ帰った母・文姜公主が病で寝込んでいるとの報せを受けた魯候。慌てて駆け付けるが、その彼を斉兵が取り囲む。そしてやってきたのは桓公だ。桓公は糾の首が偽物であった事実を突きつけ国境の兵を引かせるよう逼った。
弟・桓公の容赦ないやり方に文姜公主は心を痛めるが、桓公は本当の所は兄・糾を殺したいわけではなく、静かに隠遁生活をしてくれればと思っているのだった。
その糾は道中で斉国兵に見つかり捕らえられた。

管仲は助けてくれた鮑叔牙に感謝するが、しかしライバルである桓公に仕えることはできないと言う。だが鮑叔牙は誰々に仕えるということではなく斉国のために、昔のように二人また手を取り合って斉国を盛り立てて行こうと説く。あのくさびの首飾りは彼らが昔一緒に商売をしていた頃のものだったのだ。
管仲は剣を捧げ桓公の前に跪く(※大罪を犯したのでこの剣で首を斬って下さいという意味)。だが桓公はその剣を投げ捨て管仲の手をとり助け起こす。そしてその場で彼を宰相に任じた。
桓公は君主が二代続けて殺されるという悪い流れを断ち切るために姓を年に変えると宣言する。それは尊敬する叔父・夷仲年から取ったものだ。

* * * * *

インデックス
「龍族的后裔」(全30話)のあらすじ。
中国語版のざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

[第十九集、第二十集:石姓 大義滅親]
衛国公子・州吁は謀反を図ったとして実兄である衛桓公に追放された。16年後、州吁は恨みを晴らすため密かに帰国。かつての部下である禁軍長の姫厚と共謀し桓公の誕生日に暗殺計画を立てる。その話を偶然聞いてしまった姫厚の妻・端氏は夫がクーデターを企てていると知り青ざめる。

州吁は大夫の宋存仁を脅迫して自身の帰国を勧めさせた。桓公は宋存仁の説得もあり、また実の弟を追い出したの負い目に感じていたため帰国を認めた。
次に州吁は宮正(宦官の侍従長)に近づき、誕生会で剣舞を披露できるよう計らえと逼る。着々と暗殺の準備は進められていった。
端氏は悶々としながら日々を送っていたがいよいよ桓公の誕生日の前夜となり、やはり夫を止めなければと義父である国相・公孫碏に真実を伝えた。公孫碏は逆上しすぐに宮殿へと向かう。

宮殿では誕生会が始まっていた。演目は進み、そして木剣を持った美女たちが出て来た。華麗な舞が始まったが美女はその木剣に見せかけた鋭利な真剣を突然投げつけた。剣はまっすぐ桓公の胸に突き刺さり桓公は声を挙げる間もなく息絶えた。公孫碏が駆け付けた時には場は騒然となっていた。暗殺者の美女らは殺され、息子の姫厚が宋存仁を口封じのために殺している所だった。
かくしてクーデターは成功し州吁は衛国公の地位を簒奪した。

州吁は君主となっても朝臣らが素直に従わない事にいら立ちを隠せない。姫厚は周天子に面会すれば周天子が姫厚を衛公として認めることになり、そうすれば朝臣らも従わざるを得ないだろうと提案する。周天子と面会するためにはまず周王家と親しい陳国の助力を借りよう。州吁はその案に納得するも、実は公孫碏の陰謀ではないかと疑り、姫厚に幼い息子の駘仲を陳国へ同行するよう命じた。公孫碏は孫を大層可愛がっているというからこれは人質だ。

陳侯と面会した州吁だが突然兵士らに取り囲まれた。実は公孫碏が既に陳侯に手紙を出し州吁と姫厚が桓公を殺した反逆者だと伝えていたのだ。州吁はその場で殺され姫厚は捕らえられ駘仲は無事保護された。

陳国は姫厚の処遇を公孫碏に問うてきた。君主謀殺はどう考えても死を免れない大罪だ。駘仲は祖父にどうか父を助けてほしいと泣いて頼む、公孫碏も理屈では分かっていても我が子を己の手で殺すのは耐えられなかった。だが苦渋の決断で姫厚を処刑するよう陳国へ手紙を出した。
公孫碏ら朝臣らは桓公の弟・晋を新君主に迎えた。世に言う衛宣公である。

幾年かが経ち、駘仲も立派に成人した。だが公孫碏は未だに実の子を殺した罪悪感に苛まれ姫厚が助けてくれと手を伸ばす夢ばかり見た。ため息をつくその様子を見た駘仲は姓を公孫碏の字である石に変えたいと言う。姓を変えることで思い出したくない過去と決別しようという意味だ。公孫碏は孫の気遣いに感謝し以後石姓を名乗らせた。

[第二十一集、第二十二集:王姓 賢徳太子]
周王・姫泄心(霊王)は諸国が結託して謀反を起こそうとしているとしてその中心となっている晋・楚を討とうと兵を挙げることに。太子・姫晋は戦は民を疲弊させ国庫を圧迫するだけで益がないと反対するが却って父王を怒らせてしまった。だが王自らが出陣すればその隙に王都を狙われる恐れもあると朝臣も訴えたため今回の出陣は見送りとなった。
戦を勧めているのは王の寵妃の兄である玉大夫。彼は妹の子である五公子・姫貴を太子にするために太子を陥れようと画策しているのであった。

姫晋は諸国が優越を争っている間に周はしっかり富国強兵を行いいざという時に備えるべきだと説き、自らも守り役の柏良の故郷へ出向いて領民らと共に田畑を耕した。
朝臣らは太子を今から朝政に参加させるべきだと王に進言する。玉大夫は慌ててまだ時期尚早だと反対するが、霊王は皆の意見ももっともだとして太子を朝議に参加させることを承認した。

玉大夫はもはや事を起こすしかないと太子の暗殺を図る。もうすぐ王は視察のため都を離れる。その隙に太子を殺すのだ!玉大夫と玉妃がそう話しているのを聞いてしまった姫貴は真っ青になる。
翌朝姫貴は先回りして兄が都に戻って来るのを出迎え、母と伯父の陰謀を伝えた。柏良は憤るが、姫晋はそれを制止しあることを指示する…。
朝議で玉大夫は一転して姫貴を監国の位に就け王の補佐をさせることを進言した。

霊王は都の留守を姫貴に預け視察に出かけた。
その夜黒装束の男らが太子府に侵入するが、張っていた柏良によって一網打尽にされた。
王に同行した玉大夫はしかし不安で翌朝一人戻って来て妹に首尾を問うが、暗殺者は一人も戻ってきていないと聞き失敗したと知る。そこへ太子がやってきたとの報せ。玉大夫は隣の部屋に隠れる。姫晋は昨夜の騒動のことは一切触れずただ弟に読み書きを教えに来たというのだった。

斉国から祭事に天子(周王)をお招きしたいとの手紙が届く。霊王は後学のためにも姫晋に名代として行くよう命じた。今度こそ太子抹殺の好機が訪れたと玉大夫はほくそ笑む。
姫晋は斉国へ向けて出発するが、国境へ差し掛かった時、黒装束の男らが現れ行列を襲った。
斉国の銀姜公主は山へ狩りにやって来ていたが、行く先で賊に襲われている行列を発見し加勢に入る。公主の放った矢が次々と賊を射抜き追いやった。

斉国の祭事は無事終わり姫晋は慇懃にもてなされた。だが長居はできないと翌日には帰路に就くと申し出る。斉候は妹公主の銀姜公主を妃に勧めたいと申し出て来た。姫晋は実は来る道中に彼女に助けられたことを明かす。なおさら縁があると斉候は喜ぶが、しかし姫晋は今彼女を娶れば彼女の命をも危険に晒すことになると思い、今はその時ではないと丁重に断った。
帰路につく姫晋を銀姜公主は追いかける。そしてなぜ婚姻話を断ったのか、実際の所自分のことが好きなのかと問い詰めた。姫晋には公主のその実直な性質が好ましく、確かに好きだと答えた。すると公主は満足して帰っていった。

姫晋は帰国後も民衆に混じって田畑を耕し富国強兵に努めた。
数か月後銀姜公主からラブレターが届くが、姫晋はこの仕事をやり遂げるのにあと三年はかかりそうだが必ず迎えに行くと返事を出す。
晋国が楚国との同盟を破棄し、奪った土地を周に返還してきた。国力をつけて来ている周国とは仲良くした方が得策だと考えたのだ。

大雨が降り近くの河が氾濫の危機に。霊王は王宮を守るために門前に堤防を築かせた。だが玉大夫がこのままではあふれた水は下流の田畑を流してしまうと言い、姫晋に堤防を決壊させる命を出すよう逼った。姫晋は国民を守るためにも父の命令に逆らい堤防を決壊させ水を王宮に引き入れた。
霊王は命令に逆らった事に怒り、さらに玉大夫は姫晋が王宮を水没させ王を殺そうとしたのだと弾劾した。現場で率先して堤防を壊せと言っていた玉大夫の掌返しに皆は目を剥く。だが玉大夫は自分を信じてもらえないなら生きておれないと言い舌を噛んで息絶えた。霊王は姫晋の太子の位を剥奪し庶民へと落とした。

新しく太子に立てられたのはやはり姫貴であった。だが姫貴は兄上に会いたいと父にせがむ。霊王の使者が山で庶民として暮らす姫晋の元を訪れるが、姫晋はすでに新しい太子がいるのだから自分は用無しだといって追い返した。
もはや権力争いや国の心配をすることのないこの暮らしも悪くはない。浮丘公という白髪の老人が彼の前に現れ、山での暮らしをいろいろ教えてくれた。
姫晋が追放されたと知った銀姜公主は出奔し姫晋の住まいを訪れた。彼女にとっては彼が太子でなくても、財がなくても、ただ姫晋という一人の人間であってくれれば何も言う事はなかったのだ。

姫晋は早くに亡くなったとも、山へ登って仙人になったとも言われる。廃太子された姫晋は太子と呼ばれることを嫌ったため皆王子と呼んだ。それが王姓の起源である。

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インデックス
「龍族的后裔」(全30話)のあらすじ。
中国語版のざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。

[第十五集、第十六集:滑姓 胸懐家国]
商王朝を倒し周王朝を建てた姫発(武王)はその三年後崩御し、息子の姫誦、のちの成王が後を継いだ。成王はまだ幼かったため周公・姫旦が摂政となったがそれを不満に思った管叔・姫鮮は商紂王の息子である武庚を扇動しクーデターを図る。周公が臨終の際の武王の遺言を偽って摂政の座を簒奪したのだと言いふらした。
兄が流言を吹いて旧王族と図ってクーデターを企てていると知った周公は憤慨するが、武王から民を巻き込むような戦事を起こさないようにと遺言されていたため躊躇する。だが今事を仕損じれば却って戦乱の世に戻ってしまうと太公・姜子牙や召公・姫奭に後押しされついに討伐のための兵を出すことを決めた。

周公の八男・伯爵は、兵を出して管叔を力づくで抑え込めば人々はやはり周公が噂通り摂政の座を力づくで奪ったと思いかねないと戦に反対するが、父はもう決めた事だと突っぱねる。伯爵は師匠である太公にも相談に行くが、師匠もまた話し合いで片付く相手ではないと説く。それでも納得できない伯爵に、太公は周公の弟の蔡叔・姫度にならまだ話が通じるかもしれないと言って伯爵を蔡国へ送り出した。

蔡国へやって来た伯爵は叔父への面会を申し込むが蔡叔は忙しいからといって会ってくれない。
蔡叔の元には兄・管叔からクーデター参加の要請が来ていたが彼はまだ決断できずにいた。そこへ弟の霍叔・姫処がやってきた。道中で単騎で行く伯爵の姿を見かけていた霍叔は周公や太公が何か謀を巡らしてるのではないかと疑る。蔡叔もしばらく伯爵とは面会せずに様子を見ることにした。

ちっとも面会してくれない叔父にしびれを切らした伯爵は太公から聞いていた庭園の抜け道を発見したが、人の気配がしたためすぐに立ち去った。
翌日は王宮の門の前へ行くと、叔父が会ってくれなければ帰らないと居座った。甥っ子の強情さを見た霍叔はとりあえず会ってみてはと折れる。一人で来てるのだからいざ戦となった時にも人質に取れる。蔡叔は気が進まなかったが、伯爵が門の外で待ち続けて熱中症になり倒れてしまったため、仕方なく面会することにした。
伯爵は蔡叔、霍叔に戦争は無益だと訴えるが、蔡叔は周公がすでに兵を引き連れ出発したとの報せも聞いておりもはや引くことのできない状況だと言い伯爵を軟禁した。

伯爵は夜になるのを待って見張りを倒して庭園の抜け道から脱出した。そして向かったのは管国。管叔にやはり戦ではなく話し合いで解決してほしいと訴える。管叔はすでに自分の作戦通り周公が乗って来て、王位簒奪の噂が真実になるのだと笑い、己が流言を吹いたことを明かしてみせる。そして口封じのために伯爵の首に手をかけるが、今ここで自分を殺したら管叔は甥殺しの罪状により父と世論によって抹殺されるのは間違いないと言ったため手を止めた。伯爵はまた軟禁された。

周公は夜通し行軍して攻め武庚を生け捕った。つい先日都を出発したとの報せを聞いていたのにあまりの速さに管叔はうろたえる。すぐに蔡叔、霍叔の元に使いを出し兵馬を要求する。それにいざとなればこっちには人質がいる…。

管叔の側近の子楽が伯爵の元へやってきた。管叔が呼んでいるというのだ。子楽についていくが、向かう先は宮殿ではない。伯爵が訝しんでいると子楽は振り返り、馬を用意しているので逃げて周公の軍に合流しなさいと言う。しかし伯爵は自分は無益な戦を起こしたくないだけでこのまま逃げたら何も果たせないと拒む。そして管叔の書斎に連れて行って欲しいと頼み込んだ。
伯爵は書斎で目的の書を発見するがそこへ管叔がやってきて見つかってしまった。縛り上げられた伯爵は再度戦が無益であり管叔のやり方は正義ではないと批判したため、管叔は憤り剣を突きつける。伯爵はならば父が正義を成すために自分は命を落とそうと首を差し出した。だが子楽らがここで殺しては戦に不利だと説得し、伯爵は連行されていった。
そこへ周公の軍がやってきたとの報せ。速い、あまりに速すぎる…!

周公軍は準備の整っていない管国を易々と打ち破り管叔は周公の前に引き出されて来た。だが管叔は自分を殺せば伯爵の命はないと脅迫する。だがその伯爵を子楽が連れて来た。裏切り者め!管叔は罵る。伯爵は管叔が王位欲しさに旧王族や小部族を組んで周王朝を揺るがそうとした事実を暴露した。だが管叔はそんな証拠がどこにあると吼える。そこへ駆けつけた蔡叔、霍叔も周公が管叔を殺して王位簒奪の口封じをするつもりだと騒ぎ立てた。だが太公が静かに口を開く…実は子楽は私の古くからの友人、管叔の思惑はすべてわたしの耳に入っていたのだよ、と。さらに伯爵が彼の書斎から見つけ出した書簡を取り出して見せた。それが決定的な証拠だった。周公は斬首を命じる。そして蔡叔、霍叔にも剣を突きつけるが、伯爵はこれ以上肉親を殺さないで欲しいと跪いて訴えた。蔡叔は流刑に、霍叔は爵位剥奪の上庶民へと落とされた。

伯爵は身勝手な行動をしたことを父に懺悔する。そして今回の騒動で武力の前に話し合いなど役に立たないことがわかったとこぼす。だが周公はそうでもないと言う。お前が発見してくれた証拠の書簡が父と叔父を救ったのだ、と。

六年後、成王が成人すると周公は政権を返還した。成王は仁徳の厚い伯爵を特別に滑の地に封じた。伯爵は滑国の王となり滑伯と呼ばれるようになった。

[第十七集、第十八集:朱姓 仁徳之君]
将軍・曹挟はその功績が認められ邾の地に封じられた。曹挟は豊かな国を作ろうと意気込んで封地へやってきたが邾国の民は貧困にあえいでいた。さらに来て早々妻の車が盗賊に襲われ、妻は無事だったが彼女の母の形見のネックレスを奪われた。こんな物騒な土地は嫌だと妻は嘆く。

弱小の邾国は常々隣国の魯の略奪に遭っていて秋の収穫も強奪されることがしょっちゅうあるという。そしてそれを撃退する力がないのだ。朝臣らは夫人を襲ったのも魯国の仕業ではないかと噂する。曹挟は話し合いのために自ら魯国へ赴くことを決意した。しかし妻は魯国へ行く前にまず国内の食糧問題をなんとかしないと民が不安になるだろうと言う。
翌日妻と共に田畑を視察に行った。邾国の土は肥沃で耕作に悪くはないのだが灌漑が難しい地形をしている。そのため収穫は天気次第になっているのだ。曹挟は新たに丘陵地を開墾してはどうかと提案するが、地元民である大司馬・贏匡が丘陵地だと灌漑に不適なので、果樹を植えたらどうだろうかと提案した。果樹は主食にならないので民の腹を満たすことはできないが、売買する商品となる。もし魯国との話し合いで友好関係が築ければ邾国特産の輸出品とすればいい。
食糧問題の解決としてはやはり新しい灌漑の方法を考えるしかない。曹挟は良いアイディアを出したものに褒美を出すと広く民に触れを出した。
周王家から分封された王は国名を自分の姓に変えるのが一般的であったが、曹挟は邾国の国名は邾のままにすると宣言した。

曹挟は魯国へ赴くが、魯国大司寇・鄰富が取り次がず相手の出方を窺っていた。魯国君主の伯禽は邾国君主・曹挟が来魯していることを知らされ鄰富を呼びつけた。曹挟が来て既に5日も経っていると聞いて憤り叱りつけ、体調の悪い自分に代わって面会してこいと命じる。
鄰富に会った曹挟は、妻が盗賊に奪われたネックレスが実は魯国への贈りものにしようとしていたものなので、魯国で捜査して探し出してほしいと申し出た。そして大粒の真珠を差し出す。鄰富は彼が周王家の将軍であった時に一緒に働いていたことがあったのだが当時の彼は実直短気であったため、このような根回しをするさまに少々驚きつつも受け取った。友好条約については、毎年貢物を増額して差し出すというなら主君は快諾するだろうと鄰富は突きつける。

曹挟の側近の卓忠将軍は魯国で疫病が流行っている様子を見、君主も疫病に冒されているのではないかと推測する。条約にサインせずとも帰国して準備を整え攻め入れば病で弱った魯国を倒せるに違いないと提じる。だが曹挟はそのような卑怯な真似はしないと叱責し、翌日条約にサインするのだった。
その帰路で、近道のため山路へ入った曹挟は木の上から落ちて来た男装の娘を助け連れ帰った。

灌漑のアイディアの公募には誰一人として名乗りを上げてこなかった。それは過去にも一般公募し工事を行ったことがあるのだが国が約束を破って報酬を出さなかったことが度々あったため国民が信用していないからだった。こうなれば自ら出向いて民と話をする必要がある、立ち上がろうとした曹挟はしかしその場に倒れてしまった。魯国の疫病がうつってしまったのだった。
曹挟が連れ帰って来た娘・婉児は薬師だった。曹挟や卓忠将軍が疫病で倒れたと知った婉児は自ら薬を処方し差し出した。
薬で良くなった曹挟は早速民の前で演説を行う。と、そこへ妹を返せと一人の男が突っかかって来た。男は鍛冶屋の石牛で妹の婉児が曹挟に攫われたと勘違いしてやってきたのだ。石牛は君主暗殺容疑で逮捕され連行されたが婉児の無事な姿を見て己の過ちに気づき死を覚悟する。だが曹挟は死罪を免除する代わりに国のために働くよう命じた。
石牛が君主から多大な前金を貰って戻って来たのを見た人々は今度の君主は本当に約束を守るらしいと噂し、間もなく百人を超える職人らが募集に応じて来た。

魯国では伯禽の病は重くなる一方で医師もさじを投げる。その病が昔邾国で流行したものとよく似ていると知った鄰富。だが邾国にその処方を教えてもらうのは屈辱的だ。だが君主の命には替えられない。 邾国に赴いた鄰富は曹挟の前に跪き、かつて邾国に屈辱的な条約を迫った事を陳謝する。そしてどうか君主を助けてほしいと懇願するのだった。
曹挟は元々魯国の民を救うために薬草を魯国へ輸出するつもりだったのだが鄰富がやって来たのは想定外であった。かつての高慢な態度から一転して卑屈に跪く彼の姿に卓忠将軍などは憤るが、しかし曹挟は予定通り薬草を運ばせることにした。

灌漑工事が成功し邾国の収穫は昨年の二倍になった。新しい君主の噂を聞いて他国から移って来る百姓や職人も増えたという。また魯国からは鄰富が多大な礼物を持ってやって来た。そして伯禽は曹挟の仁愛に感謝し新たに対等の和平条約を結びたいと申し出ていると書面を差し出す。さらに盗賊の事件も国境の魯軍の仕業と判明し厳格に処分し、奪われた品も全て取り戻したといい夫人のネックレスを差し出した。

約600年後、邾国は楚国に攻め滅ぼされた。祖国を失った民は朱の邑に集まり、今の朱氏一族となった。

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