「龍族的后裔」(全30話)のあらすじ。
中国語版のざっくり解読なので間違ってるところもあるかもしれません。
[第十五集、第十六集:滑姓 胸懐家国]
商王朝を倒し周王朝を建てた姫発(武王)はその三年後崩御し、息子の姫誦、のちの成王が後を継いだ。成王はまだ幼かったため周公・姫旦が摂政となったがそれを不満に思った管叔・姫鮮は商紂王の息子である武庚を扇動しクーデターを図る。周公が臨終の際の武王の遺言を偽って摂政の座を簒奪したのだと言いふらした。
兄が流言を吹いて旧王族と図ってクーデターを企てていると知った周公は憤慨するが、武王から民を巻き込むような戦事を起こさないようにと遺言されていたため躊躇する。だが今事を仕損じれば却って戦乱の世に戻ってしまうと太公・姜子牙や召公・姫奭に後押しされついに討伐のための兵を出すことを決めた。
周公の八男・伯爵は、兵を出して管叔を力づくで抑え込めば人々はやはり周公が噂通り摂政の座を力づくで奪ったと思いかねないと戦に反対するが、父はもう決めた事だと突っぱねる。伯爵は師匠である太公にも相談に行くが、師匠もまた話し合いで片付く相手ではないと説く。それでも納得できない伯爵に、太公は周公の弟の蔡叔・姫度にならまだ話が通じるかもしれないと言って伯爵を蔡国へ送り出した。
蔡国へやって来た伯爵は叔父への面会を申し込むが蔡叔は忙しいからといって会ってくれない。
蔡叔の元には兄・管叔からクーデター参加の要請が来ていたが彼はまだ決断できずにいた。そこへ弟の霍叔・姫処がやってきた。道中で単騎で行く伯爵の姿を見かけていた霍叔は周公や太公が何か謀を巡らしてるのではないかと疑る。蔡叔もしばらく伯爵とは面会せずに様子を見ることにした。
ちっとも面会してくれない叔父にしびれを切らした伯爵は太公から聞いていた庭園の抜け道を発見したが、人の気配がしたためすぐに立ち去った。
翌日は王宮の門の前へ行くと、叔父が会ってくれなければ帰らないと居座った。甥っ子の強情さを見た霍叔はとりあえず会ってみてはと折れる。一人で来てるのだからいざ戦となった時にも人質に取れる。蔡叔は気が進まなかったが、伯爵が門の外で待ち続けて熱中症になり倒れてしまったため、仕方なく面会することにした。
伯爵は蔡叔、霍叔に戦争は無益だと訴えるが、蔡叔は周公がすでに兵を引き連れ出発したとの報せも聞いておりもはや引くことのできない状況だと言い伯爵を軟禁した。
伯爵は夜になるのを待って見張りを倒して庭園の抜け道から脱出した。そして向かったのは管国。管叔にやはり戦ではなく話し合いで解決してほしいと訴える。管叔はすでに自分の作戦通り周公が乗って来て、王位簒奪の噂が真実になるのだと笑い、己が流言を吹いたことを明かしてみせる。そして口封じのために伯爵の首に手をかけるが、今ここで自分を殺したら管叔は甥殺しの罪状により父と世論によって抹殺されるのは間違いないと言ったため手を止めた。伯爵はまた軟禁された。
周公は夜通し行軍して攻め武庚を生け捕った。つい先日都を出発したとの報せを聞いていたのにあまりの速さに管叔はうろたえる。すぐに蔡叔、霍叔の元に使いを出し兵馬を要求する。それにいざとなればこっちには人質がいる…。
管叔の側近の子楽が伯爵の元へやってきた。管叔が呼んでいるというのだ。子楽についていくが、向かう先は宮殿ではない。伯爵が訝しんでいると子楽は振り返り、馬を用意しているので逃げて周公の軍に合流しなさいと言う。しかし伯爵は自分は無益な戦を起こしたくないだけでこのまま逃げたら何も果たせないと拒む。そして管叔の書斎に連れて行って欲しいと頼み込んだ。
伯爵は書斎で目的の書を発見するがそこへ管叔がやってきて見つかってしまった。縛り上げられた伯爵は再度戦が無益であり管叔のやり方は正義ではないと批判したため、管叔は憤り剣を突きつける。伯爵はならば父が正義を成すために自分は命を落とそうと首を差し出した。だが子楽らがここで殺しては戦に不利だと説得し、伯爵は連行されていった。
そこへ周公の軍がやってきたとの報せ。速い、あまりに速すぎる…!
周公軍は準備の整っていない管国を易々と打ち破り管叔は周公の前に引き出されて来た。だが管叔は自分を殺せば伯爵の命はないと脅迫する。だがその伯爵を子楽が連れて来た。裏切り者め!管叔は罵る。伯爵は管叔が王位欲しさに旧王族や小部族を組んで周王朝を揺るがそうとした事実を暴露した。だが管叔はそんな証拠がどこにあると吼える。そこへ駆けつけた蔡叔、霍叔も周公が管叔を殺して王位簒奪の口封じをするつもりだと騒ぎ立てた。だが太公が静かに口を開く…実は子楽は私の古くからの友人、管叔の思惑はすべてわたしの耳に入っていたのだよ、と。さらに伯爵が彼の書斎から見つけ出した書簡を取り出して見せた。それが決定的な証拠だった。周公は斬首を命じる。そして蔡叔、霍叔にも剣を突きつけるが、伯爵はこれ以上肉親を殺さないで欲しいと跪いて訴えた。蔡叔は流刑に、霍叔は爵位剥奪の上庶民へと落とされた。
伯爵は身勝手な行動をしたことを父に懺悔する。そして今回の騒動で武力の前に話し合いなど役に立たないことがわかったとこぼす。だが周公はそうでもないと言う。お前が発見してくれた証拠の書簡が父と叔父を救ったのだ、と。
六年後、成王が成人すると周公は政権を返還した。成王は仁徳の厚い伯爵を特別に滑の地に封じた。伯爵は滑国の王となり滑伯と呼ばれるようになった。
[第十七集、第十八集:朱姓 仁徳之君]
将軍・曹挟はその功績が認められ邾の地に封じられた。曹挟は豊かな国を作ろうと意気込んで封地へやってきたが邾国の民は貧困にあえいでいた。さらに来て早々妻の車が盗賊に襲われ、妻は無事だったが彼女の母の形見のネックレスを奪われた。こんな物騒な土地は嫌だと妻は嘆く。
弱小の邾国は常々隣国の魯の略奪に遭っていて秋の収穫も強奪されることがしょっちゅうあるという。そしてそれを撃退する力がないのだ。朝臣らは夫人を襲ったのも魯国の仕業ではないかと噂する。曹挟は話し合いのために自ら魯国へ赴くことを決意した。しかし妻は魯国へ行く前にまず国内の食糧問題をなんとかしないと民が不安になるだろうと言う。
翌日妻と共に田畑を視察に行った。邾国の土は肥沃で耕作に悪くはないのだが灌漑が難しい地形をしている。そのため収穫は天気次第になっているのだ。曹挟は新たに丘陵地を開墾してはどうかと提案するが、地元民である大司馬・贏匡が丘陵地だと灌漑に不適なので、果樹を植えたらどうだろうかと提案した。果樹は主食にならないので民の腹を満たすことはできないが、売買する商品となる。もし魯国との話し合いで友好関係が築ければ邾国特産の輸出品とすればいい。
食糧問題の解決としてはやはり新しい灌漑の方法を考えるしかない。曹挟は良いアイディアを出したものに褒美を出すと広く民に触れを出した。
周王家から分封された王は国名を自分の姓に変えるのが一般的であったが、曹挟は邾国の国名は邾のままにすると宣言した。
曹挟は魯国へ赴くが、魯国大司寇・鄰富が取り次がず相手の出方を窺っていた。魯国君主の伯禽は邾国君主・曹挟が来魯していることを知らされ鄰富を呼びつけた。曹挟が来て既に5日も経っていると聞いて憤り叱りつけ、体調の悪い自分に代わって面会してこいと命じる。
鄰富に会った曹挟は、妻が盗賊に奪われたネックレスが実は魯国への贈りものにしようとしていたものなので、魯国で捜査して探し出してほしいと申し出た。そして大粒の真珠を差し出す。鄰富は彼が周王家の将軍であった時に一緒に働いていたことがあったのだが当時の彼は実直短気であったため、このような根回しをするさまに少々驚きつつも受け取った。友好条約については、毎年貢物を増額して差し出すというなら主君は快諾するだろうと鄰富は突きつける。
曹挟の側近の卓忠将軍は魯国で疫病が流行っている様子を見、君主も疫病に冒されているのではないかと推測する。条約にサインせずとも帰国して準備を整え攻め入れば病で弱った魯国を倒せるに違いないと提じる。だが曹挟はそのような卑怯な真似はしないと叱責し、翌日条約にサインするのだった。
その帰路で、近道のため山路へ入った曹挟は木の上から落ちて来た男装の娘を助け連れ帰った。
灌漑のアイディアの公募には誰一人として名乗りを上げてこなかった。それは過去にも一般公募し工事を行ったことがあるのだが国が約束を破って報酬を出さなかったことが度々あったため国民が信用していないからだった。こうなれば自ら出向いて民と話をする必要がある、立ち上がろうとした曹挟はしかしその場に倒れてしまった。魯国の疫病がうつってしまったのだった。
曹挟が連れ帰って来た娘・婉児は薬師だった。曹挟や卓忠将軍が疫病で倒れたと知った婉児は自ら薬を処方し差し出した。
薬で良くなった曹挟は早速民の前で演説を行う。と、そこへ妹を返せと一人の男が突っかかって来た。男は鍛冶屋の石牛で妹の婉児が曹挟に攫われたと勘違いしてやってきたのだ。石牛は君主暗殺容疑で逮捕され連行されたが婉児の無事な姿を見て己の過ちに気づき死を覚悟する。だが曹挟は死罪を免除する代わりに国のために働くよう命じた。
石牛が君主から多大な前金を貰って戻って来たのを見た人々は今度の君主は本当に約束を守るらしいと噂し、間もなく百人を超える職人らが募集に応じて来た。
魯国では伯禽の病は重くなる一方で医師もさじを投げる。その病が昔邾国で流行したものとよく似ていると知った鄰富。だが邾国にその処方を教えてもらうのは屈辱的だ。だが君主の命には替えられない。 邾国に赴いた鄰富は曹挟の前に跪き、かつて邾国に屈辱的な条約を迫った事を陳謝する。そしてどうか君主を助けてほしいと懇願するのだった。
曹挟は元々魯国の民を救うために薬草を魯国へ輸出するつもりだったのだが鄰富がやって来たのは想定外であった。かつての高慢な態度から一転して卑屈に跪く彼の姿に卓忠将軍などは憤るが、しかし曹挟は予定通り薬草を運ばせることにした。
灌漑工事が成功し邾国の収穫は昨年の二倍になった。新しい君主の噂を聞いて他国から移って来る百姓や職人も増えたという。また魯国からは鄰富が多大な礼物を持ってやって来た。そして伯禽は曹挟の仁愛に感謝し新たに対等の和平条約を結びたいと申し出ていると書面を差し出す。さらに盗賊の事件も国境の魯軍の仕業と判明し厳格に処分し、奪われた品も全て取り戻したといい夫人のネックレスを差し出した。
約600年後、邾国は楚国に攻め滅ぼされた。祖国を失った民は朱の邑に集まり、今の朱氏一族となった。
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