昨日、朝パソコンに電源を入れるや「ヤフートピックス」欄に、そして今朝の新聞朝刊にも、シンガーソングライターの大久保一久氏の訃報が出ていた…。
大久保一久氏は70年代に活躍した人気フォークグループ「風」で伊勢正三の相棒と言うのが一番わかりやすいだろう。
元々、「猫」というグループにいたがグループが解散の方向に向き脱退。
同じころ「かぐや姫」が解散しメンバーだった伊勢正三が今後の活動を思案していたタイミングと被り、2人で「風」を結成し、名曲“22才の別れ”でデビューした。
個人的に小学生だった頃から「風」のファンでした。
ま、正ヤン(伊勢正三)派でしたけどね。(苦笑)
これまで、4回かな?大久保氏を実際に見た事があった。
最初は、小学生の社会見学でNHKに行った際に、ラジオの生放送の観覧スタジオの通路を通った時、偶然にもゲストが「風」のお二人。
子供心にすっげぇ嬉しかったが、生放送なので声はあげれないし、小学生で「風」ファンなんていないから同級生は多分「何?あの人たち??」くらいにしか思ってなかったろうな…。
その後、中学生になり聴く音楽も少しずつ幅が出てきた頃、「風」もフォークデュオと言うよりもクロスオーバー的なサウンドアプローチをしていく方向になり、今もマイ・フェイバリット・アルバム『海風』を発表する。
そのレコ発ツアーの東京公演が1977年日本武道館で行われた際に、初「風」コンサートに参加した。
2階南スタンドの一番前ド真ん中だったので、上からながらも全体がよく見える席だったのを覚えている。
3度目は、風を解散し1980年ソロデビューした伊勢正三の初ライブをやはり日本武道館で行い、その
アンコールで大久保一久が応援に駆け付け風のシングル曲の“ささやかなこの人生”を演奏したのを覚えている。
「風」解散後はそれぞれソロ活動に入ったのだが、あいにく大久保氏は低迷を辿り、一度引退し薬剤師となる。
そして最後に見たのは、それからだいぶ先の2007年に、上記の日本武道館公演以来になってしまった伊勢正三のライブを品川ステラボールへ観に行った時だった。
たまたま大久保氏が遊びに来て客席で普通にライブを観ていたのだが、正ヤンがアドリブで「客席に久保ヤン(大久保氏)がいるんだよね、今日」と言って、半ば強引にステージに引き上げ、全くのサプライズで演奏した。
これが、大久保氏をそして「風」のステージを観た最後となってしまった…。
実は、この事がきっかけとなり「風」再結成が内定し、ツアーも行うこととなり、そのリハーサルのためスタジオに入っていた時、大久保氏が突然の脳障害を起こし倒れ緊急搬送~入院~リハビリの生活へ一転。
当初の「風」の再結成ライブも「伊勢正三“風”ひとり旅コンサート」ツアーとなってしまった。
大久保氏が復活したら、また「風」再結成はあったのだろうが、今となっては残念です。。。
「風」と言うグループは、実は伊勢正三と大久保一久のそれぞれのユニット的な存在だった。
前述のように自分は正ヤン派でしたが、高校時代の親友は久保ヤンの作品の方が好きだと言っていた。
確か、ビートルズを感じるものがあるって言っていた気がする。
2人の共作は無く、それぞれが作詞・作曲して歌う。
下手したら、レコーディングもお互いコーラスくらいしか参加していないかも?
シングル曲はメインの曲は伊勢氏が手掛け、B面(当時の言い方)は大久保氏と決まっていたので、大久保氏が手掛けたヒット作品と言うのは無いのだが、渋好みに走っていった伊勢作品に比べると、ポップセンスは大久保作品の方が上だったと改めて感じます。
追悼の意を込めて「風」時代の大久保一久作品だけを集めたものがYou Tubeにあるので貼っておきます。
大久保一久、2021年9月12日に急性心臓死のため、都内の自宅で死去。
享年71歳。
青春の入り口の時代、久保ヤンの曲を耳にして育ちました。
ありがとうございました。
心よりご冥福をお祈りいたします。