M5手帳は、何かを実行することに繋げるのが使用目的です。


記録や思い出を残すために使うのではありません。


思いついた時にサッと取り出せる事が重要です。


システム手帳らしく内容を分類しようと思えばたくさんありますが、シンプルにしないと使いにくくなります。


情報は整理するのが目的ではなく、活用できないと意味がありません。


情報整理の本はたくさんあって、それに倣って一時は整理する事に興味を持っていた事もありましたが、整理する事が目的になってしまう事が多かったように思います。


M5手帳に用意したタブは、4つだけ。





①CHECK

中長期的にやりたい事

買いたい物など


② PROJECT

1ヶ月から数ヶ月かかる仕事関係

・建設関係

・教育関係

・その他


ここに書くのは、打合せメモではなく、主にアイデアや調べたい事などが中心になるので、それほど厚くなりません。


③NOTE1

ID/パスワード


何かをしようとした時に、IDやパスワードが思い出せなくて後回しになってしまう事があります。


そうならないために、いつでも取り出せるM5に書いておきます。


④NOTE2

フリーメモ


サッとメモした事は、後で転記したり、用が済んだら捨ててしまうか、保存用のリフィルホルダーに移します。


保存してしまう情報は何も生み出さない可能性があるので、たぶんいずれ捨ててしまいます。


②は一つのタブ内に複数の内容が入るので、縁に色がついたリフィルを使って、色でわかるようにしています。





M5手帳は、寝る時の枕元にも置いておきます。


今のタブのは使いやすくて気に入っています。




先週取り付けた雨樋の効果が気になり小屋に行って来ました。

 

金曜の明け方迄は雨だったようですが、効果はバッチリ。

 

これでデッキが長持ちします。

 

今回の作業は、小さなデッキと屋根の拡張です。

 

写真の部分は板を張らずにいたのですが、有りものの廃材で何とかなりそうなので、作業を始めました。

 

 

 

塗装前ですが、全部張るとこんな感じに。

 

 

 

この部分の上には屋根がかかっていないので、キッチンのシンクスペースの屋根と一体にして拡張する事にしました。

 

既存の屋根がそのまま拡張するイメージにしたいのですが、各部の取り合いが複雑で、アイデアがまとまらずになかなか大変ででしたが、何とかベースができました。

 

 

 

 

 

シンクスペースの半分は、既存の屋根の下にあるので、ネジを固定するための電動ドリルが入らない箇所があったため、こんな道具を使いました。

 

 

 

電動ドライバ用の、フレキシブルチャックです。

 

先端は90度に曲がっているため、狭い所でもねじ込むことができそうです。

 

 

 

あらかじめネジを半分くらい打ち込んでおいてから、板を所定の位置にセットします。

 

 

 

こうすれば、写真のような隙間でもネジを回して材料を固定できます。

 

4000円ちょっとの価格で安くはないし、使う回数も少ないと思いますが、無いと困る道具のひとつです。

 

これで、材木などのちょっとした物を置くスペースが出来ました。

 

 

 

屋根の下地になるコンパネが足りなかったので、端材のコンパネで屋根をかけ、今回の作業はここまでで終わり。

 

次回は、この部分も含めて、約12平方メートルのキッチン全体の屋根張りと、時間があれば、外壁の取り付けです。

 

一泊だけだと全部終わらせるのは無理かもしれません。

 

 

 

 

 

「築炉(ちくろ)」という言葉はあまりなじみが無いと思います。

 

私も建築分野の「特定技能1号」の教材制作に関わるまでは知らない言葉でした。

 

漢字を見ればそれがなんだかは想像できます。

 

炉をつくることです。

 

身近な所では、ピザ窯は炉のひとつですし、焼却炉や鉄をつくる溶鉱炉、原子力発電の原子炉も炉の仲間です。

 

築炉に関する教材を作ることになったため、色々と調べ始めました。

 

その中で出会ったものの一つに「たたら製鉄」がありました。

 

古くから日本で行われてきた製鉄方法の一つです。

 

「たたら」というのは足で踏んで空気を送る大きなふいごのことです。

 

「永代たたら」という仕組みで鉄を作るときに、空気を送る装置が「たたら」です。

 

よろめいて空(から)足を踏むことを「たたらを踏む」と言いますが、ここからきている言葉です。

 

鉄の材料としては「鉄鉱石」が知られていいますが、日本では「砂鉄」が多く使われていました。

 

この砂鉄を取るために、山を切り崩して土砂を川に流し、比重の差で砂鉄を分けるということが行われていました。

 

これを「鉄穴(かんな)流し」と言い、中国山地、特に出雲地方で盛んに行われていました。

 

出雲平野、安来平野、そして倉敷市の一部は、鉄穴流しで運ばれてきた土砂が平野形成に寄与したと言われます。

 

中国山地で「たたら製鉄」のために切り崩された土砂の量は15億立方メートルにもなります。

 

出雲平野を流れる斐伊(ひい)川に流れ出した土砂の量は約2.2億㎥(東京ドーム約177杯分)という事ですから、すさまじい量です。

 

鉄穴流しが行われ始めたのは16世紀末以降とみられています。

 

700年代から1600年代までの間の900年間に斐伊(ひい)川によって拡大した平野面積と、鉄穴流しが盛んに行われることによって縮小した宍道湖の面積は、ほぼ等しいと言われています。

 

当然、「鉄穴流し」は、水による自然災害を引き起こす原因にもなっています。

 

中国山地で最も多く鉄穴場があった髙梁側流域では、1600年代から1900年くらいまでの間に、大きな水害が9回も発生しています。

 

「たたら製鉄」のためには、大量の薪が必要となります。

 

12㎞の圏内の木炭用の木を伐りつくすと、次の場所に移るということを繰り返し、木が成長した30年後くらいに元の場所に戻って「たたら製鉄」を再開していました。

 

自然環境の破壊や下流域への安全などは考えられなかった時代なので、「たたら製鉄」が原因で地形が変化し、災害につながったということがたくさんあったわけです。

 

長い間に樹木で覆われた鉄穴流しの跡が、何の対策も行われずに放置されている状況は、豪雨の時の災害の原因になる可能性もあります。

 

「たたら製鉄」は、東北地方でも盛んに行われていたようで、北上山地にはそのあとが300くらい残っているようです。

 

「たたら製鉄」は、そこで働く労働者や農民との間にトタブルを発生させ、「鬼」の伝説や「ヤマタノオロチ」、「妖怪」などの伝説にもつながっていきます。

 

調べるには、とても面白いテーマです。


一方で、こういった事を知らずに生きてきた自分にも驚いています。