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【雑記】会社で働くことについて①
会社で働くことについて書きたいと思います。
会社で働くことの経済的な本質は「給与所得」にあるものと思っております。ここでは、自分が実際に感じた『給与所得がいったい何なのか』について書きたい思います。
給与所得とは何か
給与所得とは何か?「労働の対価」「報酬」か?
僕にとって一番しっくりくるのは『労働者のメンテナンス費用』です。
メンテンナンス費用。つまり、労働者が一日働いて、そして次の日もその次の日も会社に来て労働する意思を持たせるために心身を回復させる費用です。メンテンナンス費用はケチり過ぎると設備は壊れるし、高過ぎるとロスコストになる。だから必要最低限にする必要があります。
それを証拠に、給与は「なんであんな青二才より俺の給料が低いんだ!」という不満が出ないように年功序列的だし、扶養手当も出してちゃんと扶養者も養える(メンテナンスできる)ようになっています。日本は、年齢や学歴、扶養者の人数でおおむね給与は同じようなものです。もちろん例外もありますが。
少なくとも「なんで俺とあいつの給料が同じなんだよ!」という月並みな疑問は簡単に解消できるはずです。それは「俺とあいつのメンテンナンス費用が同じだから」です。給与は成果の大きさではなく、メンテンナンス費用なのです。
だから、営業成績が良くても、優れた企画をしても、工業所有権をとっても、血の涙を流して貢献しても、サラリーマンの給与はあまり変わらない。
ちなみに、要は労働者の気が済めばいいということですから、成果をあげた者には『金一封』という雀の涙と、『みんなの前で表彰』というイベントが与えられます。この安っぽいクソ制度は、「ローコスト」「成果を出した人のプライドも回復する」「成果を出さなかった人のプライドも損ねない」という一石三鳥のメリットがあります。こういった社内の褒賞制度が多いというのは、ブラック企業の特徴だというコラムを読んだことがありますが、あながち間違いではない気がします。
こんなものでプライドを回復しているような労働者は、さながら役人に「ほめて遣わす」と言われ涙を流して喜ぶ飢えた百姓です。
こうまで厭味ったらしくはありませんが、こういう内容が淡々と給与規定に書かれているはずです。
ちなみに目標やノルマを達成しても、優れた成果を出しても給与は上がりませんが、失敗した場合や成果が出ない場合はペナルティが与えられますよね。『怒られ』ます。または大きな失敗をした場合は懲戒処分などの不利益をこうむります。
これは働いたことがある人なら誰もが知っていることですが、基本的に日本の組織のマネジメントは「恐怖による心理的支配」によって成り立っているのです。報酬を払うと金がかかりますが、恐怖はタダですからね。
ちなみにピーター・ドラッガーは「心理的支配」を悪辣な手法と唾棄しました。
前述しましたが、まさにサラリーマンは現代の農民です。まさに「生かさず殺さず」の状態で組織に搾取され、法人税という形で国に搾取される。(もちろん福祉で還元されますが)しかも、かつて米を作る農民が幕府を支えていたように、日本経済の縁の下の力持ちであることも共通しています。
社畜
社畜という言葉は言いえて妙です。誰もが感じていることでしょう。
サラリーマンになるということは、決して悪いことではありません。
会社とは、何もない普通の人が「居場所」や「仕事」「安定した給与」「プライド」を手に入れることができる装置です。そう、それはまさに家畜と同じです。豚や牛は人間に隷属することで半永久的な種の保存を手に入れました。サラリーマンは会社に隷属することで、安定を享受するという契約を交わしているのです。
すなわち、給与所得は、『企業型 プライド付き生活保護』と看過します。
だからなんだ?
で、どうしたらいいのか。答えはないのですが、次回に続きます。
いかに働くべきか、いかに生きるべきかについて書きたいと思います。
【雑記】GIVERとTAKER②
前回記事のつづきです。
TAKER
GIVERとTAKER。前回記事でTAKERは他者から奪う者。搾取する者と書きました。TAKERは他人を搾取の対象としてみる、あさましい存在・生き方だと思いますし、結果的には自身も不幸になるものと思っています。
TAKERの大きな特徴は「人を物格化する」ということだと思います。人を搾取の対象としてみているわけですから、人を物として見るのは当たり前といえば、当たり前ですが…。
分かりやすくいうと『人を人と思わない』ということです。
具体的に日頃「典型的なTAKERだな~」と感じる3つのケースを書きたいと思います。
ケース1 人を人を思わない典型①
『救急隊員が救急搬送後に自動販売機で飲み物を買っていた』ことをクレームした市民。少し前に話題になった大阪府某市の「市民の声」ですが、これは典型的なTAKER的発想だと感じました。
この市民にとって、救急隊員は「市民の救命や救急搬送というサービスを提供するモノ」であって、同じ人間ではないという発想が根底にあるのだと思います。そりゃ搾取の対象が「モノとしてのシゴト」以外のことをしてたらムカッ腹が立つものです。
こういう人いますよね。
ケース2 人を人を思わない典型②
上記ほど極端ではありませんが、人を物格化する思考回路の人は日常的に存在します。こういう人にTAKERは多い。例えば、異性や友人、仕事上出会う人などを、社会的身分や年収、使えるか使えないかで評価する人。
人をカードゲームのカードやあるいはポケモンか何かのように認識しているような雰囲気があります。本人はなぜかカードの所有者やポケモントレーナーであり、自分だけが特別な「人間」で、他人をモノとしてみている感じが伝わってきます。
私もこの年になってくると、出会った瞬間にそういう人とそうじゃない人が感覚的にわかるようになりました。
たいてい本人は自分がそういう思考をしていることも、それが態度に出ているということも無自覚なので、分かりやすい場合が多いというのもあります。
ケース3 人を人を思わない典型③
よく議論になる話ですが、男性に食事を奢らせる女性、これも一部はTAKERの類だと思っています。
男性に食事を奢らせる女性に対して否定的な男性は多いと思います。こういう意見について「ケチな男!」と思う女性もいるかと思いますが、実際多くの男性は、食事代を払うことそのものが嫌なのではなく、TAKER的なあさましさに嫌悪しているのではないでしょうか。少なくとも私はそうです。
ただし、何かしらGIVEをしてくれる女性であれば、TAKERではありません。喜んで食事代も出すものです。よっぽど容姿端麗であるとか、話が面白いとか、そういう価値をGIVEしてくれるのであれば、GIVE and TAKEが成立していますから。
でも実際、男性が奢ることをハナから期待している(それが当然だと信じている)女性は、天性のくれくれ人間であり、男性が女性にGIVEする(そして自分はTAKEするだけでよい)ことがアタリマエ、それ以外の発送はないという生粋のTAKERであることが多いです。
勿論男女における男性TAKERもいます。こちらはデートの作法や男女の場の心構え的なことよりも、女性を性的に搾取するより深刻度が高い類の問題が多いような気がします。
ケース4 組織の中で価値をむさぼる人
簡単にいうと会社の中で仕事をしない人のことです。
会社に入ってじーーーっとみていると、「組織に貢献している人」と「組織に貢献せず、組織にぶら下がって生計を立てているだけの人」がいるというのがよくわかります。
「組織に貢献する人」は新しい価値を生み出して、組織に成果や付加価値、ビジネスチャンス、雇用を創出します。一方「ぶら下がっているの人」はそれらを消費する存在です。
もちろん組織に所属する人には役割があり、誰も彼もが新しいものを生み出すことや高度な成果を期待するのは、見当ちがいだと思います。ただし、「組織に貢献しない人」というのはダメです。実際「いやそれはないでしょう…」という働き方をしている人は確かに存在します。こういう人はTAKERだと思います。そういう人が、自分と同じかそれ以上の立場だったり、自分と同じかそれ以上の報酬をもらっていたりするとやりきれない気持ちになるものです。そして多くのGIVERは力と実績を積んで、より良い職場へ転職することも多いのが昨今の労働市場だと思います。そしてTAKERばかりが残って濃縮されていく組織は、緩やかに破滅の道を進んでいきます。
世の中にはTAKEすることでしか生きていけない人もいますし、自分の周りでたまたまTAKERというだけで、他の環境ではGIVERとしてふるまっている可能性だって十分あります。なので、TAKERそのものを否定することはしません。(禅問答のようですが、TAKERの存在を否定すること自体がTAKER的な発想だと思います。)
でも、日常生活で発生する『もやもや』や自分が過剰にTAKEされることを防ぐうえでは、このGIVERとTAKERという概念は便利だなと思いました。
【雑記】GIVERとTAKER①
去年の暮れ頃か、最近GIVERとTAKERという言葉を知りました。
前者はGIVEする人。つまり、他者にあげる者。すなわち価値の生み出してそれ他者に分かつ人。後者はTAKEする人、つまり他者から奪う者。搾取する者。
言葉自体は知りませんでしたが、GIVERになる方が幸せな人生で、最終的には社会的にも経済的にも成功しやすいということはよく分かる。
そして逆にTAKERがいかに他者に依存的で主体性がなく、さもしいかということも字面をみるだけで十二分に感じられる。そんな感じのとてもよい言葉だと思います。
GIVER
ところで究極のGIVERは「アンパンマン」ですよね。
彼はマジで実際にGIVEしているわけですから、GIVERの象徴のような存在です。
小さい子供はアンパンマンが大好きですが、それは彼の圧倒的なGIVER性に魅かれているともいえるかもしれません。
彼は飢えるものに手を差し伸べ、そして自らを分かち、バイキンマンを成敗し、そして許す。実に圧倒的です。だから愛される。
笑われてしまうかもしれませんが、僕はアンパンマンになりたい。
生みの親のやなせたかしですらも、もしかしたらアンパンマンにあこがれていたのかもしれない。
しかし、僕はアンパンマンになれない。僕は水を顔にかけられても平気だけど、おなかが減るし、ご飯を食べないと死んでしまう。
せめて無尽蔵にアンパンをつくることができたら、僕もみんなにアンパンをわけてあげられるけれど、残念ながら僕はジャムおじさんでもないので、無尽蔵にアンパンをつくることはかなわない。ファンタジーでないこの世界でアンパンをつくると、原価が発生する…。
思えば、アンパンマンの原点はこの「無尽蔵にアンパンを作れること」なのかもしれない。
やなせたかしが考えたアンパンマンの原型は「アンパンを配るおじさん」だったはず。格好いいヒーローではなく、戦争で飢えた自身の体験から考案した「世の中に必要なGIVERの姿」がアンパンマンのルーツなのだと僕は思っています。
僕も、アンパンは無理だけど、何か人が求めるものを生み出し続けることができれば、アンパンマンに近づけるかもしれません。
きっと自分にとってのそれが、分かりやすところでいうと、科学なんだろうなと思っています。
「パンがないなら…」というマリーアントワネットを風刺する言葉がここでは成立します。
話を戻すと、GIVERは日常的にはそんな壮大なものばかりでなく、小さなことから大きなことまで色々な局面があると思います。
分かりやすく言えば、イケメンや美女もただそこに立っているだけで、価値が発生するGIVERだし、子育てをする親は正常であれば子供に対して圧倒的にGIVERです。
と、GIVERについて書きつつも、実はここで本当に書きたいのはむしろTAKERの方だったりします。
GIVERは実際わかりやすいです。そして、いてくれて結構、なりたくて結構という存在です。
対してTAKERは、厄介な存在です。自分もならないように気を付けたいですが、実際の世の中を見るときは「搾取の構造」で見るととても腑に落ちるところがあります。世の中は基本的にTAKER的性質で成り立っているのだと思います。
つづきます。
【日記】昔の御守りの処分
昔の御守りが結構たくさんあって、長らく処分をしようと思っていたのですが、捨て方にもやり方があるものですから、なんとな~く二の足を踏んていました。
そしてとうとう処分したのですが、最終的にそのやり方は
『燃えるゴミとして捨てる』
でした。
もともと神社とお寺に持参して、お焚き上げをしてもらおうと考えていたのですが、昨年に富岡八幡宮の元宮司による殺人事件や善光寺の貫主のハラスメント騒動があり、神も仏もあったもんじゃないな…と興ざめし,(自分が必要としなければ)信仰なんてものは意味ないなと感じ、当然その帰結として「御守りの処分なんてどうでもよくね?」という考えに変わったのです。勿論、神や仏に罪はありませんが。(そういう意味を込めて塩は撒きました。)
自分の気持ちが入っていれば、誰が燃やすかの違いだけというようにしか感じなくなりました。
多くの関係者は真面目にというか普通にお仕事をされていると思いますので、一部の人の悪事で全体の見方まで変わってしまうのは、残念ですし 、とても恐ろしいことだと感じます。自分も襟を正さないといけないなと思いました。
【雑記】キツい通勤と「目的と手段が入れ替わること」と生産性
先週の東京都心の大雪,そしてそれに伴う通勤の大混乱。
無職の僕はこのニュースを家でまったりとコーヒーを飲みながら,高み(低み)の見物していました。
嫌と言うほど語りつくされていますが,これについては根底に幾つかの問題があると思っています。これらは僕が日頃から感じていることでもあります。それらに関する3つについてダラダラと書きたいと思います。
①通勤がキツい
今回の通勤でダメージが大きかった人の多くは,「雪が降っていなくてもそもそも通勤がキツい」のではないかと思うのです。少なくとも都心で働く人の中には通勤がキツい人が多いのは確かです。
キツいとは「通勤時間が長い」とか「不快」とかそういうとにかく通勤にしんどい要素があることを意味します。
僕は今まで日本国内においては通勤通学はすべて自転車10分以内でした。田舎ばかりに住んでいたというのもありますが,もう「(満員)電車に乗って通勤する」「長時間かけて通勤する」という発想はもはやありません。
これまで都市部の出勤ラッシュに遭遇することはありましたが,これを日常的にやるのは精神的にかなり消耗するだろうな…という感じたものです。
都会の通勤自体が色々とギリギリなんだから,そりゃ大雪が降ったら破綻するだろうということです。もちろんこれは日本だけではなく世界の色々な都市が抱えている問題でもありますが。
②目的と手段が入れ替わっている
通勤以前のそもそも論ですが,こんなに悪天候なのにもかかわらす,本当に出勤する必要があるのかと思ってしまうのです。
仕事は生活や社会貢献の手段だと思いますが(少なくとも僕にとっては),こんな日に会社に行くのはその目的に対して機能していないように感じられます。盲目的に会社に行くことが目的になってしまっていたとしたら,それはヤバイのではないかと。
もちろん,必要で出勤している人も多いのだと思いますが…。
しかし,『君の名は』よろしく目的と手段が 「もしかして、入れ替わってる~!?」では単なる悲劇です。
③生産性
煎じ詰めれば二番目と同じ話になるのですが,こんな大雪の日に結果的に苦労して出勤して,あげく場合によっては早期退社命令が出されて,(されど最終的にはなかなか帰れず…),この一日でどれだけの成果を上げることができたのかということを考えると,やっぱり生産性が低くないか?という素朴な疑問が出てしまいます。それに他にもロスがあるはずです。通勤や外回りで事故が起こる(労災)可能性も高まりますし,ましてや営業車が事故を起こしたらシャレになりません。社員満足度も下がります。ロクに仕事ができなくても,ランニングコストは掛かります。
ましてや今回に関しては,4年前の大雪の再来と言われていて(つまり前例があり),行政からも事前の注意喚起があったわけですから,マネジメントは言い訳ができません。あらかじめ早期退社を計画していた会社は良いとして,もし『早期退社を当日に出した会社』があるならば,その会社のマネジメントはまったく役割と責任を果たしていないと,言えると思います。
外野が何を言っても仕方がないのですが,少なくとも「こういうときにどうするのか」ということを事前によく考えて取り決めておく必要があるのは確かです。もしかしたら,なんだかんだ今回みたい這ってでも会社に来るスタイルが最良なのかもしれません。それはわかりませんが,なんだか別のソリューションがあるんじゃないか?と思ってしまうのです。本当に今日仕事しないとダメ?
とにかく,誰も判断しないでなし崩し的に会社に来てみんな不幸になるみたいなのは,生産性を奪う行為でしかなく,その責任はやはりマネジメントにあると思います。
といいつつ,僕も昔は大雪の中休日出勤をした記憶があります。先ほども書きましたが,休めない人もいるのは確かです。(僕は徒歩かチャリなので天候は無関係ですが)
でも,そういうレベルから脱却していかないとマジでヤバイんじゃないかと思います。
その大変さはもしかしたら「努力」ではなくて「怠慢」なのではないかと疑う姿勢も大事ではないでしょうか。
さらに,理想的な視点から見れば,これが結構重要なことではないかと思うのですが,「そもそもこんな日にも仕事しないとダメなのがヤバイ」或いは折衷案的な「在宅ワークなど天候不良の時に生産性を確保しながら働く手段がないのがヤバイ(ずっと天気悪かったらどうするんだYO!!)」とも思いました。
ネットの記事で,「就活生は,志望する会社のこの日の対応をよく見るなり,面接で聞くなりするとよい」という言葉がありましたが,僕はすごく象徴的なメッセージだなと感じました。多くの人が同じようなことを思っているのではないかと思いました(そう願います)。
【雑記】手帳交換
早いもので明日から12月ですね。
ということで本日、11月末日は毎年スケジュール手帳の交換の日です。
僕は毎年1月頭の手帳(12月から前押して使えるタイプ)を使用していますので、この日を交換のタイミングにしているのです。
その交換というものなのですが、僕は本当に物理的に手帳を交換します。
というのも、毎年同じスケジュール手帳を買い、オーダーメイドで作った専用の革の手帳カバーに入れ替えるのです。この交換作業が毎年なんとなく恒例になっているのです。
ちなみに、買った時に付いている元々のカバーは一年間別のところで保管して、使い終わった手帳を戻して、そのまま保管します。毎年バラバラの色のものを買っているので、アーカイブス(使い終わった手帳たち)は結構識別しやすいし、見た目もにぎやかです。また、一年間を見返すタイミングにもなっています。
左) 革の手帳カバー 右)2018年用手帳(今から左に入れる)
ちなみに、僕はダイコーのMILL Vaertical Diary B6を愛用しています。
いろいろ探し求めていて、これに落ち着いています。毎年使い続けたいという思い入れがあるからこそ、これ専用の手帳カバーを作ったわけですから、それなりの揺るがなさがあります。
手帳には、スケジュールそのものはもちろん、『年間の目標』『月ごとの目標』『月ごとの実施事項』『日ごとの実施事項(これが具体的なスケジュールにおりてくる)』『日記(のようメモ)』を書いています。
今回からは追加として『嫌だと感じたこと』と『その対処案』を日々記録しようかなと考えています。ネガティブな記録活動でなく、QoLを向上させるうえで、「嫌なこと」排除することがすごく大切なのではないかと最近思ったからです。
今の世の中であれば、色々創意工夫をすることで大抵の嫌なことは排除して生活できるのではないかと思います。ただし、根が深い重大な問題は別ですが…。
少なくとも、自己理解に繋がるし、スケジュール管理はトップダウン的な思考で取り組みますから、逆に「嫌なこと」という、謂わばボトムアップ的な思考もちょっとくらい要素としてあってもよいのかなと思います。
【日記】八重山紀行
会社を9月に退職し、10月~3月をあえて空白期間にしたわけですが、この半年間は『人生の夏休み』と位置づけて、今までやりたかったけどできなかったことを実現する期間として過ごしております。
前の記事で書いた「実家の部屋の片づけ」もその一貫なのですが、このたび一つ大きなイベントを終えましたので、記録に残そうと思います。
それは『沖縄で船舶免許を取得する』というものでした。
ということで、二週間沖縄の石垣に滞在して、一級船舶の免許を取得してきました。
人生初沖縄にして、初の船舶免許にして、退職後最初の放でした。
本当に申し訳ない話なのですが、正直、これを計画するまで僕は「石垣島」のことを「沖縄本島」だと思っていました。
それくらい沖縄とは縁のない人生を過ごしてきました。
船舶免許をとる時間以外は、海辺でのんびりしたり、離島を巡ったり、沖縄料理を食べまくったり、ゲストハウスでまってり過ごしたりしました。
僕が教習した港
同港の夕景
今回の滞在の中でも最も印象に残っているのは、『波照間島に行った』ことです。
波照間島は民間人がいける日本の最南端ですね。行ってきましたよ、最南端。
滞在中は基本的に天気も不安定で、北風が強く、海がしけていました。
海のコンディションが悪いと定期船が欠航するので、波照間島に行けるかは極めて微妙でしたが(或いは島に行っても何日も帰ってこれないことがある)、海上保安庁のホームページをマメに確認して海象を読んで、確実に日帰りできそうな日に定期船に飛び乗ってきました。そして予定通り日帰りで帰ってくることができたのです。
ちなみに僕が自由に動ける日の中で、波照間便が終日運航していたのはこの日だけでした。船舶免許の講習で海象を読む力もそれなりについたものと思います。
波照間島 ニシ浜
波照間島の海は『波照間ブルー』と呼ばれ、日本、否、世界で有数の美しい海だそうです。
恐れ多くも僕自身はよく知らないもので、なんとも有難み不足ですが…、確かにこれは綺麗だと思いました!本当に嘘みたいに青い。青く光っていました。宝石のようでした。
「無感動」「出不精」「マリンスポーツ興味ナシ」の僕が言うので間違いありません。マジで綺麗でした。これを見てしまうと、なるほど確かに八重山の他の海を見ても「感動するほど綺麗だな」とはならなくなりました。(次点で川平湾、確かにここも綺麗だった。ちなみに「潜って綺麗な海」というのはまた別にあるみたいです。奥が深い。)
11月の曇り空でこれだけ綺麗だということは、夏の晴れた日はいったいどんだけ綺麗なんだ…!!
と思いました。さらに想像を超えてくると思います。
(これについては、今回行った他の場所でも等しく言えることだと思います。)
しかしなによりも、本当にまさか波照間島に、日本の最南端に、到達する時が来ようとは…という深い感慨が一番大きかったです。
自転車で島内を移動していたので、時間と海風にもまれて実際はそれなりにしんどかったですが。
ちなみに、与那国島(こちらは日本の最西端)にも行ってみたかったのですが、僕がフリーの日はすべて定期船が欠航していました。
与那国島にはまたいつか行きたいと思います。
その他印象に残ったことを書きます。
・人力で自転車と徒歩で竹富島、小浜島、黒島、西表島大原港~謎の展望台(マングローブ林?)、波照間島を巡った(行ける離島は全て行った)
・竹富島は大雨の中、自転車で水びたし泥まみれになって一周制覇した。
・竹富島アイヤル浜に通じる尋常でなく過疎ってるオフロード一本道でこの一連の旅のスイッチが入った。
・チャリで島の果てを目指すと基本的に人が全くいなくて、動物だらけ。地面に落ちたゴミを見ただけで不思議と安心する。
・だいたい落ちているゴミはさんぴん茶のペットボトル。
・人がいない所に長時間いると恐怖心が出てくる。海の音と木やサトウキビが風で揺れる音しかしない。
・自然と人間の営みの調和した風景としては、小浜島が一番好きだった。(道、畑、海が調和した田舎風景)
・チャリでコケる。派手に転んで腕、足、あばらを強打。血だらけになり、あばらは激痛が治まらず病院に行った(骨折など大きなけがはしていないもののいまだに痛い…(1週間以上経過))
・その他も滑って転んだりして全身生傷だらけになった。
・でもそういう体験は本当に十年ぶりという感じで、本当に楽しかった。
・そして、無事、一級船舶の免許をとることができた。
・比嘉の豆腐のモーニングがお気に入り。
・天気は基本的に良くなかったけど、気温は毎日25℃くらいあり、Tシャツ短パンで熱帯性気候を楽しめた。
・マジでめちゃめちゃ南だった。
・そしてなにより、人がいないところに行ったりすることで、人が集まって暮らす理由というか、そういうことの原点みたいなものを少し感じることができた。
【日記】昔の自分
9月末から実家暮らしになり、それからというものずっと実家の自分の部屋の片づけをしています。持ち物の1/3くらいは処分できたと思います。
この半年間は旅をしようと思っているのですが、この片づけは最初の旅となっております。すなわち自分の過去を辿る旅です。
というのも、僕は今まで31年間実家の自室をほとんど片づけたことがなく、勉強机には今も小学校のときに読んでいた図鑑や中学校の教科書が置いてあるというていたらくです。そこに高校、大学受験、大学以降と色々なものが時空を超えてごちゃ混ぜになっているのです。
今回はそんな時空を超える旅(部屋の片づけ)をしたということで、普段はまったく意識することのない、過去の自分(主に中学生・高校生の時)について、現物をもとに振り返りました。ここではそれを記録に残したいと思います。
■
ひとつ。思ったよりも勉強していた。
僕の人生の大きな後悔のひとつに、大学受験の受験勉強をあまりしなかったということがあります。高校受験のときは頑張ったけど、その反動からか高校に入ってからは部活ばっかりで全然勉強せず、最終的には漫然と現役で行ける大学に行くことになりました。
僕のほとんど勉強していなかったような認識でしたが、実際に当時の勉強の記録をみると、どうやらまったくやっていなかったわけではないようでした。
『勉強しなかった』というよりも『勉強が必要な範囲に対して、勉強量が足りていないかった』のだと思います。まあこれも広い意味では「勉強しなかった」ということなのですが、微妙に自分の認識とは違いました。
これはつまり、「なめていた(自分を過信していた)」というのと、「実際に大学に進学ことや将来に対するビジョンや計画性が全くなかった」のだと思います。これはもう意識が低すぎて、つける薬がないですね。仕方がなかったのだと思います。
教訓としては、長期的な計画性とそれを実現する日々の努力の積み重ねが大事なんだということだと思います。学びました。
■
ふたつ。女の子は「コミュニケーションの生き物」だった!?
中学生や高校生の時、女の子から手紙やメモ書きみたいなものをもらっていたのですが、やはり女性は話を聞いてもらいたい、かまってもらいたい生き物なのかもしれません。今になってみればそういうのはわかるものですが、女性にからっきし疎かった当時の僕は、そういうメッセージを無視したりあしらったりしていました。女友達に冷たくしていたのではなく、そういう女性的な特性を知らなくて、意味が分からなかったわけです。そういうことにいち早く気づいた男の子が女の子にモテていたのだと思います。僕はダメでしたね。
あとは「恥ずかしさ」でしょうね。恋愛や他者への想いの強さが「自分が恥をかく恐怖心」を上回った人間だけが、一歩先に大人になっていくのだと思います。もはや大人になってしまえば、こんなことは当たり前になってしまって忘れてしまうのですが。
■
みっつ。はやり初心貫徹、物理と生命が好きだった。
光とか電気とか磁石とかが大好きで、電子回路を組んだりレンズを眺めたり磁石をいじったりして遊んでいました。いまも机の中に「がらくた」が入っています。
特に印象に残っているのは、エレキギターのピックアップ(弦の振動を電気信号にする装置)をゼロから作ったことです。実際にエレキギターに着けてみたらちゃんと音がして「あ、こういうのって自分でも作れるんだ」と実感したものでした。中三のときだったと思います。ちなみに音は高音域がよく出る(?)カリカリ系というかシャリシャリした音でした。今は現物は半壊しています。
あとは、もっと小さいときですが、恐竜や古代の生物が好きでした。花も動物も普通に好きでした。特に魚類や爬虫類が好きだったようです。今でも机の棚に図鑑があります。
大学は最終的には物理・化学系に進学しましたが、生命科学系の学部も受験していた記録がありました。ただし後者は私立大学、つまり滑り止めでいくつか受験しただけでしたので、結局のところ「物理・化学>生命科学」のようでした。実際高校では生物は選択しませんでしたし。
余談ですが、生物学は比較的新しい学問であり、高校一年生当時、生物学には物理や化学にあるような「確かさ」というか、学問としての堅牢性が低いような印象があって、自分が勉強するのは物理と化学が良いのではないかと直感したと記憶しています。
自分は当時から、「ものの本質」と「確かさ」もっと一言でいうと「真理」に対するこだわりがあったのかもしれません。
もちろん、生物学は発展し続ける魅力的な学問だと思っていたので、大学ではいくつか生命科学系の授業をとりました。
そして、今後自分は物理と科学、生命科学の融合領域の研究をしていくわけですから、本当に自分が子供の頃から使い続けているこの勉強机が、自分の人生の縮図となっているわけです。今書いてて気づきました。本当にそうだ。
■
無軌道で無秩序なのが若さなのかもしれません。それに今の自分は未来の自分に対して説明をするために生きているわけではありません。それは過去の自分にもいえることです。その時はその時で必死に生きているはずですから。過去の自分を信じるべきなのです。
しかし分かってはいるものの、自分の過去を振り返ると突っ込みどころが多すぎて、今ならできること、今だからわかることが多すぎて、とても複雑な気持ちになります。
だからあまり実家にいるのは好きではありませんし、ましてや具体的に過去を思い出すのは好きではありません。
でも、今はそういうときなのかなと思ってしばらくはこうして過去を放浪し、過去の自分に向き合い、色々考え事をしようかと思っております。
【日記】歯医者にて
9月末に会社を退職し最近は時間があるので、もっぱら歯医者と病院に通っています。
歯医者は小さな虫歯の治療と以前に詰めたコンポジットレジンの詰め替えをしています(15年くらい前?)。
今日は後者の治療に行ってきました。
そこで現在の歯科治療の治療時間の短さと患者負担の小ささにびっくりしたわけです。
か洞部に(おそらく)エッチング、プライマー、接着剤、光重合のコンポジットレジン…(もしかしたらエッチングやプライマーは一緒になっていたり無かったりもするかもしれない)。光重合もあっという間。
昔は液が二液性だったとか乾かしたりなのか何なのか時間が掛かったり…、それがしみたり臭かったり…、光重合がUV照射で、照射機のノズルがごっつくて口にゴツゴツ当たって痛かったり…、そのうえ重合に時間がかかって「いつまで口を開けてるんだ!(もごもご)」ってなったり…、とにかく治療さるこちらもシンドかった記憶があります。
さらに思えば、それ以前の小学生の頃に至っては、保険治療はいわゆるギンバで、何度も歯医者に通ってギンバを詰めた挙句、キャラメルを食べたら一発で詰め物が取れたり…。
こうした歯科治療の進歩は、歯科材料や機器の進歩が寄与する部分が非常に大きいものと思います。
科学技術には医療を進歩させる力があり、社会を豊かにし、人々を幸せにするのだと身をもって感じるものです。
少し話は変わりますが、自分の小児喘息の体験と中学3年生のときに祖父を癌で亡くした体験で『医療の進歩とはすなわち科学技術の進歩』と直感して、これまで自分の進む道をなんとな~く決めて進んできたというのが私の人生です。
今日は、今なおこの若かりし頃の直感は間違っていないのだと再認識することにあいなりました。
これからもその道を進んでいく、否、その道をより突き詰めるためキャリアシフトを決意したところであります。
ただ歯医者で詰め物を取り替えただけですが、なんとなくすがすがしく敬虔なこころもちになる経験でした。
ちなみに治療も快適で、臼歯もきれいになりこちらもすがすがしいです。
【雑記】久しぶりに開いた
久しぶりにブログを開きました。
仕事を辞めて新しいことを始めることになったので,メールボックスを含めイロイロ身辺整理をしていく中で,思い出し(?)ました。
最後にブログを書いたのはおよそ二年前!
ちなみに最初にブログを書いたのは2009年9月7日,およそ8年前!
自分も世の中も変わっていきますな~。








