【日記】ウイーン滞在
こんばんは。
今、僕はウイーンにいます。
年明け一発目のブログに書きました(リンク→■ )2014年のやりたこと「プラハに行く」を実現する旅程の最中にいます。
昨日成田からオーストリアのウイーンまでフライトして、ウイーンで一泊、そして今日早朝から国際鉄道でプラハに行く予定だったのですが、
風邪をこじらせて、移動できず。。。静養のためウイーンでもう一泊することにしました。
もともと風邪っぽかったのですが、11時間フライトで体調が絶不調になり……
もともとウイーンではユースホステルを予約していたのですが、体調が悪すぎたので、大事をとってお金がかかっても良いから空港か駅の傍のホテルに変更することにしました。
空港でwifiを見つけて自分でパソコンを広げてホテルを探して予約する体力も無かったので、空港のツアリストインフォメーションセンターに相談してホテルを手配してもらうことに。
しかし、このおじいちゃん英語が通じない。
「なんで国際空港の公式のインフォメーションセンターが英語が通じないジイさんなんだ!?」と今になって考えるとちょっと意味不明なんですが、このジイさん、英語は通じないけどいい人みたいで、出来るだけ安いホテルを予約してくれたようでした。
空港か空港から最寄の主要駅(Wien Mitte)周辺で選んでもらえると思ったけど、違った。
まあ、なんとかなるだろうと思ったけど、これが今回の旅の最大の失敗だった……。
向かうのはWien Westbahnhof(ウイーン西駅)、土地勘があったりヨーロッパの鉄道を使ったことがあればなんとかなるレベルの簡単な場所なんですが、ヨーロッパに初めて来た初日、しかも体調が悪い自分にとっては、ちょっときびしかった。
Wien Mitte までは行けたけど、乗り継ぎに失敗……。なんとかWien Westbahnhofについてそこから更に道に迷って……。道中で道を教えてくれた人が間違えて教えて、さまよい続けたらその人とまた会って「なんか違ったwww」みたいな感じで再度教えてくれてようやくホテルに到着……。
到着する頃には、大分熱が出てたと思います。
もう記憶がありません。
その後荷物を置いて、飯を食いに出掛けて……、
wifiが使えるカフェを見つけてプラハで落ち合う予定の人に連絡して……、
ようやく眠りに落ちました。
今日は予定通りプラハに発とうか迷ったのですが、体調不良のリスクを背負ったまま見知らぬ土地を旅することはできないというのと、そもそも楽しめないだろうということで、予定を変更してもう一泊ウイーンに滞在することにしました。
ホテルも綺麗でインターネットが使えるところに変えました(1泊目よりも全然いいホテルなんですが、宿泊代は数ユーロしか変わりません……)。
今日一日ゆっくり休んで明日はプラハに行きたいと思います。
英語が喋れるとなんか「みんな英語喋れよ」的な意識になりがちですので(特に外国人に対しては)、実際は現地の言葉が喋れない僕が悪いんですが、観光案内のジイさんからのこの流れはなんだかもやもやするなぁ……。
まだ二日間しかいませんが、ざっと過ごした感じだと、ウイーンの人は商売っ気が無いというか、サービス精神があまり無いように感じます。
よく言うと飾らない、ありのままの自然な感じで生きていて、資本主義に踊らされていないというか、なんというかそんな感じです。
とは言うものの「いらっしゃいませー!」「ようこそ!」「申し訳ございません!」と叫ぶ日本の方が世界的にみたら明らかに異常なんでしょうけど。
何はともあれヨーロッパ発上陸初日から洗礼を受けました。完全に自業自得ですが。
昨日今日のことは忘れてしまいそうなので、日記として書きました。良い暇つぶしになりました。
【日記】ゴールデン・ワカメ
GWは前半は関西に両親と家族旅行に行き、後半は実家に帰って家族と過ごしました。
こんなに両親と時間を過ごすのはきっと大学生3年生までの長期休み以来だと思います。5、6年ぶりです。
んー……、色々考えたことがあって、ブログの記事にしようと思っていたのだけど、忘れてしまいました。
なので、今思い浮かんだことを書きます。
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これは今日、最近第一子のお子さんが生まれた男性の同僚が言っていた言葉。
「子供が生まれたらもうある意味、欲が無くなった。生に対する執着が無くなった。勿論死んでいいわけじゃないけど。でも、もう子孫を残して、自分がいなくても自分のいた世界は続いていくんだと」
これは、スティーブ・ジョブズの言葉。
「死はおそらく、生物にとって最も素晴らしい発明です。生命にとってそれは、古いものを取り除き、新しいものに道を開いてくれる変革の担い手です」
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親と過ごして感じたのはこの二つです。
親は、僕に比べると遥に無欲で(昔からそうなんですが)、生活様式がシンプルです。
親は、古いもののように感じます。決して古いと侮蔑するわけではありませんが、今の時代、そしてこれからの時代にとってあらゆる意味で、古いと感じました。実際後5年で両親とも定年退職を迎えます。そして余程大きな悲しいイベントが起きない限り、僕よりも20年早く死を迎えます。
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先のスティーブ・ジョブズの言葉には続きがあります。
「今、『新しいもの』とはあなた方のことです。しかしそれほど遠からぬうちに、あなた方も次第に『古いもの』となり、取り除かれる日が来ます。ドラマチックな表現で申し訳でありませんが、これが真実です。あなた方の時間は限られています。他の誰かの人生を生きて無駄にしてはいけません」
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時間は限られているし、『時代』も限られていると思いました。
結論はないんですが、本当にそう感じました。
【持ち物】ブリーフケース
黒のブリーフケースを買いました。
これで、ブラック、ブラウン、ネイビーの三色が揃ったので、これでブリーフケースは向こう十年は買い足しをしないつもりでいます。
ということで、今日は自分のブリーフケースの話をしたいと思います!
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左からブラック、ブラウン、ネイビーです。
上の列が表面、下の列が裏面です。
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ブラックは、Paul Smith。日本製。今日買ったやつです。
とにかく小ぶりでシンプルなところが気に入りました。
取っ手とファスナーの持ち手、マチだけ革が型押しされていて、さりげなくお洒落です。
Paul Smithのカバンはあまり洒落てるなと感じたことはないんですが、これは良いと感じました。
革の感じも滑らかでやわらかく、こめ細かくしっとりとした良い質感です。傷がつくと目立つタイプですね。笑
18000円だったので、即買いでした。
ブラウンはノーブランドで、国内のカバン職人さんによる生産品。
カバン屋でディスカウントされていたので、最近買いました。
シンプルなブリーフケースが好きで、特にブラウンは革そのものが綺麗でそれが引き立つシンプルなものという強いこだわりがあったのですが、これはど真ん中でした。
口を止めるのが、べろ皮一本というシンプルっぷりで、雨の日には使えません。
これはとにかく革が素晴らしい。そして、シンプルですが裏地は帆布で、かなり細工の完成度が高いように感じます。
これで12000円でしたから、どうかしてるぜ!って感じです。
ネイビーは一番最初に買ったブリーフケースです。
お値段48000円と、これが一番、そしてダントツに高いものです。
今から約2年前くらい、就職して少したったくらいの時期に買ったと記憶しています。
これだけ布製です。Stefanomano というイタリアのメーカーのハンドメイドの逸品ですから、どんだけ気合が入っていたんだという話です。
外側に余計なポケットや胴帯などが一切ない(三角カンすらない)本当にシンプルなデザインで、深いネイビーのしゅっとした雰囲気に一目惚れしました。
シンプルなブリーフケースが好きだという好みは、このブリーフケースがきっかけです。当時はそれくらい衝撃的でした。
その反面、取っ手やふちは黒の革で、縫い糸は銀黄色ですから、実はかなりコーディネートしやすく、着まわし(?)がしやすいので、重宝しています。
基本的にこの3つを三大ブリーフケースとして、カジュアルとフォーマル両方をカバーして使います。
以上、ただの見せびらかしでした。(ブログ自体がそもそも見せびらかしですが)
【日記】工芸品のバザールで買い物
今週末、多治見で凄く大きな骨董祭が開催されていまして、多治見の市街の複数の商店街で、色々なバザールが開かれていました。
ずっと探していた以下の3つの買い物を済ませることができました。
・手帳のケース
・小さいサイズの革の筆入れ
・エコバック
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特に手帳のケースは気に入っています。
手帳カバーの革を傷つけないコットン製で、ジャストサイズ。色も手帳と同じ黄色系で、とめ具もパッチンボタンひとつで手帳の取り出しがスムーズで、ファスナーのようにとめ具自体が手帳カバーと接触しない。
しかもこれで600円。大満足。
小さな筆入れ。当分はレーザーポインター入れとして使用しようと思っています。
レーザーポインター以外にボールペン予備で一本入れると、会議などの移動時用の筆記用具入れになりますね。硬めで筆入れとしては使いやすい感じがします。
これで2500円。デパートで買うと5000円から8000円するレベルだと思います。
帆布のトートバッグをはエコバックとして買いました。これで2000円。
なんとかてっどあろーずとかとは違う、こういう、いい意味で統一的なお洒落みたいなの無いのが欲しかったんです。
陶器の方の市場がメインなんですが、そちらは人が本当に凄かった……。
ファッションや革は結構好きですが、陶器には目覚めていないので、ちょっと見るだけにしました。
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そして多治見自体がいいところで驚きました。
職人の街でクリエイティブな雰囲気があり、風土はのどかで景色は風光明媚でした。
まだ桜も咲いていましたし、そよ風が気持ち良いうららかな一日でした。
【雑記】社会人三年目を迎えて(コミュニケーション能力ってなんだろう)
最近パブーシュ(モロッコの革製のスリッパ)を買いました。
もともと靴底がないタイプの軽くて柔らかいスリッパ(?)が好きなのですが、布製だとホコリや毛がついて汚れてしまうので、いっそのこと革製でこういうのないかな……と最近ずっと思っていました。
まさにそんな僕の思いを具現化したようなものがこのパブーシュです。そんな感じで気に入っています。
でも、くっさい。『羊の革のため、多少臭いがすることもありますが』みたいな注意書きがありましたが、くっさい。
『臭いは気になる場合は、風通しの良い日陰に置いてください』って書いてあったので、置いてるのですが、くっさい。
くっさい。
でも履きたいから、ちょくちょく履いてて、足もくっさい。
そんなこんなパブーシュの悪臭に悪戦苦闘している最近ですが、先日、4月1日で社会人3年目を迎えました。
ちょっと振り返ってみたいと思います。
今日は「就職活動」についてと「コミュニケーション能力」というものについて考えたいと思います。
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というのもですね、なんとなくこうして自分の社会人生活を振り返ってみると、「就職活動」と「就職した後(実際に仕事をすること)」が地続きでないように感じるのです。
社会構造的に地続きでないもの(これは言うなれば、社会構造上の欠陥)もありますし、また、ひとつ自省できるものとして、社会人になって(実際に働き始めて)自分が忘れてしまったこともあるのだと思います。
もし、就職活動から社会人に至るまで一貫して重要視されているものがあるならば、それはきっともの凄く大事なことのように思えるのです。
■「コミュニケーション能力ってなんだろう?」
なんとなく、思い当たることというか、気がかりなことがあります。
それが今回のテーマ「コミュニケーション能力」です。
「コミュニケーション能力」というワードは、就職活動で最もよく耳にする目にするものではないでしょうか。
企業が就活生に最も期待するのは「コミュニケーション能力」でした。
「コミュニケーション能力」「コミュニケーション能力」「コミュニケーション能力」
就職活動中はホント、こればっかだったような気がします。
しかし、会社に入ったとたんに「コミュニケーション能力」という言葉を耳にしなくなりました。
かと言って、コミュニケーションが、コミュニケーション能力が不要になったかというとそんなことはないのですよね……。
コミュニケーションについて、働き始めてから分かってきたことを書きます。
①実際に仕事をしてみると、会社は人間が形成する組織で、何をするにしてもコミュニケーションが必要になることが分かってきました。むしろ学生時代よりもコミュニケーション自体は必要度が高いです。
②学生時代、就職活動時はコミュニケーションは「話す・聞く」という、オーラルなものを指していた気がしますが、今思うコミュニケーションはもっと深く・多様です。
コミュニケーション能力は奥が深い。就職活動は過ぎ去りし過去ですが、今こそむしろ、テーマにすべきかもしれません。
「コミュニケーション能力ってなんだろう?」
■
ここで話は、就職活動時代に戻ります。
就活時代、僕はチャラお化けと一緒に、「俺達『コミュニケーション能力ってなんですか?』ってきかれてばっかりだから逆に『コミュニケーション能力ってなんですか?』きいてやろうぜwww」と考えて、自分達が就活生であることをいいことに、先生から会社の人まで色々な人に「あなたにとってコミュニケーション能力ってなんですか?」ときいてまわりました。
全体的な結果はというと、「これだけ『コミュニケーション能力が大事』とか言われている割にみんなマジメに考えてないんじゃないか?分かってないんじゃないか?」と思うようなモヤっとした回答が多かった気がします。
その中でも、ひとつ素晴らしいものがありました。
今となってはこれが唯一覚えている回答です。そして実際、当時から今現在至るまで自分にとっての「コミュニケーション能力ってなんだろう?」という問いの答えとなっております。
それはすなわち
『コミュニケーション能力とは、人を感動させること』
というものでした。
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今改めて思うのは、これは非常に的を得たと言うと僭越なものいいですが……、かなり真に迫る解釈のような気がします。
感動というと分かりづらいかもしれません。これを「心から納得」と置き換えてもよいと思います。
心からの納得が得られているということは心の大きな動きがうまれていますから、もうこれは感動の一種と言ってもよいと思います。
人を心から納得させる。人を心からやる気にさせる。人の心に何か気を起こさせる。
今の僕にはコミュニケーションの目的は大抵こういうものに収斂されるように思えます。
そしてそこには感動が存在するはずです。
■コミュニケーションってなんだろう?
そう考えると、コミュニケーションってなんだろう。
人を心から納得させる、人を心からやる気にさせる、人の心に何か気を起こさせるための手段ですから、少なくとも「話す・聞く」だけではないでしょう。
今の自分に言えるのは『人を心から納得させる、人を心からやる気にさせる、人の心に何か気を起こさせる、人を感動させるあらゆる手段がコミュニケーションなのだ』ということです。
漠然とですが。
そう考えると、実は物凄いふんどし締めなおさないといけないことろがあります。
■
今日は、くっさいパブーシュを履きながらそんなことを考えました。
【日記】革の手帳カバー
ここ二年くらいB6サイズの手帳を使っています。
一番手に馴染むサイズで、どこにでも持っていったり、こまめに開く気が起きるサイズで気に入っているのですが、カバーがあまり気に入っていませんでした。
とりあえず一番まともなやつ、去年の手帳のフェイクレザーのものを使いまわしていました。
ということで、最近ようやく念願の革のカバーを買いました。
これからもB6サイズの手帳を使い続けたいと思っているので、今はこれを持ち運びのときに入れる袋かケースを探しています。
カバンの中に入れていると、他のものと擦れたり、ぶつかって傷ができてしまうのです。
勿論それも含めて革の味と考える人もいらっしゃいますが、僕は大切に丁寧に使っている中で少しずつ蓄積していく使用感を大事にしていきたいと考えています。
それを探している中で見つけたA5サイズの革のドキュメントケースを購入。
また、それ以外でも革のティッシュケースを購入。
消費増税前と革好きの再燃が起こって、こんな感じで買い物をしてしまいました。満足。
カバンの中と仕事のデスクの上が、少しお洒落で楽しくなります。
特に先の手帳カバーは本当に気に入っていて、毎日ほっぺたすりすりしています。
【日記】車上荒し
最近石原さとみがかわいいかわいいと話題ですが、そんなのは昔から分かりきっていたことなのではないのかと戸惑っているしんたろうあめです。こんばんは。
最近、車上荒しに遭いました。
といっても、車内には侵入されず、何も窃盗されませんでしたが。
ただ、助手席側の鍵を無理やりあけようとしたみたいで、鍵穴が壊れ、車のボディからも少し外れている状態になっています。
警察には器物損壊で被害届を出しました。
しかし、全然気にしてないんですよね。自分でも不思議なほどに……。
そもそも、この異変に自分では全く気が付きませんでした。
珍しく週末に車で実家に帰ったとき、親が気づいて、そこでようやく発覚しました。
いつやられたのかも全く見当が付かない……。
保険内容から修理費用は保険でカバーできないので、直すつもりもありません。
(不恰好ですが、一応鍵自体は機能します。)
確かに気持ち悪いですけどね。
力ずくで捻じ曲がった僕の車の鍵穴が、誰かの捻じ曲がった心の存在証明ですよ。
ポエティックですよ。バイオレント・ポエティックですよ。
そもそも気がつかなかったくらいですから、もともと車にはその程度の価値しかないというか、所詮車は道具に過ぎないという発想なんですよね。アメリカンドリーム!若しくは若者の車離れ!
最近そんな感じで物欲が失せてきています。
ものごとに真理や本質に近づいていくと、どんどん余計なものや周辺のもの、無駄なものが意識から削げてきます……が僕がそうなのかは知りませんけど。
話が微妙に変わっていますが、今年は身軽になりたいので、色々なものを整理したいと思っています。
因みに車を手放すつもりはありません。
何が言いたいんだという感じの話になってしまいましたが、あまりにも執着しない自分にビビったので、ブログの記事にしました。
【性愛】寂しさ
新年二発目でこんな記事かよという感じですが、寂しさについて書きます。
というのもですね、大事なことなんですよ。寂しさって。
「寂しさ」という概念は、僕の今の人生において最もホットは話題なのです。去年も「寂しさ」に関する記事を書いております。(「寂しい」と言ってもいいですか? )←先ほど顔真っ赤にして読み返しました。
■好きな女性のタイプ
「好きな女性のタイプってなんですか?」というありきたりな質問。
僕にはひとつ明確な答えがあります。言葉にならないものだけど、あえて言葉にするとこんな感じです。
『孤独や寂しさ、裏切りや理不尽、苦労や苦痛、他者への恐れを知っている女性』
実は女性だけではなくて、こういう男性も好きなのです。人間として。
こういうものを知らない人間は実に薄っぺらい。
特に20代中盤くらいからでしょうか、こういう面での人生経験に如実に差が出てくるように感じます。誰かを亡くしたり、失くしたり、信じてた人に裏切られたり、はめられたり、何かに挫折したり、何かに苦しんでそれを乗り越えた人は、そういう経験をした人特有の物腰やオーラが出るものです。
そしてそういう人は、孤独や寂しさを知っています。この世界に産み落とされてたった一人で生きていかなければいけない宿命を悟っているのです。そういう人はみなどこか「寂しがり屋」なのです。
表面的な寂しがり屋やかまってちゃんとは違います。内に秘めた静謐な寂しさがあるのです。
僕はときにその妖艶さに、ときにその愛おしさに惹かれるのです。
■「寂しさ」とは惹かれ合う力
完全に持論ですが、恋愛や結婚、それから軽やかな男女の付き合いも結局は人間関係ですから、本質的には他人を求めることが原動力になっています。この原動力を分かりやすく言うと「寂しさ」です(他にも色々な見方や解釈はあります。)
故に、寂しさがない人はその程度の原動力しか持ち得ないのです。そういう人は性愛に関する感情も経験も貧困です。
今風の言葉にすると「草食系」ですが、勇気がないとか恋愛音痴とか以前に、そもそも心の奥底から湧く原動力がないということです。他人を求めないのです。
先ほど好きなタイプは寂しさを知る人と書きましたが、正確にいうと、実はそもそも寂しさを知らない人は、恋愛市場、恋愛競争、男女の深い世界に入ってこないので、途中で消えていくものなのです。
これは飢えた経験がない人に本当のごはんの美味しさが分からないのに似ているかもしれません。
僕は美味しさを分かち合える人とごはんを食べたいのです。恋愛も然り、人生も然りです。
■結局何が言いたいかというと
名古屋の女の子は、一人暮らしをしてください。
名古屋で出会う女の子の90%くらいが、名古屋出身→名古屋の高校・大学・専門学校卒業→名古屋で就職、ずっと実家暮らしです。
話も全然面白くないし、歳のわりに精神的に自立できていない傾向が強く、淑女としての品格というか、女としての well educated 感がなくて辟易します。
あくまで僕の好み・人生観の話なので、むしろそういう女性が好きという男性もいるのだと思いますし、名古屋は外に出なくてもなんら不自由しない都市であることの証でしょう。
まあモテない男の負け惜しみですので、ネタとして聞き流してください。
■余談(「寂しさ」という媒介物)
最後に余談ですが、そもそも僕がいう「寂しさ」を持つ人間が人として絶対的に優れているとは考えていませんし、そもそもなんだかんだ皆「寂しさ」を持っているものです。
ただ、この寂しさは、これまで述べてきた私が惹かれる「寂しさ」とはちょっと意味が異なる、感情としての「寂しさ」ですが。
そういう意味では、人は皆寂しい。「寂しい」という感情を持っている。
だからこの世界には「寂しさ」が溢れている。
僕は今このように「寂しさ」というものをとても重視して生きているので、僕の人生にとっての「寂しさ」という概念は、『HUNTER ×HUNTER』でいうところの「念」だったり、『聖闘士星矢』でいうところの「小宇宙」
みたなものかもしれません。
僕にはこの世界にうごめく寂しさの流れのようなものがぼんやりと見えます。そんな気がするのです。
それが貨幣のように人と人の間の流動物となっているように見えるのです。(それと同様に「楽しさ」(快楽)というものも存在します。)
寂しさには人を動かすだけの切実さや価値があるのかもしれません。まだわかりませんが。
ただ、結局社会は人間で、人間は感情の生き物なのだと思う今日この頃です。
(社会人になって少し時間が経ち、少しまたものの見え方や関心ごとが移ってきているように感じます。)
【日記】2014年を迎えて
あけましておめでとうございます!
と白々しくいってみるものの、年明けからもう2週間近く経っている今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?
年末年始はですね、ずっと書こう書こうと頭の中に溜まっていた、一年分の書きたい記事を更新しまくって、世の皆様の年末年始の暇つぶしのコンテンツになろうと考えていたのですが、
酒飲んでたら、いつの間にか年が明けて、正月も終わっていましたね……(´ω`)ヾ
とりあえずここではさくっと去年を振り返って、今年の抱負的なもの書きたいと思います。(2013年も色々ありましたよ。色々ありすぎてブログ全然更新してないYo!!)
■去年を振り返る
そんな私の2013年。
書き出すときりがないので、とりあえず、金、女、仕事で振り返ります。
【金】
金に困った一年でした。
マイケルリッチってはしゃいでたのがもう嘘のよう!
学生時代が長くビンヴォーには強いのですが、そもそも金が無かった学生時代と、自分で金を稼いでマネージメントする社会人とでは勝手が違うようで。金を何に使うも自由。社会人はいうなれば『フリースタイル・ビンヴォー』。
金を稼いで毎月使い切るというフリースタイル・ビンヴォーを縦横無尽に行い、人生で初めてマイナスになったりもして、お金の大切さを知りました。
【女】
具体的なことを書くのはやめることにしますが、苦悩も多く男としても人間としても大きく成長した一年でした。
項目としては「女」は二番目にしていますが、正直一番成長したのはここの部分かなと思います。
【仕事】
火の車ですね。今年も大変な一年でした。
こっちも本当に学ぶことが多い一年でした。
一年目は優秀な先輩の下で守ってもらいながらおとなしくやってい
中でもよく学んだのは、
周り
あとは人がたくさん集まったときの力の大きさは、個人の能力や資質を凌駕するということです。
それ以外だと、人間の能力の「分布」の存在です。
「中卒」「高卒」「大卒」、「Fラン」「中堅国立」「東大」などで、ざっくり分類やレベルわけなどをしても、結局その中でもかなり能力の高さにはばらつきがある。こういう話はよくききますが、実際冷静になって周りを見渡してみると、その通りだなと実感しました。
中卒でも凄く賢い人はいるし、大卒でも馬鹿はいる。「こいつとは国立大学院卒として同じくくりにされたくねぇ……」と思うような人もいれば同じような学歴だけど凄いなぁと関心する人もいます。
それがなんだという話ですが、別にだからどうしたということではなく、初めてそういうことを実感した一年でした。中々大学にいたら気づかないことでした。
あと仕事に関してですが、早ければ今年中に辞めることになると思います。
次どうしいうかねって感じです。
□新年の抱負
特にないですね。
ただ健康でありたいですね。それだけです。あとはなすがまなに。
だけだとそれでは話が広がらないので、重要項目で抱負を書きます。
「金」、「仕事」、「人との繋がり」「その他やること」で書きたいと思います。
【金】
去年は服とか楽器にかなり投資したので今年はそれを使って「さあ何をしようか!」
金を他の価値の創造に惜しみ無く使うという基本ん姿勢は変わりま
荒使いしているようにしか見えないかもしれませんが、一応それなりに考えがあって使っています。
ただし、来る旅立ちに備えて今年は貯金したいですね。
目標をかきましょう。
目標:50万円貯金する(財形貯蓄など以外で)
少ないかもしれませんが、精一杯です。(照れ)
【仕事】
去年は攻めの一年でしたので、今年は少し押さえて、
また、今年中かは決めていませんが、
人生の次のステップも考えていきたいと思います。
後述しますが、仕事、会社外での活動を拡大したいので、
目標1:柔和な仕事ぶり
目標2:最低週一定時退社
目標3:次のステップへの準備(何したらいいのか分かっていないので目標ではありませんが)
【人との繋がり】
去年は「人の心」というものやその繋がり、つまり人との繋がりというものが人生において重要なものなのだということを感じました。
今年はこれまで以上にそういったものを大事にしていきたいと思います。
社会人一年目(一昨年)は、疲れて死んでいましたが、
なので今年は人に会っていきます。
リアルではこれまで通り名古屋で交友関係を広げるとして、更に今年はこれまで築き上げたネット上のリレーションシップも強めていきたいと思います。(私見ですが、今台頭しているSNSなどの中には今後廃れていくものもあると思います。ネット上で作ってきた人間関係も私の大切な財産なので、堅持したいと思うのです)
種々SNSなどをやっていますが、
目標:ネット上の知り合い12人に会いに行く
【その他やりたいこと】
「プラハに行く」
まず真っ先にやりたいことで浮かんだのは、「プラハに行く」です。
何故プラハかと言うと、ギターを教えに行っている高校の学生が、今プラハに留学しているのです。
そしてプラハは、なんと私が人生で2番目に行きたいと思っている所。これを好機とみて、頑張って行けるように今動き始めています。
「オーストラリアに行く」
友達が看護師を辞めてオーストラリアに留学するので、できることならちょっくら居候したいです。
女の子ですがお互い泊まり合ったりしているので、その点はOKでしょうけど、完全にプラハが第一目標でこっちの優先順位は低いので、お金や時間のことを考えて、文字通り「やりたいこと」という程度の認識です。
てか、みんな休学したり、仕事辞めたり、どうした?? (´ω`)
まあ私の言えたことではないけど。
「CDをつくる」
そろそろ音楽を何か形にまとめたい。
■
以上です。
今年も激動の一年になりそうです。
思えばこのブログ、始めたころは創作系オタブログだったのに、大学院に進学したり、休学してアメリカの大学に研究留学したり、卒業して就職したり、……といろんなことをヤラカシテ、そして晒しています。
就職してからは、更新頻度も下がってしまってしまっている状況ですが、自分の「生き方を考える」ブログと位置づけていますので、このブログは私の人生のもっとも深い基盤のところにある存在です。更新しないことはあっても、辞めることは断じてありません。
今後とも末永くお付き合いいただけたらと思います。
ということで、今年もよろしくお願いいたします。






