安倍晋三元首相は、奈良県で参議院の応援演説中に、後ろから拳銃で2発打たれ、心肺停止の状態です。狙撃した41歳の男は、現行犯逮捕されました。

安倍さんは、2発目の発砲後に倒れたという証言があり、1発目のおよそ2秒後、犯人に2発目を撃たせてしまったことが問題であることは明らかです。1発目が外れた直後、安倍さんを無防備なまま、2秒間放置してしまったガードの問題も感じます。その場には、SP1名と複数の警官がいたということですが。

犯人は、元海上自衛官とは言っても、21〜24歳まで、3年間、任期付きで働いていただけで、17年前に退職しています。本人の思想的背景とは、あまり関係がないでしょう。銃は、鉄パイプで自作した手製の銃と見られます。

事件の背景は、まだよくわかっていません。けれども、安倍さんの正しい考え方が、国民の大多数の間に浸透しつつあることを恐れている、少数の思想的に極端に偏った勢力に影響を受けての犯行ではないか、と思われます。

実際、安倍さんが銃弾で倒れたことを喜ぶ人々もいます。そして、「安倍は戦争をしたがっている!」「安倍は人殺しだ!」「安倍はヒットラーだ!」「安倍を殺すことは正義だ!」と信じる狂った勢力が、この国には確かに、一定数、存在するのです。しかも、メディアは、これまで、そうした間違った思想・風潮の蔓延を、放置してきました。

今回の犯行が、我が国のそのような状況において、知らず知らずのうちに、偏向思想にどっぷり浸かった狂信者か虚無的なテロリストが犯した凶行であることは、おそらく間違いないのではないか、と私は考えます。

ところが、肝心のメディアに、その反省の色がまったく見られない。それどころか、左派リベラルの連中などは、この状況を喜んでいる。こうなって当然と思っている。

 

このような、有力な保守政治家に対するテロリズム(暗殺事件)は、この国では、長い間、なかったことです。この国での首相経験者の暗殺は、類い稀な経済センスの持ち主であった高橋是清が殺された「2・26」事件(1936年)以来、86年ぶりです。

「ついに、この日本でも、このような忌わしい凶行が行われてしまった」という無力感と怒りと悲しみを感じます。

参議院選挙直前に起こされた、この凶行は、民主主義に対する挑戦でもあります。

今日の菅義偉元首相の沖縄訪問にも、何らかの影響があるようです。また、少なくとも、自民党、日本維新の会では、今日一日、日本全国、マイクを持っての演説は取りやめとなりました。

これもテロの影響です。

しかし…。

 

民主主義がテロに屈することがあってはならない!

 

私たち国民は、真実から目を逸らしてはなりません。

テロを許すな!

 

なんとか、助かって欲しい。

世耕さんも言っていますが、この国はまだ安倍さんを必要としている。

なんとか、なんとか、助かって欲しい。

 

たった今安倍さんの死亡が病院で確認されたと、メディアの報道がありました。

享年67歳。あと10年は、この国のために活躍できたでしょう。

本当に残念です。無念です。まだまだ、これから、という時に…。(7月8日17:53)

 

 

 

日本の歴代総理大臣としては稀有の資質である、バランスのとれた柔軟な外交感覚と確固としてブレない良識ある外交戦略を持ち、何よりもこの国の国家像として、明確なビジョンを持ち得た、偉大なリーダーが、この世をさりました。

この国は、大事な立派な大きな柱を、突然の理不尽な凶行によって失いました。

この訃報に際して、世界中から、心のこもった弔電やメッセージが届き、ツイッターにコメントが挙げられているようです。

 

●トランプ前アメリカ大統領

「世界にとって最悪の知らせだ。安倍氏がいかに偉大なリーダーだったかは、歴史が教えてくれるだろう。彼のような人物はもう二度と現れないだろう。平和と自由、かけがえのない日米の絆の擁護者だった。彼の暗殺は悲痛な残虐行為であり、全世界にとって計り知れない損失だ。この惑星から偉大な人物を奪った犯罪者が迅速に、かつ大きな代償を支払うことを望む。」

 

●エリザベス女王

「突然の痛ましい訃報に、私と家族は深く悲しんでいる。彼の日本への愛情と、英国とさらに緊密な絆を築きたいと願う気持ちは明白だった。この困難な時期に当たり、ご遺族と日本の方々に最も深い同情とお悔やみをお伝えしたい。」

 

●プーチン大統領

「安倍晋三氏の死に際し、深いお悔やみを申し上げます。犯罪者の手は長きにわたり日本政府を率い、両国間の関係発展に多くを成し遂げた、優れた政治家の命を絶ちました。」「安倍氏は卓越した政治家で、露日関係の発展に多くの軌跡を残した。シンゾウとは定期的に連絡を取り合い、彼の輝かしくプロフェッショナルな資質は常に発揮されていた。この素晴らしい人物の記憶は彼を知る人全ての心に永遠に残るだろう。」

 

●ジョンソン英首相

「信じられないほど悲しい知らせだ。不透明な時代に発揮された彼の指導力は、多くの人に記憶されるだろう。私の思いは彼の家族、友人、そして日本国民と共にある。イギリスはこの暗く悲しい時にあなた方に寄り添っている。」

 

●モディ印首相

「親愛なる友人が悲惨な死を遂げ、言葉にできないほどショックを受け、悲しい。今日はインド全体が日本とともに彼の死を悼んでいる。世界の偉大な政治家で、傑出したリーダーであり、世界と日本をよりよい場所にするために人生をささげた。(5月に日米豪印の「Quad」首脳会談で来日した際も、安倍氏と東京都内で会談しており、)彼はいつものように機知に富み、洞察力があった。あれが彼と会う最後の機会になるとは思いもしなかった。」

 

●蔡英文台湾総統

「安倍晋三元首相のご逝去の報に接し、言葉にならないほどのショックを受けています。台湾国民も深い悲しみの中にいます。安倍先生とはまた台湾でお目にかかれると信じていました。しかし、許し難い暴挙によって尊い命が奪われてしまいました。安倍先生は生前、台湾に実に多くのご支援とご配慮をくださいました。私たちはこのことを決して忘れません。先生は天国でもきっと、インド太平洋地域の民主主義を見守ってくださると信じています。心からのご冥福をお祈りします。」

 

●アーダーン首相(ニュージーランド)

「日本の安倍晋三元総理が集会で銃撃された後に死亡したというニュースを見て、本当にショックを受けています。彼は常に集中していて思慮深く、また、寛大でした。最初の二国間会談の後、公式写真の撮影を待っていた際、安倍元総理が、私の猫が死んだことを『残念に思う』と言ってくれたことを覚えています。日本の総理大臣を最も長く務めた安倍元総理、その喪失感を多くの人々が深く感じることでしょう。」

 

●N・P・パトルシェフ(ロシア安全保障会議書記)

「われわれは、安倍晋三元日本首相の早すぎる死去に関連して、深いお悔やみの言葉を述べる。安倍氏は常に、輝かしく、また権威ある日本の政治家の一人であり、自国や国外において当然の敬意を受けてきた。われわれは彼を、ロシアとの関係の発展のために多くのことを行い、両国民間の相互理解の顕著な改善の実現を心から願い、課された目標の達成のために労力、時間や自身の健康を惜しまなかった、優れた政治家として記憶にとどめるだろう。われわれは、安倍氏の近親者や全ての日本国民とともに、この喪失の悲しみを共有している。」

 

 

 メディアも、飽きもせず、銃撃のシーンを繰り返し垂れ流すより、この国民及び世界の喪失感に向き合って欲しいです。

安倍さんは、2009年のプライムニュースで、反町さんに「反町さんが銃で武装した外国だとして、私が日本だとすると、私は、反町さんの撃つ弾を撃ち落とすことしかできず、撃ち返すことができない」と、日本の自衛隊の現状では、国を守ることができないことを説明していました。

まさに、そうした日本の危機管理能力の低さが、今回、安倍さん自身の命を奪うことになりました。

私たちは、その事実を直視しなければなりません。

私たちは、自らの命を守る意志を持たなければならない。」

それが、安倍さんの遺言でしょう。

 

それと同時に、私たちは「誰が安倍さんを殺したのか?」について、よくよく考えなければなりません。

犯人は、現代の主要な問題の一つである「壊れた家庭」の子どもでした。父を自殺で喪い、祖父を喪い、兄を小児癌で喪い、母親は宗教に1億円献金して家族を崩壊させ、今もなお献金を続けている。失うものは、もうなかったのかもしれません。

母親が宗教にのめり込んで、自己破産したからと言って、山上徹也が、教団と関係があると信じて安倍さんを付け狙ったのは、やはり、「安倍さんは悪者」というネット上の風潮に、山上の判断が左右されたことは間違いないと思われるからです。

山上の母親が入信していた統一教会では、以前は自民党に票を売るということが横行していました。その親玉が、安倍晋三とでも思ったのでしょうか。いずれにしても、「安倍は悪の温床の親玉」というネット言論の風潮が、孤独な犯人の絶望に病んだ頭に影響を与え、見当違いの間違った行動に駆り立てることになった、という疑惑は否定できないでしょう。

だからこそ、「安倍は悪」「安倍は人殺し」「殺されても仕方がない」という理不尽でロクでもない風潮をつくった連中を許してはならないのです。

妄想で他者を断罪するのは間違いであると気づかせることが大切です。それが、ひいては私たち自身の命を守ることにつながるからです。

 

左翼のみなさん。

あなたたちの呪詛が、安倍さんを殺したのです。

けれども、その呪詛は、いずれあなたたちに返ってくるでしょう。

「人を呪わば…」と言うではありませんか。

 

菅義偉前総理は、沖縄への応援演説に行くため、羽田へ向かってクルマに乗っている時に、「撃たれた!」と聞いたそうです。それで、その日の自民党の選挙活動は中止となり、そのまま、急遽、行く先を変更して、奈良行きの新幹線に乗ったのだとか。

プライムニュースで、司会の反町さんに「その時どういう気持ちで奈良へ向かったのですか?」と訊かれ、菅さんは言っていました。「胸を撃たれたと聞いたので、もしもということがある…、同じ空気を吸いたいと思って…、寂しがり屋だから、そばにいてやりたいと…。」

それを聞いて、反町さんが、涙を流していました。

6月22日の公示から、7月10日の選挙当日まで、18日間の選挙戦のうち、最初の週末(土日)6月25・26日の2日間を、菅義偉元首相は、古謝玄太さんと共に、沖縄本島をまわり、応援演説することに、まるまる費やしました。土曜の夜、沖縄で一泊したわけです。

これは、古謝玄太さんが、菅さんが内閣官房長官だった時に、総務省の一員として、内閣官房付で仕事をしていた縁があり、玄太さんの人となりを知っていることから、特に力を入れて応援しているとのことです。

中央官僚出身の国会議員が、沖縄で初めて誕生するかもしれないということで、自民党本部の力の入れようも尋常ではありません。

6月24日(金)には、金子恭之総務大臣と渡辺博道元復興大臣が応援に来ていました。古謝玄太さんが、総務省出身で、復興庁参事官補佐をしていた縁で、応援にいらしたようです。

明日27日(月)は、参議院幹事長の世耕弘成氏が応援に来ます。さらに、茂木敏充自民党幹事長は、公示前の19日(日)に続いて、明後日28日(火)にも、再び応援に来沖します。以降、29日(水)には小泉進次郎氏、30日(木)には小渕優子氏(自民党組織運動本部長)が応援に来ます。

岸田文雄首相も、7月1日(金)に沖縄入りする予定です。首相の選挙応援での沖縄入りは、2013年の参院選以来だそうです。また、岸田首相が欧州から帰国後、最初に応援演説に立つのが宜野湾市だそうです。

 

↑名護十字路(6月25日17:00)

 

↑嘉手納マリーナ(米軍保養施設:県民の民間利用自由)(6月22日15:00)

附属施設のレストラン「シーサイド」で昼食をとった後、テラスから撮影。

米軍との共生もまた、沖縄の魅力の一つだと思うのですが、そう正直に言うと、選挙では勝てないのでしょうか?

 

↑北谷町商工会ホール(6月27日19:00)

参議院幹事長世耕弘成さんの応援演説です。10年前、古謝玄太さんは、世耕さんが内閣官房副長官だった時の直接の部下だったそうです。

 

↑中城村南上原サンエー駐車場前交差点(6月28日15:40)

市民手作りの応援字幕の下で、右から茂木敏充自民党幹事長、古謝玄太さん、衆議院議員宮崎政久さん。

明日6月29日は、14:30から浦添市組踊公園で小泉進次郎さんが応援演説です。

 

↑浦添組踊公園(6月29日14:40)小泉進次郎さんと古謝玄太さん。

宮古島の「古謝そば」には、お父さんの小泉純一郎さんも、食べにきたことがあるのだそうです。

 

↑宜野湾コンベンションシティー前(7月3日15:10)右から夜回り先生水谷修さん、くぼたてつやさん、古謝玄太さんの奥さま。この直後、大雨になりましたが、その中で、水谷さんの熱い応援演説が続けられました。翌4日も、水谷修さんは、くぼたさん、玄太さんと一緒に、朝から本島をまわるということです。

また、この日(3日)は、たまたま宮古島を訪れていた現役レスラー大仁田厚さん(64歳)が、古謝玄太選挙事務所へ激励に顔を見せられるということもあったようです。

 

※7月2日(土)の林芳正外務大臣の久米島入りは台風のせいで中止になりましたが、台風の中でも、玄太さんは精力的に県内を回っています。そして、台風が明ける7月4日(月)には、小野寺五典元防衛大臣、西村康稔元経済再生担当大臣の沖縄本島入りが決まっています。

7月4日17:00から、西村さんは、マックスバリュー八重瀬店前で、小野寺さんは、同時刻に、玄太さんと一緒に汀良交差点にて街頭演説会を行います。2人の閣僚経験者が、同じ候補者のために、同時刻に別々の場所で、応援演説を行うというのは、国政選挙史上でも前代未聞ではないでしょうか。

↑7月4日(月)、小禄駅前のイオン那覇店前に、19:00〜、水谷修さんと小野寺五典さんが、この日最後の応援演説をしています。

 

7月5日(火)には、二階俊博元幹事長が、浦添てだこホールに応援演説にいらっしゃるそうです。

さらに、7月7日(木)には、河野太郎さんが来るそうです。

加えて、7月8日(金)には、17:30〜パレットくもじ前に、菅義偉元総理が、再びいらして、演説会及び写真撮影会が行われます!

 

7月8日、安倍晋三元首相が、奈良県で、狙撃により死亡。

その日の菅義偉元総理の演説会と撮影会は中止となりましたが、翌7月9日、選挙活動の最終日に、茂木敏充自民党幹事長が選挙戦中、再度、沖縄に応援演説にいらっしゃいました。

7月9日(土)那覇市サンエー・メインプレイス及び県立博物館・美術館前で、選挙戦の打ち上げ式。左から演説中の茂木敏充自民党幹事長、佐喜真淳県知事選候補者、西銘恒三郎衆議院議員、古謝玄太さん、奥さん、SP2名。

 

7月10日(日)投票日。

午後4:00現在、沖縄県は、当日投票率が全国最下位で18%。最高は山形県の27%。全国平均は23%。

午後7:30現在、全国平均投票率は27%。最高は山形県の32%、沖縄県は最低の石川県に次いで22%。

午後8:30現在、全国的には、自民大勝の情勢が色濃く出ていますが、沖縄だけが、自民公認の古謝玄太さんと共産・社民・社大らが推す伊波洋一さんの大接戦となっています。

午後10:16現在、開票率は20%。出口調査では、NHKが伊波洋一氏有利を、ANNが古謝玄太氏有利を伝えています。出口調査で優勢が割れるとは、それだけ接戦ということなのでしょう。

午後11:16現在、開票率は65%。集計票数は逆転に次ぐ逆転で、心臓に悪い。

午後11:38現在、開票率は97.5%。集計票数は2500票差で追いかける展開。

午前0:00現在、伊波洋一氏に当確。開票率は98.7%、票差はわずか4300票。

午前0:30現在、開票率は99.3%で、票差は3000票。ここまでもつれるとは…。

参政党の22000票がなければ、十分、玄太さんの勝利もあり得た。いや、まず、間違いなく勝利していただろう。参政党によって保守の票が割れてしまった。残念なことだ。

 

最後まで、よく戦ったが、あと一歩、及ばなかった。

その一歩とは何なのか。

何が足りなかったのか、しっかり分析して、次に活かして欲しい。

もっとも、既にデジタル投票が実施されていれば、絶対に玄太くんの勝ちだったはず。若者が、もう少し、選挙に行っていれば、玄太くんの楽勝であった。

伊波陣営は、「基地反対の民意が出た」とか言っているが、投票率が50%で、票差は2800票、有権者の1/4の意志が示されただけで、これの何が『沖縄の民意』か?

 

それにしても、安倍さんの訃報の直後で、全国的には自民の大勝であるのに、沖縄だけは共産・社民の勝利に終わるとは、この島は、いったい何なのだ?

情けないわ!

俺はゼレンスキーだ!

(By 玉城デニー沖縄県知事:5月25日「ゼレンスキーです。冗談です。」発言より)

 

ということは…。

その意図する暗示は何か。

沖縄はウクライナだ?

日本はロシアだ??

岸田はプーチンだ???

玉城デニー知事は、沖縄独立党の一員(あるいは親派)ってこと?

でも、沖縄は日本の一部ではないという趣旨の発言をたびたび繰り返しながら、首里城焼失直後に、真っ先に首相官邸に駆け込んで、緊急援助を申し入れたのは玉城デニー知事ですよね。

コロナ対策で政府に感謝しつつ、喉元過ぎれば「(僕)ゼレンスキーです」と冗談で言うのか。

依存しながら、脅す。それも、悪びれないと言うか、ほとんど無意識に、そうできてしまう。これは、いただけない。

では、玉城デニー知事の応援する伊波洋一さんは、どうなんだろう?

一月以上遅れての反応ですが、選挙が近づくと、遅ればせながら、考えてしまいます。

 

2022年の参院選が6月22日に公示されました。7月10日の投開票日まで18日間の選挙戦が幕を開けました。

参院選では、沖縄県は、県全体が選挙区となります。改選議席は1名です。

沖縄選挙区での立候補者は5名です。そのうち、幸福実現党、参政党、NHK党の候補者は泡沫候補と言えるでしょう。

 

よって、今回の参院選沖縄選挙区は、社民・共産・社大など、〝辺野古基地建設を許さない〟「オール沖縄」の革新勢力が推す現職参議院議員の伊波洋一氏(70歳)と、総務省出身で、自民党公認、公明党推薦という保守の新人候補、古謝玄太氏(38歳)との、事実上の一騎打ちと見られています。

 

 

 

◎伊波洋一氏は、1952年、沖縄県宜野湾市の生まれで、琉球大学理工学部卒、1974年、宜野湾市役所就職、1996年、宜野湾市役所を退職し、沖縄県議会議員選挙に出馬して当選、2000年にも再選しました。その後、2003年には、県会議員を辞職し、宜野湾市長選に出馬して当選、2007年にも再選しました。

伊波洋一氏は、宜野湾市長として、全国で初めて、中学生以下の入院費の無料化を実現しました。

その後、2010年に、伊波洋一氏は、宜野湾市長を辞し、沖縄県知事選に立候補しましたが、自民公認の現職仲井真弘多氏に4万票の大差で敗北しました。

さらに、2012年には、自民公認の佐喜真淳氏と宜野湾市長選を戦いましたが、900票の僅差で敗れました。

2016年には、初めて参議院選に立候補し、得票率57.8%で自民党公認の現職島尻安伊子氏を下して初当選しました。その時の公約の一つに、「沖縄の最低賃金を時給1500円に上げる」というものがありましたが、実現はされませんでした。

参議院の会派「沖縄の風」幹事長。

今回は、2回目の当選を目指して立候補しています。

キャッチフレーズは、「(日本政府に)戦争を2度とさせない!」「平和な沖縄を守る!」など。

 

◎古謝玄太氏は、1983年沖縄那覇市の生まれで、首里石嶺町で育ちました。石嶺小・中学校から、野球部で活動したいがために、野球部のない公立の開邦高校でなく、野球部のある私立の昭和薬科高校に進学しました。その後、野球部での練習に明け暮れながら、化学にも興味を持ち、高三の時に、全国高校化学グランプリで金賞を受賞しました。

現役で東京大学薬学部に合格し、大学時代には、東京大学沖縄県人会をつくり、初代会長に就任しました。その後、大学院在学中に、研究者になるか、政治家になるか、迷っていたようですが、その迷いにけりをつけ、大学院を中退し、2008年(24歳)に総務省に入り、総務官僚から政治家への道を志しました。

県出身者が官僚の道に進んだのは、非常に珍しいことのようです。

古謝玄太氏は、総務省から内閣官房長官付、長崎県への出向、復興庁参事官補佐を経て、2020年(36歳)総務省を退職し、民間のNTTデータ経営研究所に入社しました。

そして、今回、初の参院選当選を目指して、沖縄選挙区から立候補しています。

キャッチフレーズは「老若男女が笑顔でいられる沖縄をつくる」「沖縄振興の即戦力」など。

 

 

 

今回の参院選の二人の候補者は、さまざまな意味において、極めて対照的です。

 

◯まず、第一に年齢です。

伊波洋一氏は70歳、古謝玄太氏は38歳、その年齢差は32歳です。

伊波洋一氏の強みは、県内での政治家としてのキャリアによる知名度と信頼であり、一方で、古謝玄太氏の強みは、中央官僚の経験を活かした実務能力、そして、若さとフレッシュな魅力です。

 

◯二人の候補者の対照的な点、第二にキャリアです。

▶︎伊波洋一氏は、琉球大学理工学部卒業後、宜野湾市役所、沖縄県会議員、宜野湾市長を務めてきました。参議院議員に当選するまでの伊波洋一氏のキャリアは、すべて沖縄県内で経験・実績を積んできたものです。

県内の事情を熟知した「土着の政治家」であるということです。

そして、伊波洋一氏は『自分は県民に育てていただいた。県民には、自分たちの〝洋一〟だと思ってもらいたい。私自身としては、これからも、沖縄の声を、国政の場に届け、沖縄の思いを国に訴えていきたい』と述べています。

基本的には、辺野古基地建設反対の声を国政の場で政府に訴えることを、自身の最大の使命として考えていらっしゃるのだと思います。

▶︎一方で、古謝玄太氏は、東京大学大学院中退後、総務官僚として中央でキャリアを積んできました。そして、民間のNTTデータ研究所を経て、今回、参院選に立候補するわけですが、中央の官僚経験者が沖縄県内の選挙で当選して議員(政治家)になった人は、これまでにいないのだそうです。それだけ、県出身者の官僚がいないということでもあります。

もし、古謝玄太氏が当選すると、県内初の中央の官僚経験者の国会議員ということになります。

そして、古謝玄太氏は「広い視野に立って現実を見つめ、沖縄にとって何が正しい道なのか、見極めるとともに、豊富な人脈を用いて、沖縄のためになる政策を実現していきたい」と述べています。

キャッチフレーズの一つに「沖縄県を日本一の県にする!」というものがあります。

 

◯3つ目の大きな相違点は、政治的な立ち位置の違いです。

▶︎伊波洋一氏は、社民・共産・社大など「オール沖縄」勢力が推す革新の候補で、辺野古基地建設反対の立場です。アメリカ軍基地の存在そのものに否定的な態度を表明しており、「基地のない平和な沖縄」の実現を目指しています。

伊波洋一氏の主張は、アメリカ軍基地があることで、アメリカの引き起こす戦争に、沖縄が巻き込まれるというものです。

▶︎古謝玄太氏は、自民公認、公明推薦の保守の候補で、辺野古基地建設容認の立場です。辺野古への移転によって、普天間基地の返還をスムーズに行うことが重要と主張しています。自民党の候補者が「容認」を公約に明記して国政選挙を戦うのは初めてのことです。

古謝玄太氏の主張は、アメリカ軍基地を含めて、アメリカとの強固な軍事同盟が、近隣諸国に対して抑止力となっているというものです。

 

◯4つ目の相違点は、経済政策の違いです。

▶︎伊波洋一氏は、左派リベラル的な弱者救済の貧困対策を中心に据えた経済政策をとってきました。宜野湾市長としては中学生までの入院費の無償化を実現し、参議院議員としても最低賃金の引き上げ(時給1500円)を公約としてきました。(今回の選挙では、最低時給1000円以上を公約にしています。ただ、野党共闘の共通公約としては維持されているため、共産、社民、立憲は、今回も最低時給1500円を主張しています。)

さらに、保育・児童教育、学校給食、子ども医療の無償化を公約としています。

消費税率は5%への引き下げを主張しています。

▶︎古謝玄太氏は、沖縄のベンチャー企業向けの研修事業を企画運営したり、多くの若手起業家と交流したりしながら、情報通信基盤の充実など、行政が産業の振興を支えるすべを考えてきたようです。総務省・民間企業での経験をもとに、実践力をアピールし、沖縄の経済的自立を目指したいと述べています。

さらに、国立大学への薬学部新設、北部基幹病院の早期整備を公約としています。

消費税率は現状維持の立場です。

 

◯5つ目は、安全保障についてのスタンスの違いです。

▶︎伊波洋一氏は、自衛隊があれば、米軍基地は要らないという立場です。また、自衛隊の増強にも反対していて、日本の軍拡はアジアの軍事的緊張を高めると主張します。そして、憲法9条に「武力による威嚇をしない」とあるように、軍事力で周辺国を威嚇するのでなく、対話による友好関係の樹立が重要だと主張します。したがって、県内の自衛隊の整備増強にもすべて反対しています。

憲法9条改正には反対の立場です。

▶︎古謝玄太氏は、日本を守るためには、自衛隊だけでなく、日米同盟も必要という立場です。沖縄の基地負担軽減は大切だが、国の安全保障を揺るがせるわけにはいかないと主張します。ロシア・ウクライナ戦争を見ても、対話も確かに重要ではあるが、同時に、現実的な安全保障政策の必要性を痛感すると述べています。

憲法9条改正には賛成の立場です。

 

 

 

さて、県民は、どちらの候補を選ぶのでしょうか?

県内の左派系メディア二紙は、いずれも、辺野古基地建設反対、及び反米・反基地の立場と心情に共感的であるため、政治的・思想的に中立とは言い難い面があります。県内のメディア報道は、伊波洋一氏に有利に働く傾向があるということです。

そういうことを考慮して、ここでは敢えて完全に中立の立場で、公平な視点から記事をあげてみました。

皆さんが、選挙で候補者を選ぶ参考にしていただければ幸いです。

 

ジャーニーは、1973年にサンフランシスコで結成されたアメリカン・ハード・プログレの代表的なバンドの一つです。

この時期、1970年代から80年代にかけて、興隆した同じジャンルのバンドとしては、TOTO、フォリナー、スティックス、ボストンなどがあり、これらのバンドは国際的に人気を博していました。ジャーニーは、それらのアメリカン・ハード・プログレ・バンドの中で、商業的に最も成功したバンドです。

ジャーニーの成功の要因は、3人の類まれなミュージシャンの才能が、うまく噛み合ったことによります。

初期のジャーニーは、ギタリストのニール・ショーン(1954年生)の超絶テクニックがメインのインストゥルメンタルの楽曲が中心のプログレッシブ・ロック・バンドだったようです。

しかし、1977年に、ボーカリストのスティーブ・ペリー(1949年生)が加入してからは、伸びのある高音を生かしたボーカル・パートを中心に組み立てられたメロディアスな楽曲が魅力のポップなハードロック・バンドに劇的に変化していきます。この翌1978年に発表されたのが、ジャーニー初のダブル・プラチナ・ディスクを獲得した4thアルバム「インフィニティ」でした。

さらに1980年に、キーボードのジョナサン・ケイン(1950年生)が加わると、彼の作曲の才能によって、キャッチーでメロディアスな楽曲で編成されたメガヒット・アルバム、そして、ポップで美しい代表曲の数々が生まれることになったのです。

ニールの職人技のギターに、スティーブの雄大で透明感のあるボーカルが加わり、さらに、ジョナサンのキーボードが繊細で耽美的なメロディーを奏で、この三者の融合から素晴らしい音楽が生まれました。

こうして、翌1981年には、全世界で1000万枚を売り上げた最大のヒット・アルバムである名盤「エスケイプ」が、さらに1983年には、800万枚売り上げた、もう一つの傑作アルバム「フロンティアーズ」がリリースされ、ジャーニーは、アメリカを代表するロック・バンドになりました。

発売当時は、ジャーニーを商業ロック、産業ロックと揶揄する批評家が多く、評価が恐ろしく低かったのですが、プログレッシブ・ロックに夢を見過ぎというか、音楽を思い込みと思想で語ることの愚かしさが、現れていた気もします。

ジャーニーの曲は、発売から40年後の今聴いても、古さを感じさせません。

ここでは、1978〜86年のジャーニー全盛期に発表された中からベスト12曲を、私の独断と偏見によって選びました。曲順は、発表年時順によります。

 

①ホイール・イン・ザ・スカイ(Wheel in the sky)

作詞作曲 ダイアン・バロリー/ニール・ショーン/ロバート・フライシュマン

◯アルバム「インフィニティ(1978年/4th/全米21位)」初収録。

◯シングル(1978年/全米57位)

このアルバムは、ジャーニーにとって初のプラチナ・ディスクとなったヒット・アルバムで、中でも、この曲は、ジャーニー初のヒット曲となったシングル曲です。

1年の大半をツアーに費やす彼ら自身の切実な思いを歌った歌です。

スティーブ・ペリーのボーカルの良さが際立つ佳曲です。

「冬がまた来る。一年か、あるいはそれ以上、家に帰っていない。彼女が、もう少しだけ、待っていてくれるといいんだが。長い夏の午後に手紙を書いた。泥ではなく、銀でできた手紙さ。この埃っぽい道を、旅してはいるけれど。大空の下で、車輪はまわり続ける。明日はどこにいるのかも、俺はわからない。大空の下で、車輪はまわり続けるのさ。」

Winter is here again oh lord,
Haven't been home in a year or more
I hope she holds on a little longer
Sent a letter on a long summer day
Made of silver, not of clay
I've been runnin' down this dusty road
Wheel in the sky keeps on turnin'
I don't know where I'll be tomorrow
Wheel in the sky keeps on turnin'

 

②ドント・ストップ・ビリーヴィン(Don't Stop Believing)

作詞作曲 ジョナサン・ケイン/ニール・ショーン/スティーブ・ペリー

◯アルバム「エスケイプ(1981年/7th/全米1位・全英32位)」初収録。

◯シングル(1981年/全米9位)

1980年代のアメリカン・ハード・ロックを代表する名盤「エスケイプ」の一曲目に配された名曲。ジョナサン・ケインのキーボードが印象的な、ミディアム・テンポのバラード。テーマは〝愛〟ではなく、生きること。

私の感覚では、ジャーニーというバンドの代名詞的な曲と考えています。

2004年に、日産エルグランドのCMソングとして流れていたこともありました。

「孤独な世界で生きている小さな田舎町の少女が、どこかへ行こうと、あてもなく真夜中の汽車に乗った。サウスデトロイトのスラム街で生まれ育った都会の少年が、どこかへ行こうと、あてもなく真夜中の汽車に飛び乗った。ワインと安物の香水の匂い、タバコの煙りに満ちた部屋で歌うシンガーは、笑顔ひとつのために、誰かと夜を分かち合う。そんな日が、いつまでも繰り返される。大通りのあちらこちらで、見知らぬ人たちが待ち合わせている。彼らの影が、何かを求めて夜をさまよっている。通りの街灯の下、心を震わせる何かを求めて生きる人々が、夜、どこかに隠れながら、流離っているんだ。」

Just a small town girl

Livin' in a lonely world.

She took the midnight train goin' anywhere.

Just a city boy

Born and raised in south Detroit.

He took the midnight train goin' anywhere.

A singer in a smoky room

A smell of wine and cheap perfume

For a smile they can share the night.

It goes on and on, and on, and on.

Strangers waiting

Up and down the boulevard.

Their shadows searching in the night.

Streetlights, people

Living just to find emotion

Hiding somewhere in the night.

 

③クライング・ナウ(who's Crying Now)

作詞作曲 ジョナサン・ケイン/スティーブ・ペリー

◯アルバム「エスケイプ(1981年/7th/全米1位・全英32位)」初収録。

◯シングル(1981年/全米4位)

この曲も、ジョナサン・ケインのキーボードが美しい、メロディアスでミステリアスなミディアム・テンポ・バラードの名曲。でも、単純なラブ・ソングではなく、〝愛って何?〟という思索がテーマの歌です。

「それは、ずっとひとつのミステリーだった。それでも、まだ、人は答えを見つけようとする。なぜ、良きものが、これほどひどく、人を傷つけ得るのだろうか? 一方通行の道に囚われて、ほろ苦い思いを味わう。それでも、愛は、とにかく、絶えることはないのだ。火を注がれて、燃え上がる愛がある。欲望に火をつけられて、苛まれる心がある。誰が、今、泣いているのだろうか。二つの心が、互いに惹かれあい、愛に向かって走り始める。孤独なのは、どっちなんだ? 今、誰が泣いているんだろう。」

It's been a mystery.

But still they try to see.

Why something good can hurt so bad.

Caught on a one-way street.

The taste of bittersweet.

Love will survive somehow, some way.

One love feeds the fire.

One heart burns desire.

I wonder who's cryin' now.

Two hearts born to run. 

Who’ll be the lonely one?

I wonder who’s crying now.

 

④時の流れに(Still They Ride)

作詞作曲 ジョナサン・ケイン/ニール・ショーン/スティーブ・ペリー

◯アルバム「エスケイプ(1981年/7th/全米1位・全英32位)」初収録。

◯シングル(1982年/全米19位)

アルバム「エスケイプ」A面ラストを締めるスロー・バラードの名曲。スティーブ・ペリーの圧倒的な歌唱力とニール・ショーンの超絶ギター・テクニックに痺れます。

ただ、スティーブ・ペリーの書いた詞が、非常に感覚的で、日本語に翻訳しにくいのです。

「ジェシーは、メインストリートの灯りのもと、夜中、ゆっくりと車を走らせる。この古い街も変わっていく。今はまだ、誰も彼の名を知らない。でも、時は巡り、彼はまだ走り続ける。信号は、荒々しく絶え間なく走る連中を、夜中、従わせている。それでも、彼らは、走り続ける。タイヤから火を噴きながら。彼らは夜を支配する。彼らは走り続ける。強いものが生き残るんだ。稲妻を追いかけて、ぐるぐる回り続ける。呪文に縛られて。この回転木馬から、降りることは難しい。まわり続ける。ぐるぐると、いつまでも。」

Jesse rides through the night under the Main Street light.
Riding' slow ...
This old town ain't the same.
Now nobody knows his name.
Times have changed, still he rides.
Traffic lights keeping time leading the wild and restless through the night.
Still they ride, on wheels of fire.
They rule the night.
Still they ride, the strong will survive.
Chasing thunder
Spinning 'round, in a spell
It's hard to leave this carousel
'Round and 'round
And 'round and 'round

 

⑤マザー、ファザー(Mother, Father)

作詞作曲 ジョナサン・ケイン/ニール・ショーン/スティーブ・ペリー

◯アルバム「エスケイプ(1981年/7th/全米1位・全英32位)」初収録。

歌詞が印象的なバラードの佳曲。あまり有名な曲ではないのですが、意味の深い歌で、とても好きです。この曲から、アルバム・ラストのオープン・アームズへの流れは絶妙で、最大のハイライトです。

「彼女は母親の顔をして、うつろな瞳で1人座っている。彼女はどこで間違えたのだろうか? 争いの時は過ぎた。神よ、この壊れた家庭を救いたまえ。母さん、父さん、姉さん、戻ってきて。やり直そう、もう一度、信じよう。僕が、母さん、父さんのために生きていることを知らないの? 僕は、家族の〝七番目の息子〟なんだ。神の光が、この家族を照らしている。今こそ、神を信頼して欲しいんだ。信じて欲しい。夢を叶えようと彼は努力した。そして、誇りを踏みにじられ、お酒に溺れて、人生を台無しにしようとしている。ガラスの割れた写真立ての中の一枚の写真。こんな風に終わるべきじゃないんだ。苦い涙と傷ついた年月を通して、僕らの血の絆は強かった。あの日々について、言いたいことは尽きないよね。それでも、今、ここから、目を逸らさないで。」

She sits alone, an empty stare.

A mother's face she wears.

Where did she go wrong?

The fight is gone.

Lord help this broken home.

Hey, mother, father, sister.

Hey, come back, tryin', believein'.

Hey, mother, father, dreamer.

Don't you know that I'm alive for you?

I'm your seventh son.

And when lightin' strikes the family,

Have faith, believe.

With dreams he tried, oh, lost his pride.
He drinks his life away.
One photograph, oh, in broken glass.
It should not end this way.
Through bitter tears and wounded years, 

Those ties of blood were strong.
So much to say, those yesterdays.
So now don't you turn away.

 

⑥翼をひろげて(Open Arms)

作詞作曲 ジョナサン・ケイン/スティーブ・ペリー

◯アルバム「エスケイプ(1981年/7th/全米1位・全英32位)」初収録。

◯シングル(1982年/全米2位)

アルバム「エスケイプ」のラストを締めるラブ・バラードの傑作。ジャーニー最大のシングル・ヒット曲です。ジョナサン・ケイン作の不朽の名曲。スティーブ・ペリーの歌唱が素晴らしい。

この曲は、1995年に、マライア・キャリーによってカバーされ、名盤として知られるアルバム「デイドリーム」から3枚目のシングルとしてリリースされ、全英4位を記録しました。

日本では、ジャーニーのオリジナルが、2004年に映画「海猿」の主題歌として流れていたそうです。

「暗闇の中、君の隣で横になっていると、僕の鼓動と重なる君の鼓動を感じるんだ。優しくキミがささやく。あなたはとても誠実な人、と。僕達の愛は、なんて盲目だったんだろう。僕らはともに船を帆走させたけど、難破して、別れ別れになって、漂流していたんだ。そして、今、君は、僕の隣にいる。そう、僕は、両手を広げて、君のもとへと帰ってきたんだ。隠していることなんて何もない。僕の言葉を信じて欲しい。だから、僕は、両手を広げて、ここにいる。僕にとって、君の愛がどれほど大切か、君にわかって欲しい。だから、心を開いて。君なしでひとりで生きているならば、この空っぽの家は、なんて冷たいのだろう。君を抱きしめたかった。そばにいて欲しかった。どれほど、君に帰ってきて欲しかったか。そして、今、君は帰ってきて、夜は昼へと変わった。君にそばにいて欲しい。」

Lying beside you here in the dark
Feeling your heart beat with mine.
Softly you whisper you're so sincere.
How could our love be so blind.
We sailed on together.
We drifted apart.
And here you are by my side.
So now I come to you with open arms.
Nothing to hide, belive what I say.
So here I am with open arms.
Hoping you'll see what your love means to me.
Open arms.
Living without you, living alone
This empty house seems so cold.
Wanting to hold you, wanting you near
How much I wanted you home.
But now that you've come back.
Turned night into day
I need you to stay

 

⑦セパレイト・ウェイズ(Separate Ways)

作詞作曲 ジョナサン・ケイン/スティーブ・ペリー

◯アルバム「フロンティアーズ(1983年/8th/全米2位・全英6位)」初収録。

◯シングル(1983年/全米8位)

前作のシンプルな音作りから打って変わって、重厚なシンセサイザー・サウンドに彩られるアルバム「フロンティアーズ」の一曲目に配され、ファースト・シングル・カットされた佳曲。よくTVなどでもかかりますし、この曲をジャーニーの代表曲と考えている人もけっこういます。

ただ、歌詞の意味を考えると、この別れの曲が、ワールド・ベースボール・クラシックのTBSのテーマ曲として、2000年代、ずっとテレビで流れているのは、かなり、奇妙な感じはします。

「僕らは、離れた別々の世界にいる。2人の心も遠く離れてしまった。眠られぬ夜には、大地が失われてしまったように感じる。僕は君を求めて、手を伸ばし続ける。それが失われてしまったという、この絶望的な感覚さえも、君の心を変えることはできないんだ。僕たちが、この大きな潮の流れを乗り切って生き残るために、諦めずに努力し続けなければ、愛は引き裂かれてしまう。いつか、愛は、君の心を縛っている鎖を引きちぎって、君は解き放たれていることに気づくだろう。僕らが、どんなふうに触れ合い、そして、別れることになったのか、君に思い出させる夜もあるだろう。たとえ、彼が君を傷つけることがあっても、真実の愛は、君を見捨てない。僕らが、別れ別れになってしまった今でも、僕は、まだ、君を愛している。わかるだろう? 困惑と苦痛に苛まれた悩みの日々、思えば、僕らのした約束は、すべて空しく散った。君が、どうしても行くというのなら、僕は、君に愛を贈るよ。君は決してひとりじゃない。僕がいつでも想っていることを忘れないで。君が恋しいよ。」

Here we stand worlds apart, hearts broken in two, two, two.
Sleepless nights losing ground, I'm reaching for you, you, you.
Feeling that it's gone can't change your mind.
If we can't go on to survive the tide, love divides.
Someday love will find you break those chains that bind you.

one night will remind you how we touched and went our separate ways.
If he ever hurts you, true love won't desert you.
You know I still love you though we touched and went our separate ways.

Troubled times
Caught between confusions and pain, pain, pain
Distant eyes
Promises we made were in vain, in vain, in vain.
If you must go I wish you love.
You'll never walk alone.
Take care my love.
Miss you love.

 

⑧マイ・ラブ(Send Her My Love)

作詞作曲 ジョナサン・ケイン/スティーブ・ペリー

◯アルバム「フロンティアーズ(1983年/8th/全米2位・全英6位)」初収録。

◯シングル(1983年/全米23位)

この時期のジャーニーらしいメロディアスでドラマティックなミディアム・テンポのラブ・バラードの名曲。重厚でSF的な近未来感のあるサウンドでありながら、あくまでもその旋律は官能的で美しい。私的には、アルバム「フロンティアーズ」を代表する曲だと思っています。

「最後に彼女の顔を見てから、ずいぶん経った。君は、彼女が元気だったと言うけど、僕は、悲しいカフェでの別れを今でも思い出すんだ。彼女の泣き顔を見ると、とても胸が痛む。僕は、さよならを言いたくなかった。彼女に僕の愛を届けて欲しい。思い出は消えない、と。彼女に僕の愛を伝えて。薔薇は決して色褪せない、と。彼女に僕の愛を届けて。同じホテルの同じ古びた部屋。僕は、また旅の途上にいる。彼女には、僕が与えられる以上のものが必要だった。僕らの愛は偽りではなかった。それはわかっているんだ。壊れた心はいつでも癒せるから。僕の愛を届けておくれ。思い出は消えないから。僕の愛を届けて。薔薇は決して色褪せない。僕の愛よ届け。」

It’s been so long since I’ve seen her face.

You say she’s doing fine.

I still recall a sad cafe.

How it hurt so bad to see her cry.

I didn’t want to say good-bye.

Send her my love, memories remain.

Send her my love, roses never fade.

Send her my love.

The same hotel, the same old room,

I’m on the road again.

She needed so much more than I could give.
We knew our love could not pretend.
Broken hearts can always mend.

Send her my love, memories remain.
Send her my love, roses never fade.
Send her my love.

 

⑨愛の終わりに(After the Fall)

作詞作曲 ジョナサン・ケイン/スティーブ・ペリー

◯アルバム「フロンティアーズ(1983年/8th/全米2位・全英6位)」初収録。

◯シングル(1983年/全米23位)

ウエストコースト風のコーラスが爽やかで、ギターの旋律も印象的で耳に残る、ポップでキャッチーな佳曲。

「そう、愛は終わったんだ。もう、僕は続けられない。愛は終わった。僕が言いたいのは、手遅れだってことさ。あまりにも長く待ちすぎたんだ。君に話すべきだった。あの時、僕が知ってさえいたら。初めから素直に君に話すべきだったのに。でも、言葉はうまく出てこなかった。だから、心から正直に、君に話そう。君にそう見せていたよりも、僕にとって、君は大切な存在だったんだ。君は、ともかく、踏みとどまっていてくれていたのに。君の優しさと気遣いのすべてが、今は、ただ懐かしいよ。けれども、生まれつき頑固でわがままな男は、自分で最善と信じるやり方で、精一杯、説得しようとするだけだ。バレンタインの贈り物もしたことなかったね。買い物をする時間がなかったんだ。仕事があったから。あの愛が忘れられない。胸の痛みが呼び覚まされる。愛は終わったと気付かされる。聖人であれ、罪人であれ、なりふり構わず、恋をする。その愛が終わった後に、何が残るというんだ。何も残りはしない。」

So now love is gone.
I can't go on, love is gone.
I want to say 
Now it's just too late
Waited far too long

Should have told you then I knew
Should have told you right from the start
But the words didn't come out right.
So I'll tell you straight from my heart.

You meant more to me than I let you see.
You held on somehow.
All your tenderness and your sweet caress
I miss you now.

But a headstrong stubborn man only works it out the best he can.
Valentines he never sent
There's not enough time
He's a working man

Can't stop falling
heartaches calling
Finds you after the fall

Saints or sinners take no prisoners
What's left after you fall? 
No not much, no

 

⑩時への誓い(Faithfully)

作詞作曲 ジョナサン・ケイン

◯アルバム「フロンティアーズ(1983年/8th/全米2位・全英6位)」初収録。

◯シングル(1983年/全米12位)

アルバム中で、最も美しいラブ・バラードの名曲。

「ハイウェイは、白夜の彼方へと向かっている。車輪はまわり続ける。僕は君のことを思い続けている。今夜は、電話の向こうにいる君に愛を語りかけながら、落ち着かない心を抱えて、ひとり眠りにつく。旅の途上で、家族をつくるものじゃないと人は言うけど、君と僕とは、まさにそういう感じだ。それに、ミュージシャンと恋に落ちるなんて、そうそうあることじゃないってね。でも、君にそばにいて欲しい。僕は、永遠に君のものだから。誓うよ。僕は、この世界の中心で、サーカスの生活を続けている。僕らはみんな、僕らを笑わせてくれるピエロが必要なんだ。僕には、いつでも次のショーが待っている。自分がどこにいるのかもわからなくなる。君がいなければ、道に迷ってしまうよ。離れていることは、この愛を困難にしている。2人の見知らぬ他人同士が、再び恋に落ちることを学ぶんだ。僕は、君を再発見する喜びを得る。君にそばにいて欲しい。僕は永遠に君のものだから。誓うよ。」

Highway run into the midnight sun.

Wheels go round and round.

You're on my mind.

Restless hearts sleep alone tonight

Sending all my love along the wire.

They say that the road ain't no place to start a family,

Right down the line it's been you and me.

And loving a music man ain't always what it's supposed to be.

Oh, girl, you stand by me.

I'm forever yours,

Faithfully.

Circus life under the big top world.

We all need the clowns to make us smile.

Through space and time

Always another show.

Wondering where I am.

I'm lost without you.

And being apart ain't easy on this love affair.

Two strangers learn to fall in love again.

I get the joy of rediscovering you.

Oh, girl, you stand by me.

I'm forever yours,

Faithfully.

 

⑪限りなき世界(Edge of the Blade)

作詞作曲 ジョナサン・ケイン/スティーブ・ペリー/ニール・ショーン

◯アルバム「フロンティアーズ(1983年/8th/全米2位・全英6位)」初収録。

シングルカットはされませんでしたが、ニール・ショーンのギター旋律による強烈無比の前奏がしびれるほどカッコいい、疾走感にあふれる、ハードかつドラマチックな佳曲。

「君は、これまで、一生懸命努力してきた。でも、今回は、やり過ぎたね。君の行動はパーフェクトだ。あらゆる点で、パーフェクトだよ。周りの人みんなから、噂を聞かされたよ。契約の束と弁護士たち、それに下町のシャンパン。君は、僕に、何をさせたいんだ? 僕は、これまでずっと、僕を刺激し続ける君に対してフェアにやってきた。やはり、結局のところ、僕らの関係は、もう終わったんだ。それでも、君は、さらなる困難を求める。でも、それは、物事があるべきさまであるに過ぎない。君は、その力の虜になる。青い魔法の迷路。今、その関係性の輪は、いつも君の心を掴んで離さない激しい怒りと渇望によって壊された。君が剣の刃を間違って握っていないか、よく確かめたほうがいい。もし、それが鋭利なら、よく切れるなら、その切れ味を楽しんでくれ。」

You've been trying very hard

Now this time you've gone too far

Your performance perfect

In every way perfect!

I hear rumors all around.

Contracts and lawyers and champagne downtown.

Tell me what you think you want me to do.

I've been always fair with you turning on me.

After all we've been through.

You want trouble then that's just the way it will be.

You're caught up in the power.

A blue magical maze.

Now the circle is broken in a spellbinding rage.

Better see if you're holding the wrong edge of the blade.

If it's sharp, if it cuts,

Enjoy yourself.

 

⑫トゥ・ユアセルフ(Be Good to Yourself)

作詞作曲 ジョナサン・ケイン/スティーブ・ペリー/ニール・ショーン

◯アルバム「Rased on Radio〜時を駆けて(1986年/9th/全米4位・全英22位)」初収録。

◯シングル(1986年/全米9位)

このアルバム全体のコンセプトが、西海岸でラジオから流れると気持ちいい、ビーチボーイズのようなイカした曲を集めたアルバムをつくることでした。日本で言うと、山下達郎さん的なサウンドでしょうか。

この曲は、このアルバムのコンセプトを体現した代表曲です。あくまでもポップで爽やかな、ウェストコースト・サウンド風の佳曲。疾走感が、REOスピードワゴンっぽいです。

「どうあっても勝利を得られない状況に直面して、過負荷に耐えきれず、自制心を見失いそうになっているんだ。肩と肩がふれあうほど密集して、押し合いへし合いになって。僕は、もう自分のボクシング・グローブを壁に掛けて、長い休暇に入る準備ができているんだ。他の誰もそうしてくれない時には、自分自身のことを気にかけなきゃ。もっと自分の状態に気を配るんだ。高所で綱渡りをしながら、十字砲火に見舞われるような生活。もっと自分自身に気を使うんだ。君が、もうこれ以上与えられないというのに、それでも全部よこせと要求する連中には、ノーと言うべきなんだ。僕の気を狂わせる騒音のスイッチは切ろう。後悔しないで過去を振り返れるように。許すことは、忘れることなのさ。新しく何かを始めるためには、ほんの少し、楽な気持ちが欲しいのさ。」

Running out of self-control 

Getting close to an overload up against a no win situation.

Shoulder to shoulder, push and shove.

I'm hanging up my boxing gloves.

I'm ready for a long vacation 

Be good to yourself when nobody else will.

Oh be good to yourself.

You're walking a high wire, caught in a cross fire.

Oh be good to yourself.

When you can't give no more they want it all but you gotta say no.

I'm turning off the noise that makes me crazy.

Lookin' back with no regrets.

To forgive is to forget.

I want a little piece of mind to turn to.