日本では『ミラノ会』として知られている「ミラノ外国宣教会」(正式名称は「PIME」“Pontificio Istituto Missioni Estere”の略)の第95回コングレッシーノに出かけてきた。
これから宣教に出られる宣教師たちへの十字架授与式を含むミサ。ミサ聖祭は、チャドに宣教に出かけられていた フィレンツェ教区司教・ジェラルド・ガンべッリ司教であった。
お説教では、ヨハネの福音書6章24-35節が読まれたが、「知識は命」である、という非常に興味深い話であった。福音書内の4つのイタリア語の名詞、動詞、形容詞、副詞が紹介された。
まず初めの名詞は、"il cibo che rimane" 。日本語訳では、『永遠の命に至る食べ物』の「至る」、つまり留まるという意味である"rimanere" に注目された。この単語は、ヨハネの福音書では非常に重要な単語になると言う。「留まる」とは、主との親密な関係を示しており、あらゆる宣教活動の根底にあると言う。
2つ目は、"credere ( in) " ~を信じる、という動詞。
イエスは、神が求める唯一の行いは、神が遣わされた方、すなわち「いのちのパン」であると自らを明らかにし、人の霊的な飢えと渇きを永遠に満たすことのできるその方を信じることである、と説明している。
3つ目は、"il pane dal cielo, quello vero"「天からのパン、すなわち真のパン」という一節において、「真の」という言葉は修飾語(代名詞「それ」を指しており、その「それ」は「パン」を指している)である。
そして、"mai" 「決して」という副詞。"chi crede in me non avrà mai sete" 「わたしを信じる者は、決して渇くことがない」
司教は、チャドでの生活を例に、上記の4つの言葉を紹介されたが、文法を細かく分解しながら読むということは、神が人々に示された「神のみ言葉」の記録である聖書を味わう事。そしてラテン語の味わう・"Sapere"が"Sapienza"「知識」の語源であったことを思い出し、なにか点と点が繋がったような気がした。
お昼はPIMEへ協力のつもりで、手作りの食事コーナーへ。今年はリゾットかパエリア。そしてサングリアか水であった。パエリアは量がたっぷり。味も良かった。
この夏、ミラノ会の若者の交流・ボランティアプログラムである”Giovani e Missione”にて、香港を始め、タイ、インド、メキシコ、ギニア・ビッサウ…など様々な国に派遣された若者たちが折り紙と習字教室に参加してくれた。
毎年、出来る事を出来る範囲で地味に行っているが、来年の夏、ミラノ会で行われている子供向けのサマーキャンプで折り紙教室をコラボで開いて欲しいという依頼を頂いた。
また聖フランシスコ・ザビエルの記念日である 12月3日には、毎年ミラノ会で、ザビエルが携わった国々をテーマにしミサやイベントが行われるが、今年は「日本」がテーマということで、永井博士の演劇や様々なイベントを企画している(実際はこれから)ということだが、責任者の司祭が宣教に出てしまうと言うことで、引継ぎがどうなるのか、それによって日本人会が振り回されそうだが(?!)大きなお役目を頂いた。まあ、なるようになりますように。笑
ラボラトリオでは過去最高の収益金を得、寄付することが出来た。またイタリアに来てまずはイタリア語を習得し、これから神学を学び出すという神学生たちにも出会った。実り豊かな1日に感謝。





