最上のわざ 〜 その9 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

 

 

ミラノで一番パワフルな日本人で、慈愛に満ち、何があっても不死身だ…と思っていた方が、突然逝ってしまわれた。享年87歳。
 
先週、同席していたミサ後に倒られ、それでも軽い貧血か?くらいにしか思っていなかった。長椅子に横になっておられた時も、救急車で様子をみておられた状態でも、笑顔であったと聞いた。それが夕方、緊急手術が必要だというメッセージがなんと宣教会の総長様より転送メールではあったが、入り驚いた。じきじきに司祭たちに祈りを捧げるように…という内容であった。
 
翌日、手術は成功したが、面会謝絶であると人づてに聞いた。今後どうやって連絡をとるべきか?一か八か、彼女の同居人の従姉妹のおばあさんを訪ねた。翌日意識が戻ったと連絡が入り、喜んだのも束の間、今朝息を引き取られたと言うメッセージを受け、いきなり心臓バクバク、手が震えている自分に気づいた。
 
そんな…。実感はなかったが、とにかくミラノ、ローマ、日本でも顔の広い方でおられたので、知り合いに連絡を入れなければならない。あまりにも機械的な自分に驚いた。そこで感情を入れたら崩れてしまうと思ったからだ。
 
帰宅し、先週彼女からもらっていたヴォイス・メッセージを聞き直すと、感謝の言葉と滞在していたローマの家から見える風景が語られていたが、先週の時点では忙しすぎて、その言葉をじっくり味わっていなかった自分に気づいた。
 

 

最上のわざ

 

この世の最上の業は何?

楽しい心で年をとり、

働きたいけれども休み、

しゃべりたいけれども黙り、

失望しそうな時に希望し、  

従順に、平静に、おのれの十字架を担う――。

若者が元気いっぱいで神の道を歩むのを見ても、ねたまず、

人のために働くよりも、けんきょに人の世話になり、

弱って、もはや人の為に役立たずとも、親切で柔和であること――。

 

老いの重荷は神の賜物。

古びた心に、これで最後のみがきをかける。まことのふるさとへ行くために――。

おのれをこの世につなぐくさりを少しずつはずしていくのは、真にえらい仕事――。

こうして何もできなくなれば、それをけんそんに承諾するのだ。 

神は最後にいちばん良い仕事を残してくださる。それは祈りだ――。 

手は何もできない。けれども最後まで合掌できる。 

愛するすべての人のうえに、神の恵みを求めるために――。 

すべてをなし終えたら、臨終の床に神の声を聞くだろう。

「来よ、わが友よ、われなんじを見捨てじ」と――。

 

「人生の秋」 ヘルマン・ホルベルス著 春秋社 

 

彼女の笑顔の裏には悲しみがあったのを知っている。

 

時に叱咤されることもあったが、それは愛からであったのを知っている。

 

良くご飯に連れて行って下さった。でもその後にはよくお願いごともされた。笑

 

『聖霊降臨祭』の日に天に帰られた。しかし、こんなにあっさりと逝かれてしまうとは…きっとだれにも迷惑をかけないようにと願っていたのかもしれぬ。

 

葬儀は火曜日に行われるが、今日祈りの集いに参加してきた。閉祭の曲は、初めて聞く曲で、上手く歌えなかった。彼女がいたら、「ちゃんと練習してから歌わないとダメよ。」と絶対怒られていたことだろう。笑

 

私が至らず、よく小言も言われたが、こちらが「ショック」を引きずることは決してない言い方で、あっさりとしており、一緒にいてよく笑ったし、実際彼女との写真はどれもみないい笑顔ばかりであった。

 

「年寄りだからって遠慮しないで、できる事だったら喜んで。出来ないことも一生懸命しようとするけどね、喜んでするわよ。それに頼まれるって嬉しいものよ。」よく言われた。ヴォイス・メッセージを遡って聞いていたら、やはりその言葉が残っていた。

 

一度私が、おからが好き、というと、早朝じきじきにお豆腐屋さんからおからをもらってきてくださることがあった。しかも一度に2キロを何度ももらい、小袋に分け、人に分けまくった。笑 先日、お豆腐屋さんに出かけると、「彼女今週は来ていない。ローマから戻っていないの?」と言われたので、「今、入院しているのよ」、と話したのであった。その後の状況をまた教えて、といわれているので、近いうちに連絡をしに行かなくてはならないし、彼女に連れて行っていただいた数々のお店にも報告をしなければ…と思っている。どこへ行っても、『顔』でおられたので。


ただただ彼女の笑顔と笑い声が甦る。

 

寂しくなるな。