師範がやって来た 〜 NO KARATE NO LIFE その11 「基本」に戻る | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで33年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。

今や恒例になった空手の師範(現在は教士)の春の来伊に伴う特別稽古と大会の週となった。
 
仕事は今週のみ18時上がりにしてもらうため、始まりも前倒し。夕飯を作ってから出かけるので、午前中から慌ただしい。
 
とはいえ、今回は私は昇段審査はないし、大会も幸か不幸か当日に、前々からお願いしていたチャリテイ・イベントの参加が了承されたので、人任せではなく、そちらを見届けたく大会は不参加にした。
 
またチェリテイ・イベントとは別に、同宣教会で、これから母国で叙階を受ける助祭(聖職者の秘蹟の第一階位)たちが、ストラ(ミサや様々な秘蹟の儀式の際、着用する帯状の布)を受領する儀式があるので、そちらにも参列することにした。
 
ところで、火曜日の早朝に来伊された教士は、夕方からの稽古から指導に入られた。やはり教士の存在で道場がグッと引きしまる感じ。
 
大人のクラスでは、並んで基本練習する際、一列目の黒帯がかなり身体操作を修正された。やはり癖というものは恐ろしいものである。人の指導ばかりして、定期的に自分を顧みないと、徐々に徐々に変な癖が出て来て、体軸や重心移動が狂っていることに気づかされる。年のせいにはしたくないが、動きはどんどん鈍くなり、無理に動かすと筋や変なところを痛めやすい。
 
2日目は黒帯のみの特別稽古であった。基本の基本に立ち返り、身体操作と技術の理論は、筋力に頼らず骨格や脱力を利用して、最小限の力で最大限の破壊力(浸透力)を生み出す「合理的な動き」を追求する。
 
もちろん人を倒すために学んでいるわけではないが、非常に面白い。オンラインレッスンだけでは、学びきれないものがたくさんあった。
 
特別稽古初日。
 
私は特別稽古に参加するメンバーの中では、常に下っ端なので、他のメンバーより知らない型が多い分、前回、前々回は皆の倍以上新規に学ぶ型が多く10数型あった)、脳が飽和どころか溶けてしまう状態で、見たこと、聞いたことはすぐにメモを取るが、それさえできない状況であった。
 
初日は新しく習ったのは棒術1つのみ。その場では半分くらいは覚えられたか?くらいの気持ちであった。
 
特別稽古2日目。
 
前日復習した型の続きと新たな2型。似て非なるもの。覚えるだけでも大変なのに、似ているので混ざらないようにしないといけない。
 
棒術も前日の復習と新しい型に入った。うわ…っ限界。時間が来てしまい、今回は終了。
 
その後、食事会があったが、帰宅して、すぐに紙に書かないと、記憶も時間の問題だ…。そして記憶を体に染み込ませるため、稽古を重ねる。(その稽古が出来ないのが最大なる問題なのだが)
 
とはいえ、どんなに新しい型を習得したところで、大切なのは、「基本」。ピアノの練習と同じで、地味な(?)基本練習を毎日繰り返すことが大事。
 
そして、「継続は力」となるが、間違って繰り返していれば、本末転倒となってしまう。また、先月のオンラインレッスンではそこを指摘され、落ち込んだのだが、考えてみれば当日の私の心は乱れていた。
 
型の稽古は「技」の練習のみならず、「心の在り方」の重要さにも気づかされる。
 

今回は、「無駄な動きをしない」と言うことを何度も教士はおっしゃっていた。きっとそれで、大切なものを見極める力もつくのかもしれない。

 

指導する際、いかに無駄のない、または無駄をなくす練習をさせるか…それはもちろん基本を徹底的に反復し、体にしみ込ませることが、応用技での安定感を生むことになるが、気になるのは、体や足首の硬い門下生。とにかく、ストレッチをさせること、と教士はおっしゃったが、ストレッチによって可動域を広げ、筋肉の無駄な突っ張りを防ぎ、スムーズな動きが可能となる。

 

見ていて違和感を感じる門下生のどこをどうさせるべきかを簡単な言葉に替えられて、そういうことだったのか…と再認識させられた。

 
すごい刺激だ...
 
それにしても、すごい筋肉痛。